■テクノロジーを駆使しおいしい水産物を提供
八面六臂は、旧態依然とした水産業界にITを持ち込み、水産物の流通に新たな動きをもたらしているスタートアップ企業。日本全国の産地から質の高い水産物を仕入れ、個人経営を中心とした中小規模の飲食店に販売。飲食店にはiPadを無償で貸し出し、専用アプリで日々の価格変動なども反映された最新の商品情報を提供する。発注はアプリから簡単に行なえ、1匹からの注文も可能だ。“料理人のためのeコマース”を標榜する彼らが、水産物の流通革命の先に見据える未来とは? 東京・新宿区のオフィスを訪ね、彼らのビジョンを聞いた。
週刊アスキー11/18号 No1003(11月4日発売) 掲載の創刊1000号記念連続対談企画“インサイド・スタートアップ”、第4回は生鮮品の流通にITで新しい風を吹き込む“八面六臂”の松田雅也代表取締役に、週刊アスキー伊藤有編集長代理が直撃。
↑さまざまなレイヤーからの“ 仕入れ”を自社で行ない、新鮮なまま適正価格で飲食店へ届けるのがコンセプト。
■水産物の流通という事業のアイデアは前職のときに出会った人たちがきっかけになっています
伊藤 八面六臂のサービス開始は2011年ですね。会社勤めもされていたとお聞きしました。
松田 大学を卒業して入行した大手銀行を1年半で辞めて、独立系ベンチャーキャピタルに転職しました。そこで1年半ほど働いたあとに、起業をしました。それが26歳のときです。
伊藤 1回目の起業ですね。事業内容は何だったんですか?
松田 電力の購買代理業が創業時のモデルでしたが、うまく立ち上がらず、1年ほどで携帯電話や固定電話回線などの販売代理業に変更しました。ちょうどそのころ、銀行時代の知り合いの方が仕事のオファーをしてくれたんですよ。
伊藤 どういう仕事ですか?
松田 G-モバイルという会社で物流とMVNOを組み合わせた事業を立ち上げて、その実務責任者をやってみないかと。引き受けたのは2008年10月です。
伊藤 その会社では、何をしていたんですか?
松田 当時はまだガラケー全盛期なんですが、モバイルアプリやカメラ、GPS情報などを組み合わせた仕組みをつくり、一式を通話、通信し放題の回線込みで販売したんですね。ビジネスは順調に行っていましたが、30歳になったのを機に「自分がオーナーシップをもって遂行できる事業にチャレンジしたい」という気持ちがわいてきました。辞職し八面六臂の事業を準備し始め、2011年に入ってサービスを開始したという流れです。
伊藤 水産物の流通という別世界にすぐ飛び込んだんですか。
松田 じつはG-モバイル時代に、水産業界向けの仕組みを相談されたことがあって、それが元になっています。
伊藤 なるほど。それでいきなり、うまくビジネスになってしまったと?
松田 そうでもないんです。というのは、開始当初は今の事業モデルとは少し異なり、水産物の販売業者さん向けの支援ツールという形で提供していました。いわば“楽天モデル”です。ところが、業者さんにこのツールを使いこなしてもらえない。
伊藤 それは、難しいから?
松田 リテラシーの問題もあったでしょうが、別の要因が大きかったと思います。水産業界は当時、受注がファクスや電話なんですね。ということはその先の業務システムも、ファクスや電話での受注をベースにして構築してあるんです。そこに我々のツールを入れようとしても、うまくなじまない。
伊藤 既存システムとぶつかってしまうんですね。とはいっても、自分たちのツールに合わせて業務システムを全部入れ替えろとは言えない。
松田 そうなんです。だったら、自分たちで仕入れから販売までやってしまおうとなって、事業モデルを切り替えました。
伊藤 うーん、理屈はわかるんだけど、大変そうですね。仕組みをイチから構築するわけだから。
松田 確かにしんどい。でも、そのほうがサービスをやる意味が大きくなると思ったんですよ。大手企業ではできないことを我々のようなスタートアップ企業は目指さないといけない。そのためにテクノロジーを使う。
伊藤 大手との差別化のポイントというのは?
