週刊アスキー

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電脳フリマに参加したら楽しかった

最初期のスパコンCDC 6600の磁気コアメモリはおいくらなのか?

2021年12月22日 09時00分更新

先月買ったスマホは話がはやいのだが

 「電脳フリマがあるんで出ませんか?」と言われたのは、開催の1週間ちょっと前のことだった。イベントの案内を見ると「ガジェット好きな面々が今年購入したものや過去のお宝を放出します。PCアクセサリやスマートフォン関連製品、激レア品なども多数」なんて書いてある。

 なにかと荷物が多くなりがちなのがオタク人生というものだ。地震で廊下に積んであった本が崩れてお風呂から出れずに死にかけたという人の話もあった。崩れたガジェットがドアをロックするってプログラムのバグみたいで楽しいのだが、現実となったらシャレにならない。

 そこで、部屋の中を埋め尽くしているもののいくつかを手放すちょうどよい機会だと思って「電脳フリマ、参加しまーす」とお答えした。

 この種のフリマに関しては、アスキーが1980~1990年代のお正月にやっていた「ジャンク市」を覚えている人もいるはず。パソコン神社というものも併設されていて、MSXで作った御神籤ソフトが「大吉!」とかやっていた。ある担当者は、本物の神主の資格のようなものを取得したなんて話もある。

 メタバースのバブルが押し寄せているはずのVR情報サイト「PANORA」主催のガジェットフリマには参加させてもらったことがある。「MobileHackerz再起動日記」で有名なMIROさんも参加されていて、「エンドウさんこのPONG時計好きでしょう」と言われて買ってしまい、私のほうはVectrexを「1台欲しかった」とのことでお売りした(もう1台光速船は別の方に)。

MIROさんから購入したPONG時計(ミニカーとパドルは無関係なので念のため)。フリマの楽しみは、この種のone-of-a-kindなアイテムが入手できることでもありますね。

 ところが、電脳フリマに参加は決めたものの案外とそれ向きなものは段ボールや屋外ストックケースに片づけられている。ガジェットも本も分類して段ボールやスチール棚にギッチリ詰めこまれてパズルみたいにはまっている。正直なところ居住空間を確保するために「やむを得ず片付けられている」というのが真相だ。

 それでも目につくところにもモノは溢れているので、電脳フリマの開催日がせまるなか、とりあえずその中から手放してよいものを選ぶことにした。1年前の《紙テープ鑽孔機の記事》でも手伝ってくれた、株式会社オブシープのよしだともふみ氏も一緒に出店することになり、「これどうですかね?」などとやりとりしながら、運搬用の段ボール箱に以下のようなものが入っていく。

Avegant Glyph AG101(ヘッドマウントディスプレイ)
FACIT 1131J(1971年製のニキシー管電卓=シャープのOEM)
FACIT 1110-2(1976年製の世界でも最も美しい電卓の1つ)
Unihertz Titan Pocket(キーボード付き小型スマホ)
SYNTH KIT|littleBits(コルグ×littleBitsのシンセ組み立てキット)
エポック社のテレビ野球ゲーム(1978年製のマイコン家庭用ゲーム機)
Clockworks DevTerm(Raspberry Pi搭載のブリーフケース型PC)
……

 こんな具合に、まあまあ揃ってきたところで本棚の中から「CDC 6600」の磁気コアメモリというものが出てきた。CDC 6600というのは、1964年に製造された最初に成功したスーパーコンピューターである。「磁気コアメモリ」というのは、極小のリング状の磁石を配線で編み込んで、それを磁化させることで情報を記録するコンピューターの記憶装置のこと。

 初期のスパコンといったら「クレイでしょ?」という人が多いんじゃないかと思うのだが、CDC 6600は、そのシーモア・クレイがCDC(コントロール・データ・コーポレーション)時代に設計開発したその原点といえるマシンである。

 電脳フリマの案内にも「激レア品など」と書かれている。前述、PANORAのガジェットフリマでは、バロウズのニキシー管電卓(ニキシー管はバロウズの商品名かつ特許を持っているから本家採用の電卓となります)を出品して買い手がついた。創業者の孫は、SF作家のウィリアム・バロウズの電卓というのもちょっと上がりますよね。

