週刊アスキー

  • Facebookアイコン
  • Twitterアイコン
  • RSSフィード

私が愛したゲーム機「Vectrex」

VR時代のいまだから新しいベクタースキャンの美しさ by 遠藤諭

2016年04月21日 20時30分更新

週刊アスキー電子版では、角川アスキー総合研究所・遠藤諭による「神は雲の中にあられる」が好評連載中です。この連載の中で、とくにウェブ読者の皆様にご覧いただきたい記事を不定期に転載いたします。

 1980年頃、私は某電機メーカーの半導体設計システムの仕事をしていた。コンピューターはDECのVAX-11/780、対話型の設計システムはRAMTEK製のディスプレーを使っていた。タブレット入力装置を操作する女性オペレーターと半導体設計の担当者がペアになって使うのだが、猛スピードでペンで描くような画面表示がとても印象的だった。ちなみに、RAMTEKは、初期のテレビゲームメーカーとしても有名ですね。

 当時、CAD用機材のパンフレットを見ていると、ジョイスティックやトラックボール、タブレット入力装置はあったが、なぜかマウスはなかった。タブレットは(今日のタブレット端末とは異なりノート大のパッド状の入力デバイス)、ポインティングもさることながらジェスチャーでかなりの操作ができるという点で、たしかにマウスよりも優れている部分もあったのだ。いまは見かけないものとしては、オシロスコープ式の「線」でなぞるふうのディスプレーもあって、グラフィックスのためのメモリーや描画性能を考えれば必然性があったのだと思う。

 ところで、「線」による表示方式は、テレビゲームの世界では「ベクタースキャン」と呼ばれていて、独特の味わいというものがある。私がいちばん好きなのは、「ルナランダー」という1979年アタリ社製の月面着陸をシミュレーションしたゲームである。

ルナランダーの画面

GAMO ON展示中のルナランダー(左)とミサイルコマンド(右)

 漆黒の画面に月面の険しい山々の地形が、まさにオシロスコープのグラフ表示のように描かれている。そのあまりにも硬質、かつ禁欲的な、知的ともいえる画面デザインにピッと来た人は、当時も少なからずいたはずだ。サボテンの間でソンブレロの男どもが撃ちあうだけのゲーム、逃げ惑う人を車でひき殺しまくるゲームなんてのもあった時代。そうしたゲームセンターのどうしようもない喧騒の中にあって、そこだけヒンヤリと静まりかえって、息を殺してプレイする(そのためルナランダーはゲームセンターの比較的入り口に近いところに設置されていることが多かった。先日、フジテレビのゲームセンターCX「特番」で有野課長がまさに同じことを言っていた)。

 音のない宇宙空間の怖さ、山がちな地形に着陸するからには何かやむをえない理由があるのだろう。限られた燃料を噴射しながら着陸船の角度を変えて、月面着陸というミッションをこなす。当時のアタリというのは、本当にノリにノッていた会社だった。その斬新なアイデア。それは戦ったり、競争したり、征服することも男の仕事ではあるが、どこまでも優しくことを運ぶこともまた男の仕事なのだと、あたかも主張しているかのような語りかけるようなゲームだった。

 さて、そのルナランダーが3月2日からお台場の日本科学未来館で開催されている「GAME ON~ゲームってなんでおもしろい?~」に展示されている。今回、角川アスキー総合研究所でこの催しの企画にかかわらせてもらったのだが、そこで追加させてもらったゲームのひとつが「ルナランダー」だった(英国はロンドンのバービカンセンターで開催されて世界を巡回してきたフレームの上に日本オリジナルの展示を追加しているのだが、ゲームの歴史解説というよりなにを体験してもらうかを優先している点は変わらない)。

 その筐体を所有している大阪のゲームセンター「KINACO」さんにお願いして、「マーブルマッドネス」や「ランパート」とともに「ルナランダー」をお貸し出しいただけたのは本当にラッキーだった(ほかにも「日本ゲーム博物館」さん、「BEEP」さんにも機材提供いただきました。感謝いたします)。

