梅雨の季節ということで、今回取材してきたのは“傘”。向かった先は、世界で最初にビニール傘を開発したホワイトローズさんです。
店内に入ると、目の前に高級そうなビニール傘が。『シンカテール』というその傘の価格は5250円!
少々呆気にとられていると、社長の須藤宰さんが登場。
なぜ、ビニール傘が5000円以上もするのか? そこにはビニールという素材にこだわって傘をつくり続けてきた、ホワイトローズさんの長い歴史が。
ホワイトローズの創業は古く、江戸時代の享保6年(1721年)。甲斐(山梨県)にいた武田源勝政(武田勝頼の子孫)が江戸の駒形に出て、刻みタバコの武田長五郎商店として、商売を始めたのがきっかけなのだとか。
そして、四代目の武田長五郎が文政8年(1825年)ごろから雨具商に転向。そのきっかけが、刻みタバコ用の保存箱の内部に敷いていた油紙を使った雨合羽。
合羽橋という地名の由来も、この雨合羽に塗った油を乾かすために、橋の上で大量に干していた光景から名付けられたのだとか。確かに合羽橋の“合羽”ってこの雨合羽の“合羽”ですもんね。
歴史は流れ、現在のビニール傘を世界ではじめて開発したのは9代目、先代社長の須藤三男さん。実は、ミズグチさん達が話を聞いてる後ろのデスクで静かに座っていたのがその三男さんだったようです。
三男さんは第二次世界大戦中にシベリアに抑留され、帰国したのは終戦から4年が経った昭和24年。モノがあれば飛ぶように売れた戦後。わずか4年で他の雨具メーカーは復興を遂げ、あとから市場に入り込む余地はなかったそうです。
そこで、三男さんは進駐軍が持ってきたビニールのテーブルクロスに注目。終戦間もない頃に主流だった綿の傘の弱点である、“雨漏り”や“色落ち”をカバーするために、傘にかぶせるビニール製の“傘カバー”を開発したんだそうです。
こんな感じで傘にかぶせることで防水性を高める傘カバーの価格は1200~1800円。決して安くはなかったにもかかわらず、これが大ヒット商品となり、店頭には朝から長い列ができるほどだったとか。
しかし、ナイロンやポリエステルが普及して傘にも用いられるようなると傘カバーのニーズは激減。再び窮地に追い込まれることに。
でも、ビニールという素材が傘にもっとも適していると感じた三男さんは、ビニールで傘を作ることを決意。ですが、その道のりは苦労の連続だったそうです。
【苦労1】
骨とつなげるために小さな穴をいくつも開けると、そこからビニールが切れてしまう。そこで高周波ウェルダー加工(素材を溶着させる熱処理加工)で生地を接着する技術を用る。この加工法は既にあったが、複雑な構造を持つ傘に使う例は初だったそうです。
【苦労2】
ビニールは温度変化に敏感なので、これを“鈍感にさせる配合”を三菱モンサント化成共同開発。しかし、開発に費やした期間は5年ほど。ようやく“ビニール傘第1号”が完成したのは1958年だったそうです。
【苦労3】
苦労の末に完成させたビニール傘でしたが、最初は売れなかった。というのも、当時の主流は布傘でビニール傘は完全に“ライバル”扱い。そのため店舗や問屋は布傘に付ける傘カバーは歓迎しても、ビニール傘の取り扱いは拒否。業界から敵視されたそうです。
せっかく良いモノを作ったのに売れない……。その窮地を救ったのは、東京オリンピックだったそうです。このとき来日していたアメリカ人の傘バイヤーが、ビニール傘に注目。
雨が多いニューヨークでは、見通しのよい透明なビニール傘は、ファッション性と実用性を兼ね備えた傘として高く評価されたそうで、道行く人とぶつかりにくいようにデザインも鳥かご状に変更。
この傘『バードケージ』は当時7~8ドル。これは日本円で2520~2880円(当時の円は360円)。そのころは飛行機で空輸するほど売れたそうです。
さらに昭和40年代に入ると、ツイギー&ミニスカートブームに乗り、ファッション小物としてビニール傘が注目され、その時に発売した“ミニ傘”『ホワイトローズ』は月に4000本を超える大ヒット商品に。これが現在の社名の由来となったそうです。
しかしその後、ビニール傘の大幅な普及による低価格化の波に押され、売上は徐々にダウン。ビニール傘の特許も取っていたそうなんですが、20年で権利は消滅。またしても窮地に。なんか本当に波瀾万丈な感じです。
もうさすがに、雨具業を辞めようと思った時期もあったそうなんですが、そんな1980年頃に“大きく”“透明で”“丈夫な”ビニール傘が欲しいとう、選挙事務所からの大量オーダーが。
そして新たに開発したのが、最初に店内の入口で目にした『カテール』なんだそうです。
そんな現在のホワイトローズ主力商品、カテール改め、『シンカテール』(5250円)の特徴はというと……
●FRP(グラスファイバー)製の8本骨で強度もバッチリ、強風にも強い。
●オフィレン製の3層フイルムでくっつきにくい。
●骨の上に一箇所ずつの空気抜き穴“逆止弁”(特許)を装備。外からは水が入らず、中からは風が抜ける。
従来のビニール傘とは明らかに別格。元々は選挙の街頭演説用に開発されたカテールでしたが、お年寄り、子供を抱いた女性、妊婦さん、身障者の方などにも好評とのこと。丈夫で扱いが楽なだけでなく、自分の姿が周りの人から見える点が喜ばれているんだそうです。
そして、そんな技術が認められ、平成22年の園遊会では皇后陛下にご使用いただくまでに。その皇后陛下に納めた傘の技術をもとに量産した『縁結』(えんゆう)という製品も発売されているそうです。
ビニール傘一筋でがんばってきた須藤さんだけに、台風後などに安物のビニール傘が道端に捨てられているのを見ると、“ビニール傘は最高の傘なのに”という想いから、いたたまれない気持ちになることもあるとか。
ちなみに、ホワイトローズのビニール傘は修理が可能なので、購入者の方には少しでも長く使って欲しいとのことです。
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●ホワイトローズ(外部リンク)
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