週刊アスキー

  • Facebookアイコン
  • Twitterアイコン
  • RSSフィード

熱中症対策の新たな一手

”アイススラリー”による深部体温の冷却に注目!

2023年08月30日 11時30分更新

 温暖化の時代は終わり、地球沸騰化の時代が到来する、という国連の事務総長のセンシティブな発言が記憶に新しいが、日本でも連日、酷暑が続いており、熱中症の発生リスクも年々高まっている。

 熱中症とは暑い環境で生じる健康障害の総称で、体内の水分及び塩分のバランスが崩れたり、循環調節や体温調節などの体内の重要な調整機能が破綻することなどで発症するそう。

 熱中症が起きやすいケースとしては、暑い日の屋外や直射日光下での作業をイメージしがちだが、熱中症の発生リスクは「屋内」にも存在しているという。

 たとえば厨房や、特定の熱源から近い所での作業、あるいは特定の熱源がなくても「高温多湿」と考えられる室内でも、熱中症による死傷災害は数多く発生しているのだ。

職場における熱中症による死傷者数の推移
出典:厚生労働省「職場でおこる熱中症」ホームページ

 データで見ても、日本国内の熱中症による救急搬送者数や死亡者数は、高止まりが続いており、年間の死亡者が1000人を超える年も少なくない。

 それに加えて、職場で起きる熱中症も少ないとは言えない現状がある。2022年の職場における熱中症の発生状況を見ると、死亡者は28人、およそ800人が熱中症により4日以上仕事を休みをとっている。

熱中症による死傷者数の業種別の状況(2018~2022年合計)
出典:厚生労働省「職場でおこる熱中症」ホームページ

 さらに過去5年間(2018~2022年)の死傷者数を業種別にみると、建設業(909件)、製造業(835件)、運送業(602件)の順で多く、この3業種の合計は、全体の5割以上にあたるという。

 屋外・屋内問わず、どんな環境であっても熱中症になるリスクはあるということだ。

 そんな中、熱中症対策の新たなアプローチとして注目されているのが、活動前の身体冷却「プレクーリング」だ。

活動前の身体冷却「プレクーリング」とは?

左から活動前(プレクーリング)・休憩時/活動中/活動後を示している

 プレクーリングとは、厚生労働省の「STOP!熱中症 クールワークキャンペーン」でも推奨されており、活動前に深部体温を下げ活動中の体温の許容量を大きくすることだという。

 このプレクーリングは、スポーツ分野では、夏の熱中症対策や運動能力を向上させる手段としてすでに実践されるようで、労働環境下においてもプレクーリングが注目されるようになったという経緯がある。

 下図は運動前にプレクーリングまたは加温をした被験者が、高温下で自転車運動を継続不能になるまで行った時の体温(食道温)の変化を示している。

高温(40℃)環境下で運動前に身体冷却 あるいは加温をしたときの運動中の食道温の変化
出典:Gonzalez-Alonso J ほか,1999

 グラフの通り、活動前の体温を低くするプレクーリングは、運動が続けられなくなるという40度に至るまでの体温許容量(貯熱量)を大きくし、それによって活動開始時から臨界体温に達するまでの時間を延長できている。

 そもそも熱中症になる根本的な要因は「深部体温の上昇」にあるという。プレクーリングには、「外部冷却」と「内部冷却」があるが、あらゆる職場で実践可能で、かつ深部体温の冷却効率に優れているのが、微細な氷と液体が混じりあった飲料「アイススラリー」による内部冷却だという。

 内部冷却はアイスバス(氷風呂)などの外部冷却とは異なり、皮膚や筋肉の温度を大きく低下させることなく身体の内部を冷却することが可能となる。

 その内部冷却の代表的な手法の1つが「アイススラリー」だとする。アイススラリーとは、液体に微細な氷の粒が混ざった飲料で、流動性が高いことから通常の氷や飲料よりも、体内の熱をしっかりと吸収し、効率よく身体を冷せるメリットがあるという。

