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『言語の本質-ことばはどう生まれ、進化したか』(今井むつみ、秋田喜美 著、中公新書)を読む

AIに理解できない、ことば本来の意味

2023年09月14日 07時00分更新

ことばの意味を本当に理解するためには、「まるごとの対象について身体的な経験」を持つ必要がある

 記号を別の記号で表現するだけでは、いつまで経ってもことばの対象を理解することはできないということである。ことばの意味を本当に理解するためには、“まるごとの対象について身体的な経験”を持つ必要があるのだ。

 なぜか? ロボットであれば、搭載されたカメラを通じて視覚イメージを得ることはできる。だが、私たちは視覚イメージだけを知っているわけではない。触覚も、上述したメロンのような食べ物であれば味覚も、さらには対象によっては、ふるまい方や行動パターンも知っているはずだ。

 そう考えると、このような身体に根ざした(接地した)経験がない人工知能は「○○を知っている」とはいえないということだ。

 言語は巨大で、抽象的な記号システムであることは間違いない。抽象的なことばというと、「わび・さび」や「素数」など、視覚的な実体がない概念を指すことばを思い浮かべる人が多いと思う。たとえば「アカ(赤)」や「アルク(歩く)」は、あまり抽象的な意味を持つことばだとは思われない。対象が目に見えるからである。
 しかし、真剣に考えていくと、実は「アカ」の意味も「アルク」の意味も非常に抽象的であることがわかる。「アカ」や「アルク」の意味は、ある典型的な指示対象を知れば理解できるわけではなく、ことばが指し示す範囲がわからなければならないからだ。(「はじめに」より)

 範囲がわかるようになりたいのであれば、同じ概念分野でそのことばを取り巻く他のことば(「アカ」の場合には「オレンジ」「ピンク」「ムラサキ」など)の存在を知り、それらとの境界を理解しておく必要がある。このことを著者は、「ことばはシステムの一部なので抽象的である」と表現している。

 そうしたところからも推測できるように、本書の目的は「記号接地問題」に対する答えを考えていくことである。ただし、その道筋はとても複雑で奥が深く、数学のような明確な答えに辿りつくものでもない。しかし、だからこそ、「なるほど、たしかにそうだ」と感じずにはいられないトピックスの数々に共感せざるを得ないのだ。

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