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「宇宙で、初音ミクに、ネギを振らせたい。」民間衛星プロジェクトSOMESAT開発者インタビュー

2012年07月11日 13時00分更新

“宇宙で、初音ミクに、ネギを振らせたい。”

 2009年秋、ニコニコ技術部が母体となり、超小型衛星『キューブサット』に初音ミクを載せて打ち上げようというプロジェクトがスタートした。

SOMESAT開発者インタビュー

 ソーシャル・メディア衛星開発プロジェクト“SOMESAT”は、ネットを通じて衛星開発の技術や知識、応援したい気持ちをもった人々の集合体だ。開発はもちろんのこと、試験、資金調達や法律面などの実務、広報PR活動まで一般人が集まってやってしまおうという、ネット・SNS時代を代表するようなプロジェクトだ。

 SOMESATメンバーのひとり、衛星からの電波を地上で受信するためのアンテナを開発しているつうな( @t_una )さんに、ミッションの目的と現在のプロジェクト進行状況を伺った。

―― SOMESATは全員初音ミクの熱烈なファンなんですか?

つうな 「私も含めて、多くの人がミクのこと大好きですね。最初は「初音ミクってなんなの?」という人もいたのですが、参加してから知ってもらってます。メインで活動しているメンバーは10~20人くらいですね。」

―― 宇宙開発の知識や技術もバラバラな中で、どのようにプロジェクトを組織するのですか?

つうな 「まとめ役はいるのですが、トップダウン型ではなくて基本的には水平なつながりですね。毎週1回、ネット上で集まって会議をしています。ニコニコ技術部の活動などを通じて“僕は電源を作れるよ”とか、“勉強して模型を作る”とか。“仕事で回路作っているから、その技術を活かしてみようか”といったように、社会人として仕事の知識を活かしている人もいらっしゃいますね。そして、ニコニコ超会議のようなイベントがあれば顔を合わせて……それを繰り返しながら作っていくのです」

ニコニコ超会議 宇宙

―― メンバーは全国から?

つうな 「はい。北海道から沖縄までいますよ。超会議のときは、北海道から京都くらいまでのメンバーが集まりました。

 年齢などもさまざまで、工学を勉強中な学生さんや、アポロ11号やスペースシャトルなどの宇宙開発をずっと見てきたのに人工衛星開発を学生がやっているなんて悔しい! と言って参加された社会人の方もいます。あとは、やってみたいし技術はあるけど機会がなかったと我慢できなくなって始めた人。モデルロケット経験者や、ロボットを作っていた人、鳥人間コンテスト出身もいたかな。技術系もいれば、宇宙が好きでずっと見ていたけど、きっかけが今までなかったとか、いろいろです」

―― SOMESATの衛星とはどんなものか教えてください。

つうな 「SOMESATが目指しているのは、とても小さい人工衛星で、“キューブサット” 1U(10×10×10センチメートル)と呼ばれているものです。」

SOMESAT開発者インタビュー

つうな 「もし宇宙で、初音ミク(“はちゅね”)がネギを振ったらと考えると、とてもおもしろいですし、今は大学や高専の学生が人工衛星を作っているくらいだから、民間でも作れるのでは? というところから開発が始まりました。

 人工衛星の一番の目的は“ネギ振り”。ネギを振っているミクを、衛星の姿勢の変化や電力の消費をモニターして確かめる。できればその姿を画像として見たいので、カメラを積む。何枚か連続して撮影すれば動いていることが確認できますし、ちょっとフレームレートを上げて7~10fpsにすれば、ぱらぱらマンガくらいには見えますよね。さらにその画像を地上に送るために通信機能もそれなりのものにしなければ……というように、ネギ振りを中心に衛星の機能考えていきます」

―― どんな軌道を回る衛星なんですか?

つうな 「日本で運用や通信ができるようにします。そのうえで、軌道は高度数百キロ地点、北極と南極を通る南北の“極軌道”を目指します。極軌道にすれば衛星から(日本をとりまく)世界が見えるじゃないですか。ミクにね、南極と北極も含めて地球全体を見せてあげたいんですよ。もちろん、地球のいろいろな場所の写真を撮りたいという希望もあるので、それなら極軌道のほうがいいかなというのもあります。それと、ミッションをきちんと行ない終えられるように、打ち上げから地球へ落ちるまでの期間が1年以上あることですね。」

SOMESAT開発者インタビュー
(C)NASA/GSFC

―― 初音ミクは宇宙で歌うんですか?

