週刊アスキー

  • Facebookアイコン
  • Twitterアイコン
  • RSSフィード

たった21手で終局した将棋電王戦FINALの第5局顛末とFINAL総括|将棋電王戦FINAL

2015年04月21日 17時15分更新

将棋電王戦FINAL

  将棋電王戦FINAL第5局は4月11日に東京・千駄ヶ谷にある将棋会館に行なわれた。結果は御存知のとおり、AWAKE開発者・巨瀬亮一氏が21手で投了を宣言し、阿久津主税八段が勝利。団体戦として初めてプロ棋士が3勝2敗で勝ち越しを決めた。あれから大分日がたってしまったが、第5局の顛末とFINALの総括を書きとどめておきたい。会見が長かったので、かなりの長文になっている。

 なお、第5局の対局はタイムシフト(要有料会員)で見られる。記事中のタイム表記は、この動画で見られるおよその時間だ。

将棋電王戦FINAL

 第5局は、これまでと同様に将棋会館で行なわれた。ただ、これまでは特別対局室で行なわれていたが、電王戦では控室として使われていた通常の対局室での対局となった。このため、今までなら、終局すればすぐに隣にある対局室へ入れたが、今回の控室は、隣のビルにあったため、終局してもなかなかインタビューが行なえなかった。加えて、対局開始から49分という短時間で終局してしまい、関係者も大混乱。終局後に行なう記者会見も、出席者が全員揃っておらず、結局6時スタートとなった。

将棋電王戦FINAL
現地中継は将棋会館の隣にある、けんぽプラザの会議室で行なわれた。控室も兼ねている。

 第5局のポイントは、なんといっても△2八角だ。1:18:00ぐらいの出来事である。

将棋電王戦FINAL
△2八角と打ったシーン。角が詰まされてしまうので後手はかなり損。

 この戦法(?)は、いかにして△2八角を打たせるかである。打たなかった場合の対処などについては、観戦記を書かれた野月浩貴七段の記事に詳しく書かれているのでぜひ読んでもらいたい。簡単にいうと、この戦法は対コンピューターに対して有効な手段であり、人間相手ではまったく通用しない手だ。スマホ用のゲーム『将棋ウォーズ』でこの戦法がユーザーたちによってponanza(将棋ウォーズのバックで動いている)相手に編み出されたもので、2月に行なわれたイベント『電王AWAKEに勝てたら100万円!』でアマチュア棋士が指したことでAWAKEにも有効だと知らしめたものだ。阿久津八段は、ソフトの貸し出し(昨年12月)を受けてから3日後ぐらいには、この△2八角を打つことを確認したという。ただ、全ての対局で△2八角を打つわけではない。打たせるように差し向けるが、そうならなかった場合でも優位に立てるような指し手の研究をかなり行なっている。十分研究して勝つ可能性を高めた上での、今回の作戦決行なのである。

将棋電王戦FINAL
初手は角筋を開ける7六歩。
将棋電王戦FINAL
電王手さんは、今日も快調だったのだが……。

 今回、練習では出なかった手順で進んだようだが、△2八角を20手目に打ち、▲1六香とした時点で巨瀬氏が投了した。△2八角と打っても角が詰まされて先手が有利になるだけで、もし進めていったら逆転して先手プロ棋士側が負ける可能性もある。ただ、プロ棋士レベルでは相当なミスを犯さない限り勝つ可能性が高いそうだ。

将棋電王戦FINAL

 ちなみに、ほかのソフトでもこの△2八角を打つ可能性がある。当日控室でApery開発者・平岡拓也氏がAperyを使って検討していたが、この△2八角が読み筋として浮上していた。ただ、読む時間によってこの手が悪手だと判断される可能性は高い。今回のFINALで序盤に結構時間を掛けて指すソフトが多かったが、そういう意味では序盤に時間を掛けて読ませるというのは最良な時間配分なのかもしれない。

将棋電王戦FINAL
Apery開発者・平岡拓也氏(右)とSelene開発者・西海枝昌彦氏。

 対局終了直後のインタビューは1:40:40ぐらいから。

将棋電王戦FINAL
頭を抱えるAWAKE開発者・巨瀬亮一氏(奥)。
将棋電王戦FINAL
将棋電王戦FINAL
駒もしまい、空を見つめる阿久津八段

 11時前に終局してしまい、運営もてんやわんやである。これまでのことを考えれば、終局は夕方以降だったので、それぐらいに記者会見の出席者が集まる手はずになっていたようだ。そこで、午後に電王戦FINALの振り返りと、急遽永瀬拓矢六段と阿久津八段が持ち時間1時間で、本対局の△2八角を打つ前から始めるというエキシビジョンマッチを行なった。

