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ITの本質は「情報の形を変化させる」ことだ

なぜスターバックスは手話が共通言語のサイニングストアを開店したのか

2021年03月31日 11時00分更新

「デジタルへの置き換え」ではなく
「情報の形を変える」ことで利便性をアップ

但馬 消費者に愛されている企業――スターバックスやパタゴニア――というのは、きちんと社会に対してリフレーミング(再定義)して価値を提供していくことができているのです。

 たとえば「障がいのある人とはこういうものだ」と思い込まず、「いやいや、一歩引いてリフレーミングすればこんな働き方もできるよ」という取り組みができています。その驚きが人々に伝わって、「さすがスターバックス」「さすがパタゴニア」と評判が立っていくのです。

 ITはインフォメーション&テクノロジーで、訳すと情報と技術。ですから僕はデジタルなものに強引に置き換える必要はないと思っています。

 いまの話で言うと、伝える仕組みを「音」から「振動や表示」に変化させる、つまり情報の形を変えれば聴覚障がい者が働けるということを発見したうえで、実際の働き方に合った技術・仕組みを作っています。その延長線上に現在のサイニングストアが出来上がっている……と考えると、広い意味でこれもITだと思います。

 僕が前に働いていたパタゴニアの場合ですと、1つの製品――これは「昔から存在する情報」と言い換えてもいい――に対して、リペアという技術で10年、20年、30年使えるようなサービスを生み出していき、それを顧客に伝えることによって、「さすがパタゴニア、製品を短期間で買い替えるのは社会に対しても環境に対してもよくないよね」という評価を得ました。

 そういう意味で言うと、まさに今回のスターバックスの取り組みはITを活用した素晴らしい事例の1つではないかと思っています。

音声入力ツールも用意したものの、さほど使われていないという

鈴木 上手いバランスというか、ITに寄せすぎていないのです。現在はなんでもかんでも「文字起こし/音声合成すればよいのだ……」という方向に向かいがちですよね。でも、そうしてしまうと聴者と聴覚障がい者の間の溝が埋まりません。最終的にどちらかがそれを障がいと思わないところまで導く必要があります。

 今回の取り組みは、消費者の方々にとっても、音声言語が持つ不自由さに気づいて『じつは手話のほうが気持ちが伝わる』とか、『あらためて自分は偏見を持っていた。音声言語によるコミュニケーションのほうが手話より優れていると思っていた』というような内在するバイアスの存在に気付ける機会になったのではと。

 さらに、サイニングストアが登場したことによって、自身の価値観の引き出しも増えた。『こういう価値観のほうが自分に向いていた』とか、『こちらのほうが私の生き方として正しいのでは』と気づけるようになったことも大きいと思うのです。サイニングストアを紹介する番組では、地元の方々がわざわざ手話を学んで注文しにくるシーンがあり、「スターバックスとしてもそういったリテラシーを上げるために手話教室という形につなげていければ」といった発言があったと思います。

 これは、障がいを個性に置き換えるためのプロセスとして極めて有効です。聴覚障がい者にとって、同じ時間単価に見合わない不利益を被ってはいけないので、そこの底上げという意味でのデジタルツールは必要だと思いますが、そのバランスが絶妙なのでしょうね。

 これが難しいところで、聴者が設計するろう者向けのデジタルデバイスが社会実装されにくい原因もそこにあるのでは。つまり、価値観がまだ引き出しとして備わっていないなかで、設計に落とそうとすると、知識のみで作ってしまったようなモノが出来上がるのかなと。

電通イノベーションイニシアティブ プロデューサー 鈴木淳一氏

常連さんが多く根付いていることが
スターバックスの特徴

鈴木 そもそもスターバックスさん、パタゴニアさんもそうですけれど、ファンが勝手にコミュニティーを形成しています。パタゴニアさんは古い製品を持ち込んだらスターになれる、きちんと褒められる、ここが上手く回っている原因だろうと思います。

 そういう意味で1つ質問したかったのは、スターバックスさんとして、ろうコミュニティーとの架け橋になるような面白い住民の方、先ほどいろんな個性の方が来られると仰っていましたけれども、そういう目立った橋渡し役な方々に対する、評価制度というか、そういうものを整備するおつもりはあるのでしょうか? そしてファンコミュニティーがそういった動きをするようになったときは、どんな距離感で向き合われるか、方針のようなものはございますか?

向後 現在は、まだお客様が引っ張っていくフェーズではないのかなと思っています。毎日来てくださるお客様は定着しつつあり、これを私たちはロイヤルカスタマー、常連さんと呼んでいますが、「常連さんを認知している」というのは、私たちにとっては普通のことなんです。

 「ああ、○○さんこんにちは。いつものアールグレイでいいですか」とか「お水、氷なしですね」という会話が普通なのです。パートナーは、お客様のお名前を覚えること、オーダーを覚えることに楽しみややりがいを覚えるのです。それがお客様にも伝わって、それをうれしいと思い、「明日も行っちゃおう」「今日も来ちゃった」というのがスターバックスのビジネスの根幹にあります。

 そして1600店舗あるチェーン店に常連さんと呼べるお客様が多く根付いているというのも、1つ特殊な点かなと思っています。

 ファンコミュニティーのお話ですと、明確な線引はありません。ただ、コーヒーを買いに来るだけではなくて、体験や空間、つながりが自分にとって必要だと思えるような気持ちと購買とが両立されて、カフェとして機能できるようにバランスをとりながら、こういったファンの方たちとコミュニティーを一緒に形成していくことを構想としては描いています。

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