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都市空間上に多様なデータを集約、建築作業や店舗売上予測にも活用の場

都市空間のデジタルツインを作成するプラットフォーム「SYMMETRY」

2021年01月15日 07時00分更新

 Symmetry Dimensions Inc.(シンメトリー・ディメンションズ・インク)は2014年に設立されたスタートアップで、建設現場や都市開発、災害対策で街や都市のデジタルツインを構築するサービスを提供している。ファウンダ-でCEOの沼倉正吾氏は、将来のスマートシティ実現を見据え、今後、密接に結びついたフィジカルとデジタルのアーキテクチャーが都市には必須だと語る。同社のビジネスについて話を伺った。

Symmetry Dimensionsのファウンダ-・CEO 沼倉正吾氏

VRから出発、5G登場で都市型デジタルツインに舵を切る

 Symmetry Dimensionsは、もともと建築やデザイン向けに「SYMMETRY」という製品を提供していた。3DのCADのデータを「SYMMETRY」に入れると自動的にVR化し、リアルに近い内側からの視点で空間や構造物のサイズなどを見ながら打ち合わせや合意形成ができるというもの。建築の図面を読めない人でも、VRで見れば高さや広さを把握しやすくなるのがメリットだ。現在、「SYMMETRY」はVRプラットフォームである「Steam」上で配布・販売されており、世界113ヵ国、1万6800ユーザーが利用している。

現行の「SYMMETRY」はグローバルで利用されている

 「2014年くらいにはみんなVRを使っていると我々は予測していたが、意外と歩みが遅く、いまだに建築業界でもPCどころか紙ベースのところもある。そのため、まだ皆さんがVRゴーグルをかけて打ち合わせをするという状況になっていない。また、顧客からは3DのCADだけではなく、実際の場所をデジタル化したいという要望が多く寄せられた」(沼倉氏)

 そんな中、2018年に高速通信が可能な5Gが登場した。沼倉氏は、現場のデジタルデータにプラスして、温度や湿度、人の動き、交通、天気といったデータをIoTセンサーで取得して反映させることで、空間そのものが今どうなっているのかをリアルタイムに再現できるだろうと考えた。現実の世界・座標をデジタルデータ化、つまりデジタルツインを作り、その中に入るというソフトウェアを開発することにした。

 「もともと『デジタルツイン』という言葉はエンジンや車を作る現場で使われていた考え方で、実際に作る前にコンピュータ上でシミュレーションし、空気の流れを見たり、車の剛性をテストしたりすることに使われていた。現在は、商品を出荷した後にも、走行している車のデータを取り、製品の改良に役立てている。我々はそれをもっと広い空間、街や都市でやろうと考えた。2018年から都市型・空間型のデジタルツインに舵を切った」(沼倉氏)

 2019年5月、行政手続きを電子申請にするデジタルファースト法案が通り、2020年5月には都市全体をネットワーク化するスーパーシティ法案が成立した。自治体で扱うデータをデジタル化することで、共通のデータとして扱えるようになる。そして、街そのものをデータドリブンに運営していくのが目的だ。

 「実は、建築や土木の業界では、現場のデジタルデータ化は随分前から行なっている。とはいえ、これまではデータが大きすぎて、単にアーカイブとして保存するだけだった。リアルタイムに動かせないので、活用できてはいなかった。それが、5Gの登場や、PCのスペックが向上したことで、現場で取得したデータをそのまま見られるようになった」

 このように、自治体にも民間にもそれぞれが作成したデータは存在し、またそのデータを扱う技術も登場してきた。デジタルツインやスマートシティという概念も理解され始めた。ところが、実際には何をどうすればいいのか分からないという自治体や事業社がほとんどだという。沼倉氏はそれらを結びつけるためのプラットフォームが必要だと説き、実際に開発を進めた。

技術が進化し、空間や都市のデジタルツインを作れる可能性が出てきた

7TBの点群データをPC・スマホ・VRでも簡易閲覧

 サービス名は従来の「SYMMETRY」を踏襲。元々、デジタルとフィジカルをつなげるという意味で名付けたそうで、デジタルツインも同様と考え、「SYMMETRY」を使うことにした。

 自治体や企業が持つ3Dデータを結ぶプラットフォームと聞いただけではイメージしにくいのでデモを見せてもらった。2019年に静岡県が撮影した伊豆の点群データを「SYMMETRY」でリアルタイムに動かしている様子だ。なんとデータの大きさは7TBにもなるが、PCでもスマホでもVRでも閲覧できるという。Symmetry DimensionsはもともVRを手がけていたため、大きなデータでも軽快にレンダリングする技術を活かせたのだ。