将棋電王戦FINAL
ソフト開発者の席に永瀬拓矢六段が座り、電王手くんが指す。

  エキシビジョンマッチの始まりは5:28:00ぐらいから。

将棋電王戦FINAL

 結果は阿久津八段の勝利で、永瀬拓矢六段とAWAKEとの違いはあるが、△2八角と打たなかったとしても、勝っていたかもしれない。投了は8:05:40ごろだ。

記者会見は大体1時間半ぐらい行なわれた。場所はけんぽ施設の会議室だ。8:40:00から見られる。

 

■第5局の記者会見

――第5局の感想をお願いします。

将棋電王戦FINAL

阿久津主税八段
「電王戦に出ることが決まってから、半年以上の時間を掛けてやってきたので、無事に対局を終えることができたのでホッとしています。この半年間、はじめのうちはそんなにすごいゆっくリという感じではなかったのですが、ソフトを貸し出していただいてからは、ふだんの時間より長く感じました」

将棋電王戦FINAL

AWAKE開発者・巨瀬亮一氏
「今日の将棋に関しては、勝ったら100万円の企画で、事前に同じ形でアマチュア相手にハメられた形でしたので、そういう将棋をプロの方がされるのは残念です」

将棋電王戦FINAL

立会人・桜井昇八段
「21手という短い手で終わったことは誠に残念ですが、次の阿久津八段と永瀬六段の戦いは最後までスリリングでどちらが勝つか分からなかったので、2局ぶん立ち会わせていただき、よかったと思います」

将棋電王戦FINAL

日本将棋連盟・谷川浩司会長
「今日は驚きの結果となりました。阿久津八段もソフトの弱点を自力で発見したとはいえ、その形にするかどうかはずいぶんと葛藤があったと思います。△2八角と指されなくても、五分以上の戦いができることは、その後の(エキシビションマッチで)永瀬六段との一局で証明してくれたと思います。AWAKEの巨瀬さんは、力を出しきれずに残念だったとは思いますが、プロ棋士もソフトの開発者もプロレベルになると、これからどれだけ強くできるか、いろいろと試行錯誤しています。長所と短所は紙一重といいますか表裏一体でもありますので、1つの短所を克服すると別の短所が出てくることもあるのではないかと思います。プロ棋士もソフト開発者も同じ悩みを抱えながら日々研鑽していることを実感した一局でした」

■電王戦FINALの記者会見

将棋電王戦FINAL

――将棋電王戦FINALの感想をお願いします。

Apery開発者・平岡拓也氏
「私は、Aperyが斎藤慎太郎五段と対局させていただいて、Aperyが勝手に転んだ感じもしますが、斎藤慎太郎五段が非常にうまく指されて完敗でした。練習でも真っ向から勝負していただいていたようですし、私は斎藤慎太郎五段と対局できてすごく幸運だったと思います。読みでも棋士に負けることが見えましたし、今回結構コンピューター側が勝つと予想されていた方が多かったかと思いますが、棋士がしっかり対策したら、コンピューターにとっても厳しい戦いになることがわかりました。これからも、同じルールであれば戦える状態なのかなと思います」

斎藤慎太郎五段
「今回電王戦に出るにあたって、コンピューター将棋について理解を深めなければ、出る資格はないと思い、開発の方がいかに苦労されて、強くすることがいかに大変だということも理解して、自分としてはすごい意義のある日々でありました。いろいろな電王戦は結果が出て衝撃も大きかったと思いますが、自分の対局だけで言うと、自分の欠点、もしくはAperyに少しミスが出てしまったという、その2つとも意義を感じております。結果だけを見れば、自分はやるべきことはやり、そして大一番でも恐れない自分というのを見つけることができました。このことは、自分が電王戦を通じて感じたことですので、自分の中だけで消化しております」

Selene開発者・西海枝昌彦氏
「まず、やっちゃったなっというのがありまして、みなさんも「あぁこの人はやっちゃった人だな」と思われていると思いますが、将棋でこれだけのことをやっちゃったのは、橋本崇載八段と私ぐらいではないかと(笑)。ちょっと名前出しちゃダメかもしれませんが。対局の方は、初めて、間接的ですが棋士の向かいに座らせていただき、ずっと観させていただきましたが、今思い返しても永瀬六段が悩んでいる姿がとても印象に残っています。あとから聞いた話ですが、練習対局ではseleneのほうが分が良く、今回の戦型もseleneの得意な戦型だったと伺いました。しかし、実際の対局では悩まれながらも、ジワリジワリともっていかれる棋譜で、完敗でした。勝負師の力といいますか、人間としての力を感じました。そのような部分は決してプログラミングではできないと思います。そういった部分が棋士の方々の魅力につながるのかなと思いました。今回、いろいろとご迷惑をお掛けしたことをお詫びし、これからも開発は続けさせていただきますので、あたたかい目で見守ってください」

