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いま20歳前後の2005年頃に生まれた人たちには大きなチャンスがある

ダグラス・アダムスの法則をキミは知っているか?

インターネットはハムラジオと同じようなものではなかった

 英国のSF作家にして脚本家のダグラス・アダムスという人物がいる。ちょっとそのスジの人は『銀河ヒッチハイク・ガイド』(The Hitchhiker's Guide to the Galaxy)という作品シリーズの作者として常識だと言うはずである。私も好きなのだが、2005年公開の映画が楽しかったという人もいるでしょう。

 そのダグラス・アダムスがとなえた「ダグラス・アダムスの法則」と呼ばれるものがあるのをご存じだろうか?

1.生まれたときに世の中にあったものは、普通で当たり前で、世界を動かす自然の一部である
2.15歳から35歳の間に発明されたものは、刺激的で革命的と感じ、その分野でキャリアを積むこともできる
3.35歳を過ぎてから登場してきたものは、自然の秩序に反するものである

1. Anything that is in the world when you’re born is normal and ordinary and is just a natural part of the way the world works.
2. Anything that’s invented between when you’re fifteen and thirty-five is new and exciting and revolutionary and you can probably get a career in it.
3. Anything invented after you’re thirty-five is against the natural order of things.

 1999年8月に『The Sunday Times』紙に寄稿したもので、「How to Stop Worrying and Learn to Love the Internet」(如何にして心配するのを止めてインターネットを愛するようになるか=どこかで聞いたようなフレーズだが)と題した文章の中ででてくる。

 いまでもネットで読めるのだが、ある著名なジャーナリストに「インターネットなんて1950年代のハムラジオのような一時的な流行に過ぎない」と言われたことに対して異議をとなえた内容である。そこで、テクノロジーに対する世代による受け入れられ方について考察して示したのが、この法則だった。

 よく我々も「いまの大学生はCDを見たことがないそうだ」といったことに驚いたり、ネタにしていたりする。いかに時間が相対的で人間の認識がいい加減かだが、1999年にネットを受け入れられないとは重症だろう。それは、ジャーナリストとしてだけでなく、企業やビジネスやその国のGDP、最終的にその人の人生や幸せにも、少なからず影響を与えうる。

 この法則の根っこには、面白がっているだけでは済まされない重みがあるようだ。

ダグラス・アダムスの法則が収録されている著書『The Salmon of Doubt』。この本では『The Sunday Times』紙ではなく、同じ年の11月に『The Independent』紙に寄稿したやはりネットに関する別のコラムに続いて掲載されている(写真の右側)。

ダグラス・アダムスの法則 早見表を作ってみた

 それでは、どの世代にとって何が「当たり前」で、どの世代にとって何が「自然の秩序に反する」ものなのか?

 そこで、以前『ソーシャルネイティブの時代』という本を書いたときに作成した「ネイティブマップ」というものをアップデートして「ダグラス・アダムスの法則 早見表」に作り替えてみた。縦軸は「誕生年代」とあるが、生まれた年とその年代に登場した製品やサービスが対応している(小さな文字で少しだけSF系のコンテンツ作品も入れてある)。それに対して、横軸はその製品サービスに接した「年齢」である。

ダグラス・アダムスの法則 早見表の使用例

 たとえば、1960年生まれの人がファミコン発売時には何歳だったかというと太い斜め線を1960年のところを降りてきて、ファミコン発売の1983年からの矢印からクロスさせる。上矢印をたどると当時23歳だったことがわかる。そのまま斜め下にたどっていって35歳のときに左向きの矢印の先に、高校生にポケベルブーム、たまごっちなどと書いてあるといった具合だ。たまごっちは、35歳の頃だった。

 ということで、この図から読み取れることをいくつか見てみよう。

初期のパソコンやファミコンで活躍した人たち

 ダグラス・アダムスの法則の第2法則について、パソコンや家庭用ゲーム機の市場ができあがった時期のことを考えてみる。法則は、「15歳から35歳」という年頃が、そのとき出てきたテクノロジーに魅力を感じ、その分野で仕事をするこもできるとしている。

 パソコンは、1977年にその先祖といえる初期マイコンが次々に登場したわけだが、国産のビジネス向け、ホビー向けが出そろうのは1980年代中盤である。パソコンは、いまよりもよほど新聞などで記事になり広告もされていた。この頃には、ファミコンも『スーパーマリオブラザーズ』で一気に市民権を得ることになる。ということで、このテーマに関しては1985年を起点に考えることにしよう(以下の図の点線に注目)。

初期のパソコンとファミコンについて第2法則を当てはめる

 この1985年に15歳だったのは1970年生まれ、35歳だったのは1950年生まれであることがわかる。もちろん、この法則の厳密性がどこまであるかという議論はあるので例外もあるとして、その後、パソコンやファミコンの世界で活躍していくのは、1950~1970年生まれということだ。

