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ソニーのテレビ「WEGA」はトリニトロンに始まり、液晶やプラズマで技術力を遺憾なく発揮していた

2023年12月21日 12時00分更新

◆ブラウン管テレビにこだわりすぎたソニー

 ソニー製品の歴史を振り返る当連載。今回は「テレビ」です。ソニーの昔の主力製品中で代表格といえばブラウン管テレビです。アパーチャーグリル方式のブラウン管「トリニトロン (Trinitron)」に始まって、より平坦になった「スーパートリニトロン管」や、ブラウン管フレームと一体になった高音質スピーカーを搭載した「キララ・バッソ」といった新技術を投下して、テレビでは向かうところ敵なしと信じて疑わないほどのシェアを誇っていました。

 ただ、1990年頃から変革が異変となっていきます。シャープは当時、小さくて画質が厳しいながらも早くから液晶テレビに着手し、パナソニックや日立、パイオニアからは大画面のプラズマテレビが投入されるなど、少しづつ薄型テレビの性能が上がるとともに価格的なハードルも下がり、家庭に浸透していきました。

 この時期にあっても、ソニーは平面ブラウン管が全国で大ヒットとなってしまい、まだまだ行けるぞ! と信じてソニーはブラウン管を全面に押し出していっちゃうわけです。この“売れている”という事実こそが、ソニーの薄型テレビへの着手を遅らせる要因にもなっていたようでした。

 そもそもブラウン管というのは超がつくほど本体が巨大で、しかも大きくなればなるほど重量もハンパなくヘビー級。ソニーのブラウン管テレビは同じサイズの他社モデルと比べても重いことで有名で、最大サイズと思われる36型のブラウン管テレビを持ち運んだ経験がありますが、100kgをゆうに越えていたと思います。パッケージはさらなる大きさで、これを2階まで持ち上げる作業はまさに苦行以外の何者でもありませんでした。

 最初は小さくて暗くて色も薄い「液晶テレビ」も、時代とともに改良が進み、作れるサイズも大きくなっていきました。プレズマテレビにしても自発光で、かつ明るくて黒の締まったコントラストの高い大画面テレビとして認識されていき、2つの薄型テレビはブラウン管テレビの市場をどんどんと塗り替えていったのです。

 この状況にさすがのソニーも手をこまねいているわけにもいかず、遅れをとりつつも薄型テレビ路線へと舵をきります。

◆満を持してソニーが液晶テレビをリリース!

 最初の液晶テレビは、15型の液晶カラーテレビ「FDL-1500MX1」で、2000年4月に発売、価格は19万8000万円でした。

※初掲出時、金額が間違っていましたので、訂正してお詫びいたします。

FDL-1500MX1

 正面から見ると、FDトリニトロンカラーテレビのデザインテイストを残しつつ、薄くなったボディーへと昇華したカタチで、特徴はソニー肝いりのメモリースティックに対応していること。デジカメからメモリースティックに記録した静止画を再生したり、テレビ画面をメモリースティックに静止画で録画できたりと、テレビ放送を見るだけでなく、電子フォトフレームとしての使い方もできました。

 VAIOが好調だったこともあって、PC入力端子を備えてており、PCモニターにもなりました。

 ただ、この液晶テレビは急いで投入されたのか単発的にポツンと投入されただけで、特にネーミングもなく、なんとも寂しい登場でした。

 同じ年には、ビデオやインターネットをワイヤレスで楽しめるというパーソナルITテレビ「エアボード IDT-LF1」を発売。タッチパネルを備えた10.4型液晶モニターはワイヤレスで持ち運びができて、インターネットやテレビ放送、ビデオを家中のどこからでもタッチパネルの簡単操作で楽しめました。

 こちらもまたメモリースティックを活用して、デジカメの静止画を見られる電子アルバムやメールを管理できる“ミーメール機能”を備え、ホームモバイルというジャンルの切り分け的存在として登場したのです。

