組み込み向け市場にシフトした
VIA Technologiesの現状
台湾VIA Technologiesは3月14日、都内で記者説明会を開催し、新しい車両向けシステムである「AMOS-825」を発表するとともに、JapanTaxiがこれを採用して日本交通のAIOS(All-In-One System)を構築するという協業体制を取ったことを発表した。
本来の記者説明会の趣旨は、JapanTaxiのAIOSなのであるが、なにしろVIAが記者説明会を開くのは久しぶりということもあるので、VIA Technologies側からもう少し細かく解説していこう。
2009年の記事になるが、VIAは2003年頃を最後にPC向けの新製品の投入を中止しており、既存の製品の出荷も2007年位までをめどに終了している。
実際、2004年に台北で開催されたVTF(VIA Technology Forum)のスライドを見てみると、すでにビジネスを完全に組み込み向けにシフトしているのがわかる。
これに先んじて2002年には東京でVIA Embedded Platform Solution Seminarを開催したりしているのだが、この際には、まだMini-ITXをラジコンカーに組み込んでみるというデモが行なわれていた。VIAとしても、どうやって組み込みビジネスにシフトしていくかを模索していた時期だったと思われる。
会社として方針を転換した関係で、日本では2003年にVTFと、小規模な報道関係者向けイベント(この時はS3 Chromeの発表会だった)を開催したのを最後にイベントがすっかりなくなってしまった。VTFそのものも2007年までは台湾で開催されていたが、その後はすっかりPC業界からは存在感がなくなってしまっている。
実際、この時期は急速に同社は売り上げを落としていた。下の青線グラフは同社の年間の売り上げをニュー台湾ドルで示したもの、赤線のグラフはアメリカドルで示したものだ。
正式な売り上げはニュー台湾ドルベースで、アメリカドルベースは毎年換算レートが変わっているので参考数値である。ただ昨今の円高で100万ドルがほぼ1億円なので、これを念頭に入れると2002年には750億円近かった売り上げが、2007年には急落、2008年には200億円弱まで下がっているのがわかる。
2007年は冒頭の記事にもあるように、同社がSocket 370互換のチップセットやCPUを販売できなくなった年であり、これもあって駆け込み需要がまだ売り上げを支えていたものの、2008年はそうした売り上げもなくなった結果として200億円台まで下がり、以後150~200億円程度の売り上げを組み込み向けのみで維持していることになる。
もっとも組み込み向けだけで150億~200億円を売り上げているのだから、そう悪い数字ではないが、2001年は2002年よりもさらに売り上げが多く、1000億を超えていることを考えると、だいぶビジネスの規模そのものが縮小した感は免れない。
VIAが目指す車載マーケットは
輸送サービスやシェアリング
長い前置きになったが、以上の状況を念頭においていただいた上で、説明会の内容を解説しよう。説明会では、まず台湾からRichard Brown氏が来日し、同社の戦略を簡単に説明した。
昨今の産業界ではPCからインターネットを経てスマートフォンが中心になっているのはご存知のとおりで、これに続いてIoT(Internet of Things:モノのインターネット)が一昨年あたりから活発になっている。
この次に来るのが自動車だ! という話はもう珍しくない。ここに向かって半導体業界各社は、ECUやBody、HV/EV、ADAS、Infortainmentなどのコンポーネントでのシェアを取るべく奔走しているわけだが、こうしたマーケットに直接参入できるほどVIAの規模は大きくないし、その意思もない。
その代わりに同社はややおもしろい形での参入を考えている。それは、輸送サービスやシェアリングである。
個人の輸送サービス、というのはUberあるいはLyftなどのライドシェアを指しているが、こうしたトレンドが急速に起きはじめているのは広く知られている。
国内の例では、首都圏では車を保有する代わりにカーシェアやレンタカーを利用する動きが盛んであり、逆に地方では運転できなくなった高齢者のためにライドシェアなどの動きが出つつある。
自動車業界はそうしたことにむけて自動運転を推進しているが、VIAが狙うのは自動運転に至るまでの間のカーシェアやライドシェアに向けたシステム、といえばわかりやすいだろうか。
すでにVIAは公共交通機関向けのエンターテイメントやネットワーク接続に加え、トラックやレンタカーなどの運行管理システムを提供しており、今回の発表もこうした動きの延長にあるものである。
ではこうしたソリューションに対してのVIAの強みはどこにあるか? というと、元々SoC(System-on-a-chip)の製造を行なっていただけに、OSのカーネルのカスタマイズやドライバーの提供、その上のBSP(Board Support Package)の構築、ライブラリーやツールの提供などまで可能なことだ。
BSPというのは聞きなれない用語かもしれないが、開発用のリファレンスボード上でターゲットとなるLinuxやAndroidといったOSと、これを動かすために必要なドライバー、さらにツール類をまとめたソフトウェアパッケージのこと。Windowsで言えば、チップセットドライバーにビデオカード/サウンド/LANなどとBIOS、さらにユーティリティ類までセットにしたもの、というのが一番近いだろう。