つうな 「個人的にはすごく歌わせたいです。でも、人工衛星から曲を流すことについては、まだわからないです。曲を流すとなると、どうしても音を電波にのせてきれいに流すことを検討しないといけない。それに、衛星と通信できるのは地上の受信局の上に衛星が来ている時間のみ……その時間は長くて15分くらいですから、1曲くらいなら流れるかな……とは思いますが、その時間内で、もともとのプロジェクトであるミクが撮影した写真データもダウンロードしないと……と考えると難しいですね。

 それでも曲を流す、というのはいつかやりたいこと。そのためにこの受信アンテナを作っているんですよ。」

SOMESAT開発者インタビュー

つうな 「このアンテナと受信機を合わせて、家庭のベランダに置いておくことで、キューブサットからの電波を受信できる。これを世界中のあちこちに置いてもらって、それぞれをインターネットでつないでしまえば、世界中どこでもリアルタイムに歌の信号が受信できる“初音ミク衛星受信局ネットワーク”ができるんです。

1機目のミッションであるネギ振りがきちんと終わったら、衛星のソフトウェアを上書きして、宇宙から3時間くらいの初音ミク宇宙ライブといったこともやってみたいです。3時間あれば衛星は地球を2周できます。衛星から流すためのオリジナル曲を募集してもいいかもしれませんね。そういうこともやってみたいんです」

補足:人工衛星の開発は、部品ごとの最適の機能の組み合わせを考える“BBM:Bread Board Model”、コンポーネントを人工衛星という箱に納め、正しく機能することを確かめる“EM:Engineering Model”、真空・低温といった宇宙環境での試験を行なう試作機“PM:Prototype Model”、実際に打ち上げる実機“FM:Flight Model”といった段階を経て製作される。SOMEST衛星開発は3年目。衛星のコンポーネント(電源やアンテナなど何らかの機能をもった部品)単位での開発報告がニコニコ動画などで行なわれているが、現在はどこまで進んでいるのだろう。】

―― 現在はどこまで開発が進んでいますか?

つうな 「今はまだまだバラバラのBBM手前。電源、通信などのパーツがぽつぽつできはじめてきていて、もう少し集まったらつなげて試験してみようか、という段階です。まず試験をして、その後つないで箱の中に納めて、それからまた試験をして、FMにしていきます。担当もきっちりではなくて、それぞれが自分でこんなもの作ったんだけど、使えないかな、といった具合ですね。

 もちろん、衛星だけでなく、組織づくりもしないとなりません。打ち上げにあたって、もしJAXAのロケットを利用するのであれば、JAXAの審査を受けるために、法人格をもっている必要があります。また、決まった場所がないと最終的にものが集められないので、そのための場所も必要です。今は事務所があるわけではないので、誰か個人の自宅を登録して、そこにするのかあるいはどこかに場所を用意するのか、考えないといけないですね。」

―― 開発用の部品はどこで手に入れるんですか?

つうな 「基本的には秋葉原です。基板にしてもその他のパーツにしても、宇宙用、人工衛星用の部品と秋葉原で売っているものとの違いは、“宇宙で使える保証があるか、ないか”です。宇宙用として売られているものは、メーカーの試験を通った保証があるから値段も高い。だったら、放射線試験も、真空試験も、自分たちでしてしまえばいいんです。自分たちでやって動くなら、それでいい。保障も、軌道上で何十年ではなく1年動くだけあればいいわけです。今、キューブサットの部品として秋葉原で買うことができないのは太陽電池くらいじゃないですかね。」

SOMESAT開発者インタビュー


―― でも、試験設備はどうやって用意するんですか?

つうな 「最終的には九工大やJAXAに人工衛星の試験設備が用意されていますから、そういったところで実機の試験を行なう必要があります。ですが、最初の試験は自宅です。BBMなどの段階では、自宅でやるか……試験環境を自作します。まずは宇宙環境がある程度模擬できればいいんです。

 低温環境は、まず冷蔵庫から。高温はオーブンで。衝撃試験は木槌や金槌で殴るんです。これはJAXAでもやってるんですよ。回転の試験は、レコードプレーヤーに乗せます。回転数もちゃんとわかりますしね。回転の検出器を付けてぐるぐる回せば、衛星を分離した後にぐるぐる回っていても大丈夫かといったことや、まわりっぱなしでもブレずに写真が撮れるかといったことがわかります。」

SOMESAT開発者インタビュー

つうな 「それと、宇宙空間を模擬するためには、内部を真空にできる試験設備“真空チャンバー”が必要になるのですが、これも自作です。アルミを削り出してふたを作り、配管用のゴムのオーリングと市販のポンプをつないで、リーク(漏れ)を見ながら、調整を繰り返して作る。10のマイナス4乗くらいの真空チャンバーなのでJAXAの設備よりは数段落ちるけれども、最初のコンポーネントの試験には十分に使えます。SOEMSATのメンバーが作って自宅に持っているので、そこに送って試験してもらうわけです。