 そんなわけで、CDC 6600のコアメモリに関しても「誰か欲しい人の手に渡れば」と思って出品することにした。私自身が、本棚に置いたまま忘れてしまっていたような状態である。それでは、持っていてもあまり意味がないというわけだ。

2016年のPANORA主催のガジェットフリマで出品したBurroughsのC3300というニキシー管電卓。ただの電卓だが重量は1.5キロもある。1970年シャープ製。

フリマにこれから参加する人にも役立つノウハウ

 電脳フリマの会場は、JR飯田橋からほど近いビルの中にある貸し会議室。日曜日の午前11時ちょっと前、少し大きめの会議室に入るとほとんどの参加者がお店の準備を終えつつある。私とよしだともふみ氏の机に急きょ便乗参加することになった某AIスタートアップ会長のshi3z氏(以下S氏)が、すでに品々を展開していた。

 この業界ではやれている会社のトップほど、この種のガジェット好きであることが定説となっている。一見そうは見えないビジネスモデルばかり語りそうな社長でも、《たしなみ》としてOculusやApple Watchやテスラくらいは買っている。アマゾンのジェフ・ベゾスCEOなんか、アポロ11号のエンジンを海底から引き揚げたあたりでその片鱗を見せたと思ったら、いまじゃ自分でガジェット作りまくってる(米国では家庭室内用セキュリティドローンが発売されたばかり)。

 さて、問題は、CDC 6600の値付けである。今回、フリマでこれからやる人にも参考になるノウハウが1つ得られた。それは、「他人に値付けしてもらう」ことだ。売り物を段ボールから出して並べながら、、S氏「いくらで買ったもの?」、私「×××円だったかなー」、S氏「じゃ2万5000円ね」といった具合でポンポン決まっていく。自分が愛したガジェットと別れるときに値付けは軽いストレスがあるから、これはいい方法だ。

 1つずつ値札(といっても手書きポストイット)が貼られていくと、なんとなくまだ売れたわけじゃないのに儲かったような気分になってくる。

 そうやって10個ほどの品の値段が決まったところで、「CDC 6600の磁気コアメモリ」が段ボール箱から出てきて手が止まった。それが、どんなコンピューターだったのかを説明する私。設計者のシーモア・クレイは、コンピューター業界の人気スターみたいな存在。CRAY-1の外側をぐるり囲んでいる《世界で最も高価な椅子》は、誰もが座ってみたいと憧れたものだ。その出世作だから、エルビス・プレスリーの最初のコンサートチケットみたいなものではないか?

 当然、売値は原価や相場できめることになるはずだが、かなり前にeBayで落札したことだけは分かっている。PayPayやその前のBidpayなどもなく、新宿郵便局に出かけてマネーオーダーで米国などに送金していた頃だ。商品が届くまでの保証をしてくれるエスクローと呼ばれるサービスも使っていた。

 要するに、CDC 6600のコアメモリの正確な落札価格をすっかり忘れてしまっている。なんとなく覚えていた気もしたが、それなりに競って落札したことが思い出されてわからなくなった。同じ頃にハマっていた、リヒテンシュタイン製の、機械式計算機「CURTA」や、HPの電卓腕時計「HP-01」なんかは、割とハッキリは落札額を覚えているのだが。こちらは相場があるということでもある。

 こういうときに便利なのが、eBayで「Completed Items」(終了済み)のチェックをして検索することだ。同じ商品の過去の落札履歴である。ところが、「CDC 6600」のコアメモリは、私が落札したものも含めて1つも出てこない(20年以上前の記録は出てこないのは分かるが)。

 調べてみると、Wikipediaの「磁気コアメモリ」(英語の“Magnetic-core memory”も)では、 私の所有するものとほぼ同じCDC 6600のコアメモリの写真が使われている。説明を読むと、「CDC 6600(1964年)で使われた磁気コアメモリ。大きさは10.8×10.8 cm。1コアごとに1ビット、全体では64 x 64 コアで合計4096ビットの容量がある。拡大図はコアの構造を示したもの」とある。Word Lineというちょっと特殊なしくみらしい。

 それにしても、CDC 6600は、本体のデザインがあまりにもカッコいい! 実行速度優先で配線を短くするために本体は上から見て「+」字型になっており、CDCは、当時このコンピューターを700万ドルで販売した(『600万ドルの男』よりも何年も前である)。シアトルの「Living Computers: Museum + Labs」で、CDC 6500をレストアしたという話題もみつかった(1967年発売の同シリーズのスパコン=レストアに9,000時間以上を要したそうな)。