松田 まずは品ぞろえですよね。たとえば養殖のタイやカンパチや各種冷凍品などは大手が扱っていて、飲食店としては仕入れが比較的しやすいんです。対して、たとえば佐世保産アカイサキや函館産マツカワカレイのような地物の魚だと、大手が扱わないから飲食店は仕入れにくい。
↑産地から直接仕入れることにより、佐世保産アカイサキ(写真)や函館産マツカワカレイのような地物の魚もラインアップ。
伊藤 だからこそ狙っていくと。でも、地物の魚を大手が扱わないのはなぜなんですか?
松田 大手の事業モデルは、トン単位で大量に仕入れて保存し、グロスでチェーン店などに売るというものです。つまり、規模での優位性を出しているわけです。ところが生鮮品というのは保存ができないので、大量に仕入れても、即日的に販売しきれなければ損になるという意味で、規模の大小よりも情報処理の速さが勝ち負けを決めます。また、地物の魚はそもそもそんなに獲れないから大量に仕入れることができないし、入荷が不安定な魚はチェーン店でもメニューにしづらく、扱いにくい。
伊藤 なるほど。それこそが八面六臂の強みになっている。
松田 そうですね。価格でも差別化ができます。水産物の場合、商品が漁師さんから料理人さんのところに渡るまでに、産地市場や築地市場、卸売業者、仲買人など、いろんなところを経ているんですね。でもこれは半分くらいがムダで、人件費や時間がかかる要因になってしまっている。もちろんなんでも産直がベストというわけではないですが、ここを改善することによって、価格の面でも我々が優位に立てるわけです。
伊藤 確かに。そこの改善は可能でしょうね。
松田 さらに、品質も当然差別化につながります。水産物は鮮度が命じゃないですか。我々の情報インフラであれば、良い商品の情報を産地から集約してすばやく飲食店に提供し、発注を集められる。さらに梱包や物流の仕組みを工夫することで、商品を劣化させることなく飲食店に届けることができる。
伊藤 品質を確保できればリピート利用も増えますね。サービスを利用する飲食店はどういうお店が多いんでしょう?
松田 我々は価格を優先するチェーン店ではなく、美味しさや品質を重視する中小の個店をターゲットにしています。圧倒的に店舗数が多いし、大手が相手にしていませんから。今までは個別訪問の営業スタイルが基本でしたが、ここでもインターネットの力を用いて、手付かずの層を攻めていこうとしています。
伊藤 ロングテールを狙う戦略ですね。
松田 規模ではなくテクノロジーを使って勝負しています。こういったやり方では、アスクルがオフィス用品のカタログをつくって、中小の法人に購入してもらっているのと近いでしょうか。
伊藤 なるほど。
↑発注のためのiPad専用アプリを用意アプリの開発では、動作のサクサク感とインターフェースの簡潔さを重視。“本日のおすすめ”コーナーを設けるなど、利用者がすばやく発注を行なえるシステムを目指した。
松田 中小の個店を取引相手に選んだ理由は、それだけではありません。中長期的に見て生き残るマーケットはどこかという観点もあるんです。チェーン店のように価格や効率を優先すれば、一時的な集客はできると思います。ですが、品質を二の次にして食文化を破壊しているような店は、2~3年後にはつぶれるでしょう。おいしいものを提供する努力を惜しまず、地道に常連客を確保しているお店なら、30年後でも生き残ります。
伊藤 食という文化に根ざしている以上、単なるEC化や効率化だけのビジネスでは決してないんですね。ところで、水産物は保存がきかない商品なので、需要の先読みをしないといけないですよね。アルゴリズムのようなものがあるんですか?