これが、せいぜい対応できるのがBSPやツールの提供で、それ以上のカスタマイズになるとメーカー任せにならざるを得ない代理店との大きな違いである。
AMOS-825の場合、内部のSoCはNXP(旧Freescale)のi.MX6 QuadというARMベースのSoCであり(後述)、子会社のWonderMediaのSoCと違ってチップそのものは外部から購入している形である。
それにも関わらず、WonderMediaの場合と同等のカーネルのカスタマイズやドライバーのサポートが可能になっているのは、やはりSoCそのものの製造経験があり、現在もそれをサポートしている部隊がいるからに尽きる。今回はそのソリューションをJapanTaxiと共有するという形で、新たなパートナーシップを結んだことになる。
実はVIA Technologiesは、改めて日本での市場規模を広げたいと渇望している。特に2020年に向けて、いろいろ々な社会インフラを新設したり、拡充したりする動きが広がっている。
この中には、VIAの提供する製品群で十分まかなえるものも多く、こうした市場を取ることで日本での売り上げをさらに増やしたいという考えだ。それもあってか、Brown氏は「しばらくは日本に来ることもなかったが、今後はもっと足しげく来たい」と挨拶して自身の説明を締めくくった。
車載専用の改良を加えた
AMOS-825の特徴
続いて、Cody世羅氏により、AMOS-825の説明があった。AMOS-825そのものは、NXPの1GHz駆動のi.MX6 Quad(Quad Core Cortex-A9)に1GBのDDR3メモリーと16GBのeMMCフラッシュ、それとさまざまな周辺回路を搭載したボードを収めたファンレスシステムである。
ボードの構成的にはVAB-820にかなり近いが、ストレージの容量とかCAN I/Fの搭載など違いもあり、VAB-820をベースに開発したJapanTaxi向けスペシャルといった趣である。
そのAMOS-825は、JapanTaxiからの要望を受け入れるための製品である。具体的な内容は下記のとおり。
- 夏場にダッシュボードに置いても熱暴走したりシャットダウンしない。
- 車の電源(ACC)を切っても(例えばアイドリングストップのためにオフにする)、数分間はシステムが動き続ける。
- さまざまな周辺装置(メーター、プリンター、決済機など)を接続できる。
- Androidをベースにするが、カスタマイズが必要。
こうしたニーズを満たすものとしてVIA側がAMOS-825のシステムを提案したという経緯があったそうだ。 ちなみに当初は前モデルであるAMOS-820を提案したらしいが、いろいろと要望がJapanTaxi側からあり、これを受けてカスタマイズしたモデルがAMOS-825となるようだ。
特徴としては、AMOS-820のパネルと比較するとわかりやすいが、以下の違いが見られる。
- コネクター類が整理され、液晶パネルは25ピンのSCSIマルチコネクターを流用する形でまとめて接続可能。
- 電源範囲が12Vのみから9~36V可変になり、さらにACC入力も用意された。
- 不要なI/F類が排除され、またUSBは車内での振動での脱落防止のためロック付きとされた。
- 内部にWiFi/BTとGPSモジュールも追加され、このアンテナを直接接続できるようになった。
- 液晶ディスプレーが前提になった。
下の画像が実際のパッケージであるが、本体はダッシュボードの下、あるいはグローブボックス内に収め、このケーブルでダッシュボード上に置かれた液晶ディスプレーと接続する形になる。
なお会場には他にも、AMOS-825の元になったVAB-820や、x86ベースのAMOS-3005、ARTiGO-A820、スマートHMIタッチパネルスターターキット(本国での名称はMobile360 HMI Touch Panel Starter Kit)などが展示されていた。
ちなみにCody世羅氏に後で話を聞いたところ、全体の出荷金額ベースでは、まだx86ベースのシステムの引き合いの方が大きいそうだが、新規案件の数(業界用語ではDesign Winの数)は圧倒的にARMベースが多いそうである。
実際今回のシステムもARMベースでないと意味がないわけで、今後はこうした組み込み向けもx86+Windowsの構成から、ARM+Linux(もしくはAndroid)という方向にシフトしつつあることをうかがわせるものだった。
猛暑の車内での熱対策や、操作性の統一を図りたい
JapanTaxiの思惑
ここからはJapanTaxi側の話である。まず山本智也氏が同社の説明とAMOS-825を利用したAIOSの概略を紹介した。
JapanTaxiは日本交通の100%子会社で、以前は日交データサービス、その前は日交計算センターという会社名であり、タクシー会社である親会社の日本交通の情報部門を支える位置付けにある。
同社が(まだ日交データサービス時代に)開発したのが、スマートフォンでタクシーを呼べる「全国タクシー」であり、これをベースに2014年には「スマホdeタッくん」の提供を開始するなど、広く利用されている。
この「全国タクシー」や「スマホdeタッくん」はWindows Azureをベースに構築されており、お客さん側はアプリを自分のスマホに入れておくだけで利用できるが、問題はタクシーの側である。
