初戦を落としたプロ棋士側は、この先勝つチャンスがあるのか?
有明コロシアムは寒かった……。対局場に足を踏み入れたときの率直な感想だ。1万人収容できるスタンドには人っ子ひとりおらず、天井は閉まった状態だが、暖房は使っていない。対局者の後方にセラミックヒーターが置かれていたが、かなり寒かったハズだ。
誰もいないただっ広い中央に組まれた対局場に、対局者と記録係だけが座っている。ニコ生の画面で見るとその対局場のみが映っているので、この無駄な演出がなかなか伝わらないかもしれないが、たまに引いた映像を見ていただければ、その異様さがちょっとはわかっていただけるかな。この画を取りたいがために、選ばれたと言っても過言ではないだろう。
菅井五段、竹内氏の順に現われた。対局開始15分ほど前だ。両者とも気合い十分。菅井五段はスーツ、竹内氏は和装の出で立ち。
↑対局前の設定画面。相手が考えているときも考える設定だ。
立会人や記録係など一同がそろい、駒を並べていく。まずは菅井五段が並べ、そのあと今回の新兵器『電王手くん』がスピーディーに並べ始めた。すべて並べるのに3分ほど。音はきわめて静かだった。
↑駒台は大きい。ここにキレイに並べられ、それを将棋盤にひとつひとつ並べていった。
↑駒を吸着するタイプ。掴むタイプよりは制御しやすいはずだ。
10時、定刻通り対局開始。先手は菅井五段。初手は▲7六歩だった。菅井五段は、インタビューで答えていたとおり振り飛車の展開に。
↑菅井五段がお辞儀したあと、電王手くんもお辞儀。その姿に菅井五段も笑みが。
出だしは、スムーズにさほど時間を掛けず進んでいった。今回もニコファーレで大盤解説が行なわれ、解説が鈴木大介八段、 中村太地六段、聞き手は本田小百合女流三段だった。残念ながら、ニコファーレには足を運べなかったが、ゲスト陣も充実して、観覧した人たちは大いに楽しめたはずだ。
棋譜はこちらに公開されている。
戦いの模様はこちらから。
昼前までは、たいした動きはなく、評価値もほぼ五分といったところ。控え室もまだまだ和やかな雰囲気。ここで、現地レポーターの藤田綾女流初段が、電脳手くんの開発者であるデンソーウェーブの澤田洋祐氏に話を伺った。
澤田氏
「対局するコンピューターは、対局場にいますが、指し手が決まるとデンソーウェーブの控室に転送され、それを控室にあるコンピューターからロボっていくならどう動くのか、電王手くんに指示を出しています。駒の判別は、全部ロボットの先端にカメラが着いていて、駒は人が指すとズレたり回転したりするので、駒の種類も位置もズレもすべてカメラで見て補正し、判断しています。制作期間は実質1ヶ月くらいですね。でも3ヵ月はほしかったです」
「もともとは産業用ロボットで、工場で人の代わりに働くロボットになります。組み立てたり、人の代わりの作業をしています。今回この依頼が来たとき、正直、どうしようかと思いました。あまりにも、不確かなものが多すぎて。木ですし。将棋盤によって木目が違ったり、駒によってサイズも色も違うので、リスクが高いと思いました」
「駒は手書きなので、人間の目では“銀”なら“銀”として同じに見えても、カメラで見ると全く違うので大変なんです。将棋盤はもう一台予備があるのですが、これもサイズが違う。職人が作っているので。盤面も真ん中が盛り上がっていたりします。工場じゃないので、それへの調整が一番大変でした」
「ホントは、将棋盤の大きさからすると、もう一回り大きいモノがいいのですが、小さいほうがかわいいのでこのサイズにしました。
コマを取って成る時は、駒を一度横において立てて、反対側から取りにいくようにしました。最初、2台にして駒を待ち変えようとしたら、片手でないとダメだと言われまして(笑)。成る時は、ロボットが一番速く動くときなので、注目してほしいですね」
↑これが、駒を一時的に置いておく台。
ここで、藤田女流初段が「今日の電王手君の調子はいかがですか?」と健気なことを聞くと
澤田氏
「調子ですか(笑)。ロボットですから、常に同じです。それがロボットの特徴です(笑)」
とあっさり返されてました(笑)。また制作費は?と聞くと、
澤田氏
「制作費は、言えないです。でも高いです(笑)」
今度は広報に止められてました。
澤田氏
