第30回
クラウド・自動化・AI対応を進める点群データ解析プラットフォーム"ScanX Cloud"
土木データでも世界との遅れに危惧 災害多発国家日本を守る3D点群データの可能性
世界的な気候変動、台風や豪雨など、繰返し大規模な災害に襲われる日本において、土砂崩れや河川の氾濫などの現状を素早く把握することの重要度はさらに増してきている。そのようなニーズに対応し、地表や建築物の状況を3Dスキャナで撮影した点群データの解析ソフトウェアプラットフォーム「ScanX Cloud」を提供するスキャン・エックス株式会社が業績を急上昇させている。
国内では旧来の2D図面や人力による目視で現場の把握を行なうことがまだまだ多いが、海外ではすでに点群データからBIMなど3Dモデルへの変換およびその利活用も進んでおり、互換性に乏しい古いデータフォーマットが主流の日本の遅れが危惧されている。今回は、点群データ解析プラットフォームScanX Cloudで日本の土木産業の構造改革を後押しするスキャン・エックスの宮谷 聡CEOに話を伺った。
災害からの素早い復旧に3D点群データが活用され始めている
ドローン搭載の3Dスキャナの低価格化や最新のiPhoneやiPad proへの3Dレーザースキャナ(LiDAR)の搭載など、これまでデータ取得に多額のコストがかかっていた点群データが手軽に取得できる環境が整いつつある。従来は2次元の画像データを目視で現状把握するしかなかったものが、3DデータをPC上で解析することによってより迅速・高精度な情報分析が可能となってきている。
例えば2020年7月に九州を襲った集中豪雨では、大分県日田市で発生した600か所に及ぶ土砂崩れの状況把握のため、背負式LiDARを用いて現地の点群データが現地で取得されている。ScanX Cloudが活用され、どこがどのくらい被害を受けているか、どこを優先的に補修していくかなどの検討に用いられた。点群データを用いると、陥没している位置だけでなく、どのくらい陥没しているかという定量データも取得することができるので、行政の素早い対応が可能となる。
土木工事の現場のデジタル化に不可欠な点群データだが、従来のデータ解析ソフトウェアにいくつかの課題があったためこれまで日本ではその利活用があまり進んでこなかった。
ひとつはライセンスが高価であったこと。大規模災害の現場で活動する土木企業は中小規模の事業者が多く、およそ200~400万円程度の高額なライセンスおよび保守メンテナンス費用の支払いが困難だった。2つ目は高スペックなワークステーションを必要としたこと。大規模な点群データは数ギガ~数十ギガバイトに及ぶこともあり、スペックの低いPCを使う中小事業者では、点群データを動画や2次元画像に落とすなどして利用するしかなかった。また、データ共有も進まなかった。3つ目は点群解析ソフトの扱いの難しさ。国内では建設業界向けのソフトウェアが多く、専門用語の壁もあり、初見で使いこなすためには分厚いマニュアルを読破する必要があった。
これらを解決するために、2020年9月にオンライン大規模点群処理ソフトウェア「ScanX Cloud」がリリースされた。その名の通りクラウド上で動く点群処理ソフトウェアで、スマホやタブレット上でも利用することが可能な軽さ、ウェブネイティブなシンプルで初心者でも使いやすいユーザーインターフェースなどの特徴を持つ。そして、月額3万円を切る低価格での提供を行なっており、リリースから3ヵ月で200ユーザーを超え、地方中小企業での採用実績が急増しているという。
点群データ解析ソフトウェアScanX Cloudの利活用例
ScanX Cloudの最大の特徴はアップロードされた点群データを自動で解析し、点群の形から統計処理を行ない、建物、植物、地表面などを自動分類(セグメンテーション)するところにある。
普通、3Dスキャナなどで取得した点群データはそのままでは活用できず、立ち木や建築物、重機などのノイズデータを削除しなくてはならない。ScanX Cloudでは、例えば5GB程度の点群データを30分程度で解析し、自由にノイズデータのフィルタリングが行なえるようになる。
下図はドローンで取得した点群データをScanX Cloudを用いて解析し、ノイズデータの除去を行なったものである。この点群データは約10ギガバイト程度のものであるが、RAM 8ギガバイトのノートPCで利用することができ、マウスで移動・回転・ズームイン・ズームアウトなど直感的にデータ化された現場が確認できる。ここから帳票やCADアプリケーション用のデータのダウンロードも可能だ。
