高齢者が転倒すると、大きなケガや寝たきりになりやすい。転倒防止には常時の見守りが必要で、介護現場の人手不足や医療費の拡大を招いている。
株式会社Magic Shieldsは、医療機関・介護施設向けにこのような骨折への予防対策となる床とマット「ころやわ」を開発・販売しているスタートアップ。「ころやわ」は、自動車工学の衝突技術を応用し、強い力が加わったときだけ硬さが変わる特殊な構造体が用いられており、歩行時の安定性に優れ、車椅子も使える上に、転んでも骨折しにくいのが特徴だ。株式会社Magic Shields代表取締役社長の下村 明司氏に「ころやわ」の概要と普及へ向けた取り組みを伺った。
バイクの衝撃吸収技術を転倒骨折対策に応用
下村氏は、ヤマハ発動機でおもにレース用バイクの設計に14年間従事し、そこで培った技術を基に開発されたのが骨折予防対策床材「ころやわ」だ。
例えばフリースタイルモトクロスのような競技は、カタパルトと呼ばれるジャンプ台からバイクが空中に飛び出すため、着地の際に大きな衝撃が加わる。競技者にとって致命的にならないように衝撃を吸収するさまざまな仕組みが備えられている。
「ころやわ」は、そのような自動車工学の衝突、最適化解析に関する技術を高齢者の転倒骨折予防向けに応用したものだ。リハビリや転倒予防の知見については、共同創業者で理学療法士の杉浦 太紀氏が専門家として製品開発に参加し、開発を進めている。
同社が現在注力しているのが病院や高齢者施設への導入だ。日本では、毎年100万人の高齢者が転倒骨折しており、大腿骨骨折の医療費と介護費の負担は約2兆円とも言われる。ベッドまわりやトイレ、更衣室の利用時など、患者がひとりになる場所ではとくに転倒が発生しやすい。転ばせないための見守りや歩行介助などがたくさん行われているが、それでもすべての転倒は防ぎきれないため、転んでも大きなケガにならない環境を作るのが抜本的な解決になる。
このときじゅうたんや畳の利用も考えられるが、じつはフローリング床に比べれば柔らかいが、医学的には、高齢者の転倒骨折防げるほどの衝撃吸収力はない。また衝撃吸収素材を使用した製品はあるものの、車いすやポータブルトイレが使えず、設置できる場所が限られてしまう。
「ころやわ」の内部には、メカニカル・メタマテリアル(特殊な微細構造や外部変化に対応する機構を備える人口物質)を応用した可変剛性構造体が用いられており(特許出願済み:特願2019-217550)、大きな力が加わると内部構造が変わり、堅さが変わり、転んだときだけ凹んで衝撃を吸収するのが特徴だ。
ふだんはフローリング床とほぼ同じ固さで安定して歩行でき、車椅子も使える。カーペットのように敷くだけですぐに使えて、厚さは約2センチで段差も少なく、必要に応じて床との境目にスロープの設置も可能だ。設置場所に合わせて表面素材を自由に選べて、水洗いや消毒もできる。
本稿冒頭のプロモーション動画ではわかりやすく見せるために10センチ厚のものを使用しているが、実際の製品の厚さは約2センチで見た目はあまり凹まないそうだ。
医療機関・介護施設向けにサブスクで提供
販売中の「ころやわPro 20」は色々なサイズに対応可能で、標準的なサイズは1枚(105×120センチ)で月額5500円から医療機関・介護施設向けにレンタルで提供しており、導入前のヒアリングや試験導入を経てからの正式導入となる。2020年の夏から販売を開始し、現在10件の施設に導入済み。そのほか試験導入中が5件、製品デモやモニターの問い合わせが40件以上きているそうだ。
設置済みの施設では20回以上の転倒が起きているが、今のところケガがなく、転んでもあまり痛くないと好評だそう。医学的エビデンスを高めるため、藤田医科大学との共同研究も開始している。下村氏がメーカー出身ということもあり、量産ノウハウや製造業へのコネクションをもち、コストダウンが図りやすいのも強み。早期の普及へ向けて、来年はオンラインで注文できるようにし、2年後には住宅設備メーカーなどと協業して家庭向けへの展開を目指す。
その先では、医療機関・介護現場の人手の削減へ向けて、見守りなどのセンシングと併用した実証実験の準備を進めている。床にセンサーを埋め込めば、カメラやマイクによる見守りよりも患者さんの心理的な負担も減りそうだ。また、同社の衝撃吸収技術は構造体によるものなので、用途に合わせて素材や設計を自由に変えられるのも特徴のひとつ。将来は、机や椅子などの家具や保育施設への展開として、建材、住宅、家具メーカー、保険業など、あらゆる業界との協業も検討しているそうだ。
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