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スタートアップユニバーシティ東北大学、研究成果をベースにした8つの事業を紹介

量子アニーリングや宇宙実験環境など、大学研究室から商用サービスを創出

2021年10月05日 11時00分更新

DNA-CoC認証サービスで農林水産物などの品種を識別:秋田県立大学 生物資源科学部

 5番手は秋田県立大学生物資源科学部 准教授の岡野邦宏氏。

 「我々のプロジェクトは、3年前の1本の電話『シイタケの品種識別をしてもらえませんか』から始まりました。農林水産物には、膨大な時間をかけて作った育成者の権利に対して、使用料が支払われる育成者権があります。これが無断で利用され、海外などに流出することで、販売機会の横取りが横行しています。これらを受けて、2020年12月には、種苗法の改正が行なわれました」(岡野氏)

 特に、シイタケの育成者権の侵害は甚大で、流出品種の菌床が輸入され、国内で育ったシイタケが国産品として販売されることで、年間100億円以上が流通しているそう。

 侵害事実の確認には、DNA分析が推奨されている。しかし、従来の方法だと時間と費用がかかってしまうという欠点があり、これまでのDNA分析をサポートデータとした輸入差し止めは、2011年のいぐさ1件のみだという。

 岡野氏らのDNA分析法は、安いうえ、最短3日で解析結果を提供できる。さらに、裁判の証拠採用基準である99.9%以上の精度を担保している。これは、全ゲノム解析を行なわず、「ほどほど」に取得したDNAを独自の技術で解析することで実現した。さらに、1時間以内に識別が必要な場合、誰でもどこでも正確な判定が行なえる方法として、簡易鑑定キットも開発している。

 「ただし、侵害裁判は侵害が発生した後に行なうもので、侵害疑義ごとに対応することになります。我々にしかできないことは、侵害を未然に防ぐことの仕組み作りだと考え、DNAトレーサビリティ認証というビジネスモデルを提案します」(岡野氏)

 生産や加工、流通、販売業者を顧客として、DNA-CoC(Chain of Custody)認証サービスを提供するという。消費者はDNA分析でお墨付きがついた、DNA認証ラベル商品を購入できるようになる。

 認証費用から計算すると畜産市場では100億円を超える市場規模があるという。現在2万以上もある品種(権利消滅品種も含める)の6割が認証を受けるだけでも、売上げは10年で90億円を超える見積りになるそう。市場に流通する品種は急激に増えることはないため、ビジネスモデルとしては認知度の向上により、生産者や販売者の参加が増えることが成長の鍵になると考えている。

DNA-CoC(Chain of Custody)認証サービスの概要

微量液体の粘度測定に特化した装置を開発:未来科学技術共同研究センター

 6番手は未来科学技術共同研究センター教授の栗原和枝氏。液体の流れやすさや粘り気を示す「粘度」は、幅広い工学分野で工程管理などに使われている。しかし、従来からある粘度計は通常、ミリリットルレベルの使用量が必要で、希少あるいは高価な試料への適用が困難だった。

 超微量粘度計があれば、取り出すのが難しい電池の電解液や貴重な試料である血液などの粘度測定が可能になり、電池の新しい技術や性能向上、新しい診断技術が生まれる可能性がある。

 そこで栗原氏は「共振ずり測定法」を開発し、微量液体の粘度測定に特化した装置を開発した。確認した最小使用量は5マイクロリッターと少なく、幅広い粘度を測定できる。測定と解析は自動化され、測定時間は3分以内だそう。性能実験では、エチレングリコールの測定結果が文献値に一致し、高い再現性、安定性があることを実証している。

 「電池の電解液を測定したところ、充放電にともなうわずかな粘度変化も測定できました。我々の開発した超微量粘度計は、低粘度から超微量で正確に測定でき、粘度計の新しい用途を開くと考えています」(栗原氏)

未来科学技術共同研究センターの超微量粘度計

胃酸電池で充電する「飲む体温計」を開発中:東北大学工学研究科

 7番手は東北大学工学研究科 特任准教授の吉田慎哉氏。専門は微小電気機械システムで、未来のヘルスケアデバイスの1つとして、胃酸電池で充電する「飲む体温計」を開発中。2019年東北大学ビジネスプランコンテストにてNEDO賞を受賞した。

 「我々は革新的な生体情報センサーを創出して、人々の健康増進やパフォーマンス向上に貢献することを目指しています。生態情報を集めて診断や分析をする上で、信頼できる生体情報の取得が重要です。現在、ウェアラブルセンサーが普及しつつありますが、体の中からセンシングすることができれば、より正確な診断や予兆を検出することができます」(吉田氏)