■需要を先読みする仕組みをつくるのは結局人間、まず人間が考え抜くことが大事です
松田 アルゴリズムをつくるには、その元になるデータがないといけません。基本的には人間が考えていますが、まだまだ不完全ではあるもののシステムの力ももちろん借りています。日ごとでの売れる数などの予測をし、天候や季節、消費動向などを考慮して、データから仕入れの量を調整していますよ。
伊藤 なんと、人間の感性をベースにし、その上でデータ・ドリブンとなるのですね。確かに、人間の勘は意外に正しいというのはあるけれど。
松田 たとえば五島列島産のサバと普通のサバがあると、人間だったら五島のほうが売れそうだなと思うけれど、コンピューター的にはどちらも同じサバなんです。サーバーにはサバがわからない(笑)。
伊藤 うまいですね(笑)。でも10年後には、サーバーにもサバがわかる時代になりますよね。
松田 いずれは可能になるんでしょうけど、すべてのアルゴリズムの出発点は人間なんですね。
■iPadでファクスに代わるものをつくるにはサクサク感とわかりやすさを大事にしないといけない
伊藤 アルゴリズムの裏ではやっぱり人間が考えることが大事というのは深いですね。ところで、飲食店のために用意されたiPadアプリは意外にシンプルな画面なんですね。当たり前のECサイトという感じです。もっと専門的で、難しい言葉が並んでいるのかと思っていました。
松田 創業当時に大事にしていたのが、アプリの目的は料理人の方々に買ってもらうということでした。そのためには、なるべく簡単な仕組みを用意しないといけない。なにしろ、競合相手はファクスですから(笑)。
伊藤 競合がファクスですか。PCやスマホに慣れた人間からすると、想像しにくいですね。
松田 でも、コミュニケーションツールとしてとても優れているんですよ。紙にサッと書いて、送信するだけなら作業自体は2分ほどで終わってしまう。
伊藤 確かに手離れはいい。
松田 対してPCだと、まず起動して、ブラウザーを立ち上げてログインし、リストから目的の魚を選択して発注という具合に、5分以上かかる。この時点においては、ユーザーエクスペリエンスでPCはファクスに後れを取っているわけです。
伊藤 たまに、ウィンドウズのアップデートもあります(笑)。
松田 ファクスを代替できるものをつくるのなら、サクサク感を大事にしないといけない。加えて、パッと見て発注できるわかりやすさも重要。これからも試行錯誤し続けます。
伊藤 なるほど。では最後に、今後の展開をお聞きします。
松田 現在、扱う商品のカテゴリーを増やすのと、販売エリアを拡大する準備をしているところです。水産物だけだったのを、青果や精肉、調味料、日配品なども扱う予定です。
伊藤 生鮮品を中心にさまざまな商品を扱うことになりますね。
↑取り扱う商品カテゴリーの拡大を予定。水産物流通からサービスを開始した八面六臂だが、近々、青果や精肉などにも商品カテゴリーを拡大予定。生鮮品に強みを持った“料理人のeコマース”を目指す。
松田 水産物から始めたので、メディアで“鮮魚版アマゾン”と紹介されたりもしたんですが、最初から目指していたのは“料理人に対する総合食品卸”であって、“料理人のためのeマコース”をつくることなんですよ。
伊藤 最初に手をつけたのが水産物だっただけなんですね。
松田 そうです。そして我々の使命は、世界のどこでもさまざまな食材を入手できる仕組みをつくることです。それができれば、サハラ砂漠で割烹料理を食べるなんてこともできる。
伊藤 おお、いいですね!
松田 生鮮品流通市場では、日本が世界で最先端。日本の生鮮流通のeコマースでしかるべきポジションに立てれば、世界で勝てないはずがないんです。
伊藤 夢がありますね。期待しています!
八面六臂 代表取締役
松田雅也
1980年生まれ。京都大学法学部卒業後、銀行とベンチャーキャピタル勤務を経て、2007年にエナジーエージェント(現・八面六臂)を設立。その後、2011年4月に八面六臂サービスを開始。
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