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さらに同社では、点群データのセグメンテーション・フィルタリング精度を上げるため、AI技術(機械学習)の導入も進めている。
例えば多数の立木がある森林の点群データを解析し、1本1本の木の位置(座標)、高さ、直径などを自動算出する「自動森林台帳生成機能」を実装している。この機能を用いると、例えば電力会社の送電線敷設のための現地調査がドローンでスキャンするだけでできてしまう。現地に人を派遣して調査を行なっている現状に比べると、コストの面でも安全性の面でも格段に進歩することになる。
この機能はユーザーからのリクエストによって実装に踏み切ったもので、建物のフィルタリングやノイズ抽出精度の向上など、他にも要望の高い機能は優先的に実装していく方針とのことだ。
現在ユーザーからのリクエストが最も多いものとして、点群データからBIM/CADデータへの変換機能が挙げられた。ビルや高速道路など、自然空間にある人工物のメンテナンス等では、点群データではなくBIM/CADデータが必要になるが、この抽出には従来人手による高いコストがかかっていた。ScanX Cloudでは一部人手が必要なものの、点群データのセグメンテーションによって道路を自動抽出し、さらにそのエッジを認識して3Dデータ化している。また、明らかに形が明確に自然物でないもの(下図では橋脚)を抽出してCADデータ化することも実現しているという。
「欄干や遮音壁、街灯などは自動で生成できないので、詳細度を上げるときには人手を用いなくてはなりません。ここは人件費がかかります。それでも従来の半分程度のコストでBIM/CADモデルを生成できる。この機能はまだ世界でも他に例がありません」(宮谷氏)
海外の導入事例では、オーストラリアの露天掘りの鉱山で頻発している重機・自動車同士の事故防止のため、鉱山の点群データから道路を抽出してその幅などが管理基準に適合しているかを判定している(下図では赤色部分が基準に不適合と判定されている)。また、降雨時にどこに水が流れ、どこにたまるかといったシミュレーションを行ない、事故防止に役立つ情報を提供している。これらの機能はオーストラリアで特許を出願中とのことだ。
自治体で進む点群データの利活用と更なる加速への課題
海外に比べて点群データの利活用が遅れている日本だが、国土交通省もi-Constructionを推進するなど、3次元データの利活用を進めようとしている。しかし、中小企業の数が多いため、諸外国に比べて変化のスピードが遅いのが現状だ。
一方、地方自治体での取り組みが進んでいるところもある。大規模な災害に見舞われた九州でもそうだが、例えば静岡県では県内の人口密集地域や災害発生個所の点群データを集めた仮想3次元県土"VIRTUAL SHIZUOKA"の構築を進めている。集められたデータは自治体における災害対策だけでなく、交通渋滞の解消による暮らしやすさの向上や、民間事業者による観光振興、自動運転などの先進技術の開発などに活用しようとしている。
ScanX Cloudでは国内のみならず、東南アジアや南米など開発著しい諸外国での導入実績も上がってきている。そもそも海外の方が点群データの利活用は進んでおり、市場としても圧倒的に大きい。BIM化などの新機能に対する要望も海外から数多い。この点で、海外とのギャップが大きな課題となっていると宮谷氏は話す。
「日本の独自フォーマットにどこまで合わせていくかは大きな課題です。取り組んではいますが、開発リソースをうまく分配しなくてはならない。日本には独自フォーマットがたくさんあって、しかもドキュメントもないし他ソフトウェアとの互換性もない。米国ではAutodesk社のソフトウェアがデファクトになっているが、日本のソフトで作ったデータを読み込ませることができなかったりします。
特に地方に行けば行くほどグローバルとは異なるフォーマットを使っている人が多い。しかし変換すると失われてしまう情報もあり、なかなかフォーマット変更が進まない。これは我々だけの問題ではなく、これは業界全体の問題です」(宮谷氏)
地方の中小土木事業者で導入事例が増えているScanX Cloudだが、むしろ県や市などの自治体が主導して利活用を進める可能性もある。自治体がアカウントを持てば、他部署・他企業での点群データ利活用・共有も進むという側面も見逃せない。安心安全、産業振興の面からも、点群データの利活用には大きな可能性が潜んでいる。
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