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二次元の王子様に会いたくて 元SCE腐女子が夢を叶えたFOVE

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「仮想キャラクターともっと深いコミュニケーションをとりたかったんです。わたし、おおむね腐っていたので」

 3日、東京・秋葉原DMM.make AKIBAビル。Oculus対抗のバーチャルリアリティーデバイス『FOVE』を開発する小島由香代表が話した瞬間、会場にふしぎな一体感が生まれた。わたしも思った。

 よかった、ここは日本のスタートアップだ。

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FOVE 小島由香代表

 VRメディア『PANORA』が開催したイベントはキャンセル待ちも出るほどの盛況。熱気あふれる会場で注目を集めていたのはFOVEの体験会だ。

 FOVEは目の動きを認識するのが最大の特徴で、たとえばシューティングゲームなら敵を目で見るだけで狙撃できる。今までのゲームとは異なり、「認識速度がそのままスコアにつながる」「見たときに行動は終わっている」というのが衝撃的な体験だった。

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目だけでゲームをプレイ中
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なぜかファイティングポーズをとる
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生まれて初めて目からビームを撃った

 そんなFOVEはどうして生まれたのか。

 小島代表、じつはもともとソニー・コンピュータエンタテインメント(SCE)で働いていた。PlayStation 3用お気楽ネット「まいにちいっしょ」の制作に関わっていたいたのだ。そんな彼女が27歳で起業したのは一体なぜか。


●FOVEはラーメン屋のグチから生まれた

「会社でうまくいかなかった企画をラーメン屋でグチってたんです。ビール片手に」

 開発秘話は小島代表のグチから始まった。

 もともとSCEで開発していた案件がボツになり、悔しい思いをしていた小島代表。隣でラーメンを食べていたのが、FOVEのロックラン・ウィルソンCOOだ。オーストラリアに語学留学していたときからの友だちだった。

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FOVE ロックラン・ウィルソンCOO

 共通点は、アニメ・マンガ・ゲーム好きのオタクだったこと。

「某王子様とか、某シードとか……」(小島代表)

「ユカが『人を動かしたい、感動させたい』という意志があって、技術的なアドバイスをぼくがやっていた。こうすれば実現しそう、これはちょっと無理、ということを」(ロックランCOO)

 ラーメン屋でふてくされる小島代表をロックランCOOがなぐさめつつ、「それなら趣味で何か始めちゃおうよ」と言って作りはじめたのがFOVEの原型だったのだ。

 開発初期のコンセプトはゲーム用途だ。

「表情認識と視線追跡を使って、怒ったり笑ったりで自然にストーリーが分岐するシステムを作りたかったんです」と小島代表。

 いままでゲームでキャラクターとコミュニケーションを取るときは、選択肢から選んだり、ポイントをタッチするしかなかったが、目線の要素を入れれば「どこを見ているか」によって、本当の人間同士のような会話ができるようになる。

 これでついに二次元の世界に旅立てる。

 期待を高めた小島代表だが、実際には困難が続いた。


●日本だから開発できたハードウェア

Crescent Bay:GDC2015
Oculus Rift Crescent Bay

 いざOculusのようなヘッドマウントディスプレイの形にしようとなったとき、ハードづくりがとにかく難航した。

「まだOculusが発表される前の2012年。リリースされているヘッドマウントディスプレイを分解して、カメラをつけて、瞳孔検知ができるようにした。最初は改造から入ったんです。ハッキングの世界はそれしかない。すでにあるものを改造して、そこから新しいものを作ること」(ロックランCOO)

 初期はボディーを発泡スチロールで作っていたが、もろかった。飛行機に乗せてアメリカに行っただけで壊れた。断線もひんぱんに起きた。大事なプレゼンコンテストの3日前にウンともスンとも動かなくなり、青ざめたこともあった。

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むかしの試作版FOVE
写真:FOVE

「いちばん大変なのは部品調達とか発注先。そのネットワーキングが大事でした。開発に必要な最先端技術は、やっぱり秋月(電子)とかには売ってない。するとどうしても大企業のR&Dの門を叩かなきゃいけなくなるんです」

 そんなFOVEにとって救いとなったのが、部品の調達先である日本の大企業だった。

「発泡スチロールの段階でも、最新の開発キットをくれたり、うちを信じてサポートをしてくれた。『おー、よく来た』みたいに言ってくれて。日本のハードウェアスタートアップはあまり出ていないから、珍しいのかもしれないです」

 実際ヘッドマウントディスプレイの要素部品はほとんど日本、韓国で作られているという。他のVRデバイスも、日本をないがしろにしては開発ができない。「だから、FOVEは日本で開発する必要があるんです」と小島代表は言う。

