週刊アスキー

  • Facebookアイコン
  • Twitterアイコン
  • RSSフィード

日本発メイカーズムーブメントの実情 変わったのは「売れる」という価値観:ものづくり2.0

2015年07月14日 08時00分更新

 2014年11月に秋葉原に誕生したハードウェア・スタートアップのための開発・検証施設”DMM.make AKIBA”(ディーエムエムドットメイク アキバ)。最新鋭機材を導入し、スタートアップや起業志望者に開放。ハードウェア・ガジェットなどのものづくりを志す学生や起業家が集まり、新たなプロダクトが数多く生まれつつある。

 同様に今、世界中の個人やスタートアップのレベルでこれまでになかった新しい製品が生まれ、各種クラウドファンディングサイトなどを通して広がりを見せている。

 そのような変化について、『ものづくりが叶える夢の担い手は大企業から「個人」へと交代し世界規模で急速に影響力を増しつつある』と記すのが、発売中の『ものづくり2.0 メイカーズムーブメントの日本的展開』だ。価格は1620円。

『日本のものづくりを「再生」しつつあるその開拓者たち』として、経営コンサルタント・川口盛之助氏による日本的ものづくりの過去と未来や、『デザインマネジメント』著者・田子學氏が語る「市場のつくり方」、exiii創設者たちが語る筋電義手「handiii」の今後など、注目の対談が多数掲載されている。

 今回はその発売記念にかこつけ、DMM.make AKIBAのキーマンである小笠原治氏と本書の編著を手がけた批評誌「PLANETS」編集長・宇野常寛氏の対談転載許諾をとりつけた。

 日本のメイカーズムーブメントの担い手としてのDMM.make AKIBAの現在について、小笠原氏の話をぜひお読みいただきたい。

ものづくり2.0 メイカーズムーブメントの日本的展開
DMM.make AKIBAの作業用スタジオ
画像:ものづくり2.0 メイカーズムーブメントの日本的展開

宇野:DMM.make AKIBA(以下「make」)という場所は、日本におけるメイカーズムーブメントの象徴だと言えると思います。これまでにも小笠原さんにはいろいろなお話を伺ってきましたが、今回はズバリ、この「make」という場所について伺っていきたいと思います。

小笠原:事前登録が330人くらいで、現時点(2015年2月)で180名の方に実際に使っていただいていて、すべて有料課金です。思っていた以上に初動は良かったですね。賃料は月額1万5000~2万円ぐらいなんですが、機材の使用料などを含めると、一人あたりの平均は3万5000~4万円ほどです。2015年2月末時点の当初の予測は、この半分くらいだろうと見込んでいたので、こういう場所を使いたい人は潜在的にかなり多かったということだと思います。

宇野:Cerevoのような家電ベンチャーや、znug design(ツナグ デザイン)の根津孝太さんのような個人デザイナーに加えて、さらには大手メーカーの出張ユニットも入るんですよね?

小笠原:まだ稼働はしてないですけど、インテルさんからは「Edison」という開発プラットフォームを絡めて、ここで何かしたいというご相談をいただいたりしていますね(2015年5月より共同スカラシップが始まった)。それと長年、超音波モーターの研究・開発を続けている新生工業さんが、新規事業のチームをここに置いたりもしています。旧来のメーカーさんが「make」を使うことで社員の働く環境を変えて新しいことに挑戦させるという動きは、僕らが思っていたより早く起こり始めています。

宇野:個人で登録して使っている方はどういう方なんですか?

小笠原:フリーランスの方だけでなくネットベンチャー出身の方も多いんですが、ここで実際にものづくりをしていますね。同じ秋葉原にある秋月(秋月電子通商)で買ってきた部品とかを目の前に、はんだごてを握ったりしていますよ。

「つくりたい欲求」から始まるものづくり

宇野:読者は、いま個人単位でものづくりをしている人がたくさん出始めていることにあまり実感がないと思うんですが、日本におけるこのムーブメントの現状について小笠原さんから簡単に解説していただけないでしょうか。

小笠原:そうですね、じゃあCerevoの岩佐琢磨さんを例にお話しましょう。そもそも、Cerevoに「make」へ入ってもらった理由って、僕が岩佐さんの言葉に反応してしまったからなんです。「秋葉原をハードウェアスタートアップのメッカに」って言い出した一人なんだから入れよ、というのももちろんありましたが(笑)、岩佐さんは「世界で戦うハードウェアスタートアップ企業は、なぜ可能になったのか」というお話をよくするんです。この「ハードウェアスタートアップ」という言葉を、「個人」に置き換えても同じなんですよ。

 Cerevoは「ネットと家電をつなげていく」という、「モノの再定義」のようなことを進めています。そうなると周りにいるいろんな人が岩佐さんたちの取り組みにイマジネーションを掻き立てられて、手を動かせる人はどんどん行動に移していくようになります。そういった、ものづくりをする人たちの精神面での変化をもたらしていると思います。

 Cerevoは、もともと30%ほどが海外シェアだったんですが、それがさらに伸びていて、今は54%ぐらいにまでなっているんです。国内需要だけを見ているとどうしてもジリ貧になっていくんですが、Cerevoのようなハードウェアベンチャーは、そこを気にしなくていいからどんどん革新的な製品をつくって、しかもそれが売れるようになっているという状況がある。

