週刊アスキー本誌では、角川アスキー総合研究所・遠藤諭による『神は雲の中にあられる』が好評連載中です。この連載の中で、とくに週アスPLUSの読者の皆様にご覧いただきたい記事を不定期に転載いたします。
2013年6月に発表された“iOS in the Car”が“CarPlay”の正式名でお披露目された。なんとなく、前年に“iTV”とアナウンスされたのに、Macworld2007で“Apple TV”になったみたいな感じだ。要するに、正式発表前にちょっとトーンダウンした気分である。
CarPlay
それは見事に的中して、CarPlayでは、iPhoneを持って乗車したらまずケーブルで接続するのだそうだ。車といえば、私より前の世代にとっては“ベッド”そのものだった。スズキ自動車の鈴木修会長は、テレビ番組『カンブリア宮殿』でシートを水平まで倒れるようにして同社の軽自動車『スズキアルト』(※1)をヒットさせたと豪語していた(司会の村上龍と小池栄子は困っていたが真理なんでしょうね)。
車に乗ってエンジンをかけてさあ出発というときに、コンドーム(※2)みたいに、そそくさとiPhoneのケーブルを繋ぐのだろうか? 「なにやっているの?」と彼女に聞かれて、Lightningケーブルという大げさすぎた名前が寂しさをさそう気まずい時間になったりしないだろうか? ケーブル接続なら、私が5年前から使っているCrossPoloのiPodオプションと大差ない。さらに10年も前に乗っていたminiにもiPodオプションがあったゾ。
たしかに、iOSのアイコンの並んだ画面には馴染みがある。フェラーリの社長によれば、同社オーナーの7割はiPhoneユーザーなのだそうだが、フェラーリに乗ってる伊達男どもがこんな形のCarPlayを望むのだろうか? それにしても、ケーブル接続とは、まずは使わせて次のクラウド経由が本当のねらいとも思える。
車には、ちょうどウェアラブルデバイスと同じようにユーザー体験についての文法があるはずだ。手で操作するスマホと、ハンドルやチェンジレバーで両手がふさがっている車には、根本的な矛盾がある。実のところアイコンが並んだ画面は、Appleの確信犯的な“ただの記号”なのかもしれない。車は、Appleの未来のコンピューティングにとっても大切なSiri(音声)や昨年11月に買収したPrimeSense(ジェスチャー)をやってみるよいフィールドだというほうがわかりやすい。
それよりも、個人的にはボストン市が提供する駐車場さがしのソリューションのほうが面白いと思っている。アプリで空きを探して駐車すると地面に埋め込まれたセンサーが反応してスマホに信号を返す。すると、スマホがどこに駐車したかをクラウドに伝えるのだ。通常、この種のことは駐車メーター側がネット接続するトポロジーを考えがちだが、ちゃっかり客のスマホを使うところが楽しい。
車とスマホにふさわしい関係というのは、これくらいの“ゆるさ”の繋がりなのではないか? いまは、自動車業界とIT業界のさぐり合いっぽい“組み手”がガチガチになっているのがどうもいただけない。
3月に開催されたATTT(国際自動車通信技術展)は、私もアワードの審査をやらせてもらったが、本田技研ブースで展示された超小型モビリティ“MC‐β”のアプリは、そこをやっと乗り越えた感じだ。市販のタブレットで動作させる一種のランチャーで、ナビ画面を表示したままスワイプ操作でヨコから音楽プレーヤーなどがサブ画面として表示される。サブ画面に表示したメッセンジャーなどから地図上に位置情報をドロップするようなことも可能だそうだ。
↑ホンダの“MC-β”実証実験で使われたタブレットはハンドル横にこのようなホルダーにセットされてデモされていた。ナビアプリでは、実証実験で許可されているエリア内から出ようとすると警告が発せられるようになっている。実際には、市販タブレットは車に備え付けたままになるのだと思うが、エンタープライズの世界が教えてくれているように情報系と基幹系はやっぱり別なのだ。
車の中でiOSやAndroidをそのまま使うことの問題は、ドライバーズディストラクション(注意散漫)といって、要するに“歩きスマホ”と同じような話である。一方、車やナビの会社が作るIVI(車載情報システム)が、iOSやAndroidのような気の利いたアプリがどんどん出てくるようなプラットフォームにできるのかという厳しい現実がある。
↑画面をスワイプするとサブ画面が登場する。これの正体はAndroidのウィジェットなので特別な改造なしに開発・インストールできる。画面サイズや操作統一のためにコンソーシアムをつくって先行主導していくのが日本の業界にとってよいのではないか。
そこで、割と自由度の高いAndroidを持ってきて“UIだけ車向け”にしてやるという発想だ。これで、運転中にできる範囲を規定してやれば、歩きスマホの問題も解決する。ボストン市の駐車メーターのように車側でAPIを用意してやれば、自分たちのテリトリーを1ミリもAppleやGoogleに明け渡す必要もない。なにより、CarPlayと異なるのは、車メーカーが客とアプリで直接やりとりするようになる。それは、自動車メーカーの目標であっていいはずの“車を売る”会社から“車に乗る人と付き合う”会社に生まれ変われるチャンスになるのではないか?
※1 スズキアルト、命名は「アルトきは〜、アルトきは〜」だそうな。“〜”に当てはまる単語を埋めよ! アルト鈴木くんはご存知か?
※2 コンドームは大切ですので念のため。ところで、オカモトが試験提供中の0.01ミリは注目ですね。
【筆者近況】
遠藤諭(えんどう さとし)
株式会社角川アスキー総合研究所 取締役主席研究員。元『月刊アスキー』編集長。元“東京おとなクラブ”主宰。コミケから出版社取締役まで経験。現在は、ネット時代のライフスタイルに関しての分析・コンサルティングを企業に提供し、高い評価を得ているほか、デジタルやメディアに関するトレンド解説や執筆・講演などで活動。関連する委員会やイベント等での委員・審査員なども務める。著書に『ソーシャルネイティブの時代』(アスキー新書)など多数。『週刊アスキー』巻末で“神は雲の中にあられる”を連載中。
・Twitter:@hortense667
・Facebook:遠藤諭
週刊アスキーの最新情報を購読しよう
本記事はアフィリエイトプログラムによる収益を得ている場合があります