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ソニー平井社長に訊く なぜ「直轄プロジェクト」として社内スタートアップに取り組むのか?

過去のソニーといまのソニー、その決定的な違い

 ソニーが伝説に彩られており、まさに黄金期を迎えようとしていたのは、1980年頃と言えるだろう。その頃、ソニーの従業員はグループ全体で3万8555人だった。それが、最も規模が大きかった2000年には、18万9700人にまで増えている。エレクトロニクスが中心であったソニーは、ゲーム・映画・音楽などのエンタテインメントや、金融までを手掛ける広範な企業体に変わった。構造改革によるスリム化で、2015年度末には従業員数は12万5300人まで減っているものの、それでも、30年前のソニーとはまったく別の会社である。

 あるとき、平井は筆者にこう語ったことがある。

「私は、新しいことをするのが好きな人間です。だから〝そういうこと〟についても、私がやらなきゃ誰がやるの? というつもりでいました。

 ですが、どちらかというと守りに入ってしまった時期に社長になりましたから、会社の状況として、新しいアイデアやビジネスを、ゼロから作るメカニズムに欠けていました。SCE時代は組織が小さかったし、商品点数もソニー全体に比べて圧倒的に少ない。ですから、一挙にシステムとして立ち上げてどうやって市場に持っていくか……ということが、自由にできました」

 平井は社長就任後、エレクトロニクス復活のために〝徹底した商品力強化〟を打ち出した。テレビ事業やPC事業を分社化するなどの厳しい施策を打ち出し、商品点数の削減に力を入れる一方で、販売される製品の性能はもちろん、デザインやパッケージの改善にも力を尽くした。

「商品のモノ作りに対するリスペクトが、少々薄くなってしまった時期があったんじゃないか? 価格やスペックだけで競争しても、他国のライバルに負けるに決まっている。ソニーが昔から持っているDNAであるとか、デザインやたたずまいなどの〝感性価値〟を上げなければいけない」

 平井の古巣であるゲーム分野では、プレイステーション4が破竹の勢いでヒットしており、業績の回復に大きな役割を果たしている。残念ながら、それ以外のジャンルでは、一気に状況をひっくり返すようなヒット製品はまだ生まれていない。とはいうものの、ソニーのエレクトロニクス製品については、ヘッドホンからテレビ、スピーカーにカメラまで、品質やデザインが評価され、単価の高い製品がより売れるようになっている、という事実がある。地道ではあるが、エレクトロニクス事業の改善は続いており、一定の成果が見えていると感じる。

 その一方で、平井がジレンマと感じていたのが、〝新しい技術やアイデアの発掘〟である。30年程前と比較すると、社員数は3倍以上を抱え、事業領域についてはさらに広範なものに姿を変えたソニーにおいて、社長がアイデアを吸い上げ、ビジネスとしての形を整えて〝離陸〟させるのは難しい。

 これはソニーだけの問題ではない。

 社長などのトップ交代が起きると、社内の不満や新しいアイデアを集めるために、いわゆる〝目安箱〟を設置するという話が出ることが多い。だが、そうした行為がうまくいった、という話はあまり聞かない。声を集めることはできても、それを実効性のある形までもっていくのは簡単なことではない。そして、声を集めても実現できなければ、集めた側の指導力・実現力が問われる結果になる。

アイデアを〝公平にピックアップ〟する仕組み

 平井は、自らが目をつけた技術について、できる範囲で製品化するために新規事業開発を始めた。2012年中に、平井は〝TS事業準備室〟を立ち上げた。まずはAVの分野で、既存の事業部のビジネスでは収まらないものの、新しい可能性を持つ技術をピックアップし、製品につなげる意図があった。この動きからは、『Life Space UX』というプロジェクトが生まれた。プロジェクターなどの独自技術を中核に、生活空間のあり方を問い直す製品群だ。

『Life Space UX SPX-W1S』。バー状のデザイン性に優れた特殊な4Kプロジェクターだ。

壁のすぐ前に設置しても、わずか17センチの距離からでも147インチの4K映像を投射できる。「見ないときはディスプレの存在が文字通り"消える"」という特別な体験をもたらしてくれる。

