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3万円切りPCの増加が示すインテルとマイクロソフトの危機感

2014年12月18日 08時00分更新

 マウスコンピューターのスティック型PC『m-Stick』、ECSの『LIVA』など、OS込みで3万円を切るような低価格を実現したPCが登場している。これまでのPCと言えば、OS込みの価格帯は5万円~というのが一般的なユーザーの認識だったと思う。それが、いまや3万円切り機種が徐々に増えつつあり、従来はAndroid端末の独壇場だった低価格デバイス市場に大きな変化が起き始めている。

 こうした低価格なPCが登場した背景には、PCの要素技術をOEMメーカーに提供するインテル、マイクロソフトの危機感がある。従来はPCが独占的に得ていたインターネットに接続して様々なサービスを利用するデバイスの地位は、タブレットとスマートフォンの登場によりすでに失われており、PCとスマートフォンとタブレットの数を合わせた場合、そのなかでPCは十数パーセントの市場シェアを占める程度まで落ち込んでいる。

 そうなってしまった要因のひとつには、特に新興国市場においてPCの価格がスマートフォンやタブレットに比べて高いことがあげられており、インテル、マイクロソフトとしても過去の成功にあぐらをかいてはいられない状況だ。

m-Stick MS-NH1
↑マウスコンピューターのスティック型PC『m-Stick』。USBメモリーのような外観だが、Atom Z3735FとWindows 8.1 with Bingを採用するれっきとしたPCだ。直販価格は1万9800円。
LIVA
↑Bay Trail世代のCeleron N2807を搭載するECSの『LIVA』。OSなしのベアボーン版が先行していたが、11月にWindows 8.1 with Bing搭載モデルを発売。実売価格は2万8000円前後。

●インテルのBay Trail、マイクロソフトの8.1 with Bingで低価格化

 マウスコンピューターのスティック型PC『m-Stick』が1万9800円、ECSのLIVA-C0-2G-32G-W-OSが2万8000円前後と、Windows 8.1が入ったPCシステムが3万円を切る例が増えている。特別なプログラムが提供されているWindowsタブレットではこうした価格帯の製品が増えているが、スティック型PCにせよ、ECSのLIVAにせよ、OSが初期導入されていて普通に使えるPCがこうした価格というのはこれまでにはなかった現象だ。

 こうした製品には共通点が2つある。ひとつはCPUに開発コードネーム:Bay Trail(ベイトレイル)で知られるSoCが採用されていること、もうひとつはOSにWindows 8.1 with Bingが採用されていることだ。

 Bay Trailにはターゲット市場の違いで、Atom 3700シリーズ(Bay Trail-T)、Celeron/Pentium N2800シリーズ(Bay Trail-M)とバリエーションはあるが、基本的なアーキテクチャーはどちらも同等だ。Bay Trailは、インテルが低消費電力向けに開発したSoC(System On a Chip)で、CPUコアにはSilvermont(シルバーモント)の開発コードネームで知られるクアッドコアを、GPUには第2世代Coreプロセッサー(Ivy Bridge)に内蔵されているのと同じインテルの第7世代GMA(ただし、演算器は4つのみ)が採用されている。Silvermontは低い消費電力で高いCPU処理能力を発揮すると高く評価されており、x86互換を実現しているので、Windowsをそのまま走らせることが最大の特徴となっている。

 一方、マイクロソフトのWindows 8.1 with Bingは、その名の通り、無印Windows 8.1のInternet Explorerの初期ホームページ、検索エンジンがマイクロソフトのBingに設定されていることが最大の違いとなる。ただ、あくまで初期設定であり、初期設定後にユーザーが自分でYahoo!やGoogleに変更して利用することは可能だ。実質的には普通の8.1との機能差はない。

●結局のところ、両社とも自社の利益を削って低価格なコンポーネントを提供している

 従来のCoreプロセッサー+無印Windows 8.1と、Bay Trail+Windows 8.1 with Bingの最大の違いは何だろうか? もちろん、CPUの性能が違うので、ユーザーが得られる性能は異なる。しかし、ウェブブラウザーが使えて動画再生ができれば十分というユーザーにとっては、Coreプロセッサーの性能は必要ないので、そこは重要ではないとも言うことができる。では、性能以外での前者と後者の違いは一体何だろうか?

