吉田茂とその時代 上・下
著 ジョン・ダワー
中公文庫
各1404円
岸信介の回想
著 岸信介、矢次一夫、伊藤隆
文春学藝ライブラリー
1706円
大平正芳
著 服部龍二
岩波現代全書
2484円
最近、書店の文庫コーナーに行ったら、戦後首相を務めた2人の大物政治家に関する本が平積みになっていた。いずれも長らく入手しづらい状態が続いていたのを復刊したものだ。
まず1冊は米国人研究者、ダワーによる『吉田茂とその時代』。吉田については、敗戦後の日本にあって、占領軍と渡り合いながら諸改革を断行したというイメージが強い。だが本書では、吉田は本質的には守旧的な政治家であり、じつは戦後の改革にも警戒していたことがあきらかにされる。新憲法案に対しても、外相時代には反対していた。それが首相になると一転、国会審議にあたり新憲法を擁護する役回りを担うことになったというから皮肉だ。
それでも本心にブレはなかったらしい。復刊されたもう1冊『岸信介の回想』には、新憲法に当初より反対だった岸に、吉田が憲法調査会の会長をやるよう頼んできたとの証言が出てくる。吉田も憲法はいずれ改正する必要があると考えており、それを岸らに託したというのだ。
本書で岸の語る話では、終戦後、戦犯容疑で巣鴨プリズンに収監されていた頃の次の逸話も興味深い。あるとき二切れだけ出たマグロの刺身が旨くて、出所したらこれを腹一杯食べたいと思った。だが釈放後、大皿に盛って出してもらった刺身は、まるで旨くなかったという。ここで岸は、やはりマグロは巣鴨にかぎると落語のようなオチまでつけている。獄中での話を、冗談まじりに語ってしまうところに彼の凄味を感じる。
70年代末に首相を務めた大平正芳は、吉田や岸の敷いた日米協調路線を継承しつつ、アジア諸国などとの関係も重視し環太平洋連帯構想を提唱した。現在のAPECの原点だ。服部龍二『大平正芳』によれば、大平はまた、核持ち込みをめぐる日米の密約を公に認めるか終生悩み続けたという。あくまで国民に説明責任を果たそうとしたその真摯さには感じ入るものがある。
近藤正高
ライター。ウェブサイト『cakes』にてタモリを通して戦後史をたどる『タモリの地図』を連載中。
※本記事は週刊アスキー12/2号(11月18日発売)の記事を転載したものです。
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