やばい、かっこいいぞ、これ。
カシオの腕時計で名前は『EDIFICE』(エディフィス)。力強いボールドデザインがいい感じだ。防水仕様で、価格も3~5万円でそこそこ安い。まことに失礼ながらカシオが『G-SHOCK』じゃない若者向けの時計を作っていることを初めて知った。
4月に発売した『EDIFICE EQB-510』はBluetoothでスマホにつながる腕時計。アプリを使って世界300都市の時刻合わせができる。都市を設定するとアナログ針がぐるぐるぐるぐるーっと回るギミックが楽しい。ムダに回したくなる。
デザインがよい上、スマートフォンとつながる機能性もある。AppleWatchとは違うが、これもスマートウォッチみたいなものではないか。しかしカシオの人は「うちの場合ちょっと違うんですよ」と言う。
「うちは、時計の価値を高めるためにスマホを“利用”しているんです」
どういうことか。
●デジタルの知見をアナログに活かす
カシオ時計事業部の西尾豊一氏によれば、EDIFICEブランドそのものが始まったのは2000年。当初は海外市場向けのブランドとして展開してきたが、2009年から国内展開を始めている。
カシオ『EDIFICE EQB-510』(4万3200円) |
カシオの時計といえばデジタルウォッチのG-SHOCKというイメージがあるが、じつは今カシオの稼ぎ頭はアナログだ。
「デジタルが市場で占める割合は小さい。当初デジタル技術をベースにLCDつきのデジタルを中心に展開してきたんですが、今から10年前、規模の大きなアナログに軸足を移して成長するという方向転換をしたんです」
それでもカシオの強みはあくまでデジタル技術。デジタルの知見を活かすと、どんな製品がつくれるのかが鍵になる。
「業界で初めてBluetooth LEを積んだのは2012年発売のG-SHOCKだったんです。もっとも、当時の機能は通知系がほとんど。『スマホと連携するなら』ということだったんですが、もっとユーザーが使うシーンに特化したものはどうなるかと考えた。その1つがEDIFICEのワールドタイムなんです」
iPhoneから腕時計に時間設定を送れる |
腕時計はあくまでも時間を知るための道具だ。通知系で「スマートフォンの子機」になってしまっては、時計の本質から離れてしまう。いくら価値があるからといって、やみくもに情報量を増やすことがメリットにつながるかといわれると疑問だ。
ではどうするか。カシオは発想を逆転させた。スマホ連携により、腕時計を高機能化するとともに「情報をそぎおとす」ことにしたのだ。
●スマホは「削る」ためにある
ワールドタイム対応の腕時計はベゼル(額縁部分)などに都市名を刻印するモデルが多いが、EDIFICEは無地だ。インデックス(時字)もバーだけのシンプルなデザインで、曜日表記も頭文字だけ。
「細かい文字がたくさん入るとデザイン的にビジーになる。パッと見てなにが言いたいのかわからない。もっとシンプルに際立たせるようなことをしようと」
文字盤はシンプルかつ立体的 |
時刻合わせをしたい、操作がわからない、情報が欲しければスマートフォンにアクセスすればいい。そう考え、時計から情報を徹底的に排除していく。同時に、モノとしてのクオリティーを追求していった。
モノとしてこだわっているのは、デザインだけではなく、中身も同じ。恥ずかしながら知らなかったが、カシオはムーブメントを自社生産している。EQB-510も生産拠点である山形カシオでつくった自社製ムーブメントを積んでいる。
要素部品を小型化することで、新たなセンサーや通信モジュールを組み込んでいける。たとえば時針・分針・秒針にモーターを割り当て、それぞれ独立で動くモデルをつくれば、時刻合わせをする際、針を長い時間かけて回す必要がなくなる。
腕時計産業には、ムーブメントを仕入れ、組み立て、ロゴを押しただけで自社製品として流通させる、商社のようなメーカーもある。だが、それだけでは技術屋としての進化を止めることになってしまいかねない。
「カシオが目指す、デジタルドライブのアナログウォッチで自社の特徴を生かすには、自分たちで作りにいかないといけない。他社のムーブメントではコントロールしきれない部分が出る。やっぱり自分たちで作ってこそ、最大の価値が出せるんですよ」
世界時計も存在感はひかえめだ |
●デジタルとしてのアナログ
モノとしての魅力を高めながらも、価格はおさえた。そのためか、バイヤーからの反応も上々だという。
「値段を話すと『エッ、いいんですか!?』と言われることも多くて。実際この価格だと相当厳しいところもあるんですが、目標となる価格ターゲットがある。そこに合うようになんとか組んでいます」
Bluetoothボタンもわりと高級感がある |
一方、「時計をしない人が増えているのは事実です」ともこぼす。
時間なんてスマホを見ればいいじゃないかという価値観がある中、時計離れをいかに食いとめるかはブランド共通の課題。だが、スマートデバイスと真っ向から対立したり、中途半端に取り入れては痛い目を見るだけだ。
そこでカシオが優位に立てるのは、基本発想がデジタルであること。EDIFICE専用アプリも、失礼ながら時計メーカーがつくったものとしてはなかなかよくできている。
実はこれ、かつて『G'zOne』などで名を馳せた携帯電話チームの人材が移って作りあげたもの。話を伺った西尾氏も、かつては『A5403CA』などカシオケータイを手がけていたモバイルのプロなのだ。
「今は針だからこそできる表現を模索しています。デジタルからアナログに切り替わったとき、カシオだからこそできるという表現を、もっともっと柔軟に考えたい。それが『デジタルとしてのアナログ』という価値観になるんじゃないかと」
ときどき妙にそそるモノを出してくるデジタル屋、カシオがつくったスマート時代のアナログ腕時計。Apple Watchと価格も近いが、さてどっちを買うべきか。
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