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邦楽SACD化に本腰を入れたユニバーサル、この秋の新タイトルを聴く

2022年12月14日 20時10分更新

 冬は音楽を聴きたくなる。家にいる時間が増えるし、湿度が低く、ひんやりとした空気が音を冴えわたらせて、楽曲の表情がとてもよく感じられるからだ。また、クリスマスが近づいた12月の空気は、シティポップやニューミュージックと相性の良さも感じる。理由はあまりはっきり言えないが、イルミネーションなどが輝く街の雰囲気と、都会的な曲のイメージがオーバーラップする面があるのかもしれない。

 とまあ、漠然とした感じで書き始めているこの原稿の本題に入る。紹介したいのは、ユニバーサル ミュージックが秋に発売したSACDタイトルだ。10月26日にシティポップの名盤3タイトル、11月16日にCD時代から支持されているロングセラーのベスト盤21タイトルをリリースしている。

 試聴盤が届いたので、いくつかピックアップして紹介しよう。

ベスト盤も含め、マスターテープに立ち返りDSD化

 さて、海外発で再評価されたシティポップの人気はいまも続いているが、本シリーズでは1970年代末~1980年代を中心に、邦楽ポップスシーンを彩った楽曲が数多く収録されている。

 こうしたコンテンツ、特に高音質版と銘打ったものでは、制作過程も重要になる。今回はマスターテープから、SACDのフォーマットであるDSDでダイレクトにトランスファーし直したものということだ。この変換に際しては、イコライジングやコンプレッションを施さないフラットトランスファーを信条としたそうだ。

グリーンのレーベル面は再生機内で反射した不要な赤色レーザー光を吸収する効果のある音匠インキを使用したもの

 SACD ベスト・オブ・ベストの収録曲は、2000年代に入ってから一度CDとして販売されていたアルバムと同じ収録内容になっている。つまり、複数アルバムから楽曲をピックアップしたコンピレーションとなり、その性質上、マスターテープも曲ごとに別々に保管されているわけだが、今回のリリースに合わせ、改めてマスターテープにさかのぼり、最良の素材を使った最新DSDマスタリングを実施したそうだ。なかなか手の込んだ過程を経たアルバムと言える。

 また、本作はCD/SACDのハイブリッド盤となっているため、一般的なCDプレーヤーでの再生に加え、リッピングも可能。CD層は上述のSACD層と同じデジタルマスターを16bit/44.1kHzに変換したもの。基本的な音質傾向は維持したまま、より多くの環境で楽しめることになる。同じCD層どおし、2000年代に入ってからCDとしてリリースされたバージョンとの比較も面白そうだ。

 音楽制作の現場では、これらの音源が制作された後の時代に、音圧競争が進んだ。その影響はいまも続いている。一方で、SACDの制作にあたっては、アナログ環境で制作されたマスターテープの情報を忠実に伝えるとともに、ヘッドルームを大きく取ったHi-Fi的なサウンドを提供することがコンセプトになっている。リリース元のユニバーサル ミュージックでは、「耳にやさしくウォーミーなサウンド」で、音量を少し上げて曲を楽しめるとするが、CD層を聴いた場合でも、音に柔らかさがあって、空間再現が自然で、のびのびとほぐれたサウンドが魅力的だ。

 1980年代の状況を体感したことのある人は、当時聴いていた音を現代の高品質なシステムで再生する魅力を感じ取れるはずだ。逆にそれを知らない人にとっても、使用楽器や音源といったサウンドの作りやアレンジの表現に響きの新鮮さを感じたり、歌詞の内容から伝わってくる今とは少し違った価値観に気づいたりと深掘りができる音源ではないかと思う。

優れた空間再現、自分の部屋にアーティストが立っような感覚

 アーティストやアルバムの一覧については、最後に表でまとめているが、ポップスという言葉が一般的ではなかった時代の歌謡曲やニューミュージックが幅広くカバーされている。40代の後半より上の人であれば、当時様々な場所で耳にした楽曲だが、改めて聴いてみると、歌手の声質であったり、楽器の音色、シンセなどを含む、特有のエフェクトなどが今と違っていてなかなか興味深い。また、名前は知っていても、実際に深く聞いたことがないものも多い。こういった機会には出会いと発見がある。

封入のライナーノーツ類も充実。アルバムによって異なるが、オリジナル盤の雰囲気も感じられるものになっている。

 例えば、佐藤博の『オリエント』は1979年の作品だが、シンセサイザーを大胆に活用したサウンドはあまり古さを感じない。高音質なSACDで聴くと広い空間の上にボーカルが浮き立つような、独特の浮遊感があって、空間性を意識する。こういった楽曲が、いまどきの空間オーディオで再現されたらどうなるのかといったイマジネーションなども沸いてくる。せっかくサンプルが届いたので、なるべく多く聴いてからと思い、順番に聴き始めたのだが、止まらなくなってしまった。

 実際にどのような音がするのか。楽曲を再生し、聴いてみた感想についても触れておこう。薬師丸ひろ子の『歌物語』は、アーティスト自身が選曲/監修/プロデュースを務めた本人公認のベスト・アルバムとして2011年に発売したアルバムだという。『セーラー服と機関銃』や『探偵物語』といった映画主題歌なども収録されており、一度は聴いたことがある楽曲が多いのではないだろうか。

 環境としては2種類のシステムを利用している。ひとつが、SACDプレーヤーを利用したもので、ハイブリッドSACDのSACD層とCD層の聴き比べ。もうひとつがPCを接続したUSB DACを利用したもので、旧盤CDと新盤CD層の音源をそれぞれリッピングして聴き比べてみた。