 最初の製品は、2014年1月、アメリカ・ラスベガスで開催された家電展示会・インターナショナルCESの基調講演で発表された『4K超短焦点プロジェクター』がそれだ。一般的にプロジェクターは、映像を投射して映すものなので、投射する壁までにそれなりの距離を必要とする。だが、Life Space UXで提示された4K超短焦点プロジェクターは、壁から約17センチメートルしか離れていない場所に設置しても、147インチ・4K解像度の大画面を表示できる。実はこの技術こそ、平井が最初に参加した、技術開発部門からの新技術説明会でピックアップした、〝埋もれた技術〟だった。

 インターナショナルCESの会場で、筆者は平井にインタビューしている。社長就任から1年半以上が経過し、攻めに転じようとする時であり、同年のCESの基調講演を平井が務めるという、象徴的なタイミングでもあった。

「ソニーの中で、新しい、面白いものを出すことをする動きがあります。でも〝もっとやっていいんだ〟、というか、〝やんないでどうするんですか?〟くらいに、自分では思っているんですよ」

 当時、平井はそう語っていた。

 しかし、その1年前に、平井は〝新しいものをピックアップする仕組み〟に悩まされていた。

 本書執筆のインタビュー取材のなかで、平井は自身にアイデアが持ち込まれることについての功罪をこうも説明している。

「きちんとしたゲートが用意されていて、それを通過しなかった理由がわかれば、〝今回はダメです〟と言われた人も納得するんです。なるほど、これはこういう所が到らなかったから、もう一回チャレンジしよう……。そういう気持ちになります。システマチックにやらないと、別の感情が出てきます。上役が〝そういうアイデアは嫌いだ〟と言って突き返すのはいけない。〝俺は素晴らしいアイデアだと思うのに無視された〟と思い、いつまでもぐるぐると空回りしてしまう。今回はNGですと言われても、納得感があれば次で前に進めるんですよ。NGのアイデアにフォーカスするのはマイナスのように思えますが、そこが非常に大切です。納得するプロセスを経るから、新しいアイデアでもう一回再チャレンジ、というプロセスに進めます。能力や発想がスタックしない、という意味でも、このプロセスは重要なことです」

 たまたま平井が目にした技術やプロジェクトだけをピックアップしていくのは、ある意味で不公平でもある。

 個人に〝直訴〟の形でアイデアを持ち込むということは、どうしても判断が属人的になる。「社長の目に留まってアイデアが抜擢された……」と言えば聞こえはいいが、「社長の覚えめでたく」といえば、まったく逆のニュアンスに聞こえる。アイデアの優秀さではなく、政治力や人脈でビジネス化をもくろむ人が出てきては、本末転倒だ。

 好き嫌いや好みは誰にでもある。だが、ビジネスの可能性を評価するときに、属人的な部分だけで評価されるのは、必ずしも正しくない。決裁者の好みではなくても、大きな可能性を持ったビジネスに発展することもあるからだ。

 平井は、SAPのことを語るとき、こんなことも口にした。

「最初から何十人・何百人という人が関わり、数億円・数十億円という売上を立てないといけない、というシナリオは、1970年代・1980年代くらいまでは良かったかもしれません。そういう形でなければ、商品が出てこなかった。しかし、いまは〝必ず何十億(円)売らなければならない〟という目標設定自体が、時代に即していないとも言えます。そういうビジネスがすべてではなくなっているのです」

 企業を取り巻く環境は、大きく変わっている。そんななかで、社内に存在する「マグマのように沸き立つアイデア」(平井CEO)を、ビジネスの形にまで引き上げるためのシステマチックな制度こそが、本書が主題とする“SAP”というプロジェクトの正体である。

(抜粋転載にあたり、本文の一部を追記・修正しています)

Image from Amazon.co.jp
ソニー復興の劇薬 SAPプロジェクトの苦闘

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