永瀬拓矢六段
「対seleneとの練習対局は、かなり厳しい数字で、やればやるほど負ける感じでした。最初はseleneの序盤がかなり特異な形だと感じていまして、ありがたいと周囲に漏らしていたのですが。しかし、やればやった分だけ負けるので、これは自分が序盤が弱すぎるということに気が付きました。ですので、本番では序盤で悪くならないよう気をつけていたのですが、本番では悪くなってしまいました。最後は賛否があると思いますが、自分なりに決断できる局面、勝てるかなという局面でそういう手(角不成り)を指せたので、自分としては悔いがないですし、うまく仕事ができたのではないかと思います。記者会見では、少し暗くなるかと思いましたが、西海枝さんの人柄で明るくしていただき、今後も友好関係を築いていけると思っています」

稲葉陽七段
「やねうら王は昨年のバージョンもたくさん指しましたが、今年のバージョンのほうがかなり強くなっている印象で、最初は厳しいという印象でした。いろいろとやっていくうちに作戦としては絞りやすくはなりましたが、戦っているうちにかなり激しくなってもランダムに指してきますし、人間だったらこう指すしかないというところでも3、4通り指してきて、どうやっても難しいというか、将棋の奥深さというものを知ることができました。ただ、自分の中では1局でしか評価されないので、勝つことにこだわり、戦型や指し方にもこだわっていましたが、その中で勝てなかったのは自分の力不足だったと思います」

やねうら王開発者・磯崎元洋氏
「やねうら王は事前貸し出しのときに、だいぶ対策されていました。電王戦への道という動画で飛車を詰まされる変化がありまして、これを本番でやられたら、クマのぬいぐるみを置いて投了しようと思っていたので、今日の第5局は、それに通ずるものがあり私の代わりに投了してくれたのかと思いました。将棋の内容に関しては、47手目▲2七歩とつっかけて飛車を成りこませる手がありましたが、第3局の記者会見で私がその手から評価値がプラスに転じたと言ったので、あの手が悪手ではないかと思われていると思います。しかしやねうら王的にはまだ形勢は五分の評価でした。成りこませるまではまだ成立していたと思うので、あの時点ではまだまだだったのかなと思いますし、棋士の強さを実感しました。今後の開発のモチベーションとしては、ドワンゴさんのことなので電王戦FINAL2というのをやってくださると思っていますが、FINAL2があれば、ニコファーレ出入り禁止になるまで頑張ってまいります」

村山慈明七段
「半年間ponanzaの対策をしてまいりました。しかし、みなさん承知の通りponanzaはとても強いソフトで、普通にやっては本番では勝てないと思い、横歩取りという作戦を取らせていただきました。結果的にはその作戦もあまりうまくいかなかったのですが、その作戦を選んだことは後悔しておりません。1週間たち、いろいろと対局を振り返ってみても、この手がまずかったという具体的な手が見つからないので、ponanzaにうまく指されて、序盤から終盤まで隙のない指し回しで、力負けだったと思っております。自分が自信をもてる変化はそれほど多くなかったので、完全解明といいますが、どんな変化でも自信がもてるぐらいになるには、数年かけて研究しなければならないと思っています。それぐらい自分としてはかなり研究して臨んだつもりでしたが、それでもいたすことができなかったので、今回将棋の奥深さというものを改めて感じました」

ponanza開発者・山本一成氏
「ponanzaがすごい強くて私はとても満足です。具体的には、いろいろと研究されたかと思いますが、あとで伺ったところあまりメインではない手を選んだようです。20手目△7四飛車と飛車をぶつけたところでは、自分では▲3六飛車以外、▲2三角とか▲同飛車とかいろいろありますが、たまたま▲3六飛車を選んで運を感じました。今回の電王戦では、とりわけ投了に関して波乱があったので、コンピューターがどういうものか、人間がどういうものかということが、極めてよく出てとても良かったと思うので、いち観戦者としてゲームとしては今回は非常に楽しめました」

AWAKE開発者・巨瀬亮一氏
「今回はちょっとアマチュアの方が指した、既知のハメ手だったので、それをプロ棋士が指してしまうのは、プロの存在を脅かしてしまうと思っています。(プロ棋士のレベルを上げるのに貢献したいという発言について)コンピューターのよい部分を参考にするというのが一番いいと思います。今回のようにコンピューターのいちばん悪い手を引き出して勝つというのは、ソフトを使う上で何の意味もない使い方だなと思いました」