マウンテンビューのコンピューター歴史博物館に展示されているCDC 6600(右端)の前でポーズをとる私。

コンピューター歴史博物館リニュアル前の「十」字型の本体がそっくり見える展示。

 で、その磁気コアメモリの値付けである。S氏「これはいくらにするの?」、私「コアメモリはeBayとかで100ドル台で出てたりするけどPDP-8とかよく売れたマシンのばっかだからなぁ」とか、私「数十台しか出荷されてないスパコンですからねぇ」とか、ゴニョゴニョ言っていたら、S氏「じゃ、80万円ね」と言って、ポストイットに書き込んで貼ってしまった。

 私「うっ、80万円?」、となったのだがフリマの価格は変動相場制みたいなものである。また値下げなりすればいいでしょう。そもそも、古いデジタルガジェットを手放すなら、中古買取ショップなり、メルカリなり、ヤフオクがあるわけだが、ここに来る人たちはお互いの共通意識で結ばれているようなところがある(映画『アバター』みたい)。コミケと同じで、自分たちの経済圏を作ることで盛り上がれるみたいなところがあると思う。

 いろんな人が、私の磁気コアメモリを手にとって眺めたり、これ1枚で何ビット入るのか計算をはじめる人がいたり。さすがに、本物のコアメモリを見たことがある人は少ない。私も、自分でCDC 6600からはぎ取ってきたわけじゃないので念のため調べたら、基板上にプリントされた番号以外まったく同じ写真が出てきた。トランジスタで構成された演算回路よりも、家内制手工業的に人手で磁石が編まれているというあたりに磁気コアメモリならではのロマンがあるようだ。

 会場はコロナ対策のためワクチン接種済みの人しか会場には入れないようになっていた。受付で人数制限もしていたのだろう。シアトル在住で帰国したまま日本にいたOさんが、このCDC 6600の磁気コアメモリに興味を持っていたらしいのだが、接種済み証明を忘れてきて会場に入れなかったと後で聞いた。

 Oさんは、元日本IBMに勤めておられた女性で、以前、IBMのゴルフボールタイプライターのボール4個セット+お掃除用ブラシケース入りをいただいたままになっていた。お礼を差し上げなきゃとずっと思ったままだったので、いい機会だったはずなのだが。今度こそどこかでとこの場を借りてお伝えしておきます。

Oさんに譲ってもらったIBMゴルフボールコンピューターのタイプヘッドセット。

私は人間ができていない

 電脳フリマは、正式な開始時間前の一般の参加者が入ってくる前の時間と、終了間際の30分くらいがめちゃめちゃ面白い。開始前には、出品する人たちだけの特別な時間ですでに物々交換やお買い物ゴッコがはじまっている。ここで注意しなければならないのは、モノを処分するためにフリマに参加したのに、持って帰るもののほうが多くなるという現象だ。

 終了間際の30分間のほうは、いうまでもなく投げ売りである。こちらは、一般参加者も加わって歳末のアメ横で新巻鮭を売るような持ってけドロボー的な感じになる。安く売るから損切りみたいなものなのに、なぜか嬉しい。

 その投げ売り時間よりは少し前、持ち込んだ品々も7割ほどはけたところで、S氏が「値下げタイム」を告知した。そして、磁気コアメモリをさしている。私「いくらにしますかね?」、S氏「10万円かな」といって、いちどポストイットに書いてペタリと貼ってしまった。私「ちょっと待ってよ」と言ってそれを剥ぎ取った80万円の値札にもどしてしまった。最初、80万円と書かれたとき「そりゃないだろー」と心の中で嫌がっていたのにだ。

 結局、自分は本当に売るつもりだったのか? 自慢したいだけだったのか? レンタルショウケースに飾って《非売品》と書いているような輩と同じなのか? などと、心の中で自問自答している私がいる。

 数年前、神田神保町にあった古本ブック・ダイバー(探求者)という本屋さんで行われた一箱古本市みたいなやつで、私は、ほとんど本を売ることができなかった。売る本の選び方や値付けがなってないとのこと。ダイバーの主人に「まだ人間ができてない」と言われてしまった。

