2019年07月04日09時00分

メルカリ派遣・空飛ぶクルマ・STARTUPs×知財戦略から考えるアジャイルな政策実現

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(左から)経済産業省 製造産業局 航空機武器宇宙産業課 総括課長補佐(取材時) 海老原 史明氏、経済産業省 特許庁 審判官/デザイン経営プロジェクトチーム/前 企画調査課 企画班長 松本 要氏、経済産業省 大臣官房 秘書課 採用担当 課長補佐 八木春香氏

若手チームを中心に、プロジェクトベースで外部を巻き込む

 特許庁の「STARTUPs×知財戦略」と経産省の「空飛ぶクルマ」プロジェクトは、ASCIIをはじめ、ビジネスやテクノロジー、スタートアップに関するメディアで取り上げられている。2つの取り組みに共通するのは、若手官僚が中心となり、これまでにないスピード感で進められている点だ。従来の政策の進め方とは、どのような違いがあるのだろうか。

松本氏(以下、敬称略):特許庁のスタートアップ支援政策は2017年から始まりました。それ以前は、中小企業政策のひとつとして細々とやってはいたものの、スタートアップにはまったく響いていなかった。一方で、特許庁の中心ユーザーであった大企業や大学の課題が変わってきていた。大企業にはスタートアップとの協業によるオープンイノベーションの流れがあり、大学では、研究室で生まれた知財を活用した企業が出てきています。こうした動きから次代のイノベーションのためにスタートアップにフォーカスをして支援する必要があると考えました。

 この新しい施策は、我々若手からのボトムアップで始まったので、“やるべきだからやる”という信念がチームの一体感を生んでいます。さらにもうひとつの違いは、人材の多様性です。我々スタートアップ支援チームには、審査官や事務官など特許庁プロパーだけでなく、弁護士、弁理士、大企業の知財部OBでシリコンバレー駐在経験のある方がいます。いろいろなバックグラウンドの方が集まっているおかげで、柔軟な考え方や発想がしやすいのだと思います。

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経済産業省 特許庁 審判官/デザイン経営プロジェクトチーム/前 企画調査課 企画班長 松本 要氏

STARTUPs×知財戦略

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https://ipbase.go.jp/

 特許庁はスタートアップの知財戦略をサポートするため、2018年7月にベンチャー支援班を設立。メディアやセミナー、イベントを通じたPR活動、スタートアップの知財専門家をつなぐコミュニティーづくりに取り組んでいる。支援メニューとして、知財戦略の構築をサポートする「知財アクセラレーションプログラム(IPAS)」、最短2.5ヵ月で権利化できる「ベンチャー企業対応!面接活用早期審査・スーパー早期審査」、スタートアップの海外展開を支援する「ジェトロ・イノベーション・プログラム(JIP)」、特許料等が3分の1になる「料金の減免制度」を矢継ぎ早に実施。また、国内外の企業の知財活用事例を集めたコンテンツの提供、知財専門家とつながる場として、スタートアップの知財コミュニティポータルサイトIP BASEを開設している。

海老原氏(以下、敬称略):僕が空飛ぶクルマをやっている理由は、空の活用を拡げて大衆化したい、という大きな社会課題もさることながら、これをきっかけに政策立案手法を見直したい、という考えがあります。

 若手中心でやっていく手法もそうですし、役人だけのチームではなく、プロジェクトベースで外部から最適な専門人材を入れ、我々に足りないパーツを埋めてもらいつつ、その人にとってのキャリアパスにもつながる、という仕組みづくりを進めたい。この場合、「空飛ぶクルマ×働き方」がテーマとなります。

 政策は、上層部の会議体で大きな方針を決めることが少なくないですが、今回は世論から先に巻き込んでいく方向を取っています。少しずつ緩やかなコミュニティーをつくっていくことで、新しい政策がアジャイルに生まれては消え、修正されていくような、新陳代謝を生み出すケースとしていきたいんです。

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経済産業省 製造産業局 航空機武器宇宙産業課 総括課長補佐(取材時) 海老原 史明氏