「今回いちばん気を遣ったのは、人とロボットが絶対当たってはいけないこと。対局場にはセンサーがあって、ロボットの動作範囲内に人が入ったら自動で止まるようにしました。そして、人が離れたら、止まった位置から動作を続けるようにしています。何度もテストをしました。ふつう工場では人といっしょにいることはあまりないので、その点を一番気をつけました。また、あまりプロの棋士相手に、驚かせるようなことをしないように、近くの方はロボットの速度を遅くしています。今回は頑張りました」
↑これが、赤外線センサー。3箇所に置かれていた。
↑これはカメラ。全方向映せるようにしている。
↑コンピューターがどう読んでいるのかわかりやすくしたものを今回は用意。ちなみに、対局しているものとは別のコンピューターを使って読んでいる。ソフトは習甦。右上の画像がカメラからのもの。
続いて立会人・飯野七段が登場。
「テニス会場ということで、すごい広さ。1万人入るのに、ぽつんと真ん中にぽつんと対局場が設置されたけど、まず感じたのが、寒いこと。菅井五段的には暑いよりは寒い方がいいようだ。電王手くんは暑さ寒さを感じないですけどね。最初、ハプニングで、ハチがいて。落ち着かないですよね。電王手くんは落ち着いてましたが(笑)。今は序盤の難しい局面。中飛車ですが、ある程度予想された戦型で進んでいるのではないのか。習甦は去年、急戦で阿部四段の作戦に乗ってしまった感じがした。菅井五段は最初電王手くんがどういう動きするのか、目がキョロキョロとしていました。お辞儀したときは、ニコッとしていた気がします。最初は違和感があったでしょうか。とにかく、コンピューターの読みの深さと人間の知力と感性の対決。気合が気負いに変わったり、一種独特の雰囲気の中で、どういう心理が作用されるのかによって、人間は変ってしまう」
さらに片上理事も登場。
「会場の雰囲気はすごいですよね。ドワンゴさんすごいと思いました。将棋指しはすごく孤独なんじゃないかと思います。菅井五段は対局前はすごいリラックスしてました。私を出迎えてくれたりして。取材に来られる方を迎えてくれている感じがしました。盤の前に座った感じはいい顔をしています。戦う棋士の顔ですね。竹内さんは、横にずっと座っていて、立ち居振る舞いしっかりされていた。菅井五段の中飛車は予想された手。習甦は攻めてくる印象があったので、意外と穏やかな感じです。持久戦ですね。人間としては指しやすいのではないでしょうか。コンピューターは見慣れないことをしてくることが多いけど、今回はそうでもない。いつ戦いが起きるのか、菅井さんが一日平常心で戦えるのかに注目です」
※3月28日 発言内容が終局後のものになっていたので修正しました。
観戦記担当・先崎八段の話。
「ここは、ボクシング観戦の時来ましたが、今回は観客がいないので、ずいぶんと雰囲気が違いました。プロ同士の戦いだとなかなかエールを送れないけど、がんばれよと言いました。これまでのところ指し手が速いですね。コンピューターが意外と速い。振り飛車が気分がいいと思います。悪くはない。定跡と違う感じですが、序盤でそんなに悪い手を指さない限り、あまり差がつかないゲームなんだと思いました。菅井五段がリードできれば、かなりこの将棋は勝つ確率が高くなる。集中できるのか、私も電王手くんの前に座りましたが、音は気にならないですね。すごいものだなぁと関心しました。あのままでもかわいいけど、きぐるみとか着せたりするといいんじゃないでしょうか」
現地からのレポートが終了し、ここで昼食休憩に入った。恒例のお昼は何? では両者とも『えびす御膳』を選択。
しかし、菅井五段はこれを5分ほどで食事し、ふたたび対局場へと戻ってきた。そしてずっと座って考えているのである。ここが、勝負所とみたのだろう。菅井五段は結構早指しなほうなのだが、かなり慎重に進めている。ちょっと指し手を間違っただけで、ガタガタと崩れ去る過去の対局者を見て来ているからだろうか。持ち時間は5時間しかないが、休憩時間はカウントされない。このあたりをうまく活用することが、人間側には重要である。ただし、先ほどの設定画面のとおり、コンピューター側もこの間、読んでいる。
昼食休憩が終わり、対局が再開されても、菅井五段は動かない。11分考えてから6八角と引いたが、対局終了後の記者会見で、この手が悪かったと語っていた。
↑考え込む菅井五段。昼食休憩の間も、しきりに悩んでいた。
↑竹内氏は、常にこのような姿勢で画面に向かっていた。
↑このマシンが統一マシンのドスパラ『GALLERIA 電王戦』。31万9980円で買える。
↑昼食休憩後の画面。評価値的には差がほとんどない。読みの深さが30で、探索局面数が41億とか!
