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スタートアップユニバーシティ東北大学、研究成果をベースにした8つの事業を紹介

量子アニーリングや宇宙実験環境など、大学研究室から商用サービスを創出

2021年10月05日 11時00分更新

 2021年3月19日、「JAPAN INNOVATION DAY(JID) 2021」が開催された。今回でJIDの開催は3回目で、スタートアップによるピッチや各業界の識者によるセッションなどが行なわれる。昨年に続き、コロナ禍のため無観客でのセッション配信となった。今回は、その中からセッション「東北大学 Innovator's Session」の様子を紹介する。

 東北大学は2020年10月に「スタートアップ・ユニバーシティ宣言」として、国内大学初のベンチャー創出支援パッケージを創設している。このセッションでは、東北大学の研究成果や発明を活用した企業による8人によるピッチが行なわれた。

 「スタートアップユニバーシティ宣言の元で、国内の大学では初となる、ベンチャー創出パッケージを創設したほか、広域的な大学発ベンチャーファンドを設立し、これらの取り組みを通じて、東北大学が一丸となり、東北地域の持続的な経済活性化、高度人材の定着化の促進を図っていきます」と挨拶したのは、主催者代表の東北大学理事 植田拓郎氏。

東北大学理事 植田拓郎氏

量子アニーリングを企業の生産性向上に応用:株式会社シグマアイ

 ピッチのトップバッターは、東北大学大学院情報科学研究科教授でありシグマアイ 代表取締役の大関真之氏。同社は2019年4月に設立。ビジョンは「私たちの技術ですべての人が輝く未来を」、そのために完遂するミッションとして「私たちは基礎研究から生まれた「世界を変えうる知」を「世界を変える技術」にする。その技術を「世界が変わるソリューション」として提供する」を掲げている

 「オフィスワークやリモートワークという新しい働き方を進めていくなかで、企業の生産性を高めるために、量子アニーリングに注目しました。『NEW NORMAL SCHEDULER』(NNS)が2021年2月にリリースされました」(大関氏)

 多様な働き方を進めていく中、スケジュール調整が困難になり、企業としては生産性が減少しているのではないかという懸念が出ている。大関氏は、生産性が落ちているのは、出会いのチャンスが少なくなっているからだと考えた。アイディアが出るのは、雑談やコミュニケーションからあるからだという。もちろん、ではリモートワークをやめればいいのか、というとそうもいかない。

 そこでNNSでは、チームが集る時に単に予定を調整するのではなく、メンバーにとって最高のものを作るために最適化をしてくれるという。最先端技術である量子アニーリングを活用して、離れていても今まで以上の予定を組み上げるサービスを展開するそう。データの集計からスケジュールの最適化までワンクリックで済むのが特徴だという。

東北大学大学院情報科学研究科教授、シグマアイ 代表取締役の大関真之氏

個人情報の活用ビジネスを支援する「ゼロワPDS」:ゼロワ株式会社

 2番手はゼロワの酒井正夫氏。同社は個人情報の活用基盤である「ゼロワPDS」を開発している。

 AI技術の発展にともなって個人データ活用の新ビジネスが登場しているが、その多くは頓挫しているという。その原因は個人情報を確保することが困難だという点に尽きるからだそう。「どんなに素晴らしいビジネスアイディアも、データを確保できないと実施不可能」だと酒井氏。

 そこで酒井氏は、個人データを蓄積するシステムとして、独自技術を採用した「ゼロワPDS」を開発し、個人情報の活用ビジネスを支援したいと考えている。PDSはパーソナルデータストアの略で、日本政府が取り組んでいる情報銀行も、まさしくPDSのひとつとなる。

 情報銀行はデータ集約型で、ユーザーの手元にある個人情報を情報銀行などのサービス事業者に集めて、ビックデータとして活用する。活用しやすい反面、ハッキングなどで大規模な情報漏洩リスクがある。ユーザーとしても、第三者にあずけなければいけないという不安を感じることもある。そのため、ヘルスケアやお風呂、トイレ、といった秘匿性の高い個人情報の収集活用は慎重にならざるを得ない。

 「ゼロワPDS」は個人データをユーザーの手元から集めないで、管理活用するデータ分散型の「ユーザー駆動型マッチング技術」を採用しているのが特徴だ。東北大学で研究開発した技術で、日本と米国ですでに特許を出願済み。データ主役に起因する課題を解決できるのがメリットだ。

