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なぜイノラボと東大がタッグを組むのか〈前編〉

私たちは世界最先端の研究を日本社会にインストールしたい

2020年09月11日 15時00分更新

スタジオが横糸に、イノラボが縦糸になり、新しいものが生まれることを期待

―― 今回、どういう経緯でイノラボと東大がコラボすることになったのでしょうか?

寺田 先ほどデザインスタジオのことをお話しましたが、スタジオは2006年から始まったプログラムですでに15年近くが経ち、刷新が必要だという議論が学内で出てきました。

 そこで我々がこれまであまり得意としてこなかった先端技術を私たちのスタジオ教育に入れ込むことで、新しい風を吹かせるとともに、成果をもっと強く社会発信するようなプログラムに刷新できないかと考えました。イノラボさんが先端技術を用いたオープンイノベーションの組織であることは存じ上げていましたので、私どものほうで、イノラボさんに企画を持っていって、何回かお話して、2020年4月から実際にコラボが始まったという経緯ですね。

IEDPでは8つのスタジオが稼働中

成功も「失敗も」すべて記録する

 我々のスタジオは、社会課題の解決を強く意識してきました。建築だったら建築、都市だったらまちづくりの課題、私の専門の緑地や自然であれば地域の緑を取り巻く課題、こういうものに対して学術的なアプローチのみならず、実践的にアプローチしてきました。

 まちづくりがいい例ですが、最近は技術によりまちが良くなるという考え方になっています。例えば、柏の葉はスマートシティと呼ばれてますが、道路をまたいで複数の施設がエネルギーをやり取りすることによって、エネルギー効率を最大化するシステムが入っています。いくら個々の省エネで頑張ってもどうしても乗り越えられない壁があって、そこを技術的に解決するという。そういう流れが2020年代はもっともっと展開していくだろうと思います。

 しかし、技術さえ入れれば社会が良くなるとは考えないほうがよいと思います。その地域の社会課題がどのようなものであり、それを解決するために最適な技術は何かを慎重に考えていくことが重要です。たとえば最近では、過疎地にドローンを使って配送することが考えられていますけれども、IEDPではそういった技術を実装する社会が地域の人にとっても本当に良いものなのか、社会課題の観点からアプローチして、最適な技術を見定めたいと考えています。

 今回のコラボレーションのイメージですが、東大IEDPには社会課題を運営してきたスタジオがあります。これが横糸です。そしてイノラボさんはいろんな技術をこれまで研究されてきて、今も先端技術を追求されている、それが縦糸です。つまり、東大IEDPの社会課題という横糸と、イノラボの最先端技術という縦糸が交わったところに、うまい組み合わせがあるかもしれない。まずは探索的にやっていこうと考えています。

 最近の20代の学生の頭で考えたものと、先端技術が組み合わさって、社会実装まで持っていけそうならば、スタジオ終了後数ヵ月くらいを目途に、いくつかの学生提案を社会実装していこうと。そして、ただ実装を進めるだけでなく、研究というからには、成功例、失敗例、なぜそこまでうまく進まなかったのかも含めて、ノウハウとして記録します。後にこういうコラボをするときの参考資料として学術的にも役に立つので。

『単位にもつながる研究に企業側がアドバイスしていいのか?』
走り出したら課題や悩みも見えてきた

―― 民間企業との座組というと、特定の技術を持った研究室に対して特定の企業が組むというか、「こういう結果がほしいから、即戦力として共同研究をやる」といった例が多かったのでは。今回のイノラボとのコラボは、他にあまり例がないと思います。そのあたりで苦労された点はありますか?

寺田 苦労はお互いありますよね。たとえば私たちの場合、特定の技術に対して特定の企業さんと共同研究をさせていただくことはあるのですが、「教育の一環としてやっていることを研究として同時に進めていく」というスキームはこれまでなかったので、大学における共同研究としての位置づけを考えるのに苦労したところはあるかもしれません。

 おっしゃる通り、これまで基本的に民間企業さんとの共同研究は、大学が研究室で磨いてきた技術、あるいは研究室しか持っていない実験機器、それを企業さんと一緒に使って実装段階に持っていく、あるいは専門技術を深めていくのが普通で、それは今でも変わらないと思います。

 ただ、新型コロナもそうですが、これだけ社会のあり方が急速に変わっていく世の中においては、そもそもどのような技術が社会に求められているのかという点まで立ち戻って考える研究も求められるのかなと。となると、今回のイノラボさんとの共同研究のように、さまざまな社会課題に対してその都度最適な提案を出し続けていくタイプの共同研究のあり方も必要なのではと思います。

 それから、最初に申し上げた教育と研究の違いですね。学内からは「教育は教育、研究は研究と2つに分けたほうがわかりやすいだろう」という指摘もいただいていたのですが、このスタジオ自体がそもそも実践的な教育の場であり、「社会に近い学びの場」を学生に提供するものです。であれば、そのなかで生まれたアイデアを実際に社会に実装するということをイノラボさんとの共同研究で実現し、スタジオの次のステップにしていいだろうと思ったのです。

 研究室や大学の外に出て、自分のアイデアを社会で試してみるというのは、ある意味では教育を飛び越えていますが、この柏キャンパスという場は本郷キャンパスに比べてもどんどん新しいことをやっていこうという雰囲気があり、今回も提案を後押ししていただきました。

木村 私のほうは2020年4月に始まったばっかりなので、最近徐々に課題が見えてきたところです。我々は「教育」というよりも「共同研究をする」という視点での経験が多く、どんなポジションに居るべきか日々考えながら進んでいます。相手は学生さんなので、学校の教育として(その研究で)単位を取得するという側面もあるわけです。それに対して僕たちがどこまでアドバイスできるのか、あるいは僕たちの何気ない意見で企画そのものが大きく変わってしまうかもしれません。それは(教育として)よいのだろうか、と……。

 そういった迷いもあるなかで、さまざまな事柄を試しつつ進めているのが正直なところです。これまでも東大の暦本純一先生、筑波大の落合陽一先生など特定の先生との共同研究経験はありますが、今回は相手が学生さんですし、未知の可能性を秘めていると思います。また寺田先生をはじめ幅広い分野の先生方に参加していただいていますからね。しかも僕らが扱ってきたものとはまた違う分野の最先端技術ですから、ここから何が生み出されるのか非常に楽しみです

 後編では、プロジェクトの進め方や、学生から提案された具体的なテーマについて、お二人に説明していただく予定だ。

後編はこちら

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