↑『Ponanza』開発者の山本氏と『ツツカナ』開発者一丸氏も控え室に。Ponanzaの指し手を見て継ぎ盤に向かっている。
↑控え室には、こんな感じで対局場の様子と盤面が表示されている。
↑このころは、まだみんな笑顔でした。サトシンさんや遠山五段などが継ぎ盤を前に読んでいた。
現地レポートは、ちょこちょこと入った。今回は形勢判断なるボードを用意。解説者に現在の形成を聞いていた。14時半ぐらいの時点では、まだそんなに差が付いていないよね、というのが控え室の雰囲気だった。
↑先崎八段が再び登場。まだ差はあまりないと判断。
↑前回出場した塚田九段も控室に。遠山五段と手順を調べていた。
15時になりおやつの時間。今回はおやつ協賛のローソンのスイーツの中から、菅井五段が選んだ商品を控室のみんなにも配っていた。選ばれたのは『ぎゅっとショコラ』。脳に糖分を補給したいところだったのだろう。私も美味しくいただきました。
↑サトシンさんもパクリとスイーツを試食。
↑藤田女流初段も美味しそうに食べていた。
15時過ぎぐらいから、だんだんと菅井五段のほうが押されている雰囲気になってきた。山本氏と塚田九段がPonanzaの読みを検証する場面も。
↑コンピューターの読みは、人間では思いつかない手を打つこともしばしば。よく調べると結構いい手だったりするからプロ棋士もうなる。
↑コンピュータ将棋協会の会長・瀧澤氏も。菅井五段が難しい局面でみなさん渋い顔。
↑塚田九段は、休憩中に視聴者に出題されていた詰将棋の解答を。出題時、玉の位置が違う致命的ミスが。
↑山本氏は宣伝活動も抜かりない。さすが電王。Ponanzaのソフトが5月に発売されるそうです。
↑Ponanzaが指し示す手を披露。実際にはこの通りには進まなかったが。
↑伊藤真吾五段と藤田女流初段による控室で予想した今後の展開。
控室も、何かいい手はないのか調べるのだが、菅井五段には厳しい展開が続く。夕食休憩も取らずに考えていた菅井五段。夕食休憩後時点での評価値は-176。63手目▲5三金打ちに出るが、評価値は-368へ。その後、△4四飛、▲2六飛のあと△5二歩と進み、次の手を習甦は▲5六歩と読む。しかし、これは人間だとなかなか考えない手と控室では言われていた。だが、菅井五段はこの手を指した! ただ、このころから評価値は-300超えが続く。
68手目△6六銀に対して▲同金としたあと、コンピューターが長考する。評価値は菅井五段が-323。終局後の会見で竹内氏が時間配分を調整したと語っていたが、重要な局面で長考するなんて、まるで人間のような感じだ。結局20分以上考えて△同歩と指した。
↑頭を抱える菅井五段。習甦の攻めがきつかったのだろうか?