 これについてより踏み込んでみると、パソコンの世界では、1954~1957年に生まれた人たちに業界をリードした人が少なくないと言われている。早見表では、1956年生まれを赤い線で示したが、業界の最も有名な2人は1955年の同い年生まれである。

ビル・ゲイツ 1955年
スティーブ・ジョブズ 1955年

 この説は、日本でもあてはまっていると指摘されている(敬称は略させていただきました)。

西和彦 1956年
孫正義 1957年

 なぜそうなのか、初期マイコンが登場した頃に20歳前後で、大学のマイコンクラブやショップに出入りしていたという人の話をよく聞く。西氏以外にも、アスキー関係者、古川亨さんが1954年、初代編集長の吉崎武さんが1956年、インプレスの塚本慶一郎さんが1957年、私の前任の編集長の土田米一さんが1956年といった具合だ。

 実は、私も1956年生れで同じ世代なのだが、パソコン業界に入ったのはだいぶ遅れて1985年である。

ネットといわゆるITビジネスで活躍した人たち

 インターネットの商用化は1990年頃だが、企業や個人がネットを活用しはじめるのは1996年以降であり、ブロードバンドやiモードなどによって一般の人たちも飛びついたのは2000年頃となる。ということで、ネットとITビジネスについて2000年を起点に考えてみる(以下の図の点線に注目)。

インターネットやITのビジネスについて第2法則を当てはめる

 この2000年に、15歳だったのは1985年生まれ、35歳だったのは1965年生まれと出た。1965~1985年生まれが、ネットを中心にしたITブームの時代に活躍した人たちらしい。

 実は、この範囲の中でも1970年代中後半に生れた人たちが、日本のデジタルを牽引してきたことを、私は、持論として主張してきた。物心ついたときにはファミコンがあり、MSXのテレビコマーシャルなんかがバンバン流れていた。とくに女性は、高校生のときにポケベル、その後、PHSやたまごっち、携帯電話を使いつぶしていった連中である。

 同時にこの世代は、IT業界では「76世代」という言葉でも知られている。早見表の中では1976年生まれをブルーの線で示した。ミクシィの笠原健治さん、はてなの近藤淳也さんは1975年生まれ。メルカリの山田進太郎さん、チームラボの猪子寿之さんは1977年生まれ、さくらインターネットの田中邦裕さん、ユカイ工学の青木俊介さんは1978年生まれ。米Niantic, Inc. 副社長 川島優志さんも1976年生まれだそうだ。

 ダグラス・アダムスの法則では、「15歳から35歳の間に発明されたものは、刺激的で革命的と感じ、その分野でキャリアを積むこともできる」となっているが、ここはもう少し粒度を上げることができそうだ。

 初期のマイコンが登場した時代に20歳前後だった人たちが、マイクロソフトやアップルを作り業界をリードしたように、ネットが世の中に広がった1996年頃に20歳前後だった人たちが、ネットやITの世界をリードした。

 つまり、ダグラス・アダムスの法則を補完する形で次のことが言えると思う。

1.大きく時代を変えるテクノロジーが出てきたときに、ちょうど20歳前後だった人たちが、その業界をリードする仕事ができる。
2.そんな画期的なテクノロジーは15年から30年に1回しか登場しない。

Z世代にとってはネットもモバイルも当たり前で自然の一部である

 ネットデジタルの世界でもしばしば「Z世代」という言葉が持ち出されることがある。一般に、Z世代とは1990年代半ばから2010年代前半までに生まれた人たちとされているそうで、いまや世界人口の30%を占めるともいわれる。もはや、「Z世代」と特別視して呼ぶのがまったく間違いなくらいなのだが、ITテクノロジーの側面からみたZ世代とはどんなものなのだろう?

Z世代に第1法則と第2法則を当てはめる。

 ダグラス・アダムスの法則の第1法則にあてはめて見ると、1995年にはインターネットもNewtonのようなモバイルデバイスもあるから、それらは「普通で当たり前で、世界を動かす自然の一部」に見えていることになる(図の上の点線に注目)。もちろん、生まれたとたんに使うわけではないが、たしかにゲーム機の洗礼を受けて育った世代とは一線を画することがわかる。

 また、1995年生まれが15歳となる2010年頃には、2007年に発売されたiPhoneが大ブレークしていた(図の下の点線に注目=iPhone for everybodyキャンペーンやホワイトモデルの成果による)。そろそろ、グーグル、アップル、フェイスブック、アマゾンといった、大手プラットフォーマーへの個人生活における依存度が大きくなっていった時代でもある。そんな1995年生まれも、いまや30歳間近なのだが。