「空飛ぶクルマ」プロジェクト

 空飛ぶクルマとは、電力を動力源とし、自動操縦で垂直離着陸ができる航空機のこと。広い場所や陸路のない場所でも離着陸できるので、離島や山間部などへの物流、災害時の搬送などへの活用が期待されている。「空の移動革命に向けた官民協議会」が2018年12月に発表したロードマップでは、2019年より試験飛行や実証実験等を実施し、2020年代を目標に事業をスタートさせ、2030年代以降の実用化に向けてさらに拡大させていく予定。空飛ぶクルマの実現へ向けて、経産省の若手有志を中心に「空飛ぶクルマ」プロジェクトを組成。このプロジェクトに週1日、副業・兼業で参画するプロフェッショナルを「週一官僚」として公募したことでも話題に。

 新しい分野において、スタートアップのようなスピード感を生み出すために、省庁の現場も変わり始めている。2018年5月には、ブランドとイノベーションを通じて、企業の産業競争⼒の向上に寄与する「デザイン経営」宣言(PDF)も発表されている。

松本:特許庁では、宗像直子長官のリーダーシップで「デザイン経営」を自ら率先して進めており、ボトムアップで始めたスタートアップ施策にも幹部の深い理解が得られています。時代の流れとトップの意識、我々がやりたかったことがうまくマッチしたと言えます。まずは観察し、人に話をたくさん聞き、自らその立場になりきり、何が潜在的に求められているのかを先入観を取り払って考え、とりあえず実行に移して試すことを繰り返す、というデザイン経営のアプローチがスタートアップ施策をはじめとして組織に浸透しつつあります。

海老原:省庁の現場では、昔は尖がった個人がいても仲間を増やす手段が少なかった。今は、個人が発信する手段が多様にあるので、仲間を集めやすい。「空飛ぶクルマ」プロジェクトの場合、メディアを通じて知った方からアプローチがあり、いろいろなコミュニティーに参加するようになりました。

 もともと経産省は自由な風土で、やりたい思いがあれば、やれる組織。「空飛ぶクルマ」プロジェクトでは、意思決定プロセスを超簡素化し、重要事項のみ局長に一言相談してすぐに進める、という流れでした。

八木氏(以下、敬称略):従来の役所は、所管業界がやりたいことを聞き取り、それを実現をすればよい部分も多かった。ですが、変化のスピードがかつてとまったく違う今、我々も、さまざまな業界の企業やスタートアップと一緒に考え、まずはやってみて、修正を繰り返していかなければ、世界に勝つ政策は作れません。時代を先読みした政策を作るには、、プロジェクトベースの進め方が合っているように思います。

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「経済産業省職員がメルカリ・メルペイへの派遣で学んだこと」(スタートアップへの「経営現場研修」プログラムの模様)

 霞が関とスタートアップの文化は対極にあるともいえるが、お互いの文化を理解しなければ、支援や協業は難しい。そこで、経産省が新たに始めた取り組みのひとつがスタートアップへの「経営現場研修」プログラムだ。八木氏は、経営現場研修の第一号としてメルカリ・メルペイに派遣した。スタートアップで働いた経験から、どのようなことが得られたのだろうか。

スタートアップとのギャップを埋めるため、まず相手に飛び込む

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経済産業省 大臣官房 秘書課 採用担当 課長補佐 八木春香氏

八木::私は2018年の8月から2019年3月までの8ヵ月間、メルペイの経営企画チームとメルカリの政策企画チームで働いていました。省の外に出たら、新しい景色が広がっていました。

 ツール利用ひとつとっても、コミュニケーションにSlack、情報共有にGoogleのG Suiteを使うなど、事務作業が効率化され、生産性が非常に高い。意思決定についても、上司が部下に指示をする昭和的な方法ではなく、1on1ミーティングなどを使い、チームの力を引き出す方法に変わってきている。せっかく勉強させてもらったので、その学びをフルに活かし、今担当している、省内の働き方改革や採用のあり方などをどんどんアップデートしていきたいです。