阿久津主税八段
「半年間、AWAKEとかなり指させていただいて、いろいろな形を指しましたが、普段通りの居飛車戦で行ったときに、角換わりとか、相掛かり系統とか非常に撃っても撃っても倒れないという手厚い将棋だという印象を受けていました。本局で言い方を悪くすると相手に悪手を誘うという、それを含みにした指し方をしましたが、自分が勝つために最善を尽くしてやらなくてはならないと思い、四間飛車という作戦を選びました。もちろん、その後の選択肢で相振り飛車でしたり、角を打ってこない変化も多くあったので、そういった本局で指した手もそうですが、普段の対局もAWAKEを検討で使わせていただいたり、自分の将棋でも中盤や終盤でいかにミスが多いか、さんざん教えられ、鍛えられてきました。半年間1つ相手にこれだけか研究することは今後無いだろうと思うので、ドワンゴさんには非常にいい経験をさせていただいたと思っています。(最初の電王戦の大盤解説を担当してましたが、このように大将として出場するとは?)そのときは、コンピューター将棋に関してそんなに知識があったわけではないですし、まさか自分が出るとは思っていませんでした。ただ、こうして(電王戦が)続いてきている中で、声をかけていただき、興味もあったのでやらせてもらおうと思いました」


日本将棋連盟・谷川浩司会長
「5対5の団体戦は今回で3度目で、毎回第5局には記者会見に立ち会っておりますが、初めて勝ち越しという結果で終えて、その点ではホッとしております。ただ、今回ほど予想外の出来事が多かった電王戦はなかったと思います。それぞれの対局の中で、プロ側で一番印象に残っているのが、第2局の永瀬六段の将棋で、角成らずのことばかりが話題になってしまっていますが、永瀬六段はしっかりと勝ちを読みきっての一手ですので、素晴らしい終盤の切れ味だったと思います。またコンピューターソフト側では、第4局のponanzaですね。先ほど山本さんもおっしゃってましたが、▲7七歩と打ってから▲3六飛車と引くというのは、プロ棋士では気がつきにくい組み合わせであり、指されてみると対策に村山七段も苦慮したということで、ひょっとすると相横歩取りの決定版になるかもしれないぐらいの一手で、序盤の定跡の進歩に貢献されたのではないかと思います。第1局、第2局ではプロから見ると違和感のある手でも、実際に指されたら有力な手というのがいくつか見られ、私自身新しい発見がありました。みなさまどうもお疲れ様でした」

ドワンゴ・川上量生会長
「主催者としましては、全ての対局を無事に終えられてホッとしています。無事ということに、若干いろんなことがあると思われる方もいると思いますが、私としましては以前より、電王戦とはコンピューターと人間との関係を世の中に問うということが、非常に大きなテーマだと思っています。今回の電王戦FINALは今までの中でいちばん人間とコンピューターが性能を競うということは一体どういうことなのか、ということをいろいろと投げかけていたのではないかと思います。ですので非常に満足しております。そして、いつもは主催者は参加できないのですが、今回は我々も戦いに参加したような気になった対局があり、やりがいがありました。今回も対局を盛り上げてくれた会場を提供していただきました二条城、高知城、五稜郭、薬師寺の皆様にはほんとに感謝しております。これからも同じように、いろんな場所へ会場のお願いをするかもしれませんので、心当たりの方がご覧になっておりましたら、ドワンゴの人間が伺いましたら温かい対応をお願いしたいと思います。また、真剣勝負というと何かと殺伐としがちなのですが、今回もデンソーさまが電王手さんを提供いただきましたが、機械というのは、本質的には人間のために働くということを電王手さんに教えられたように思います。最後に、電王戦ファンの皆様へ。電王戦の大きな意義というのは、ふだん将棋を指さないような方、将棋に興味のない方にも、将棋の楽しさ、対戦の素晴らしさを教えてくれたことだと思います。これを機会に将棋に興味をもってくれた方は、ぜひこれからも将棋を応援していただけたら、主催者としてこれ以上の幸せはありません」
「今後の電王戦についてですが、以前タッグマッチを大きな棋戦にし、後継として考えていると一旦発表はしましたが、現在タッグマッチに関しては白紙状態にあります。そしてそれに変わる新しい電王戦の棋戦を本日発表する予定でしたが、諸事情により現段階では発表できません。しかしドワンゴとしましては、これからも何らかな形で続けていきたいと思っておりまして、日本将棋連盟と協議していきたいと思っております」

谷川会長
「さきほど川上会長からお話されたとおりですが、昨年の8月に一旦発表したタッグマッチの棋戦化に関しましては、将棋ファンのみなさんのご意見もいただき、一旦白紙とさせていただきました。今後どのような新しい展開があるかということをドワンゴさんと鋭意協議中でございます。関係各社様とも調整している最中です。本日発表できないことをご了承願います」

■質疑応答

――21手という早い段階での投了したのは、この後指し進めても良くならないからなのか、意味が無いからなのか。

巨瀬氏
「どちらの意味もあります。あの局面ではハメられる形の中でも特に損をしているので、あのまま指し進めてもまったく勝てる見込みが無いと思います。なので投了しました」

――団体戦としては今回で終わりですが、その理由と一区切りついた感想を。

川上会長
「今回で団体戦の形式終えるのは、ある程度は団体戦の形式で出てくるテーマというものが出尽くしたのではないかと思い決断しました。実際には電王戦というのは主催者として非常に厄介なものでして、必ず想定外のことが起こるんです。今回の電王戦FINALは、いちばん想定外のことが多かったのですが、今回最後にしようとした理由は、だいぶその時点(決断をしたとき)では出尽くしたのではないかと思っていたことです」

――仕事ではなく報酬もなくソフトを開発してきた思いとは?