 はたして、2月下旬、私はGAME ONの会場で準備中のルナランダーの前に立って月着陸船のスロットルレバーを操作した。数度にわたる着陸失敗(ルナランダーは最初はとても難しいと感じるゲームである)、そのたびに月着陸船を形づくる線画がバラバラになって宇宙空間に飛び散って消えていく。そのはかなくも美しい時間というものが、私をよく出かけていた下北沢のゲームセンターに引き戻していた。そして、35年ぶりの月面着陸の成功をはたしたときには思わずガッツポーズである。

 ところで、ルナランダーのことが心のどこかに引っかかっていた私は、あるときニューヨークに出かけて新同品といえる「Vectrex」を発見する。Vectrexというのは、日本でも「光速船」という名前でバンダイが発売していたベクタースキャン型の家庭用ゲーム機なのだ。マンハッタン島のサブカルの本拠地セントマークスプレイスにあった「Multimedia 1.0」というゲーム専門店で、そのVectrexを買って、それが入るリュックも買い込んで背負って日本まで運んできたのはいまでは楽しい思い出である。その後「光速船」もあわせて4台ほど所有して、初代Macintoshよろしく会社の机の上に置いていたこともある(大きさが同じくらい)。

ニューヨークのオールドゲーム店でVectrexを買うの図。彼は、頼みもしないのに「ちょっと待ってろ」と言ってボスに電話して5ドルまけてくれた。米国ではレトロゲームはかなり前から来ていたが日本でも少しずつ盛り上がっている。GAME ON展で古いファミコンゲームをプレイしている中学生に聞いたらダウンロードサービスで落として父親とやっているそうだ

 さて、なぜベクタースキャンにそんなに惹かれるのかは、もうやってみるしかない。GAME ONでは、この「ルナランダー」と実はVectrexが組み込まれた「スペースウォー!」しか、ベクタースキャンゲームはプレイできないのだが(「スターウォーズ」は本来の表示方式ではなかったため現在は筐体展示のみとなっている)。人間の脳の中では、視覚情報からまずエッジを取り出して線画のように処理するという話がある。あるいは、線で描くということは、文字とグラフィックの中間の記号的な表現になり、むしろ人の伝えたいことを主観的に表現できるのかもしれない(マンガに近い!)。ひょっとしたらそういうところにこの方式の魅力はあって、日本も含めて世界中にファンがいる。そういえば、Vectrex用のゲームが、限りなく同人的な芸術活動に近い世界だが、いまもつくられていたりする。個人的に、ゾクっとさせられたのはFury Unlimitedが2011年に「War Of The Worlds」(宇宙戦争)を蘇らせたことだ。その線画なのにボストンダイナミクス的に生っぽい宇宙人の歩き方を以下のビデオでご覧あれ。

Vectrexの標準オプション「ライトペン」を使ってお絵かきしているところ。これが軽快かつ楽しくて、モーフィングアニメもできる。黒い画面に手書きするというあたり、Vectrexは20世紀の「enchantMOON」なのか?という気分になってくる。

■「GAME ON~ゲームってなんで面白い~」公式サイト

http://www.miraikan.jst.go.jp/spexhibition/gameon/

■GAME ONは5月までの会期中たくさんノイベントを実施

4月27日 特別イベント「Ingress GAME ON スペシャルミートアップ」
4月29日 特別シンポジウム 「テクノロジーとエンターテイメントのスリリングな未来」
5月13日 ナイト「GAME ON」 第一夜「スペースインベーダーはいかにして生まれたか?」
5月20日 特別フォーラム「ゲームをどう残すか ~技術と体験のアーカイブ」
5月20日 ナイト「GAME ON」 第二夜「セガハードの歴史を語り尽くす」
5月27日 ナイトGAMEトーク 第三夜「岩谷徹×遠藤雅伸/ゲームとゲームの未来を語る」
5月29日 特別イベント「ゲームってなんでプログラミング?」

詳しくは、公式ページをご確認ください。

■Amazon.co.jpで購入
この記事をシェアしよう

週刊アスキーの最新情報を購読しよう