↑その頃の盤面。△4八歩と打たれて73手目▲3九金と寄ったところ。耐えるのみ。
74手目に習甦は5一歩と読む。この手も人間の先入観からは打たない手と控室では話題になった。こう打たれたら、▲5三金と引いてしまうが、それはあまり良くないらしい。習甦の読みは▲同金。これはできないそうだ。
結局この手は打たずに4三銀を選択したが、この時点で評価値は-441。結構厳しい値だ。もち時間も19時15分の時点で菅井五段が1時間を切る。コンピューターは1時間21分。
その直後の78手目に49歩成りと銀を取る手が。電王手くんが初の“成り”の動作を成功させ、デンソーウェーブの控室から大きな歓声が聞こえてきた。
↑飯野七段親子が登場。娘さんの愛さんは女流2級だ。
飯野七段親子が登場した時点で、86手目。評価値は-804だ。ここまで来るとひっくり返すのはかなり厳しい。次の手で-1060となった。それから10手ほど進んだ98手目に菅井五段は投了した。終局の時間は20時半ぐらいだった。
↑投了した直後の菅井五段。
↑竹内氏は、勝っても表情は硬いまま。勝って喜びを表さないというのは、将棋や囲碁などでは普通なこと。
↑消費時間が6時間オーバーしているが、休憩時間も動いているため。逆に人間側はそれをうまく利用したということ。
投了後の菅井五段のコメント。
「ちょっとあんまり良い所もなかった気がします。うまく指されました。200局ぐらい研究したが、今回のような局面はやったことがなくて。ちょっと動揺しました。序盤で同じような形は何度かあったが、28手目の△4三金から▲7八飛、△7二飛は初めてでした。負けてしまったのは力が出せなかったというより、力がなかったから。習甦の手で良かったと思うのは5三銀と上がられた手。自分が不本意だと思う手が6八角。5九角とか、そういう手を指したかった。習甦の印象は、中終盤がとても強いと思う。ロボットアームは集中できました。人間よりいいかもしれませんね。最初にお辞儀された時は、ニコッとしましたね。ちょっと驚きました。今回負けましたが、あと続く棋士たちには、自分の力を精一杯発揮してもらいたいですね」
対局終了後の記者会見の模様
習甦開発者・竹内氏
「昨日、セッティングに立ち会わせていただきましたが、昨年よりも大幅にパワーアップしたのは、歴史的なイベントを大勢の方のお力によるものだと実感しまして、大変感謝している。菅井五段は事前のインタビューを拝見し、コンピューターの必勝法を見つけて勝っても、明日からの自分につながらないし意味が無い。ということにすごく共感し。PVでは自分はギリギリの将棋が好き。今回も大舞台でもそうしたいと言われ、コンピューターを相手にギリギリの勝負をするのは危険だと、おそらく承知のうえで、あえてそうたたえたのかと思います。また振り飛車をしてファンの期待に応えたところもあり、あえて厳しい戦い方を選んだ。そのため、習甦が勝つ確率が高まり、たまたま勝てたものと思います。その心意気とファンの気持ちに応えた菅井五段を讃えたいと思います」
菅井五段
「今日は素晴らしい会場で将棋をしたんですが、内容が不甲斐なかった。総合的に習甦のほうが上だったのではないか」
立会人・飯野七段
「この取材陣の多さを見まして、この第3回将棋電王戦の第一局が、いかに注目度が高かいかということが分かりました。この会場の有明コロシアム、そして今回対局相手の代役としてロボットアームの投入と、全てにおいて画期的な設定の中、無事終了したことを嬉しく思う。結果に対してとやかく言う立場ではないですが、団体戦ですので、あと四局残っています。今回同様力を出し合って、全国の将棋ファンの皆さんに応えられればと思う」
デンソーウェーブ・澤田氏
「お話を受けたとき、難しいと思った。人が簡単にやれることをロボットがやるのは難しい。特に、このような伝統的なものや作業は特に難しくて、曖昧さを嫌う精密機械と、曖昧さが味になるような芸術品のようなものは、労力や工夫をしないとなかなかやりきれないとわかりましたので、ほんと難しいものでした。ルールをよく知らなくて、最初両腕を使って片手で持って片手で持ち替えればいいと思っていたのですが、両手を使ってはいけないと聞いて、反転する装置をつけたのですが。本番の中で早く全ての動作をやってほしいと思ったのですが、10時間後にやっと実現してホッとしました。あまり人と近くで対局する形なので、恐怖感を与えたくなかったので、どちらかというとかわいいという感じ、なめらかな動きを実現した」