平岡氏
「私は趣味でつくってますので、強くしたいというのがいちばんで、これからもそれは変わらないですし、すべての手において人間よりもいい手を指せるぐらいになればいいな、という漠然とした思いはもっています。コードやバイナリーを公開しましたが、それがプロやアマチュア棋士の棋力の向上に役立てはいいと思いますし、プログラムに興味をもってくれたらいいと思います」

西海枝氏
「私は自分自身の技術力の向上のためにやっています。いろんなアルゴリズムからノウハウを学んだり、実際の仕事には役に立たないというところはありますが、問題解決能力とかを鍛えたいとは思っています。今回のことでコンピューター将棋に対する姿勢が、辛辣に勝負にきちんと向きあおうと思いましたので、技術力向上だけでなく、頑張りたいというふうになりました」

磯崎氏
「私はたぶん開発者の中ではいちばんやる気のない将棋ソフトの開発者だと思うのですが、将棋ソフトの開発者の方って、昔から卒業といいますか辞めていく方が多いと思います。つくりはじめて1年ぐらいはどんどん強くなって、自分の棋力を追い抜くのでやっていて楽しいのですが、2年目ぐらいからやってもあまり強くならないという状況になりまして、飽きが来るのかと思います。そういうことが分かっているので私の場合は、あまり打ち込まないようにして、毎年2週間ずつぐらい開発していくようにして、モチベーションを保つようにしています」

山本氏
「私はもう7年目ぐらいで、この中ではいちばんのベテランです。ずっと将棋プログラムをつくってきて、ほかのどのプログラムより強く、そしてどの人間、羽生四冠より強くしたいと思って、だだそれだけを求めてやってきています。いろいろ波乱がありますが、みんなが笑えるような未来になればうれしいなと常々思っています」

巨瀬氏
「私がコンピューター将棋をやるというのは、強くなった時が喜びを感じる瞬間なんです。まだ、ずっとソフトを改良し続けていて、強くなる可能性が残っている限りは続けていくと思います」

――プロは盤上最善手を指すものであり、アマチュアが指した手であれ、コンピューターが指した手であれ、最善手を追求していく姿がプロとしての尊さであり、なぜそれが残念だと感じたのか。

巨瀬氏
「まず、今日の将棋を見ておもしろいのかというのが1つあります。プロは勝たなければならないのは確かですが、やっぱりおもしろいと思ってもらわないと、今後将棋界が生き残っていくのが大変なのではないかと思っています。今日の指し方はそれを否定するようなものだと思いました」

――魅せる将棋を指すことと勝負に勝つということと、どのように判断して今回の手を選んだのか。

阿久津八段
「いろいろな意見があるとは思いますが、将棋は楽しいものですので、見ている方が楽しいと思う手を指すことがプロとしての定義の1つだと思います。ただ今回は、電王戦に戦うにあたり、本番と同じソフトを事前に貸し出していただけるということなので、できる限りやれる範囲の中で勝率が上がっていくような形を検証して、その中でもちろん選択肢的にも違う戦型になる可能性はあったので、ほかの形でも中盤戦まで互角に戦える手順を考えてきて、自分ができる最善を尽くそうと思い今回はこの作戦をとりました」

――コンピューターと指されて研究し、将棋観は変わりましたか?

阿久津八段
「自分でやるより、今までは外から観戦しているだけだったのですが、開発者の方の努力がすごいと思いますが、年々コンピューターソフトが強くなっているように感じています。自分の方でもふだんの公式戦の振り返りだったり反省の意味を込めて検討で使わせていただき、自分にも思いもよらない手を指摘してくれることもあり、自分がダメだと思っていた将棋でも、起死回生の一手があったりしました。将棋の可能性といいますか、諦めてはいけないということを感じさせてもらういい機会でした」

――今回の作戦を決めたのはいつなのか?