 視線追跡の応用技術としては東京大学との共同研究も始めている。FOVEはまさに日本の智恵と技術の結晶なのだ。


●ALS、全身まひでも動かせる"体"

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FOVEでロボットを動かす実験

 一方、FOVEはたんなるゲーム機にとどまらない。

 小島代表の初期衝動は「キャラクターと話をしたい」だが、FOVEを使ったアイトラッキングそのものの応用先は広い。

「ドローンを目で操作したり、操作系統に使うことができる」

 手でピアノを弾いたことがなかった子供が「目でピアノを弾く」といったような、医療・介護方面への応用も考えている。たとえば難病ALSなどで体をうまく動かせない人が、行動するときの道具にできるというのだ。

「ALSの患者さんが最後の数年間で使えるのは脳波と眼球だと言われています。今までは瞬きの回数や文字板を使っていましたが、文字を入力するだけではなく身代わりのロボットを動かしたりできるようになります」

 もともと開発初期は、バーチャルキャラクターとのアイコンタクトを自閉症の研究に応用できないかという話もあったという。医療用途は想定の範囲内だったのだ。

 あらゆる方向に可能性が広がっていくFOVE。

 技術はもちろんすごいのだが、あらためて思うのは、この2人が出会い、あきらめずにここまで開発できたこと自体がすごいのではないかということだ。


●二次元の愛と夢を信じたふたり

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 小島代表がロックランCOOとさまざまなアイデアを話していたのは8年前から。知り合いのエンジニアたちに相談して95%から「無理」と言われたアイデアも、唯一ロックランCOOだけは「できる」と言い続けたという。

「まあ、彼はビッグマウスなのでできないところもあるんですけど」と小島代表がからかうと、「そんなことないよ、できるって言ったらできるじゃん!」とロックランCOOはまじめな顔をしてやり返していた。

 ああ、この2人がいたからこそ、FOVEは生まれたのだな、としみじみ思えた。

 夢を信じて開発するというのは生やさしい話ではない。見たこともないものを、反対されても失敗しても、あきらめずに作るのは想像を絶する力がいるものだと思う。

 昔話になるが、ソニー創業時、井深大氏はまだ磁気テープさえ普及していなかった時代に「日本初のテープレコーダーを作るんだ」と誓い、仲間をけしかけ、駆けずりまわって資金を集め、死にものぐるいで開発してきたという。

 FOVEにソニーの遺伝子が流れているというのは言い過ぎかもしれないが、人々の心を動かすモノの源はたしかにこめられているとわたしは思う。

 二次元の王子様たちと話をしたい、触れあいたい。そんな愛のもと完成に近づいているFOVEだが、小島代表の夢はまだ途上だ。

「(FOVEの中で)今のところ、1人にしか会えていないので」

 小島代表の恋路は、FOVEとともにはるか未来に向かって続いていく。

●ちょっと濃い話:FOVEの肝は『Foveated Rendering』

 開発ストーリーからは外れるが、FOVEの心臓である視線検出とはどういうものか、最後に技術系の話を入れておきたい。

「赤外線で眼球を照らして目を撮像、視差をとって奥行きを検知して3次元に照らす。いままでは平面だけだったんですが、立体的にすることで焦点を実現できるようになっています」(小島代表)

 これがFOVEの視線検出の基本的な仕組みだ。

 5.6インチ、2560×1440ドットのディスプレイに、2~40ミリ秒単位で処理した結果を反映する。現在のモデルは初期から数えて3代目、カメラをつける位置を調整することで、追跡できる目の範囲を広げたそうだ。

 で、最も注目すべきは『Foveated Rendering』(フォービエイテッド・レンダリング)。見える範囲だけ映像の解像度を上げる仕組みだ。これで「(コンピューターの)負荷を6分の1まで低減できると言われています」と小島代表。

 つまりFOVEをはさめば、すごいゲームが安いマシンでできるわけ。

「いまは20~30万円くらいするゲームPCが必要ですが、中程度のスペックのラップトップ、さらに将来的にはスマホでもいわゆるAAAタイトル(大ヒットタイトル)が遊べるようになるんじゃないかと」(小島代表)

 ちなみに現在、FOVEのデモンストレーションにはゲーミングパソコン『Metabox』が使われている。グラフィックはNVIDIAの『GeForce GTX 970M』。要求されるスペックはOculusとだいたい同じくらいか。

 よく似た仕組みがオンライン小説『ソードアート・オンライン』に登場していることも話題になった。「海外の人気は本当に“ソードアート効果”ですよ」(FOVE担当者)とのことで、“ソードアート”なFOVEの未来にもご注目なのだ。


■関連サイト
FOVE(Kickstarter)

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