 南陀楼綾繁さんの『古本マニア採集帖』という古本マニアへのインタビュー集を読んだのだが。いちばん面白かったのは、かつて「古本マニア」だった南陀楼さんがあとがきで書かれていたことだ。それまで、他の古本マニアに対してライバル心や嫉妬心を抱いていたのが、一箱古本市をはじめたことがきっかけで解放された(ほかにも震災やフリーになったことによる経済的な理由もあるらしいのだが)。古本マニアの呪縛から解かれて人の話を聞けるようになったそうだ。

 そういえば、ここ数年の神田神保町で勢力を伸ばしているのがいつの間にか3店舗まで増えた澤口書店である。100年以上の歴史のある神保町古書街の原点といわれる厳松堂のビルもいまや澤口書店(なんと厳松堂の看板は残されている)。あるとき神保町を歩いていたら澤口書店の社長のお父さんが、紐で結んだ古書の束をクルマの後ろからどんどん運び出している。そこには、本というよりも大地の恵みを収穫する人の笑みのようなものが見えた気がしたのである。

 彼らは、みんな人間ができている。私は、まだ人間ができていない未熟者なのだと本当に思う。どの人も、古本や神保町を楽しくして活力を与えてくれている。それに比べて、私が今回とった行動のなんと了見の狭いことか。そもそも、CDC 6600の磁気コアメモリも本当はいくらなのかサッパリわかっていない(たぶんたいしたことない)。それでも、2箱持ち込んだ段ボールが1個以下となった。なんとなく、少しだけ心がスッキリ晴れやかである。

FACIT 1131J(売れ残った)。Avegant Glyph AG101(売れた)。MIROさんのMobileHackerz再起動日記を見て真似して買ったのだが私はあまり使わなかった。MIROさんは自分のが壊れたのだそうで買ってくれた。エポック社のテレビ野球ゲーム。ネットオークションでも割りと見かける往年のゲーム機(売れた)。初代Speak&Spell(売れた=1978年発売で完動品はいい買い物だったと思います)。

DevTermは正確には電脳フリマ終了後にTwitterで問い合わせがあって売ることになった。半導体不足で中に刺さっているRaspberry Pi CM3+Lだけでもこれ以上の値段で入荷待ちなのに良心的過ぎる値付け。生かしてくれる人にと思って売ったのだが、到着してすぐにDevTerm上でPC-9801やX68000を動かしていたのでその願いはかなった。

置いて使ってよし、持って使ってよし、という絶妙なデザインのFACIT 1110-2は、1972年ウェーデン製。数字の表示もあまりに美しく使っているだけで心が癒されます。業界仲間の鈴木義孝氏の手の下へ(物々交換)。

モトローラのロゴのある携帯電話のモックアップ。ロレックス級の腕時計がそのままはめ込まれていてキーボード部は横に回転してでてくる。まだ深セン電脳街に地下鉄が通ってなかった頃に買ったものかと(売れた)。

SYNTH KIT|littleBits(売れ残った)とUnihertz Titan Pocket(売れた)。左に桐の箱に入れて置かれているのがCDC 6600の磁気コアメモリだ(売れ残った)。

 

再生リスト:https://www.youtube.com/playlist?list=PLZRpVgG187CvTxcZbuZvHA1V87Qjl2gyB
「in64blocks」:https://www.instagram.com/in64blocks/

 

遠藤諭(えんどうさとし)

 株式会社角川アスキー総合研究所 主席研究員。プログラマを経て1985年に株式会社アスキー入社。月刊アスキー編集長、株式会社アスキー取締役などを経て、2013年より現職。角川アスキー総研では、スマートフォンとネットの時代の人々のライフスタイルに関して、調査・コンサルティングを行っている。「AMSCLS」(LHAで全面的に使われている)や「親指ぴゅん」(親指シフトキーボードエミュレーター)などフリーソフトウェアの作者でもある。趣味は、カレーと錯視と文具作り。2018、2019年に日本基礎心理学会の「錯視・錯聴コンテスト」で2年連続入賞。その錯視を利用したアニメーションフローティングペンを作っている。著書に、『計算機屋かく戦えり』(アスキー)、『頭のいい人が変えた10の世界 NHK ITホワイトボックス』(共著、講談社)など。

Twitter:@hortense667

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