阿久津八段
「本局のような四間飛車で行こうと思ったのは2週間ぐらい前です。ふだん電王戦に向けてやって来ましたが、公式戦の合間でもあったため、どうなのか試行錯誤をしていたのですが、自分にとって最善をつくすのがいちばんだと思い決断しました。投了図以下の局面ですが、練習でも何度か似たような形をやってはいますが、あの形になったのは今日が初めてでした。角を交換するタイミングの違いで多少ズレが出てくるので。感じとしてはこちらが間違えなければかなり優勢になる局面ですが、それでも練習の段階ではそこから私が間違えて食いつかれて逆転負けしたことも何局かありました」

川上会長
「貸し出しありのルールについてですが、これを決めたのは主催者であるドワンゴです。日本将棋連盟の反対のもと、ドワンゴが押し切って決めたルールであります。なぜこのようなルールにしたかというと、世の中の皆さんが考えられている人間とコンピューターと五分五分の戦いをするということは、人間のルールでやることだと思いますが、実はこのこと自体が実際のところフェアではないということで、ドワンゴが決断したことです。人間のプロ棋士は、勝負としておもしろい将棋を指すことが非常に大きな命題になっています。そのため、持ち時間が切れたら1分将棋になるのも、人間がミスをして長引かせずにおもしろい形で勝負が決着するというルールになっている。このような人間どうしのルールにおいて、コンピューターはそんなことを考えませんから、そのようなコンピューターと戦うことに不利があるということを知ってもらうべく、このようなルールにしています」

――こういう時代にプロとして将棋を指すという意味とご自身が将棋を指す意味についての考えは。

斎藤五段
「今回の電王戦でその答えが出たかどうか私自身はわかりません。いろいろな考えが巡って難しいと思います。プロとしておもしろい将棋を指さなければならないという面と、勝負師という面を見せなかければならないことはわかっていますし、その中でいろいろな結果が生まれたと思います。どちらを選ぶかは難しいことですが、当然見ている方はおもしろい将棋を望んでいる人もいるでしょうし、いろんな見方があると思うので、今回の電王戦がその問題提起の意義もあったのではないかと思います。個人的には結果に対して思うこともあり、コンピューター対人間の難しさを理解することがあり、すごく思うところの多かった1ヵ月だったと思います」

永瀬六段
「常々思っていることは、将棋をやってもやっても解明できなくて、すごいおもしろいものです。おもしろいということは、それと通じるところがあり、見ていておもしろいということは将棋の可能性を見せることがおもしろく、よって強さこそがおもしろいのです。技術を披露することは力が必要で、まだ自分にはできないことですが、将棋をやってもやっても解明されず謎が深まるばかりで、どんどん課題ができておもしろい戦法が出てきたりして、強さこそがプロ棋士だと思います。私も含め賛否はあるかと思いますが、プロとしては最高のパフォーマンスを見せられましたし、存在意義も十分あると思います」

稲葉七段
「コンピューターソフトは年々強くなっていて、数年先なのか数十年先なのかわかりませんが、プロがまったく勝てないことが起こるかもしれません。将棋は奥深くて、どれだけ進歩してもコンピューターはミスしますし、将棋の完全解明はできないと思います。人間が真理を追求していく姿は大事なことだとおもいます。自分自身は、トップどうしが指しても、強くなれば強くなるほど1手のミスで勝負が決まってしまうことがあり、ホントに強くなってしまうと見ていておもしろいのか正直わかませんが、それでも最善を尽くしてトップどうしの戦いでもおもしろい将棋になりますし真理を追求して、その上でおもしろい将棋を指そうと思っています」

村山七段
「本日の将棋は賛否あると思いますが、結果を残すこととみなさんに喜んでもらえるおもしろい将棋を見ていただくことを両立することは結構難しいことだと思います。それができればプロ棋士としていちばんいいとは思いますが、対戦相手がいままでとは違うコンピューターということで、なかなか今までと同じような考え方では難しい。今後私が存在意義をアピールするかは、序盤の定跡の進歩に貢献していきたいと思っています。第4局のponanzaとの戦いは、これまでの歴史を塗り替えるような将棋でしたので、結果は残念でしたが、そのような将棋を見ていただいたことは意義があったかなと思います」

――事前貸し出しについて開発者はどう思っているのか。

平岡氏
「私は反対ですね。勝負を五分五分に近づける上では役立ったのかもしれませんが、公平とは別次元の問題であって、一方は練習ができて、もう一方は穴があっても防げないのはどう見てもおかしい。興行上五分五分に近づけなければいけないこともあるし、それを日本将棋連盟が飲んでしまったことも残念ですし、最後にいちばん最悪の形で表われたかなと思っています。勝負とし成り立たないのであれば続ける必要はないと思っています。コンピューターに掛ける制限はこれ以上は難しいと思います。今日は巨瀬さんがいちばん残念だったのでは。棋力の向上に役立てばと思っているので、こういう結果で裏切られた形になったので何もとくしなかったのかなと思います」