生成AI、メタバース、Web3で活躍する人たち

 2022年にChatGPTが登場して、その後、一気に生成AIブームとなったのはご存じのとおり。いまやあらゆる分野が、この新しいテクノロジーをさまざまな形で生かしはじめている真っ只中である。そこで、仮に2025年(来年)を起点にダグラス・アダムスの法則を眺めてみることにした(以下の図の点線に注目)。

2025年におけるダグラス・アダムスの法則

 第2法則にそってみると、この分野に魅力を感じてキャリア積んでくれるのは、1990~2010年生まれまでの人たちであることが分かる。2010年生まれとはいま中学生で若々しい。

 さきほどの、マイコン初期とネットの76世代にならえば(先ほど触れた補助法則にしたがえば)、いま20歳前後の2005年頃に生まれた人たちに大きなチャンスがある! こんなことは15~30年と滅多にないことなのだよと彼らに伝えたいところだ。

 一方、ダグラス・アダムスの法則の第3法則にそってみると、1990年生まれよりも前の世代は、2025年には35歳を超えている。35歳は境目だが、40歳以上となると生成AI、メタバース、Web3といったあたりは「自然の秩序に反する」となってくる。40歳以上といったら会社の事業方針を決めるような立場にいることもありそうだが。

ダグラス・アダムスの法則と題した動画プログラムをはじめました

 さて、ダグラス・アダムスの3つの法則を乗り越えるべくビジネスパーソンを中心に、新しいテクノロジーの意味を伝えようという動画番組をはじめることになった。YouTubeのアスキーチャンネルASCII Studio Lab.と題した番組で、そのもの「ダグラス・アダムスの法則」というシリーズである。

 すでに第1回が公開されていて、「ビジネスパーソンは必見!Copilot+ PCの本当の意味」と題した内容。まさに、登場したばかりのマイクロソフトが提唱するCopilot+ PCについて、その本質を塩田紳二氏に聞いている。

 この番組、「ダグラス・アダムスの法則」を、私自身が乗り越えるところを見せる番組ともいえる。今回も、「ここのところパソコンについてキャッチアップしていなかった」などと漏らしているのだが、そこをゲストに解説してもらって理解する。私のようにともかく業界歴は長いという人間は、いまさら「知らない」と思われてもそれほどダメージはない(知ってしまえばよい)。

 というよりも、むしろできるだけ自分が「知らない」もの、35歳以降に登場してきた一般に「自然の秩序に反する」と感じられるようなものが大好きで、それを突き詰めて見てきたようなものだからだ。

 塩田氏に聞いた番組を収録したあと、日に日に思いが強まっているのは、これはまさにダグラス・アダムスの法則の世界だということだ。我々は、いまコンピュータの本質がひっくり返るくらいの新しいテクノロジーと出会っているのかもしれない。

 たとえば、これまでコンピュータが何かの仕事をするとき、その内部ではアルゴリズムに従って手続き的に処理されていたが、これからは生成AI的に答えを求めることがどんどん増えてくる。いまのところ検索や画像生成が中心だがそこにはとどまらない。OpenAIの動画生成「Sora」の発表文の最初と最後は、動画が生成できましたという話ではなく、これで「物理シミュレーションができそうだ」と書いてあったのだ。

 いままでのコンピュータはアルゴリズムで書きうる、あるいは方程式の明らかになっている問題しか解けなかった。それが、生成AIでは、そうではない漠然とした問題まで対象にできる。あるいは、それが新しいアルゴリズムを編み出してくれることも起きている(基本的な並べ替えのアルゴリズムをAIが発見したというニュースがありました)。コンピューティングがそうなるのだとすると、手元のパソコンも変わっていくのは必然というわけだ。

 ダグラス・アダムスの法則 早見表で、1985年とか2000年とかとしたのは本当に便宜的である。しかし、ダグラス・アダムスが、法則を提示して言いたかったのは、テクノロジーのインパクトをちゃんと捉えよということだった。ダグラス・アダムスが異論をとなえた著名なジャーナリストのように「ハムラジオのようなもんでしょ」と言ったりしないようにしたいものだ。

 

遠藤諭(えんどうさとし)

 株式会社角川アスキー総合研究所 主席研究員。MITテクノロジーレビュー日本版 アドバイザー。プログラマを経て1985年に株式会社アスキー入社。月刊アスキー編集長、株式会社アスキー取締役などを経て、2013年より現職。趣味は、カレーと錯視と文具作り。2018、2019年に日本基礎心理学会の「錯視・錯聴コンテスト」で2年連続入賞。その錯視を利用したアニメーションフローティングペンを作っている。著書に、『計算機屋かく戦えり』(アスキー)、『頭のいい人が変えた10の世界 NHK ITホワイトボックス』(共著、講談社)など。

Twitter:@hortense667

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