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【私のハマった3冊】正義とは何かを問いかける 現実には存在しないヒーロー

2012年07月23日 13時00分更新

wambook

悲鳴伝
著 西尾維新
講談社
1365円

PK
著 伊坂幸太郎
講談社
1260円

WATCHMEN ウォッチメン
著 アラン・ムーア、画 デイブ・ギボンズ
小学館集英社プロダクション
3570円

 悪と戦う原色のスーツの正義のヒーロー……そんなものは、テレビでしか存在しない嘘なのだ、という哀しい真実を私たちは知っている。けれど、それでもヒーローが現実にいたら、彼らはどんな風に生き、どんな風に戦っているのだろう?

 西尾維新『悲鳴伝』は中学生ヒーローを描く長篇。だが、目次の「ヒーロー誕生!」、「頼れる仲間だ!」なんてイカニモな文言を信用してはいけない。主人公の空空空(そら から くう)の性格は正義漢とはまるで正反対。人間的な共感能力を一切欠くゆえの、極めて冷静で打算的な性格からヒーローに選ばれる。彼をスカウトした秘密組織は、ヒーローが心おきなく戦えるようにその親族知人を皆殺しするし、戦う怪人は人間とまるで見分けが付かず、しかも、それが幼稚園に潜んでいて……嫌がらせのような展開が襲いくる。それでいて苦みを残した青春小説風味で幕を閉じるのだから、詐欺にでもあった気分になる。

 口直しには伊坂幸太郎の短篇集『PK』を。第二篇「超人」には、まさに現代のヒーローが登場する。けれど連作短篇の形式をとる本書の肝は、カバーに描かれたドミノのように、誰かの些細な決断が、別の誰かの運命を変えていく流れにある。私たちの誰もが、誰かにとってのヒーローになれるかもしれない。そうに思わせてくれる、ユーモアと希望に満ちた一作だ。

 そして何といっても“現実のヒーロー”を描いた金字塔と言えば、ヒーローたちが活躍し続けてきた、もうひとつの米国現代史を構築した、アラン・ムーア&デイブ・ギボンズ『ウォッチメン』である。ヒーローたちの活動が、違法な自警行為として禁止された冷戦下、迫る全面核戦争の危機に翻弄される彼らを通じて、正義を、そして米国史を問い直した大傑作だ。

 正義のヒーローなど、現実にはいない。だが、それでも万が一実在したら? 矛盾に満ちた彼らの物語は、私たちに正義とは何かを考えるための、きっかけを与えてくれる。

前島賢
ライター。SF、ライトノベルを中心に活動。著書に『セカイ系とは何か ポスト・エヴァのオタク史』。

※本記事は週刊アスキー6月19日号(6月5日発売)の記事を転載したものです。

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