 需要面ではそういう背景があるのですが、「じゃあ、なぜそんな革新的な製品をつくれるようになったの?」という疑問が湧くのではないかと思います。でも、実は「売れる」ということが先にあって、「つくれるようになった」が先ではないんです。デジタルファブリケーション(コンピュータと接続された機械を用いてデジタルデータをもとに、素材を加工・成形する技術)がこうして盛り上がっていることについて、「3Dプリンタなどの登場によって『つくれるようになった』」ということを主語にしたい人たちがいるんですが、実はそういうわけではないんです。「この製品が売れる」とか「新しい価値観が伝わる」というような、今までのスタートアップだったら「つくれる」のあとに考えてしまうようなことが先に実感できるようになったのが大きいですね。

「売れる」というのをもう少し詳しく解説すると、やっぱりインターネット以降にニッチなコミュニティを見つけやすくなったということがあります。例えばスノーボーダーの中で「滑走中の体重のかかり方を知りたい」という人たちがある程度いるのであれば、じゃあ荷重センサで体重のかかり方を計測できるバインディングをつくろうというふうに発想できる。

 そして「つくれる」というのは、まず「つくりたい欲求」から始まって、技術的につくれるようにならないといけないんですが、その「つくりたい欲求」が身近なところで見つけやすくなったということもあると思います。もちろん家電を構成する電子部品がモジュール化して入手しやすくなったり、電子基板が自由に設計できたり、外装部品のラピッドプロトタイプが3Dプリンタでつくれたりとか、そういったところからも「つくれる」は実現されてはいますよ。でもそれだけでは、人は「つくり出す」まではいかなかったはずなんです。

「売れるから」「喜んでもらえるから」「新しい最適化が出来るから」とか、そういうモチベーションがまずあって、そのやる気を起こしやすい時代になってきたんじゃないか、というのが僕の仮説です。

ものづくり2.0 メイカーズムーブメントの日本的展開
XYZ方向に加え、回転軸2軸の、合計5軸から素材の切削が行える「CNCマシニングセンタ」
画像:ものづくり2.0 メイカーズムーブメントの日本的展開

宇野:実際に「make」にいま入っているのって、どんな人たちなんですか?

小笠原:抽象的に答えると、まだ「何者でもない人たち」なんですけど、でもインターネットの草創期だって「C言語が……」とか、「組み込みが……」とか、そういう小難しいレイヤーの話ではなかったと思うんですね。まず、「自分で何かを動かしたい」人たちがhtmlだったり、スクリプト言語だったりで自己表現をし始めていました。そういうネットの草創期に手を動かし出した人たちと、今リアルな物体をつくることで自己表現している人たちは同じ表現者というイメージです。

宇野:なるほど。その彼らは、ふだん他の場所でもものづくりに関係した仕事をしていたりするんですか?

小笠原:平日の昼間に「make」にいる人たちは、フリーランスやスタートアップが多いですね。読者の方にはなかなかイメージしづらいのかもしれませんが、メーカーや町工場に所属しなくても、一人で仕事を受けて、ワンルームでこつこつと試作屋さんをやっている人ってけっこういたりするんですよ。

宇野:つまり、これまで確実にいたにもかかわらず、日本のものづくりやデザインの表舞台に出てこなかった製造業のフリーランサーたちが、いま自分たち自身で製品化するというところまで考え始め、その彼らが「make」に集結しつつある。さらにはCerevoのようなスタートアップに刺激を受けた家電ベンチャー志望の脱サラ組が加わって、「make」のフリーランサー層を形成しているということですよね。

小笠原:そうですね。それ以外には大手メーカーに勤めながら、副業規定があるので商売には出来ないけれど、個人的な活動としてやっている方もけっこういらっしゃいます。そういう方々は、土日とか水曜日の夜に利用することが多いですね。

宇野:皆さん基本的には開発と試作をやっているわけですか?

小笠原:企画、設計、試作あたりまでですね。企画というのは、ここ(DMM.make AKIBA)に来て人とおしゃべりをするというのも含めてです。それと設計というのは、今のハードウェアベンチャーと言われている人たちはほとんどが設計屋さんたちで、そこがすべての基本になります。そして試作というのは、ここの10階のスタジオを使ったりして「手を動かす」ことです。

 彼らのような人たちがどんどん個人的なものづくりを始めているのは、やっぱりクラウドファンディングのような仕組みがこのタイミングで出てきたのも大きいでしょうね。デジタルファブリケーションもクラウドファンディングも、インターネットがこれだけ接続されている環境も、すべてが「今、僕たちは転換点にいる」ということの表れなんじゃないかな。

ものづくり2.0 メイカーズムーブメントの日本的展開
「チップマウンター」。電子部品をプリント基板に実装する装置
画像:ものづくり2.0 メイカーズムーブメントの日本的展開

(記事ではここまで。小笠原氏とのもう1つ対談も、ぜひ本書でご覧ください)

ものづくり2.0 名カーズムーブメントの日本的展開

発売日:2015年7月8日
定価 1620円
四六判
ISBN 978-4-04-102992-3-C0036
KADOKAWA/角川書店

●関連サイト
ものづくり2.0 メイカーズムーブメントの日本的展開

この記事をシェアしよう

週刊アスキーの最新情報を購読しよう