 静岡県は、スマートシティの先駆的なモデルとして、3次元点群データのプラットフォームとなる「VIRTUAL SHIZUOKA」を展開。単に上空からの3D視点を動かせるだけでなく、地形・インフラなどのデータを埋め込んでいる。上下水道や電気、ガスなどの情報が3Dデータ上で確認できるのだ。作業員が現地に行った時には、ARでどこに土管が通っているのかを表示できるようになる。

 現在は、このデータにハザードマップも入れている。災害が発生したときには、どこから優先的に修理すべきかを判断する材料になるという。これまでは、ハザードマップを作っている部署と土管のインフラを作っている課は異なるので、情報が一元化されていなかったのだ。

静岡県伊豆東部の点群データを使った実証実験が行なわれている

 このほかにも、建築会社が建物を作る際、街のデータと合わせて「SYMMETRY」に入れれば、位置情報が自動的に合わさって、周囲の環境をデジタル上で確認できるようになる。

 「2020年9月、ドコモが開催した5Gのオンラインイベントで建築現場でのデジタルツイン活用を発表したら、数十GBのデータがこんなにぐりぐりと動くのか、と皆さんに驚いていただいた。従来は動くとは思われていなかった、活用方法を考えていなかったものだが、実際にスマホでもPCでもVRでも動くなら、例えば現場に行かなくても、遠隔地の工事現場の情報が見られるようになる。昨今、現場監督の人材が不足しているが、将来は『SYMMETRY』を使ってひとりの現場監督が複数の現場を確認できる」(沼倉氏)

コンビニやアパレル、小売りにも活用の場

 土木以外では、コンビニエンスストアやアパレルでも活用できるという。コンビニエンスストアでは商品の並べ方を示した写真がFAXで送られてくることがある。だが、3Dのデータさえあれば、ARグラスをかけながら、三次元的に置き場所を把握しながら作業ができる。異なる並べ方をしたときの売り上げを比較するのも簡単だ。

 少子化・高齢化のため現場で働く人が少なくなってきており、高齢者や外国人労働者が貴重な働き手になっている。そうすると、トレーニング期間を短くしたり、言葉が分からなくてもオペレーションを可能にしたりするということが重要になってくる。

 またアパレルであれば、店舗のCADデータと売り上げデータをアップロードし、人気の商品をヒートマップで表したりできる。従来の売り上げ管理方法ではわからない情報だ。POSレジでデータを集め、BIツールやダッシュボードで可視化しているところは多いが、「SYMMETRY」はそれを現実空間でシミュレーションできるのが特徴と言える。

 さらに、この先デジタルツインが実現したあとの世界観として、たとえばコンサートの開催情報を入れると、終了時刻にどの地域が混雑するのかがわかる。その情報をAPIでつながっているタクシー会社や物流に提供するといったビジネスも生まれてくると沼倉氏は語る。

 「結構、未来っぽいこと言っているようだが、実は今すぐできること。今までは、データはあってもコンサートの情報とタクシー会社がつながっていないので活用できなかった。データは集まるほど精度が上がる。やっとこれから、すべてのデータを集約してAIで計算できるようになる」

 もちろんスマートシティでも「SYMMETRY」の活躍の場があるという。従来、街の政策は住人の苦情を聞いて直すというやりかただったが、声の大きい人の意見が反映されやすいというネックもあった。例えば、ごみの収集場所について苦情が来ても、言われるまま変えるのではなく、ごみが出されている場所をシミュレーションし、効率的な収集場所や回収ルートを客観的なデータに基づいてわかるようになる。

3Dデータを組み合わせて、ドラッグ&ドロップで簡単につなげる

 都市のデジタルツインを実現する新たな「SYMMETRY」。サービスの詳細は2021年に公開される予定だが、まずはいろいろな企業に使ってもらうためにコスト面は抑えて提供するという。

 手軽さも重視しており、これまで使っていたデータをドラッグ&ドロップで登録するだけで、さまざまなフォーマットで閲覧できるようになる。「経営指標を可視化するBIツールやダッシュボードとほぼ同じ感覚で使えるようにする」と沼倉氏。

 現在は、さまざまな自治体や企業と実証実験を行なっている。スタートアップの中には、そのようなPoCにこぎ着けるものの、それで終わってしまうというケースもよくある。しかし、沼倉氏には勝算がある。

 「PoCで終わってしまうのは、企業が自社で顧客を囲い込もうとするため。我々はうちだけで全部やろうとしているわけではない。元々、建築を手がけていたので、まずはそこからスタートしたが、『SYMMETRY』はいろんな企業が自社のデータと他の所が持っている3Dデータを組み合わせて、シミュレーションや分析予測ができるプラットフォーム。企業が持つデータを簡単につなげることにトライしており、今はそのためにそれぞれの業界や企業がどんなデータを必要としているのかを知るためにPoCをしている」と沼倉氏は語った。

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