5月28日、かねてからの噂通り、アップルが、ヘッドホン大手のBeatsの買収を発表した。
ただこの買収劇、オーディオファンからはどうも評判が良くない。「狙いがわからない」という人も多いだろう。Beatsは、確かにヘッドホンのトップブランドだ。特に欧米で、十代・二十代の若い層の支持が厚い。今やアメリカの十代が買うヘッドホンのシェアでは5割近くを売り上げている。「b」の文字はある種のデザインアイコンになっている。
だが、同社のヘッドホンは、技術的には見るべきところが少ない。音質面でも特筆すべきところはなく、ヘッドホン技術を求めてBeatsを購入する意味はない。デザインについては、それこそアップルにはジョナサン・アイブを中心にした、立派なデザインチームもいる。「b」ロゴとブランドは存続する、とアップルはコメントしている一方で、デザインはアップルのチームが行なうことになるようだ。とすると、どうにもアップルの狙いが見えづらくなる。
答えは発表文の中にある。発表文の中でアップルは、Beatsの様々な資産以上に、Beatsの創業者の一人であり、Beatsのブランドそのものでもある、音楽プロデューサー兼アーティストの「Dr.Dre」と、やはり共同創業者であり、Beatsブランドの音楽ストリーミングサービス『Beats Music』を担当している、音楽プロデューサーのジミー・アイヴォンがアップルに参加することを強調している。すなわちアップルにとって、Beatsはブランドや技術と同等以上に、テクノロジーに強く、しかも音楽業界への強い“人材”の価値が大きかったのだ。
買収発表後、アップルのティム・クックCEOは、Wall Street Journal紙に次のようなコメントを寄せている。
「シリコンバレーとロサンゼルス(音楽業界)の間にはベルリンの壁のようなものがある。互いを尊敬しておらず、理解しあってもいない」
すなわち、アップルと音楽業界の間に問題がある、と認めているわけだ。古くからのアップルファンは、こうしたことを奇妙に思うだろう。なにしろ、音楽業界を説き伏せて“ダウンロード販売”というビジネスを花開かせたのはアップルであり、その時には、音楽業界との関係は密接であったはずだからだ。
だが、そうした関係は、主にスティーブ・ジョブズの個人的な能力で出来上がっていたようだ。アップルが薄利多売でシェアを広げる中で、音楽業界とのパイプは細くなっていく。そして、ジョブズ氏の死去により、2つの業界の間には壁ができてしまった。
アップルはいまだ音楽販売の巨人だが、すでに“遅れた存在”とみなされている。業界をリードしているのは、PandraやSpotifyのようなストリーミング・ミュージックを手がける新興企業。iPodの白いヘッドホンが“新しい音楽の象徴”であったのはもう昔のことだ。
アップルにとって音楽ビジネスが重要であることに疑いはない。しかし、先を行く企業に、小手先のサービスやハードだけで追いつけるものではないのだろう。音楽業界とのパイプを強化し、今日的なネットを使った音楽ビジネスも知悉している2人の知見を組み込み、新しい戦略を構築していくことになるのだろう。
人材・サービス・今日的なブランド。アップルがBeatsに求めていたのは、そういう部分だと見れば、実に腑に落ちる。
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