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社内ベンチャーが飛躍するためのキーは、行動にある

シチズンRiiiver・電通・パナソニックが語るグローバルに広がる社内ベンチャーの生み出し方

2020年12月02日 08時00分更新

 スタートアップだけではなく、大企業においても社内ベンチャーへの取り組みが以前より広がっている。成功を収め、面白い製品やサービスを生み出した例も増えてきた。そのひとつ、シチズン時計のRiiiverを中心に、電通やパナソニックで社内ベンチャーに取り組んでいる事業担当者をゲストにオンラインパネルディスカッションがNoMaps2020で開催された。社内ベンチャーの現場にいる人たちが何を考え、どのようにプロジェクトを進めてきたのか、そのノウハウが語られる。

シチズン時計の新事業「Riiiver」は、従来の時計に留まらない取り組み

 「Citizen Riiiver presents コーポレートベンチャリングサミット 〜組織の中からグローバルに広がるプロダクトを生み出すには〜」と題したパネルディスカッション、モデレーターを務めたのはNo MapsではおなじみのPotage代表 河原 あず氏。ゲストの紹介と、それぞれが取り組んでいる製品やサービスのプレゼンから、ディスカッションはスタートした。

 まず紹介されたのは、シチズン時計が展開するRiiiverとそれを取り巻くサービス群だ。シチズン時計株式会社 営業統括本部 オープンイノベーション推進室 室長 大石 正樹氏と、シチズン時計株式会社 時計開発本部 時計開発部 コネクテッド開発課 松王 大輔氏がその特徴を説明した。

 シチズン時計が発売するEco-Drive Riiiver(エコ・ドライブ リィイバー)は、製品としてはあくまで腕時計である。スマートフォンと連携するという意味では、スマートウォッチの一種と分類していいかもしれない。しかしその見た目は完全にアナログの時計であり、液晶画面に多くの情報が舞う従来のスマートウォッチとはイメージが異なる。

 動作設定はスマートフォンで行うが、その仕組みに大きな特徴がある。「トリガー」「サービス」「アクション」を選んで組み合わせることで、たとえばボタンを押すことをトリガーとして、現在地情報を地図サービスから取得し、友人に知らせるというアクションを起こすことが可能になるのだ。この機能セットをRiiiverでは「iiidea(アィイデア)」と呼ぶ。ひとつひとつのiiideaはシンプルで、わかりやすい。様々なトリガーに対応させることで、できることは増える。さらに、作成したiiideaを友達と共有することで、簡単なアプリ配布のような体験もできる。

「このiiideaを使える時計は、シチズン時計の製品に限定していません。iiidea PlayerというスマートフォンアプリやNature Remo、ソニーさんから来年発売されるスマートウォッチでも利用可能です。わかりやすく極端な表現を使うなら、Riiiverから見ればシチズン時計も顧客のひとつと言えます」(大石氏)

 現在、iiidea PlayerはApple Watchにも対応済み。プラットフォームとして裾野を広げていくと期待されるRiiiverだが、最初は大石氏含めて3名からスタートし、2018年の8月にオープンイノベーション推進室として発足した社内ベンチャーだった。

電通、パナソニックなどの大企業でも社内ベンチャーは生まれている

 続いては電通グループの榊 良祐氏によるサービスプレゼン。食とテクノロジーとアートを掛け合わせたプロジェクト「OPEN MEALS」と、さらに発展した未来のビジョンをつくるプロジェクト「Future Vision Studio」について説明した。

 OPEN MEALSでは、100年先までの超未来食体験を高解像度にビジュアライズし世界へ発信。たとえば、食をデータ化して遠方に伝送してプリントアウトするという面白いアイディアを“Sushi Teleportation”として打ち出している。

「CMYKの4つの色でアートをデータ化できるのだから、食もデータ化できるのではないかと考えたのがきっかけです。実際にSXSW(サイスバイサウスウェスト)に出品した際には、東京で握った寿司をアメリカの会場で出力するという展示を行いました」(榊氏)

 榊氏はOPEN MEALSで培った経験をもとに、2020年8月から新たな取り組みも始めている。それがFuture Vision Studioだ。技術やアイディアを積み上げて未来を創るのではなく、こんな未来が来てほしいというビジョンを先に可視化し、そこから必要な技術をバックキャストして具現化していくというフレームワークを提供する。

「北海道でも2023年開業予定の北海道ボールパークプロジェクトにおいて、未来構想の可視化などでお手伝いをしています」(榊氏)

 そして最後に登場したのは、パナソニック株式会社 アプライアンス社 Game Changer Catapult 代表 深田 昌則氏だ。深田氏は後に紹介される株式会社BeeEdgeの取締役も務めている。

「Game Changer Catapultのミッションは、未来の”カデン”を作ることです。あえてカタカナでカデンと書かせていただいているのは、コモディティー化が進む従来の家電とは違う価値を提供したいと考えているからです。モノからコトにシフトして、暮らしにまつわるサービスやコンテンツを含めて幅広い価値を提供していきます」(深田氏)