 「一言で説明すると、新型コロナウィルス接触確認アプリ『COCOAの技術の拡張・商用版』です。COCOAも人との接触という個人情報をスマホの中で記録して、第三者に預けることはしませんが、それでも接触リスクを評価するのに利用できます。これをより一般化したのが我々の技術です。おもに、ターゲティング広告に適しています」(酒井氏)

「ゼロワPDS」の概要

小型人工衛星内で実験や製造を行なうサービス:株式会社ElevationSpace

 3番手はElevationSpaceの小林稜平氏。東北大学にて建築学と宇宙工学を専攻しており、2021年2月に大学発宇宙ベンチャーElevationSpaceを起業した。経済産業省が主催する始動 Next Innovatorなど各種コンテストで受賞している。

 「私たちは東北大学発のスタートアップです。共同創業者で取締役CTOの桒原先生の研究室では、これまで人工衛星を10機以上開発してきた経験があります。そんな私たちが注目しているのが、宇宙ステーションです。宇宙ステーションでは無重力環境を活かして、さまざまな実験が行なわれています。そこで我々が考えているのが小型宇宙利用・回収プラットフォームELS-Rです。宇宙ステーションで実施していた、実験や製造を小型人工衛星内で行なうサービスを開発しています」(小林氏)

 実験や製造したいものを人工衛星にまとめて載せて打ち上げ、軌道上で無人で実験や製造を行ない、その後、地球に再突入させて、海に落ちたものをユーザーに届けるという仕組みだ。従来の宇宙ステーションは人が利用するために、プラットフォームが大型になってしまう。その点、ELS-Rは小型なので1機当たりの利用価格を抑えられるのだ。将来は毎月人工衛星を打ち上げられるようになる、と小林氏。

 狙っている領域は3つ。ひとつは現在、宇宙ステーションで行なっている生命科学的な実験。2つ目が製造系。これは宇宙で作ったものを地球で販売するモデル。3つ目がエンタメ、教育系だ。企業の商品を宇宙に持っていくことで、ブランディングやプロモーションに活用するという。

 2028年ごろに現行の宇宙ステーションが退役するので、その前後でビジネス戦略を変える。退役前は宇宙開発が伸びてきているインドやオーストラリアに安く利用できるELS-Rを提供し、短期的な売上げを確保。2028年以降は、宇宙ステーションでやられていた実験の需要が大きくなるので、特に、JAXAの需要を確実に取っていきたいと考えているそう。一方で民間企業向けのマーケットでは、半導体のマーケットを拡大して、事業をスケールさせることを考えている。

 「キー技術は地球再突入技術になります。通常、人工衛星は大気圏で燃え尽きてしまいますが、私たちのものは実験したもの、製造したものを地球に持って帰ってこなければなりません。現在、この技術を獲得するための、技術実証機を開発しています。2022年度末の打ち上げを目指して、東北大学と共同研究契約を結び開発していきます」(小林氏)

ElevationSpaceが開発する小型人工衛星サービス

地盤の液状化危険度を判定するAI評価技術:東北大学 工学研究科土木工学専攻

 4番手は工学研究科土木工学専攻教授 風間基樹氏。地盤の液状化危険度を判定するAI評価技術を開発した。この技術のポイントは地盤データが不要で、地震動記録のみで液状化危険度を判定できる点だ。

 大地震動記録が得られた場合には、その記録が取られた地盤の液状化度を即時評価できるので、震災直後に液状化の被害を速やかに把握できる。中小地震の地震動記録からは、液状化に至らない程度の液状化度を抽出できるので、地盤の潜在的危険度を事前に評価できる。地盤の耐震性診断は土地の不動産評価にもつながると考えているそう。

 2011年の東北地方太平洋沖地震や2016年の熊本地震、2018年の北海道胆振東部地震などで、地盤の液状化被害が発生している。人的被害は少ないものの経済的な被害が非常に大きく、公共インフラや個人住宅、企業BCPの課題になっている。日本国内はもちろん、世界の地震国共通の課題にもなっているそう。もし、リスクを事前評価できれば、対策ができるし、立地前なら候補地から除外することが可能になる。

 「地盤の揺れを記録する地震動は、地盤の特性を反映します。具体的には、振幅が減少したり長周期化したりします。しかし、液状化現象は大きな地震が来ないと発生しません。そのため、AIの学習に使えるデータ量が不十分でした。そこで東北大学では三次元振動台で過去の多くの地震動を入力した振動実験を行ない、地震動波形と液状化度との関係についての教師データを多数作りました。そのデータをAIの機械学習にかけて、評価システムを作ったのです」(風間氏)

東北大学 工学研究科土木工学専攻教授 風間基樹氏

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