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高音質SACD「エトレーヌ」制作裏話、レーベルデザインによる音の違いまで検討していた

2023年09月28日 18時00分更新

 ウルトラアートレコード(UAレコード)は9月27日、情家みえ『エトレーヌ』のSACD化に伴う、メディア向け試聴会を開催した。場所は東京にあるKEF MUSIC GALLERYで、McIntoshのアンプ/プレーヤーと、KEFのペア2310万円のスピーカー「MUON」を組み合わせたシステムでデモを体験できた。その様子をレポートする。

中央がアーティストの情家みえさん。後ろに見える巨大スピーカーがKEFの「MUON」

レーベルの印刷方法までこだわった

 UAレコードは、評論家の潮晴男氏、麻倉怜士氏による高音質にこだわったレーベル。既報の通り、2017年8月に東京・代々木スタジオでアナログ録音した原盤を、DSD2.8MHz(SACD層向け)と44.1kHz/16bit(CD層向け)にトランスファーし、ハイブリッドSACD化している。手直し編集なしの「ワンテイク録音」、生成りの素直な音を得るため、コンプレッションなどの処理に頼らない……といった、レーベルのコンセプトを踏襲した音源だ。

2019年のアナログレコード盤と2023年のSACD盤(同一マスターを利用している)

 SACD盤で利用したのは、2019年のレコード盤と同じアナログマスターだ。その制作過程については後述する(過去の記事でも触れている)が、SACD化ならではの試行錯誤もあった。それはレーベルのデザインだ。(1)デザイン優先で赤地にロゴをのせたもの、(2)音匠仕様レーベルコートなどと同じ緑色を地に白いロゴをのせたもの、そして、(3)白い地の上にロゴの部分を抜いた緑色をのせたものの3種類を用意して試聴。

3種類のレーベルを試作して音質の違いを検討したという。

 その結果、採用したのが(3)だったという。デザインが音に影響するのかと思う読者もいるだろうが、不思議なことに少しずつ違いが出るのを実感できた。1~3の順に聞いたが、筆者の感想としては、1と2では中高域の抜け感が変化して個々の音がより鮮明に。2と3では低域の出方に差があり、後者は中域など音の分離感は若干減るが、低域の厚みはよりしっかりと出る印象があった。

 UAレコードの社内では、1よりも2または3のほうがいいのは歴然としているが、2と3のどちらがいいかの意見は分かれたという。潮氏は「赤より緑がいいのは分った。通常ならば緑を地にしたほうが良さそうだが、デザイン(文字の大きさなど)によって白と緑どちらを下にするのがいいかは変わるようだ」とコメント。結論としては3に決まった。その理由は「まとまりがいいし、ほぐれているのでいいのではないか」と思ったためだと麻倉氏は話していた。

潮氏。A面は情家みえの情緒感やいい面を出す。B面は実験的に。編成もトリオからカルテットになって、低音を詰め込もうと、一般的な24インチや26インチではなく、30インチのドラムを探してきて、ドラムの山田怜さんに使ってもらったという。都内では貸してくれるところが1つしかなく、マーチングバンドのドラムをキックにしたそうだ。アルバムではカラーに口紅、キャラバン、君の瞳に恋しての3曲で使用(ほかは通常の24インチドラム)。

 ちなみに、レーベル面が緑色の“音匠仕様レーベルコート”はCDやSACDの高音質盤でよく用いられている。ディスクの散乱光を吸収し、音質向上に効果があると言われている。もちろん、ノイズ(散乱光)が多少ピックアップに入っても読み出すデジタルデータ自体が変わるわけではないが、読み出した光学信号をアナログ的に扱うサーボ系のノイズや駆動電力の状況が変化して音に影響を与えるようだ。

2インチテープから作ったアナログマスターを再DSD化

 制作過程についても過去の記事で触れているが、録音時にはPro Toolsを経由したCDやハイレゾ配信向けのデジタル録音とオープンリールテープを使ったアナログ録音を同時にしている。ポイントはアナログ録音に使ったテープだ。24トラック分を同時に記録できる2インチ幅(約5cm幅)で、走行スピードも秒速76cmと非常に速くしている(速くすると高音質、遅くすると長時間の録音ができる)。

2インチ

 ちなみに、2インチテープは30㎝直径で1本6kg程度ある。秒速76cmでは10分程度の記録しかできない。入手自体が難しく、潮氏によると、海外で販売されている場合もあるが、買っても劣化していて使えないことが多いのだという。録音では知り合いのプロデューサーが温存していたものを使用したという。代々木スタジオには、StuderのA-800を中心とした24トラックの設備が残っており、そこがスタジオ選択の決め手になったという。

情家さんは、A面の「You Don't Know Me」は1テイクでOKが出たが、「このあたりから、このレコーディングは一発録りなのではないか」「腹を据えることができた曲かもしれない」など、緊張感があった7年前の録音についてのエピソードも語ってくれた。

 2019年に制作したアナログマスターは、この2インチテープの信号をStuderのA-820を用い、1/2インチのテープに秒速38cmでトラックダウンしたもの。これはテープ交換なしにカッティング処理を終えられようにするため。

 2019年のレコード化に続き、SACD化でもこのマスターを使用している。ちなみにこのアナログマスターは配信中のDSD11.2MHz、PCM384kHz/24bit音源でも用いている。SACD盤の規格当初は、このデータを2.8MHzに変換して使えばいいと考えていたそうだが、結局、アナログマスターから変換し直すことになった。再変換による音の劣化がないなど音質追究の側面もあるが、そもそも閉じていたり、エンジニアが引退したりで、SACDのマスタリングができるスタジオ自体が減っていたことが大きいのだという。結局、キングレコードの関口台スタジオに持ち込み、そこに設置してある「SADiE」というDAWを用いて作業してもらったという。なお、CD層に入っているPCM44.1kHz/16bitのデータは、DSD2.8MHzと同時に出力したもので、デジタル録音のマスターを使用したCD盤のエトレーヌとは異なるものになっている。

SACDの良さを再認識

 配信が普及する中で、UAレコードとしてはフィジカルメディアに注力していきたいとする。潮氏は「形があるものは製造者責任が残るというか、魂が宿る気がしますね」とコメントしていた。なお、SACD盤の発売を記念して、12月20日には渋谷のBODY&SOULで発売記念ライブを実施する予定とのこと。歌手の情家みえさん、ピアニスト山本剛さんを中心としたトリオによる演奏で2ステージを予定しているとのこと。

麻倉氏。香港AVショーでもエトレーヌのデモと講演を実施。香港ではアキュフェーズやFyne Audioの代理店をしているHMGが取り扱っている。現地デモでは3日間で200枚が完売、サイン会には行列ができた。50枚分の追加予約ぶんは東京でサインして発送したそうだ。

「自分ののどの状態が分かるぐらいに。ちょっとがさついたところもそのまま聞こえてくる。喉をコントロールしたなというのが分かるぐらい」「声帯の動きが分かるぐらいの声が聞こえて驚きました」と情家さんも驚きのコメント。

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