松本:特許庁でも、取り組みを始めるまでスタートアップとの接点すらなかったので、最初の立ち上げは苦労しました。まずは、界隈の方にダメもとでアプローチをして、いろいろな検討会に入ってもらい、そこからの人の紹介などを通じて、徐々にネットワークを広げていきました。さらに、接点ができた相手のコミュニティーに特許庁が積極的に出向き、イベント登壇などをさせてもらうことで、スタートアップの方々と少しずつ信頼関係を築いていった感じです。やはり飛び込んでみることが大事ですね。私も投資家・千葉功太郎氏の千葉道場で「知財道場」に登壇したり、スタートアップに混じって100秒ピッチに出場したりしました。

海老原:空飛ぶクルマのプロジェクトでも、スタートアップと政府の距離を近づけることが課題でした。政府がまったく関与しないところでSkyDrive社は空飛ぶクルマを開発し、AirX社はヘリコプターのライドシェアをしています。彼らも、将来どのような制度になるのか、国としてのビジョンを知りたいはずですが、そのビジョンを担うはずの管轄部課が経産省になかったのです。そこで、彼らとコミュニケーションをとるために出向き、いろいろなスタートアップの声を聞くようにしました。

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松本:最初にスタートアップの方とお会いして話をして感じたギャップは、知財が経営課題のレベルで必要だと思っている人が想像以上に少なかったことです。特許に対して、ネガティブなイメージを持っている方も少なくありませんでした。

 「オープンイノベーションやシェアリングの時代に、独占しているのはカッコ悪い、特許なんて時代遅れ」とおっしゃる方もいました。我々はずっと知財に関わってきて、独占だけじゃなく他者との連携や、信用の裏付けとしても機能することを常識として知っていますが、これはすごく狭い世界での常識。じつは特許自体は、「知」を扱うインフラとして公開の仕組みなど、むしろオープンイノベーションを進めていくための制度なのに、世間には誤解されている。このギャップを埋めることに苦労しました。

 また、必要性を感じている場合も、トラブルが起こってから対処すればいい、と思っている人がほとんどです。しかし、知財に基づく利益はJカーブ。もちろん価値を生まないリスクもあり、その最小化は初めが肝心。つまり知財をビジネス上で活用するには、投資的な発想、価値評価が必要です。日本のスタートアップエコシステムはまだ十分に成熟していないため、知財での成功/失敗例が少ないのですが、米国や中国では、知財を活用して成功した企業、失敗した企業がたくさんあり、必要なら真っ向から戦うことも是とされる。国内にも数少ないですが先駆者、有識者がいます。こうした方にご協力いただき、地道にPR活動を続けつつ、我々も知財の存在意義を自ら問い直し、現場の生の声から学び続けることが大切だと考えています。

大きな組織がグローバル競争で勝てるスピード感をもつには

八木:経産省でも世界の情報をアップデートするため、各地に足を運び、駐在を置き、情報を得ています。ですが、実際にグローバルで勝てる経済政策を作るには、経営的な視点や技術的な感性を加えることが重要だと考えています。スタートアップで活躍している経営者・技術者たちは世界を飛び回り、独自のネットワークで多くの最先端の情報と未来予測を持っている。そういう方々からフラットに知恵を貸してもらえる関係になっていることが、適切な政策をスピーディーに作るうえで非常に重要だと考えています。

海老原:特にスピードが遅いのが、三種の神器と言われる「予算」「法律」「税」に関する部分です。時間をかけて手順を踏んでいるうちに、使い勝手の悪い妥協の産物となってしまうこともあります。それよりも、さまざまなスタートアップの方々と話をしてマッチングを促すほうが、産業政策としては実用的な場面もあります。また最近では、ナッジ理論などの行動経済学を活用し、予算をあまり使わずに効果的な政策を講じる動きもあり、こういった多様な政策手法を今後はより重視していく必要があります。

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八木:メルカリに派遣して驚かされたのは、その意思決定の速さ、大企業病に陥らないようにするための仕掛け、そして、その本気度でした。すでにメルカリは、従業員数が約1800人という規模ですが、ベンチャー気質を失わないために、相当に努力をしています。

