週刊アスキー

  • Facebookアイコン
  • Twitterアイコン
  • RSSフィード

ITの本質は「情報の形を変化させる」ことだ

なぜスターバックスは手話が共通言語のサイニングストアを開店したのか

2021年03月31日 11時00分更新

―― nonowa国立店には何名のスタッフがいらっしゃるのでしょうか?

伊藤 ちょうど入れ替わりが激しい時期なのですが、現在は22名ですね。聴者、聞こえるパートナーは6名です。

レジ前では主に手話、そして指差しでやり取りしている

―― 聞こえない方のほうが多いのですね! 国内初ということで、さまざまな苦労があったかと思いますが……。

伊藤 じつはオープン前に、サポートツールとして使えそうなガジェットを試すなど、通常の店舗でトライアルを重ねています。結果、振動するタイマーや、デジタルサイネージに番号を表示して商品提供をご案内する装置を新たに作りました。ハード面での苦労はあまりなかったですね。

 パートナーのトレーニングについては、聴者のみで運営している既存の7~8店舗に依頼したのですが、どの店舗でも聴者・聴覚に障がいのあるパートナー関係なく、同じスターバックスのトレーニングマニュアルを使って育成するかたちをとりました。どの店舗でトレーニングしても差がない、というのはスターバックスの強みなのかなと思いました。

もともとスターバックスには
「誰でも受け入れる」という文化がある

但馬 スターバックスの企業理念と結びつけて考えてみたときに、サイニングストアを開く意義がどのように結び付くのか、そのあたりを詳しくお伺いできたらと思います。

但馬武氏。fascinate株式会社代表取締役社長。パタゴニア日本支社に約20年勤務。カタログやオンラインビジネスを担当する通信販売部門の責任者として、採用、組織作り、ブランディングを含めた顧客エンゲージメント戦略推進を担当。2016年に退社し2018年に「企業に熱狂的なファンを」創出する最愛ブランド戦略を伴走型で構築するfascinate株式会社を創業

伊藤 スターバックスには「Our Mission and Values」というミッションと行動規範があります。人々の日常に潤いと活力を与えることが我々のミッションで、それを実現する私たちのコアバリューが4つあります。そのなかの1つが「誰もが自分の居場所と感じられるような文化をつくります」というものです。

 つまり、もともとスターバックスには「誰でも受け入れる」という文化がありますので、今回オープンしたサイニングストアにおいてのみ、聴覚に障がいのあるパートナーが働いているというわけではないのです。実際、チャレンジパートナーといって障がいや個性を持ったパートナーがすでに20年近く働いています。

 声を大にしてダイバーシティ&インクルージョンを強調せずとも、企業文化として根付いていますので、ある店舗に耳の聞こえないパートナーがトレーニングで訪れても、同じようにトレーニングして成長させることができるのです。

但馬 これまでコーヒーショップの社会活動はフェアトレードやエシカル、つまり豆の調達に関する取り組みが目立っていました。でも今回のサイニングストアは、「耳の聞こえない方が多数を占めていてもお店は運営できる」という事実を提示することで、社会に波紋を広げる取り組みですよね。これは素晴らしいなと思いました。

 同時に、会社としては一歩大きく踏み込んだアクションだった感もあります。踏み込む際に社内でどんな対話があったのでしょうか?

向後 社内でのディスカッションを振り返ってみると、ここまでスムーズに進んで、意見や価値観が衝突しなかったプロジェクトはなかったのでは、と。

 もちろん新しい事業に取り組むなかで意見がぶつかることはありますが、オープンすることの意義、価値、夢、目指す方向には何ひとつ衝突もなく合意形成がとれました。サイニングストアという性質がOur Mission and Valuesに合致していたからこそ誰も疑問を抱かず進められたのでしょう。これはユニークな背景かなと思っています。

 とはいっても、但馬様が仰る通り、スターバックスはコーヒーショップですから、障がいなどに関する知見が十全というわけではありません。当事者たちの思いや困っていることをどれだけ正確に取り入れることができるか、このあたりは一番慎重になった部分でした。

 私は聞こえるので、結局聞こえる立場で物事を見て、発言・発想します。けれどもサイニングストアの主役は、聞こえないパートナーたちです。彼らが一番輝ける、便利だと思う、安心できるといったことを実現するためには、まったく違う見え方をしているパートナーの思いを引き出すことが必要です。この点に関して、部署問わずプロジェクトメンバーと議論を重ねたのがポイントかなと思います。

―― メンバー1人1人が行動規範やミッションを自分のものとして理解しているから、いわゆる「そもそも話」のところで揉めることがなかった。だから真に重要な「実働する方々の声を反映して形にすること」に力を注げたのですね。

この記事をシェアしよう

週刊アスキーの最新情報を購読しよう