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【私のハマった3冊】なぜ少女は記憶を失うのか 記憶喪失をめぐる忘却と回復の物語

2014年07月19日 18時00分更新

988BOOK

フィクションの中の記憶喪失
著 小田中章浩
世界思想社
2268円

凪のあすから 1
原作 Project-118
著 前田理想
KADOKAWA/アスキー・メディアワークス
616円

サクラカグラ 1
著 久弥直樹
講談社
1458円
 

 物語のお約束パターンの一つ“記憶喪失”をより楽しむための三冊を選んだ。

『フィクションの中の記憶喪失』は、小説、映画、マンガ、アニメ等に現われる記憶喪失を考察した文芸論。『ジキル博士とハイド氏』の二重人格や『一九八四年』の集団洗脳、P.K.ディック『追憶売ります』の人格の連続性、『うる星やつら』のギミックとしての記憶喪失装置など、記憶の改変や喪失が、物語の中でどのような役割を果たしているかを分析する。そこでは、いったんは失われた記憶を仮想的に甦らせる“遊び”によって、“死”と戯れるのだという。読み手は、物語の外側から、自分の記憶の連続性を保ちつつ、安全に楽しむことができる。

『凪のあすから』のヒロイン、まなかを見ていると、そこに“生贄としての記憶”を追加したくなる。人魚姫と眠り姫のオマージュを織り込んだ和風ファンタジーだ。物語の中盤で、彼女のある記憶(というか気持ち)が奪われるが、これは二重の意味で生贄になっている。一つは海の神への供犠として。そしてもう一つは、この物語に涙する私のために。想いの喪失と回復の物語は、少女の死と再生の演出を、より一層ドラマティックに仕立てあげる。記憶を喪失する少女は、その物語に心震わせる人のために、犠牲羊の役も果たしているのかもしれぬ。

『サクラカグラ』は記憶喪失というよりも、記憶を含めた存在の消失が隠れテーマとなっている。この世にいない少年を"視て"しまった少女が、彼の欠落した死の記憶をめぐる犯人探しを始めるのが導入部。ここから読者は、すごいところに連れて行かれるぞ。「永遠はあるよ、ここにあるよ」や「それでは最後のお願いです、ボクのこと、忘れてください」この台詞にピンと来た方は、胸をときめかせて読むべし。記憶とは、存在そのもの。忘れるとは、"なかった"ことにされること。忘却と回復の物語をご堪能あれ。
 

Dain
古今東西のすごい本を探すブログ『わたしが知らないスゴ本は、きっとあなたが読んでいる』の中の人。

※本記事は週刊アスキー7/29号(7月15日発売)の記事を転載したものです。

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