 たとえば、各課がSlackでやり取りしているスレッドは全公開にするというルールがあり、クローズチャンネルやDMでコソコソ相談していると、オープンにするよう人事部から指導が入ります。1on1ミーティングを週に1回30分マネージャーと面談をするのもその努力のひとつです。仮に部下8人と面談するとなると、週に4時間かかりますが、上司と部下がフラットにアイデアをぶつけ合う関係を維持するためには必要なコストとだという判断があります。

 社員が社長に直接Slackでメッセージを送ると、スタンプが返ってくるなんて、大きな組織ではなかなか見られない光景でしょう。最初は驚きましたが、慣れるとスピード感がぜんぜん違います。私が率先して、省内にベンチャーマインドを浸透させていきたいです。

海老原:政策を考える際、5割の案を8、9割にしていくことも大事ですが、ゼロから3割を創ってまず相談してみるという文化を霞ヶ関内で生み出すことも重要です。10割にしてから幹部に上げる、というマインドセットを一旦やめてみる。それで失敗したら、その教訓を踏まえてまた次をやればいいんです。

時間をかけるべき政策とアジャイルなプロジェクトを両輪で動かす

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海老原:ただ一方で、プロジェクトベースでの働きかけのような活動は、成果が見えづらい。『予算をいくら獲得した』というほうがわかりやすいですが、行政コストは馬鹿になりません。予算・法律・税という旧来的な政策づくりにリソースをかけなければいけない局面もまだ多くありますが、そこに寄り過ぎないように、比重を見直していくことも必要かと思います。

松本:知財法は最新の技術やビジネスに対応するため法改正にも迅速さが求められる側面がありますが、法律には予見性・安定性も必要で、法改正はしっかりした議論に基づいて行なわれています。一方、たとえば、特許庁のスタートアップ施策の1つとしてすでに実施している『スーパー早期審査』ですが、法改正は不要で運用だけを変えて実現しています。

 じつはこうした取り組みはアジャイルに試してみることができます。もちろん庁内全体の理解と尽力があってこそ実現するものですが。また、法律や予算だけではその理念がすぐに伝わらない場合もある。法改正などとセットで、うまく機能させていくために気運を醸成するような活動の比重が増えていくのではないでしょうか。

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スーパー早期審査

八木:アジャイル的にやってみて、方向性が見えてから法律をつくるのが本来の政策づくり。最初から法律をつくるのが目的だと、ニーズとズレが生じてしまう。検討過程にアジャイルなプロセスが取り入れられるようにしたいですね。

海老原:イーロン・マスクなど世界で活躍する起業家は、可能性が低いアイデアでも、とりあえず発信して世間の反応を見たり、資金を集めたりしている。日本のスタートアップからそういう話はあまり聞かないし、政策サイドになると、もっとない。

 おなじみの委員が集まり、紛糾しないように気を付けながら、当初想定していた案にまとめることに捉われている審議会もあります。もちろん分野によりますが、最初は全否定されるかもしれない、まだ何も固まっていない段階から議論することがあってもいい。決まったメンバーによる審議会だけでなく、ワークショップなど、今までつながっていない人の意見を聞く、参画してもらうなど、政策づくりの過程から見直していくといけるといいですね。


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 ここまで三者が繰り返し強調したのは、これまで官庁になかったコミュニティーとの関わり方の重要性だ。個人・民間・行政が密に交流し、うまく協業していければ、よりニーズにマッチした意思決定が生まれ、効果的な政策・施策につなげられる。そのためには、民間との交流をより活性化することや、公募や副業を積極的に推進すること、さらに個人の成果や考えを外に出していくことも必要となる。

 特に中央官庁の場合、これまでのスピードでは対応が間に合わないケースのなかで、日本の位置取りを考えなくてはならない。グローバルなスタートアップエコシステムは日本を待ってくれるわけではない。今回は経産省のプレーヤーのみの話となるが、同じ課題はどこにでも転がっているはずだ。

 では、このような施策の横の連携をどんどん積極化させるには何が必要なのか? 近日公開予定の後編では、経産省内での働き方の改革の具体的な中身についての話をお届けする。

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