 パナソニック社内でアイディアを募り、毎年いくつかの事業を見出しては投資とメンタリングを行い、SXSWのような場に出展するまで伴走するプログラムを実施。しかし出展にこぎつけても、パナソニック社内で事業化できるとは限らない。

 そこで立ち上げたのが、株式会社BeeEdgeだ。投資家の協力を得て、Game Changer Catapultのアイディアを社外で事業化する。こうした取り組みは既に5年目に入っており、実際に量産に進んだ製品も生まれている。

SXSWへの出展はポジティブフィードバックで当事者意識を高めてくれる

 河原氏は、深田氏がGame Changer Catapultを紹介する中で行動指針として挙げた「Unlearn & Hack」(先入観を取り払いハックせよ)というキーワードを取り上げ、Riiiverもある種のUnlearn & Hackからスタートしたのではないかと、シチズン時計のふたりに問いかけた。

「モノづくりを続けてきた100年企業の中で、コトの価値を見出すのはやはり難しいところがあります。わかっていてもマインドチェンジは簡単ではないんですよね」(大石氏)

 松王氏はこれを受けて次のように語った。

「製品を中心にして動く仕組みが社内にできあがっているので、開発サイドからの働きかけだけではコトへのシフトは難しかったですね。オペレーションビジネスサイドからも動いてもらわなければならず、そのために作ったのが大石がいるオープンイノベーション推進室です」(松王氏)

 社内にイノベーションのための組織まで作って進めてきたシチズン時計に対して、電通の榊氏は自分の思いの強さで社内外の人をどんどん巻き込んできたと語った。

「社内コンペで、社会を動かす面白いアイディアを持ってこいと募集があったときに、食のデータ伝送という企画を出しました。実際に食べられるインクを使うプリンタで試してみたらとても面白くて、組織というよりも私自身の思いつきで社外の人も巻き込んでいきましたね。そのままSXSWまで行きました」(榊氏)

 SXSWでの反響の大きさを既成事実として、プロジェクトをさらに進めていったと語る榊氏。河原氏はそれを聞き、パナソニックのGame Changer Catapultも同じように既成事実をうまく使っているように見えると深田氏に声をかけたが、深田氏はSXSWへの出展を、少し違った角度から見ていた。

「私たちが取り組みを始めた2015年にはオープンイノベーションという言葉も浸透していませんでした。Game Changer Catapultもプロトタイピングを支援するというよりも、Game Changer Catapult自体がプロトタイプみたいな状態でした。その中で、成功するかどうかわからないアイディアをとりあえず形にして、SXSWに出してみようと。なぜSXSWなのかという理由もうまく説明できないけど、とにかく出してみることが大切だと思っていました」(深田氏)

 実際に出展してみると、多くのフィードバックを得られた。つたない英語で現地の人に説明し、フィードバックを受けていく中で、プロジェクトはどんどん自分事化していく。そのうえで経営幹部にプレゼンをすると、SXSWに行く前とは熱意の伝わり方がまったく違うのだという。

「一歩動くと反響があり、それに応えてもう一歩動くとさらに反響があります。しかもSXSWはとてもポジティブな場で、前向きなフィードバックを多く得られるんです。ああいう雰囲気は日本の展示会では感じられませんね」(深田氏)

 では日本の展示会ではどうなのか。それは榊氏が語ってくれた。

「日本で食の伝送みたいなぶっとんだアイディアを出すと、それ儲かるの? とか、何のためにやってるの? とか、ダメ出しが始まってこちらの気持ちもシュリンクしちゃうんですよね。SXSWでは、面白がって応援してくれるので、勇気をもらえます」(榊氏)

 ゲストだけではなく、河原氏もSXSWに参加した際の思い出を語った。ちょうどパナソニックが初めて出展した年であり、プレゼンテーターの熱意に胸を打たれたという。

「社内公募で集まった人たちなので、普段は工場で製品を作っているようなごく一般的な従業員の方々が出展しているんですよね。そんな方々が突然アメリカのオースティンに行って、一生懸命現地の人にプレゼンする訳です。綺麗な英語で話すよりも、当事者意識の強さが大切だし、海外でピッチをするという一歩を踏み出すことが重要だと実感させられました」(河原氏)

 深田氏はこの話を聞き、英語なんて話せないと言っていた人も現地では一生懸命身振り手振りを交えて説明し、その結果当事者意識が高まるという経験をしたと語った。しかしそれは最初から狙ったものではなく、やってみて結果としてわかったことだった。これは、シチズン時計でも感じられたことのようだ。

「私たちも英語を喋れないメンバーがいっぱいいる中でSXSWに出展したのですが、最後の方には英語が喋れないメンバーも一生懸命思いを伝えていました。あれを気に一致団結したという思いがあります」(大石氏)