川上会長
「まず、興行を重視して貸し出しありにしたわけではありません。もともと異種格闘技戦ですので人間とコンピューターが戦うこと自体がおかしいんです。フェアな戦いはもともと存在しないんです。そのことを1つハッキリさせたいと思っていました。平岡さんがおっしゃっていることは、見せかけのルールはフェアですということを世の中に訴えかけるようなものです。実際には人間とコンピューターの戦いにおいて、そもそも比べるのがおかしいのであり、計算するのは速いですし、記憶容量とかもすべての棋譜が覚えられるので、そういう意味では公平なルールになっていないのです。その中で、公平なルールとはいったい何なのかということを考えることが、この電王戦にとって1つのテーマになっていると思っています。そういった意味で、今回のルールは大成功したと思っています。今日の結果を踏まえてそう認識しています」

西海枝氏
「私は対局前に勝つか負けるかと聞かれたときに「ヤバイです。負けちゃいます」と答えていたんですが、それは棋士の方の対応能力が、ハメ手ではなくても対応能力が高くてやっつけられるのではないかと、実際にやっつけられましたが、そう警戒していました。事前貸し出しでいろいろ指したとしても、それがハメ手でも人間なら回避できていると思うんです。今のコンピューター将棋はそうなってしまう。私も以前敗因を調べてそれを直そうとしましたが、うまくいかなくて、そういった方向に技術が発展していけばいいかと思います」

磯崎氏
「私は、貸し出しルール賛成派なんです。初めて聞いたかもしれませんが、貸し出しでどれぐらいハンデがあるのかはっきりさせておきたいのですが、プロ棋士が本気で穴を狙うなら、大駒1枚のハンデ(500)だと思っています。それは、ランダム性を入れて回避しないといけないので、Aperyなどはそれで弱くなっていましたが、対策しなければ、たとえば飛車を詰まされたり角を詰まされたりするリスクがありますので。なので、ちゃんとしようと思ったら大駒1枚ぐらいの代償を支払わないといけないのかなとは実感としてあります。そのハンデが大駒半分なのか4分の1なのかは、技術力の差なのかとは思います。事前貸し出しありで、私がプロ棋士ぐらいの棋力があれば、5局とも100%勝てます。そう言うぐらいのハンデかなと思っています。なぜ私が賛成派なのかといいますと、たとえば将棋ウォーズはバックエンドでponanzaなどが戦っているわけですが、毎回同じ棋譜でponanzaが負けたりすると将棋ウォーズとしてこれでいいのかという話になります。人間と末永く対局して遊んでもらえる将棋ソフトとして考えたときに、弱くてもいいんだけど対策されないというのが1つのテーマかなと思うんです。そういう意味で、事前貸し出しの中で開発者が工夫してみるというのは有意義な研究課題なのかなと認識しています」

山本氏
「ponanza強いので、なんでも大丈夫です!」

巨瀬氏
「私としては、棋力向上に利用していただけるのであれば、貸し出しはあっていいと思います。ただ、今日の将棋からはそれを見せる将棋には思えなかったので、そこは残念です」

――昨今コンピューター将棋を人工知能と結びつけて紹介されることがありますが、将棋ソフトはどの程度人工知能だとお考えなのか。また、将棋ソフトで培われてきた技術をどのように応用できるのか。

平岡氏
「将棋ソフトは将棋に特化していますし、応用は難しいと思います。人工知能というと人によって定義がバラバラで、これに知性を感じるのであれば人工知能ですし、単に探索して評価しているだけだと思っている人は、電卓の延長線上みたいなものかなと思うでしょう。私個人としては、人工知能として考えたことはあまりないです」

西海枝氏
「開発をしていると、プロ棋士の棋譜を利用して学習している段階だと、過去のプロ棋士の棋譜の平均値をとって、素早く探索し、出力するツールのような感じがします。人工知能的な感じはあまりしていないです。いつかは胸を張って人工知能ですと言えるような、プロ棋士の棋譜を使わずに編み出したんですというようなソフトをつくりたいと個人的には思っています」

磯崎氏
「機械が人間に近づいていく、と機械学習や人工知能の文脈で、従来人間しかできなかった分野で機械ができるようになったと語られるのですが、もともと人間はそんなに処理はしていなくて、もちろん処理している部分もありますが、私がコンサルでやっているのは、問題が組合せ最適化とか非線形の最適化とか、そういう問題に帰着しており、結局将棋プログラムの探索の処理で解決するみたいなことになっています。そういう意味ではそんなに人間て賢いのかなという視点で捉えています」