 ただこれは、完全に新機軸のコンセプトというモデルで、家庭用テレビとはまったく違うジャンルなので、ここにカウントするのは違うかもしれません。

 なお、2000年に発売された液晶テレビらしきものはこの2モデルだけ。厳密にはPC用の液晶モニターは発売されていますが、家庭で使われるテレビとしてはほかにありませんでした。

 液晶テレビに、ブラウン管と同じ「WEGA」というソニーのテレビブランド名を採用したのは、2002年6月、17型の「KLV-17HR1」と15型の「KLV-15SR1」、同年10月に23型の「KLV-23HR1」から。明らかに開発遅れ感が否めない状態でした。

KLV-17HR1

KLV-23HR1

◆プラズマテレビも一般向けに発売したが高すぎた

 一方で、プラズマテレビについてはソニーは業務用として1998年頃から販売はしており、2001年に一般市場へと本格参入しました。

 42型のプラズマテレビテレビ「KZ-42HS500」を2001年5月に発売。ディスプレイユニットとデジタルAVユニット、サテライトスピーカー2本、アクティブサブウーファーの5つの構成で価格は110~120万円。オプションのフローティングスタンド「SU-FHS1」(25万円)を利用することで、まるで画面が浮かんだように設置できました。たしかに見た目にも未来感があってかっこいいのですが、あまりにも高級志向が強すぎでしたね……。

KZ-42HS500

 かと思えば、同9月には32型と42型のプラズマベガを発売します。32V型「KZ-32TS1」が約50万円前後、42V型「KZ-42TS1」が70万円前後。テレビチューナやテーブルトップスタンドなどをディスプレイと一体化したプラズマテレビで、ワンパッケージ・コンセプト・デザインと呼ばれていました。

KZ-32TS1

 けれども、なんともシンプルすぎるデザインというか特徴がないというか、高画質技術もそこそこにウリは「手軽な設置」や「省スペース」で、なんとも頼りないラインナップだと感じました。

 また、ソニーは液晶テレビともプラズマテレビとも違う、リアプロジェクションテレビというもうひとつのテレビも発売しました。2000年6月に次世代大画面ワイドテレビ、GRAND WEGA(グランドベガ)というネーミングで50型のプロジェクションテレビ「KL-50DX700」(72万円)をリリースしたのです。

KL-50DX700

 これはプロジェクターに使われる光学ユニットを、本体内で映し出して超高精細なスクリーンの反対側に投影するという、トリッキーながらも大画面をより低価格で手に入れられるテレビです。

 薄型テレビではないものの、当時大型サイズは液晶テレビでは難しく、プラズマテレビにしても非常に高価だったものに対して、大画面でより価格が抑えられるという魅力がありました。

すべてをラインナップしたWEGAシリーズだったが……

 こうしてブラウン管テレビを主力で販売しつつ、どうにかこうにか薄型テレビの模索を続け、ようやくソニーの持つ技術を軌道に乗せられたのは2002年後半になってのこと。

 ついに鮮明でリアリティー豊かな高画質映像を実現する新開発の統合デジタル高画質システム「ベガエンジン」を搭載した 「WEGA(ベガ)」シリーズとして、ブラウン管、プラズマテレビ、液晶テレビ、リアプロジェクションテレビの4機種を一挙に発売します。地上波ダブルチューナに加え、BSデジタル/110度CSデジタルチューナを搭載して正真正銘のデジタルテレビです。

KD-36HD900

KDE-P50HX1

KDF-60HD900

KDL-L30HX1

 デザインについても、プラズマベガと液晶ベガは、画面が宙に浮いているかのような雰囲気をもったフローティングデザインとなり、やっとの事でソニーの独自色を出せたのでした。

 ただ、これでめでたしめでたしなんてことはなく、このあとに、自社での液晶パネル量産をあきらめ、韓国のサムスン電子と合弁会社を設立という選択肢により、また茨の道をテレビ事業は歩んでいくことになります。

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筆者紹介───君国泰将

ソニー(とガンダム)をこよなく愛し、ソニーに生きる男・君国泰将氏

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