変化を前提としてパーソナリティーを類型化する新指標を開発
AI側から研究成果を紹介してくれたのは、シナジーマーケティング株式会社 データマーケティング室副室長 研究企画チームの谷田泰郎氏だ。同社は「Societas(ソシエタス)」という指標を作り、新たなコミュニケーションネットワークづくりを進めている。
「世の中には多種多様な行動データがあります。これを社会知として使えるのではないかと考えたのがスタートでした。これだけ多様な人がいるのに、ひとはみな同じ社会に属していると感じていて、同じ世界観を共有しています。そこにはなんらかの普遍性があり、それをフレームワークとして捉えることができれば、データをつなぐハブのようなものを作れるのではないかと考えたのです」(谷田氏)
谷田氏らが取り組むのは、個性のデザインであり、人の心のデザインだという。ベテランの勘と経験ではなく、論理的な背景で構築した価値観の枠組みとしてSocietasに取り入れた。ベースとなっているのは、「人間は五感で考える(直観的)部分と、論理的に考える部分を持つ」という二重過程理論だ。
「最初はエモーションやフィーリングと言われるもので反応し、時間が経つにつれて次第に論理的に判断するというのが、二重過程理論です。これを行動データに近い側から捉えれば、AIと相性のいいデータを得られると考え、それに沿ってSocietasを構築していきました」(谷田氏)
さらに谷田氏らは消費者のパーソナリティーを先天的なものと後天的なものに分類した。先天的な価値観を基軸に8方向の分類を設定し、その上に職業や収入、家庭環境など後天的な特性を重ね、定量的データに落とし込んでモデル化したものがSocietasだ。ポイントは、変化しない先天的な要素と時と場合により変化する後天的な要素の両方を見ており、変化を前提としてパーソナリティーを分類している点にある。
「Societasに、過去のマーケティングやパーソナリティ分析で用いられてきたSchwarzの価値(編注:人間が求める価値を分類したマーケティング理論)、ブランドパーソナリティー研究におけるBig5(編注:万人に共通した性格特性は5つの要素の組み合わせとする考え方)、Cloningerが作成した気質と性格のモデルを重ねてみると、大きく外れていませんでした。これは現代社会で通じる新しいコミュニケーションモデルのデザインとして使えると感じました」(谷田氏)
Societasではパーソナリティーを12種類に類型化する。実際の広告制作現場でもすでに試験的に取り入れられ、効果を上げているという。当初は机上の空論だったものが、実際の行動データを使ったビッグデータ分析が可能になり、裏付けが得られた。その上で実際の制作現場で成果を上げ始め、谷田氏らは自信を深めたとのこと。
広告制作の現場で効果を上げる新たな統計的分類手法
谷田氏に代わって、Societasの具体的な適用事例を紹介してくれたのは、谷田氏と同じくシナジーマーケティング株式会社でデータマーケティング室 室長を務める後迫彰氏だ。シナジーマーケティングはCRMを提供しており、多くの顧客から膨大なデータを預かっている。それを統計分析することで顧客にベネフィットを提供できないか、そう考えたのは2011年頃のことだった。
「現場では職業や性別、年齢など統計に基づいたデモグラフィック分析で広告を作っていました。精度の限界を感じていても、それ以外に指標がなかったからです。既存のデモグラフィックを補う一項目として使ってもらいたい、そんな思いでSocietasを開発しました」(後迫氏)
Societasの内容については谷田氏から説明済みなので、後迫氏はすぐに適用事例の紹介に入った。最初に挙げたのは、ガス器具メーカーであるリンナイの事例だ。ガス器具は一般的に、各地のガス会社を通じて販売される。そのためメーカーとエンドユーザーとのエンゲージメントは強くない。なぜ他社製品ではなくリンナイ製品を選んだのか、どのような人がリンナイ製品を買っているのか、知ることは難しかった。
「Societasで分析したのは、消耗品や保守部品を販売するオンラインショップの会員情報です」(後迫氏)
一般消費者全体と、リンナイダイレクトチャネル会員との違いを分析した結果、リンナイのマーケティング担当者の肌感覚と合っており、納得感を持って共に取り組んでもらえたという。そこで分析をさらに深めて製品ごとの性向を探ったところ、デリシアという高級コンロの購買者が一般消費者と大きく違う傾向を示していた。
「この分析結果をもとに、機能を押し出していた製品パンフレットを改訂し、デリシアを手にすることで得られる世界観をアピールするものに作り変えました。その他の施策もSocietasを参考にし、高い成果を上げることができました」(後迫氏)
そのほかに数社、数製品の適用事例を紹介したのちに後迫氏は、「求めるのは嫌がられないマーケティング」だと述べた。顧客の価値観から課題解決の本質を理解し、最適な場所で最適な訴求を行なうべきだと言う。
「パーソナライズの手法としてペルソナがもてはやされた時期がありましたが、ペルソナの設定には職人技が必要でした。さらにペルソナは設定した人の先入観に左右されやすいという弱点がありましたが、Societasは数値分析で算出するので嘘がありません」(後迫氏)
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