アイススラリーの特徴

  つまり、アイススラリーによる深部体温の冷却が熱中症を防止できる効果的なアプローチとなりえるのだ。

 その効果が顕著に表れているのが、大塚製薬が産業医科大学、北九州市消防局と協力して実施した暑熱環境下で防火服着用時の深部体温に関する研究である。

 防火衣を着用して活動する消火活動では、カラダの熱が外部に逃げず、深部体温が上昇しやすい状況になるので、熱中症のリスクが非常に高くなるという。

アイススラリーによる深部体温の上昇抑制効果

 だが、活動前にアイススラリーを摂取することで、摂取開始後10分で深部体温の指標である直腸温と外耳道温がともに顕著に低下し、その後も活動中の深部体温の上昇が抑えられることが判明している。

 堀江正知氏(産業医科大学副学長、同大学産業保健管理学教授)もアイススラリーについて「氷だと短時間に摂取できませんが、アイススラリーは流動性があり、喉から食道、胃、腸へと貼りつきながら流れていきます。その結果、粘膜への接着面が多く、粘膜から体液に吸収されて、効果的に冷却できるのです。さらに試験で使用したアイススラリーには、電解質も入っているので、脚がつるような症状の発生頻度を下げることができ、脱水が抑制され脳への血液循環の維持にも有用と考えられます」とコメントしている。

プレクーリングを気軽に導入できる体勢も整備

提供:ヤマト運輸

 ヤマト運輸は、1700袋以上のアイススラリーを一括配送できる体制も整備している。

 具体的には発送元から納品先まで冷凍した状態を保ちながら輸送する保冷のチャーター輸送サービス「クールBOX チャーター便」を利用し、大量のアイススラリーを一括配送できる体勢づくりである。

提供:国分ロジスティクス

 クールBOX チャーター便では、アイススラリーを10箱単位でオーダーできるので、最大48箱まで配送可能。配送時間も指定でき、朝の作業開始時や休憩時間など現場の作業スケジュールにあわせたプレクーリングが可能だとしている。

 また協力しているヤマト運輸も、荷物の集配や事業所内や倉庫内での荷物の仕分けなど、日ごろから熱中症リスクが高い業務に従事していることから、熱中症対策としてアイススラリーを導入している。

 さらに過去5年の職場における熱中症による死傷者が最も多い建設業の中でも、プレクーリングの取り組みとしてアイススラリーが導入され始めている。

 一例としては、大林組四国支店をはじめとした大林グループである。大林道路四国支店は、一歩進んだ工事現場の熱中症対策を講じるべく、プレクーリングの導入を検討。

提供:大林道路

 当初は、かき氷等の冷菓の導入などもしたが、余計に喉が渇くなど現場での実践に難しさを感じていたところ、アイススラリーに出会い、全国の事業所へ発信しているという。

 利点として、アイススラリーは短い時間でも飲み切れるため、現場に出る前の朝や朝礼後、また休憩の度に摂ることが推奨されているそうだ。

熱中症は社会全体でしっかり対策していく必要がある

 冒頭で述べた通り、いまや屋外・屋内問わず、熱中症の発症リスクは高まっている。

 筆者はデスクワーク中心の動き方だが、外出時などはどうしても意識せず、水分補給を怠ってしまうこともある。

 上述したヤマト運輸や大林グループはすでにプレクーリングの導入を進めているが、個人単位ではなく、企業や社会全体で今後の熱中症対策を講じていく必要があると感じた。

 大塚製薬の企業ホームページでは、熱中症対策の基本は、暑さを避ける行動と、こまめな水分補給であると解説している。

 水分補給のポイントは「電解質(塩分)」と「糖」が含まれた飲料を摂取すること。水分補給による体液の回復には、塩分の摂取が有効であることはすでに知られているが、塩分と共に糖質も摂取することにより、体液の回復スピードや、体液量の維持がかなうことが、研究により明らかになっているという。

 電解質(塩分)+糖質の含まれた飲料で水分補給をしながら、アイススラリーで身体冷却を行う。

 個人・企業それぞれが、熱中症に関する適切な知識を持った上でプレクーリングなどの対策を講じ、今年の夏も乗り切っていきたいところである。

この記事をシェアしよう

週刊アスキーの最新情報を購読しよう