ドワンゴ・川上会長
「対局してくださった菅井五段と習甦の開発者竹内さん、熱戦を繰り広げていただきありがとうございました。また、短い開発期間の中で制作していただいたデンソーウェーブの澤田さんにも感謝しております。将棋連盟さんのご協力のもと、第3回電王戦を開始できたことを嬉しく思っております。残り4戦も盛り上がることを期待しています」
日本将棋連盟・片上理事
「将棋界内外から、多くの方に来ていただきありがとうございます。ドワンゴさんには素晴らしい舞台を用意していただきありがとうございました。対局は残念な結果でした。プロ側も期待していましたトップバッターが敗れ、厳しい展開になりましたが、2局目以降は巻き返していきたい。人間が力を出しきれずに負けることもあるが、今回は菅井五段が弱くて負けたのではなく、習甦が強く、素晴らしい差し回しを見せたと思います。竹内さんは苦労して開発されているかと思います。66手目52歩が素晴らしかったと思います。一局を通じてプロが見てもミスがなく、素晴らしい戦いだったと思います」
続いて質疑応答が行なわれた。
――昨年は弱点を見つけて阿部四段が勝利しましたが、その弱点は克服したのか。
竹内氏
「阿部四段の言った弱点は、まだ克服していない。端歩を突くとか、その処理を組み込むことは可能だが、そういうことは私の目指すところではない。評価関数が狂っているということなので、もっと長い目で修正していきたい」
――序盤はスムーズだったが、終盤は慎重に時間をかけていたが。
竹内氏
「出場決め手から調整期間で、ほかの挑戦者は、手順を見ぬかれないよう乱数を使ってその都度手を変えるということを、いろいろと検討されていたようですが、私は5時間という時間をいかにうまく使うか、調整した。まずまずうまくいったと思う」
――菅井五段は改めてどうでしたか。
竹内氏
「昨日も話しかけて頂いて、とてもいい方で、今回たまたま運があって習甦が勝ちましたが、今日の対局をかてにして、菅井さんの目指す強い棋士を目指してほしい。ますます飛躍して欲しいですし10年後コンピューターに勝つようがんばってほしい」
――今回200局やって研究されたそうですが、習甦の印象は?
菅井五段
「中終盤がすごく正確だという印象ですね」
――慣れてない環境でのプレッシャーは?
菅井五段
「はじめはあったが、いつもどおり。習甦のほうが強かった」
――勝つためには?
菅井五段
「これからも一生懸命頑張っていかなければ」
――今回の敗戦は人生に活かせるか?
菅井五段
「経験を活かして頑張っていきたい」
――観客のいない有明コロシアムを選んだ理由と、舞台設定としてどうだったか?
川上会長
「電王戦というのは将棋の歴史にとって、非常に大きなターニングポイントになるかもしれない対局になると思い、立派なものに演出したいと思いこのような場所にしました。ネットの反応は、見たことのない絵だという反応をいただいてよかったと思います」
――コンピューターと戦ってどうだったか。
菅井五段
「すごい悔しい。自分なりにはしっかり準備したつもり。ただ振り返ってみると、研究不足だったと思う」
――コンピュータ将棋のレベルはどう感じたか。
菅井五段
「数年前ならプロ棋士がはっきり強かったと思うが、今日の将棋もそうですが最近は総合的に見ると、自分ではかなわないかもしれない。自分のほうが強い部分もあるかもしれないが」
――今後戦うとしたら、どう戦うか。
菅井五段
「プロ棋士次第。今まで以上に頑張れば、10年後でも十分勝負できると思いますし。コンピューターの進歩より、人間が一生懸命頑張るかだと思います」
――今回、慎重に戦われていると控室で言われていたが、どうだったか。
菅井五段
「今日はいつもより時間配分も多く使おうと思っていた。少しのミスでもコンピューターには正確に指されるので。ここ4ヵ月ずっと習甦と指していましたが、自分も強くなれていると思います」
――評価値の推移はどのようでしたか?