山本氏
「コンピューター将棋は、基本的には応用が難しいです。コンピューター将棋は、将棋を指すことに特化していて、私のプログラムはほかのことにまったく何もできません。顔文字を出すことはできるんですけど。専門性と汎用性は両立しがたいです。ただ、人工知能が社会に与えるインパクトとしては、将棋プログラムは未来をいっているかなとは強く思います。人工知能が人間を目標に追いつき追い越そうとしていることを社会がどう反応するか、そういったことでは、ものすごい汎用性のあるテーマかと思います。そのとき人間社会はどのように受け止めるかは、いま見ている人たちがまさにその反応なのですが、いかにうまい方向へもっていけるかは、この電王戦の意義かなと思っています」

巨瀬氏
「今使われている将棋ソフトの技術が、ほかに役立つとはまったく思っていないです。私自身はそのうち人工知能をつくりたいと思っていまして、それをつくるための土台にはなると思います。そこで成果が出せれば、人工知能の発展に寄与したといえるのではないでしょうか」

将棋電王戦FINAL

 ということで、電王戦FINALはこれで全て終了した。プロ棋士の意地を見せた形でなんとか勝ち越せたが、これまでにない展開も多く、見どころはとても多かった。第1局は斎藤慎太郎五段の完勝といっても過言ではない展開。第2局は、角不成がコンピューターにとって想定外というバグによって終了したが、たとえ続いても永瀬拓矢六段が勝利していただろう。第3局は、稲葉陽七段のミスが響きコンピューターの勝利。第4局はponanzaの完勝といえよう。

将棋電王戦FINAL
特別対局室と違い広いので、取材はしやすかったのだが11時に入室することになるとは。

 こうして振り返ってみると、開発者の思いとプロ棋士の思いがこれほど交錯した電王戦はなかった。今回、プロ棋士側はFINALということもあり、背水の陣で臨んできており、どんなことをしてでも勝つという思いが強かったことだろう。逆に開発陣の方々は勝ちたい思いは変わらないにせよ、戦い方にこだわ りを持っている人が多いように見受けられる。

 第1局、Aperyの開発者・平岡氏は、どんなことがあっても最後まで指すとして、投 了宣言をせずに最後まで指し続けた。最後は、自玉が即詰みされる状況で王手になる手を指し続けたが、プロ棋士はもちろん、コンピーター側もこれまで負けた 対局はすべて投了を宣言してきた。人間どうしの将棋からすればとても違和感のあることだが、コンピューターどうしでは普通であり、将棋のルール上もまった く問題ない。電王戦を象徴する一局と言えよう。

 第2局の永瀬拓矢六段が角不成りを指したことは、時間を稼ぐためであり、人間どうしならありえない手だが、将棋のルール上もまったく問題ない。Seleneのバグによって終局してしまったが、棋力の変わらない致命的なバグは確か修正してもよいは ずなので、このバグの存在は開発者に教えても良かったかもしれない。

 そして第5局の△2八角戦法。これも人間どうしなら指さない手だが、コ ンピューターが判断して指した以上、バグでもなんでもなく、将棋のルール上もまったく問題ない。ハメ手などと言われているが、この手が出てしまうのはコン ピューターの評価関数の難しさのひとつであり、研究して弱点をつくというのは人間の知性の高さの表われだと思う。川上会長が会見で“異種格闘戦”と評した が、まさにその通りかもしれない。

 もちろん、この△2八角戦法が全ての対局で行なわれたのであれば、見ている側はおもしろくないだろう。す べての対局で違う攻めをし、勝敗が決まった。最後の対局を含め、ワクワクしながら観戦し予想しなかった結果も生まれたことに、電王戦をずっと追ってきた筆者としては、とても満足しおもしろかった。

将棋電王戦FINAL
恒例のおやつを食す中継。着物の女性はグラビアアイドルの戸田れいさん
将棋電王戦FINAL
戸田れいさんは、『電王AWAKEに勝てたら100万円!』で秒読みちゃんの声を担当していた。

 質問で人工知能の話が最後に出てきたが、現代の将棋ソフトはボナンザの登場以来、合法手を総当り に探索し最善手を見つけ出す手法が主流となっており、人工知能とは言いがたい。以前は、人間が読むであろう手筋を考えて深く読む手法で、強くはならなかっ たが、まだ人工知能的ではあった。ニューロコンピューターのような脳の働きに似たコンピュターによって動作する将棋ソフトが生まれたら、それはより人間に 近い思考で判断するようになる……かもしれない。そこで強い将棋ソフトが誕生しとき、人工知能に負けたということになることだろう。そんな時代がいつかは 訪れるかもしれない。

 次回はタッグマッチかと思いきや、違う棋戦を考えているようである。それはそれで楽しみだが、ワクワクドキドキしながら、プロ棋士とコンピューターの戦いが引き続き見られること期待している。

■関連サイト
将棋電王戦FINAL公式サイト

この記事をシェアしよう

週刊アスキーの最新情報を購読しよう

本記事はアフィリエイトプログラムによる収益を得ている場合があります