ジェノサイド
著 高野和明
角川書店
1890円
虐殺器官
著 伊藤計劃
ハヤカワ文庫
756円
スプライトシュピーゲルI
著 冲方丁
富士見ファンタジア文庫
588円
ビンラディンが米軍に殺害され、ホワイトハウスに集まった人々が星条旗を振る姿は、まるで映画のラストシーンのようだった。けれど現実はスクリーンとはちがうわけで、9.11テロからはじまった対テロ戦争の時代はこれからも続いていくのだろう。
そんなテロとの戦いの最前線イラクからはじまる物語が高野和明の最新刊『ジェノサイド』だ。バグダッドで任務にあたる傭兵が、不治の病に苦しむ息子のため、コンゴでの奇妙な暗殺任務に赴く。他方、日本で薬学を学ぶ院生は、急死した父から一通のメールを託される。2人の運命が大統領府でうごめく謀略によって交差し、人類の存亡をかけた戦いがはじまる。小気味よい場面転換とサスペンスの連続が読者を離さない大作だが、描きだす光景は重い。対テロの美名のもと踏みにじられる民主主義、アフリカで続く紛争と虐殺。人類という種の愚かさと残酷さを告発するようだ。
本書のタイトルは否応なく、早世した作家・伊藤計劃の『虐殺器官』を連想させる。世界各国で頻発する虐殺の謎を追い、紛争地帯を巡る米兵の視点から、我々の社会が向かう未来を冷徹に、けれどどこか感傷的に描き出したSF小説だ。テロと虐殺の現在を、共に直視する2冊。だが、深い諦念に満ちた『虐殺器官』に対し、『ジェノサイド』は、それでも人間を信じ、絶望と紙一重の希望を描き出す。それは、若くして世を去った作家への返歌のようにも読めた。
『天地明察』で本屋大賞を受賞した冲方丁の『シュピーゲル』シリーズも同様のテーマに挑んでいる。近未来のウィーンで治安任務にあたる戦闘美少女を通じ、第4作では現在もスーダンで進行中のダルフール紛争を扱ったほか、2作目では“核汚染された日本”を背景とする物語を展開。予言的とも思える作品だ。
膨大な資料を元に、複雑化した現代を描きだす作品たち。私たちのいま生きる世界を考えるきっかけとなってくれるはずだ。
前島賢
ライター。SF、ライトノベルを中心に活動。著書に『セカイ系とは何か ポスト・エヴァのオタク史』。
※本記事は週刊アスキー7月19日号(7/5発売)の記事を転載したものです。
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