 クリーンルームも自作します。これはわりと簡単で、部屋枠を作ったらビニールカーテンをかけ、空気清浄機で空気を流し込めばOK。最近の空気清浄器はすごく性能がいいですし、クリーン度はそれほど高くなくてもいいので、十分使えます」

補足:大学など民間が開発する超小型衛星を打ち上げる方法は、いくつかある。ひとつにはJAXAの募集する“相乗り小型衛星”に応募する方法。H-IIAロケットで人工衛星を打ち上げる際に、余剰の搭載重量の範囲でいっしょに打ち上げる衛星を募るというものだ。打ち上げ費用がかからず、現在大学などで盛んに行なわれている超小型衛星開発はこの方法を目指しているものも多い。今年から、国際宇宙ステーション 日本実験棟“きぼう”から超小型衛星を放出する方式も始まった。この場合、相乗り方式のようにロケットの先端で打ち上げ時の振動や衝撃を直接受けることがなく、国際宇宙ステーション補給機こうのとり(HTV)などに衛星を梱包して積み込んで持っていくので、開発の負担が少ない。また、お金さえ払えば、ロシアなど海外のロケットの打ち上げサービスを“買う”こともできる。】

―― SOMESATの打ち上げは、どのロケットで行なうのですか?

つうな 「まだ決めてません。ただ、JAXAの相乗りならタダですね。ただし日本全国、いくつもの大学が衛星を作っていて、JAXAの相乗りに応募している。どれを載せるのか、という審査に勝ち残っていったものが、ロケットに乗れる資格をもらえるわけです。25年以内に大気圏に再突入するといったJAXAのルールもクリアーしなくてはなりませんし、納期にも間に合わせないといけない。ちなみに審査から打ち上げまで2年ぐらいかかりますね」

――  国際宇宙ステーションから放出する方法ならば、打ち上げ時の要求がそれほど厳しくないのでは?

つうな 「そうですね。でも、私は相乗りのほうが魅力的です。打ち上げのハードルは1回越えたことがあるから、理解している。それは越えられるのがわかっています。国際宇宙ステーションは軌道が高度400キロ程度と低いので、放出したら100日くらいで大気圏へと落ちてきます。衛星の寿命が短いんですね。がんばって奇跡的に伸びたとしても300日程度。なので、その間に初期運用をして、ミクにネギを振ってもらって、後期運用までやるにはやはり足りないんですよ。」

―― JAXAには審査がありますよね?

つうな 「正直、それがあるのでJAXAに決めきれていないんです。海外のロケットで打ち上げるなら、お金を払えばミッションは自由ですから。ただ、JAXAでもできなくはないとは思っています。」

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つうな 「もちろん、単に“ミクがネギ振りします”だけではだめだと思うんですが、10センチメートル角の衛星で撮影はもちろん動画も撮れるとか、回線速度を確保したうえでその画像データを降ろせるとか、地上でたくさんの受信局を使って、多くの人に協力してもらってデータ降ろすといったことがきちんとできて、それを訴えていけば。小学校や中学校に受信局のアンテナを配ってもいいと思います。せっかく、SOMESATというチームは全国に散らばっているわけですから、全国あちこちで講師ができるんです。そういう強みを生かしていきたいですね。」

実はつうなさん、学生として超小型衛星を開発した経験を持っている。開発のハードルを軽くするより、意味あるミッションをしっかりやりたい、といえるところに経験者の自信が感じられる。)

―― 聞けば聞くほど魅力的ですが、文系の出番もあるんでしょうか?

つうな 「理系とか文系とかはあんまり関係がなくて、いろんな人が集まって初めて衛星の開発ができて運用ができるんです。衛星としてモノが完成すれば宇宙に行けるかというとそうではなくて、人とコミュニケーションしなくてはならないし、書類も作らなくてはならない。文系の人は“自分には技術がない”というんですけど、それはどうだろうと。むしろ事務方面のことができるというのも大切だと思います。今も、広報担当をはじめ、事務的なこともみんな手さぐりで、まずはツイッターとブログを立ち上げてみようかとか。

 人工衛星を作る、というので少々ハードルが高いのかもしれませんが、メディアに出ると新規メンバーがこられたりして。たくさんの方々に外から見守ってもらっているという気がしますね」

 ソーシャル・メディア衛星開発プロジェクト SOMESAT。毎週金曜日23時から、ニコ技IRCチャンネル #somesat で定例会議を行なっているため、我こそはという方はぜひ、参加してみてほしい!

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