竹内氏
「昼食休憩の以前は、不利な評価値を出してました。長考の一手のあと、後手が有利に。15時ぐらいの長考のあとに、さらに習甦側に振れました」
――機会があれば再戦してみたいか。
菅井五段
「再戦の機会があればやってみたい気もするが、今日の負けはしっかり反省して戦いたい」
――去年の習甦との違いは?
竹内氏
「評価関数の不備があると思い、評価項目を1.5倍に増やしました。評価関数は盤面の効きと駒の位置関係ですが、駒の位置関係を焼く2倍に増やしました。ただ、評価関数の計算コストが増えたので、読みの深さが浅くなったので少しデメリットも出ています」
――ロボットアームが代わりに指すことはどうだったか。
菅井五段
「違和感はなかったですし、いつもどおり出来た。勝負して気になる点はなかった」
ということで、第一局は習甦が勝ったわけだが、素人目でも習甦の差し回しは人間らしく、コンピューター特有の変な手と思うような指し手はなかったように思う。控室でプロ棋士たちが、口々に「人間だと出てこない手」と言っていたが、“変な手”というわけではなく、“人間では先入観があってなかなか気が付かない良い手”ということ。逆に考えると、これまでの経験とかで判断してきた読み筋を、より幅を広げないとプロ棋士と言えどもそうそう勝てないのではなかろうか。
コンピューター将棋がここまで強く進化してきた理由のひとつが、とにかく力技で可能な手をすべて読んで、今まで捨てていた最良の手を極力なくす、というプロセスを組み込んだからだ。それと同じことを人間も……といってもそれには限界もある。コンピューターのような“ひらめき”を効率よく引き出すことが、果たして人間にできるのか。より強い棋士が登場する2局目以降に期待したい。
えっ、ソフトを更新って? 次回の戦いは勝負前から波乱の展開に
会場で次回の予告PVが流されたが、通常とは違う展開に。『やねうら王』の開発者・磯崎元洋氏が佐藤紳哉六段の自宅へ訪れ、ソフトを入れ替えようとするシーンが流れる(現在このPVは非公開になっている)。今回の修正対応については、ここで(外部サイト)公開されている。以下は、第一局の会見でのコメントである。
川上会長
「今回の戦いは、一旦提出したソフトの更新は一切認めないという主催者が決めたルールでしたが、『やねうら王』にいくつかの致命的なバグのために変更したい旨、開発者から申し出があり、今回変更を認めました。そうしたところ、実際には棋力が大幅に変わり、強くなったと指摘がありました。このため、主催者と関係者とで協議をしましたが、主催者の判断で安定した対局のために、『やねうら王』のソフトの変更を受け入れることとしました。改訂版で対局することになりました。今回、もともとのレギュレーションとは違う条件で対局することになった佐藤紳哉六段が対戦されることを、みなさんご承知していただきたいと思います」
片上理事
「みなさん、今日はじめてこのことを知り、驚いたり、中には怒っている方もいるかもしれませんが、私もこの件に関してはびっくりしております。補足いたしますと、貸し出されたソフトはすべて、私が対局して確認してますし、私以外の棋士もコンピューター将棋のことを知ってもらいたいので、対戦していたりしています。私自身も10数局、ほかの棋士も対局を行なっておりますが、公式の戦いで止まってしまうなどの致命的なバグには見つかっておりません。見つかっていなくても、開発者があると言われれば、あるのだろうと思ってはいるのですが、私も佐藤六段も果たしてどうだったのかと戸惑っている部分もあります。最終的には、今回ドワンゴさんでレギュレーションを取り決めておりますが、第二局のみ特例としまして、変更を受け入れるということになります」
佐藤六段