昔のように営業所から無線で道を指示していたら、とてもではないが間に合わない。そこで、当初はAndroidのタブレットを各タクシーに設置し、ここでカーナビと連動する「IP配車アプリ」(これはJapanTaxiが作成)を利用して目的地とそこまでの道順を指示する、というシステムを利用していたそうだ。
ところがさまざまな問題が出てきていた。具体的には以下のとおり。
- (1) タクシー車内は、特に夏場のダッシュボード付近は簡単に50度を超えてしまうので、タブレットを設置していると温度が上がりすぎでシャットダウンしたり、熱暴走してしまう。
- (2) 汎用のAndroidタブレットなので、普通にAndroidとしても使えてしまう。なので詳しい運転手は、勝手にアプリを消したり、自分でアプリを入れたり、延々とYouTubeを視聴したりと好き勝手に使われてしまう。
- (3) いろいろとシステムを自作しているが、全部を統合しようとすると利用していたタブレットでは能力的に足りない。
特に問題だったのが冒頭の熱の問題である。当時のタブレットでは、性能がギリギリなので、周辺機器を増やしていくにはやや非力という問題もあったが、性能を上げると当然発熱が増えるわけで、さらに条件がきつくなる。
このAIOS(All-In-One System)としてシステムを統合した理由は、コストと操作感だそうである。既存のタクシーではさまざまな周辺機器をそれぞれ個別のメーカーが勝手に設置していくだけで、操作感の統一性がない。
しかもコストも高い。車両代とは別に、こうした電装品だけで80万円近くかかるということで、自分達で作ればもっと安く上がり、最悪同じ程度の価格でも操作性の統一やノウハウの蓄積はできる、ということからの決断だったそうだ。
ということで、ここからは青木亮祐氏が説明を行なった。まず熱の問題をなんとかするべく、青木氏はタブレットを提供しているさまざまなメーカーに要求仕様を出して検討してもらったのだが、要求を満たせるタブレットを提供できるメーカーは、(VIA Technologiesを含めて)1社もなかったそうだ。
VIAはViega Tabletという産業向けタブレットを提供しているが、これでも性能と熱の問題をクリアするのは無理だった。ところがそこでVIAは、本体と表示部を分離した方式を逆に提案したのだという。
「なぜVIA Technologiesと組んだのか」という質問に対し、青木氏は「分離型提案をしてきたのがVIA1社だったから」と答えている。
AMOS-825の特徴のところで説明したが、AMOS-825の場合、液晶は純粋に表示(とタッチコントロール)だけで、発熱源となるアプリケーションプロセッサーは直射日光の当たらない場所に置かれている。したがって、液晶部の温度が上がっても、問題になりにくい。
本体に比べて液晶部の動作温度範囲が広くなっているのは、ダッシュボード上という過酷な環境に対応したものというわけだ。これで問題の(1)は解決である。
1度方式が決まると後は早い。当初はDual Cortex-A9コアの製品を提案したらしいが、それでは処理性能が足りないということでQuad Core化した結果、さまざまな周辺装置を搭載しても処理的に間に合うということになった。
これで問題の(3)も解決である。下の画像がそのAIOSのデモ機であるが、中央の箱は単純に配線のためだけにあり、本体は箱の上に搭載されたAMOS-825のみである。
ただ、もともとAndroidベースのタブレットで作っていたアプリケーションをそのまま乗せかえるだけでは、(2)の問題の解決にはつながらない。
そこでVIA Technologiesの出番である。画面は通常は左下の画像のもので、それ以外に設定画面(右下)もあるが、以下のカスタマイズをIVA Technologies側で対処してもらうことで、不用意な動作を防げるようになった。
- ステータスバーをスクロールダウンしても、輝度調整のみが出てくる。そして調整できる範囲も限定的にすることで、いろいろなアイコンが出てきて運転手を惑わしたり、システム設定にアクセスできないようにした。
- ナビゲーションバーのボタンを制限するとともに、配車アプリ以外のアプリが立ち上がったり、ホーム画面に戻ったりしないように制限する。
カスタマイズの時間もかなり短いそうで、例えば当初はいわゆる中華フォントが搭載されて出てきたが、JapanTaxiの側で代替フォントを送ったところ、1日で差し変わったバージョンが出てきたそうだ。
こうした決め細やかなサポートが、組み込みシステムでは非常に重要な部分であり、そうした恩恵をフルに受けられた、というのが青木氏の説明であった。ちなみにAIOSはこれで完成というわけではなく、引き続き機能を追加したり拡充していく予定である。
また山本氏によれば、AIOSは日本交通向けだけでなく外販もしているということで、VIA Technologiesにとっても日本でのコラボレーションの成功事例として位置づけているようだ。これを弾みに、さらに日本でのコラボレーションを増やしていきたいということなのであろう。
以上、VIA Technologiesの近況を久しぶりにお届けした。もう同社がPC市場に戻ってくることはないが、組み込み市場では引き続き元気、という状況を再確認できたのは喜ばしいことであった。
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