 メーカーの視点で言えば、前者と後者の最大の違いは、部材コストが大きく違うという点だ。つまり、PCメーカーが、インテルに払うCPUのコスト、マイクロソフトに払うOSのライセンスコストが後者のほうが圧倒的に低く、その結果として最終製品の価格設定を安価にできているのだ。

 例えば、Bay Trail-Tの標準SKUはインテルのリストプライスで30~40ドルだが、Bay Trail Entryと呼ばれる低価格向けSKUは17~20ドル前後に設定されていてさらに安い。CoreプロセッサーベースのCeleronがリストプライスで100ドル前後(しかもCPUだけで、別途チップセットが数十ドルかかる)に設定されていることを考えれば、圧倒的にBay Trailは低価格と言える。

 マイクロソフトのほうも同様で、Windows 8.1 with Bingは無印Windows 8.1に比べてライセンス料が安価に設定されている。マイクロソフトのWindowsライセンスの仕組みは非常に複雑で、メーカーによって条件なども異なっているためすべてを一括に説明するのは難しい。しかし、あくまで標準的な仕組みとして説明すると、Windows 8.1 with Bingを採用することで、ライセンス料は無印に比べて大幅に割り引かれる。

 ただ、やや誤解があるようなのだが、Windows 8.1 with Bingを採用することでOEMメーカーのライセンス料は0ドルになるとされることも多いが、実際にはそれは事実ではない。正しくはWindows 8.1 with Bingを採用すると、割引がされるというのが正しい認識だ。

 その上で、7~10インチ程度のタブレットには特別なプログラムが用意されており、それを合わせて提供すると、実質0ドルになる。これが現在のWindows 8.1のライセンスの仕組みとなっている。

●低価格なコンポーネントを提供しているのは、低価格な製品が必要とされる新興国市場が主戦場だから

 つまり、OEMメーカーが先に挙げたような低価格なPCで安価な価格設定ができるようになった背景としては、インテルやマイクロソフトが大幅なバーゲン価格を出しているからに他ならない。当然出てくる疑問は、なぜインテルにせよ、マイクロソフトにせよ、自社の利益を削る結果になることは明白なのに大幅なバーゲンに応じているのだろうか? それはシンプルに、競争上の理由だ。

 00年代においては、インテルとマイクロソフトの競合は、実質的にアップル一社だったと言ってよい(もちろんアップルはインテルのCPUを採用し始めたので、厳密には競合とは言いがたいが……)。インテルとマイクロソフトの連合は“Wintel”(Windows+Intel)と言われることが多いが、クライアント市場ではWintelとアップルのMac OS、この2陣営しか実質的には選択肢がなかった。

 しかし、00年代後半に登場したアップルのiOS(iPhoneとiPadのOS)とAndroidがすべてを変えてしまった。

 この2つのOSに基づいたスマートフォンやタブレットが登場したことで、選択肢はWintel、アップルのMac OS、iOS、Androidと大きく広がることになった。市場にはそれらが登場することになり、インターネットに接続して様々なアプリケーションが実行できるデバイスという括り(PC+スマートフォン+タブレット)で見れば、グローバルでは20億台近い市場になっている。このうちPCは3億台前後となっており、市場シェアという意味では十数パーセントを持っているだけという状況で、市場環境は従来から劇的に変化している。

 ITの世界では“勝者総取り”という言葉もあるぐらいで、シェアがシェアを増やすという世界だ。つまり、少ないシェアの陣営は徐々に力をなくしていく、それが一般的な考え方だ。では現在の最大勢力はどこかと言えば、GoogleのAndroidだ。Androidは100ドルを切るような低価格デバイスにも採用が進んでおり、中国のような成長市場でものすごい勢いで普及が進んでいる。

 現在グローバルでPC+スマートフォン+タブレットをひとつの市場として見れば、5割以上がAndroidになっている。そうした中で、Wintel陣営としても、PCやWindowsタレットなどの普及を、新興国など低価格な製品が必要な市場で進めて行かなければならない。そうした時に価格でAndroid陣営に対抗するために必要なのが、Bay TrailやWindows 8.1 with Bingであり、競争力のある価格なのだ。その結果として、新興国だけでなく、日本や米国のような成熟市場でも低価格なPCやWindowsタブレットがどんどん登場しているという構図になる。

 すでに述べた通り、ITの世界では勝者総取りなので、インテルやマイクロソフトが何も手を打たなければ、今後両社のポジションはどんどん地盤沈下していくことになる。その危機感があるからこそ、両社とも自社の利益を削ってでも低価格な製品に力を入れていくほかない。このように、結局のところ、ユーザーにメリットをもたらすことは“競争”ということであることを、両社の低価格製品戦略は如実に示しているのではないだろうか。

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