「今回お騒がせして申し訳ありません。第二局は楽しい対決になるのではないかとみなさん期待していると思いますし、私自身もそうなるのではないかと期待していたのですが、突然変わってしまって私も驚いてますし、開発者の人に対して怒りの気持ちでいっぱいです。まず最初から嘘なんですよね。指し手に変更はないと言っておきながら、あきらかに変更されたものを棋力も指しても違うものを入れ替えて、嘘偽り織り交ぜて、あるいは挑発的な提案もありまして、そうやりながらやりとりを楽しんでいるかのような人で。ほんとこの電王戦、真摯に立ち向かわれている開発者のみなさんに、失礼だと思います。
練習対局を数十局やっておりますが、そこで動作が止まるということや不安定になることは一度もありません。バグといいますか、一度詰みと判定したにもかかわらず詰まなかったということはありましたが、動作が止まることはなかった。コンピューターからしたら、大きなバグかもしれませんが、数十局で1度だけなので、人間がポカする確率のほうが高いのではないか。
3月1日の話なのですが、主催者に相談しようとしたら、「大丈夫大丈夫」とか言って、すでに変更されてしまっていて。まぁ、本人を家に上げて、本番のソフトを入れ替えられてしまうという、ワキの甘い部分もあったのですが、まさかこのようなことになるとは想定もしていませんでした。将棋界にずっといると、スポーツマンシップというかフェアプレーに慣れてしまっていて、だから余計びっくりして。最初、間違っていると思っていたんですよ。時間の使い方から、指し手がランダムに入っていたものが、ひと通りになっていたりだとか、まるで違うソフトになっていて、将棋連盟を通して確認してもらったのですが、その時点でも開発者の方はしらばっくれている感じでした。
受け入れるかどうかですが、ルールは私が決めるものではないので、言われたとおりに従うと思っていました。それまでは、ライバルだと思って愛着が湧いてきていたんです。負けると悔しい、負けを認めないとか、なんとなくソフトに感情はないですが、思っていたりしてお互いがんばろうなんて。新しいソフトで対局が決定したとしても、明らかに強いソフトなので、強いから嫌ですとはプロ棋士ですのでプライドもありますから口が裂けても言えません。ですので、どんなルールでも受け入れますというスタンスでした。ですので、がんばって指そうと。ごたごたしたとき精神的にも大変でしたが、このソフトと戦って勝つんだと。ほんとに強いソフトなので、大変なことではありますが、神頼みになってしまうかもしれませんが、気持ちでカバーして頑張っていきたいと思っております」
この展開を見ていた、Ponanzaの開発者山本氏はツイッターで不快感を述べ、反則負けにするべきとつぶやいた。ニコ生のコメントにも同様のことが多く書かれていた。
なお、この件に関して、改めて3月19日13時より対局方法についてニコ生にて説明が行われることになった。出演者は、日本将棋連盟理事の片上六段、やねうら王開発者の磯崎元洋氏(やねうらお)、そしてドワンゴの川上会長だ。
第1回、第2回のボンクラーズ、Puelaαの開発者・伊藤氏のようなヒール役がほしいのか。それとも、悪ふざけなだけなのか。なんにせよ、今回の騒動はルール違反なので、本来ならアウトなはず。だが、事が進んでしまっていて、中止にすることが難しい状況から“しかたなく”という感が強い。プロ棋士側も“強くなったからやりません”とは言えないでしょう。とにかく、今日13時からの説明放送は注目だ。
3月19日18:45追記・結局元のバージョンで行なうことに決定
主催者の判断で、旧バージョンのソフトで行なうことを決定。開発者並びに日本将棋連盟も了承した(関連記事)。お詫びと経緯は、上記放送をご覧ください。
3月19日18:45 誤字・脱字を修正しました。
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