経営層は自分たちのプロジェクトを支えてくれる投資家だと考える

 このような新しい事業を立ち上げる際、社外からもスタッフを招いた方がいい場合がある。とはいえ社内ベンチャーでは社内の理論も優先しなければならない。どのようにしてバランスをとっているのだろうか。河原氏はまず電通の榊氏に尋ねた。

「ビジョンやアイディアが生まれたら、それを実現するために必要な人たちに声をかけてチームを作ります。必要なメンバーが社内にいればもちろん声をかけますが、社内外問わず自分のチームを作りますね。そのときに気をつけているのは、ビジュアル化することです」(榊氏)

 ときには異業種からもメンバーを招くことがある新規事業開発。その現場において榊氏は、求めるゴールを明確に共有すべく絵を描いて示すのだという。そのビジュアルを共通言語にして、専門が違う人同士がコミュニケーションをとり、事業化を進めていける。榊氏はこれを「ビジョンドリブン」と呼んだ。

 また社内と社外だけではなく、現場と経営層との間にも距離が生じることがある。それを超えるためにパナソニックの深田氏が心がけているのは、ミドルがリスクを取ることだという。

「ミドルがトップの顔色をうかがっていると、本気じゃないと見透かされます。そのプロジェクトが会社のためになり、社会を変えていくということを本当に信じて、そのためにミドルがリスクを取ること。そうすることでメンバーもついてきますし、経営層にも本気度合いが伝わります」(深田氏)

 これにはシチズン時計の大石氏も共感を寄せた。「(我々も)社内にありながらベンチャー企業のようなイメージです。社長や役員は、私たちから見れば投資家だと思っています。我々のプロジェクトを前に進めるために、いかに彼らの合意を得るか、どうやって説得するかと考えてきました」(大石氏)

 チームを率いるミドルが、経営層との間に立ち、リスクを取って説得にあたること。これがひとつのキーとなるようだ。

共創を通じて新しい未来をつくっていくために必要な心構え

 ディスカッションも終盤となり、河原氏は新たな価値創造についての意気込みをゲストに聞いた。

「自分のスローガンとして、『幸福な22世紀を共創する』というのを掲げています。仕事でもプライベートでも、すべてのプロジェクトにおいて、幸せな22世紀のために自分が何を残せるかを判断指標にしています。もうひとつ、『未来はひとりの妄想から生まれて、社会の選択で育てる』というのも根付かせようとしています」(榊氏)

 誰かが思いついたアイディアが素晴らしい未来のビジョンを示していれば、皆が同じ方向に向いて進むだろうというのが、榊氏の意見だ。未来を予測してそれに向かって何かを作るのではなく、こういう未来に向かいたいというビジョンを共有できれば、それぞれの分野でその未来に向かって行動するだろうという期待が込められている。深田氏も、周りを巻き込んで未来を共創していくというビジョンは共通のようだ。

「新価値創造は新産業創造であるべきだと思っています。電機メーカーや自動車メーカーなどの大企業は、かつて産業を丸ごと生み出しました。同じように、今までなかったものを生み出して、その周辺のコンテンツまで含めて新しい産業を生み出したいという気持ちで取り組んでいます。一社でできるとは思っていなくて、会社から飛び出したたくさんの個人の方々とつながりながら、共創していくことになるでしょう」(深田氏)

 社内外を巻き込んでの共創を支えるのは、アントレプレナーかイントレプレナーかという議論があるが、深田氏は組織を超えたインタープレナーという考えを紹介。どこかひとつの組織に忠誠を尽くすのではなく、社会課題基点で、柔軟に組織を超えて活動する人材だ。

「そういう働き方がメジャーになれば、深田さんがシチズン時計に行って、大石さんたちと一緒にIoTの未来を創ることもあり得るのでしょうか」(河原氏)

 この質問に深田氏は、呼んでくれるのであればぜひ実現したいと答えた。組織の一員として協力すると雇用や契約の問題が発生するが、ボランティアとして参加すれば問題ないと深田氏は前向きだ。

「アイディアを出すのも、アイディアをもらうのも、お金はいらないんですよ。そういう考え方がどんどん当たり前になっていくと思います」(深田氏)

 こうした話を受けて、ディスカッションの最後にシチズン時計のふたりからは次のようなコメントが寄せられた。

「榊さんも深田さんも行動ドリブンで、理由はないけど動くという話をされていたのが印象的でした。私は周りに説明するためにすごく理由を考えていたのですが、自分が意志と熱量を持って、自分事化して進んで行けばよかったんだなと。そういうところは見習っていきたいですね」(松王氏)

「同じく理由を求めがちというか、自分が動く正当な理由を欲しがる人が多いと思いますが、強い思いがあれば、人というのは動くべくして動くんだなと感じましたね。動くことが大事だと、背中を押された気がします」(大石氏)

 Riiiverプロジェクトも、今後に向けて更なる機能拡張や新たな使い方の提案が予定されているという。新価値創造に向かって歩む大石氏、松王氏にとって、1歩先を行くふたりとのディスカッションは有意義なものとなったようだ。

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