 SACDで聴く音は、声の魅力を改めて感じる。バックの音とのなじみが良く、自然で広い空間の上に、ボーカルがぽっと浮かび上がるような雰囲気が良い。特定の音を強調するといった感じがなく、声に少しリバーブがかかったような全体にやわらかい音調だが、高域は立っていて明瞭感やクリアさを感じさせる。音量を上げても、きつさがなく、包まれるようなやさしさを感じる音源だ。

 CD層の音もこのSACD層の音と基本的には同じ音調。比べるとやわらかさや滑らかさがSACD層より少し生硬な感じになり、包まれるような空間性が少し減る感じもあるが、ほとんど意識せずに聴ける。CDプレーヤーで聴いても十分に納得がいく音質だ。

 一方で、旧盤CDとの比較では、低域がぐっと前に出てパンチがある旧盤と穏やかだが細かな情報も拾う新盤との差があり、方向性の違いを意識する。旧盤も悪いわけではないが、標準の音圧がかなり高く、低域が強く出るぶん、全体に音がよりソリッドな印象になる。また、音がストレートに飛んできてくる感じがある半面、ボーカルの音像が新盤と比べてかなり大きくなる。

 敢えて映像的に表現すると、旧盤は大画面のスクリーンに歌い手をアップでとらえたような表現、一方で新盤は引きの画面の中央に頭から足まで全身が入った歌い手が立っているような表現と言ってもいいと思う。実際、スピーカーの中心と中心を180㎝程度(だいたい80インチスクリーンと同じぐらいの幅)離した環境で再生すると、現実の世界に等身大の人が立って歌っているような感覚があった。こういう感覚が得られるのは、音のフォーカスがあって、楽器と声の定位がそれぞれ明確にあり、リアルな空間再現ができていることの証だと思う。では、距離感があるから、音の世界への没入感が少ない、俯瞰的な聴こえ方になるのかというとそうではなく、むしろ同じ空間にいるような臨場感があるのも面白いところだ。

 このあたりは、声を中心とした楽曲のニュアンスが豊かで、かつ自然だから得られる感覚と言えるのかもしれない。

年末年始はじっくり音楽を楽しもう

 いま音楽というと、ストリーミング配信が主流となっている。逆に音質にこだわるコア層は、配信でハイレゾ音源を買うか、より趣味性が高いアナログレコードを手に取るケースが多いのかもしれない。CDやSACDなどの光ディスクを手に取ろうとする人の割合は、10年前、20年前と比べると、相対的に減っているが、高音質ディスクの魅力はないわけではない。

 アルバムはパッケージとして完結することを想定して作られたもので、最初の曲から最後の曲まで一貫して聞くからいいという側面がある。ストリーミングのように途切れなく聴き続けるスタイルとも違うし、光ディスクは機器が揃っていれば再生が手軽だし、1時間前後にまとまった再生時間もじっくり聴くにはちょうどいい(逆に片面23分、長くても30分程度が標準的なLPレコードは、いまの時代に聴くと、あっけないほど短い印象がある)。

 とかく時間効率が求められる時代、まとまった時間を音楽を聴くことだけに費やすのは贅沢な趣味なのかもしれないが、年末年始などまとまった時間が取れそうなタイミングがあるなら、たまには周りのノイズを遮断して、好きな音楽に集中してみるのもいいのではないだろうか。

リリース一覧

●シリーズ名:  CITY POP “SACD” Selections by UNIBVERSAL MUSIC
●発売日:2022年10月26日
●発売点数:全3タイトル
●ディスク仕様: SACDハイブリッド
●価格:3300円

規格番号/タイトル/ア-ティスト/発表年
UPGY-6002/LOVE TRIP/間宮貴子/1982
UPGY-6003/L.A.EXPRESS ロサンゼルス通信/野口五郎/1978
UPGY-6004/オリエント/佐藤 博/1979

●シリーズ名:  SACD ベスト・オブ・ベスト
●発売日:2022年11月16日
●発売点数:全21タイトル
●ディスク仕様:SACDハイブリッド
●価格:3300円(1枚組)、4400円(2枚組)

規格番号/タイトル/ア-ティスト/発表年
UPGY-6005/何日君再來~中国語ベスト・セレクション/テレサ・テン/2006
UPGY-6007/40/40 ~ベスト・セレクション/テレサ・テン/2015
UPGY-6009/ゴールデン☆ベスト/越路吹雪/2002
UPGY-6010/ゴールデン☆ベスト/由紀さおり/2006
UPGY-6011/LONG GOOD-BYE/浅川マキ/1998
UPGY-6013/i(ai) -オールタイム・ベスト-/オフコース/2006
UPGY-6015/ゴールデン☆ベスト/小椋 佳/2004
UPGY-6017/ゴールデン☆ベス~シングルス・アンド・モア/石川セリ/2003
UPGY-6018/KING OF BEST/RCサクセション/2015
UPGY-6019/ゴールデン☆ベスト~セブンティーズ・ロック/カルメン・マキ/2003
UPGY-6020/ぼくたちの失敗~ベストコレクション/森田童子/2003
UPGY-6021/ゴールデン☆ベスト/水越恵子/2004
UPGY-6022/ゴールデン☆ベスト/野口五郎/2003
UPGY-6023/ゴールデン☆ベスト~シングルス/大橋純子/2003
UPGY-6024/ゴールデン☆ベスト/泰葉/2006
UPGY-6025/ゴールデン☆ベスト/安部恭弘/2004
UPGY-6026/ゴールデン☆ベスト/柏原芳恵/2003
UPGY-6027/ゴールデン☆ベスト/本田美奈子/2003
UPGY-6028/RAINY VOICE ~greatest hits & mellow pop~/稲垣潤一/2007
UPGY-6029/ゴールデン☆ベスト/高中正義/2004
UPGY-6030/歌物語/薬師丸ひろ子/2011

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