 そこで開発したのが、飲む体温計だ。体の奥の深部体温を連続測定すれば、さまざまな疾病や病気がわかると言われているそう。しかし、日常生活で簡単かつ正確に深部体温測ることは難しい。比較的低侵襲の深部体温の測定法となると直腸での測定だが、苦痛だし、不潔。そこで、欧米ではカプセル型の体温計が登場したそう。しかし、高価で大きく、いわゆるボタン電池が搭載されており、危険で劣化もしてしまうという。

 「我々は安全、安価な、飲む体温計を創り出します。特徴はボタン電池はなく、胃酸発電を使い、そのエネルギーを安全な積層セラミックコンデンサに蓄電し、その電力で腸内を測温し、データを体外の受信機に送信します」(吉田氏)

 大量生産に適した構造設計によって、低コスト化を実現でき、実装技術を駆使しして小さくまとめあるという。この飲む体温計があれば、簡単かつ正確に深部体温とその時間変動を直接測定できる。

 たとえば、熱中症防止に役立てたり、パフォーマンスの向上に利用するニーズがあるそう。深部体温と運動、知的能力は平行関係にあると言われており、200m水泳で計測したところ、深部体温の違いで3%もタイムが上下し、反応速度も変わるという。

 「飲む体温計は体内時計を測定することもできます。体内時計が社会的時間と大幅にずれてしまう病気を睡眠リズム障害といいます。その多くの患者さんは、確定診断までに数年かかり、悩み、苦しんでいます。誤診も頻繁に起ります。深部体温リズムは体内時計の指標の1つで、その時間変動のタイミングを測定できれば、見える化でき、早期発見や治療支援を行います」(吉田氏)

 確かなニーズのあるスポーツやメディカル用途からマーケットインし、将来的には日常生活において、多数の方が使えるデータを集めて、解析するサービスを作りたいと吉田氏は語った。

ボタン電池がなく安全安価な「飲む体温計」

郷土芸能を利用したエクササイズサービス:東北大学 大学院教育学研究科 佐藤克美氏

 ラストは、教育学研究科 准教授の佐藤克美氏。佐藤克美研究室ではデジタルを用いた郷土芸能の支援を行なっており、その知見をもとに、郷土芸能を活用したエクササイズサービスを考えている。

 「日本はこれから超高齢化社会を迎えます。高齢者が健康で、長生きすることが、高齢者本人のためだけでなく、日本社会のためにも重要と考えます。コロナ禍により、外出の自粛が求められていますが、その結果、高齢者の運動不足が深刻化する問題が出ています」(佐藤氏)

 現在、自治体や病院などは、高齢者向けに、独自の運動法を開発して、健康増進を図っている。しかし、運動することが目的化しており、何かの技術が上達するわけでもなく、楽しいわけでもない。どれも同じような動きでつまらない。という問題もあるそう。

 そこで目を付けたのが盆踊りや神楽といった郷土芸能だ。東北大学のある宮城県にいくつ郷土芸能が残っているか調べたところ、約500も残っていた。

 「日本各地にはたくさんの特色ある郷土芸能が残っています。つまり、各地の『おらほ』の共同芸能が存在しているわけです。『おらほ』は東北地方の方言で、『私たちの』という意味です。この郷土芸能を活用することで、高齢者に取って、なじみ深い上に、ユニークな楽しく、長く続けることができるオリジナルのエクササイズが提供できると考えています」(佐藤氏)

 郷土芸能を利用した運動コンテンツ、システムを開発する企業を起業したいと考えているという。たとえば、老人介護施設のモニターに表示されたキャラクターの動きを真似て、高齢者達が踊り、健康増進を図る。上達したら公開したり、発表会を行なうことで、モチベーションを維持しながら運動できるというメリットがある。

 「ビジネスモデルは、顧客の希望する郷土芸能を記録し、エクササイズするところまでを事業としたいと思っています。現在、日本の郷土芸能が失われつつあります。その継承を支援することは、社会的に意義のあることです。コンテンツを作れば作るほど、我々にデータが溜まります。日本の文化をデータとして持つことで、将来はそのデータを活用し、さまざまな分野で応用が期待されます」(佐藤氏)

教育学研究科 准教授の佐藤克美氏

 以上が、東北大学 Innovator's Sessionで行われた8人のピッチとなる。大学発スタートアップということで、よくあるスタートアップイベントとは雰囲気の異なるビジネスモデルが揃っているように感じた。どれもエビデンスや技術がしっかりしており、将来が楽しみ。今後も、東北大学が手がけるベンチャー創出支援パッケージの動きに注目していきたい。

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