BALMUDA The Toaster(2万4732円) |
バルミューダ『The Toaster』は2万4732円のトースターだ。
トースターの相場からするとすさまじく高いが、百貨店などを中心に、発売まもなくクリーンヒットを飛ばしている。普通ならトースターの需要が落ちはじめる8月に入ってもなお、予約注文が止まらない状態だという。
売れる理由はトーストをおいしく焼きあげるテクノロジーだ。水5ccほどのスチームを使い、外側をサクッと、内側をジワッと焼きあげる。市販の食パンやコンビニで売っているようなパンを焼いてみると、思わず笑ってしまうほどうまい(詳細)。
ピザトースト。うますぎて笑った |
トースト、チーズトースト、クロワッサン、フランスパンの専用モードを用意。普通のトースターなら黒焦げになるクロワッサンもうまく仕上がるのが特徴のひとつだ。
しかし、今回のトースターは今までバルミューダが作ってきた製品とはかなり路線がちがう。代表作の高級扇風機『GreenFan』とは、まるで正反対に変わっている。
同社寺尾玄代表が言うには「正直、アップルのやりかたは意識していました。しかし、今回のトースターで完全にふっきれたなと」。業界で「日本のスティーブ・ジョブズ」との呼び声も高い寺尾代表。いま見ている世界とは。
モノではなく体験を売る
バルミューダ寺尾玄代表 |
──ピザトースト、めちゃうまかったです。
ありがとうございます。
──まず初めに、あらためてなぜ扇風機からキッチン家電なんでしょう。
空調家電をやってきて、失敗事例も成功事例もいろいろありました。よくよく考えてみたら、うまくいくときって、いい体験としてお渡しできてるなと思って。
──体験というのは?
家電なり車でも携帯でもそうですが、ハードをつくってると、モノを売ると考えはじめるでしょう。自分たちは「商品をつくって売る」と考えている。以前はそう思ったんですが、売ってるのはモノじゃない、体験だと。
──いいモノつくるだけじゃダメですか。
モノはもう持ってるし、おなじモノなら安いモノを選んでしまう。どういうときに高いものを買うか。それを通じてより良い体験ができると踏んだときです。GreenFanが成功したのは、音が静かで、風が気持ちよく、省エネだったこと。「美しいところから、静かに、いい風が出る」。これがGreenFanの体験でした。
バルミューダのヒット商品『GreenFan』 |
──GreenFanがヒットしたのは「視覚、聴覚、触覚」の勝利であると。
それでもまだ3つしか五感に訴えられていなかった。われわれは(体という)入力デバイスを持っている。いい体験を提供したい場合、五感すべてを使う「食べる」という行為にかかわるのが大事だと考えた。素晴らしい体験を提供するには、それがいちばん近道じゃないかと考えたんです。
──トースターだったのはなぜですか?
自分が毎朝パンを食べているからです。
──そ、それだけっ!
毎朝食べるパンがおいしかったら、その人の一日を“良化”できる。最初キッチンツールをつくろうと思って、自分のキッチンを見に行ったんです。あったのは、トースター、レンジ、冷蔵庫。だいたいの家にレンジと冷蔵庫はある。残るはトースターだろうと。
技術ではなく夢からはじめる
トースターをゼロからつくりはじめた |
──トースターをつくるのは初めてです。どうやって作りましたか。
売られているトースターを買ってきて、バラすところからです。
──いわゆるリバースエンジニアリング。
そうです。どういう材料、部品の種類で成り立っているかは、それでわかった。しかし、どうしたら最高においしいトーストができるかはわからない。そこで去年6月に開いた、会社のバーベキュー大会です。土砂降りの雨の中で焼いたトーストが、なぜかすごくうまかった。これだ、この味を再現するのを目標にしようと。
──すぐスチームにたどりつきましたか。
いえ、最初は「炭火焼きだからだろう」と思ったんです。炭は炭でいろんな特性を持っている熱源なので、光の波長を変えてみたりして。そうして炭火実験を開始してみたんですが、再現性がない。うまくならない。なぜだろうという話になり、そこで誰かが「そういえばあの日、土砂降りでしたよね」と言いだした。
──うまさをつくるのは水であろうと。
同時期、ダンディゾンという吉祥寺のパン屋さんに見学に行ったのもありました。厨房を見たら、パンを焼くためのかまどは電気で、ガスじゃない。そこにスチームがついていたのを見て「これだ!」と。
──うまさの源がスチームであるとわかり、そのあとはどうしましたか。
パンの表面にどうやって水分を供給すればいいか考えました。これまでに加湿器なんかもやっていたので、液体を水蒸気にして、空気中に拡散させるノウハウはあったんです。具体的には、超音波を使うか、気化させるか、ヒーティングで蒸気にするか。今回はトースターで庫内がそもそも熱くなる前提だったのでヒーティングを選びましたけど、実験段階では超音波を使ったこともありました。
スチーム技術にたどりつくまでも苦労があった |
──開発期間は10ヵ月ほどです。基礎研究に数ヵ月かけたとすれば開発は半年くらいのはず。つくったことのない製品の仕様を短期間に詰めるのは大変じゃないですか。
調整すべきパラメーターは数百万通り以上になりますからね。ヒーターはガラスか、遠赤外線か。上は何ワットで、下は何ワットにすべきか。アミからヒーターは何センチ離れているべきか。庫内の体積はどれくらいであるべきか……なので、“アタリつけ”のセンスがエンジニアに求められました。
──アタリつけですか。
一度に実験するのは3種類までと決めるんですね。1回の実験で動かせるのは1種類だけ。ヒーターの要素、庫内の体積、材質、スチームの出し方、ワット数など、いじれるパラメーターがたくさんありますが、今回はヒーターをやろうということになったら、あとは同じ条件にして、比較する。くりかえすうち、ここを変えると劇的に変わるな、というのがわかってくる。そうやってパラメーターを狭めていって、最終形まで持っていこうと。
──へえーっ。推理ゲームみたいですね。
考え方としては、目指す状態と現状にギャップ、乖離がある。そこを埋めるためにどうするかを考えていくんです。目標とする状態の一歩手前はどういう状態なのか想像する。さらに一歩手前はどうか、と逆算していく。ゴールから引いていくことで、最終的に今日の活動を決めていく。「いま俺たちが持ってる技術はこうだから、こうやって目標に近づけていこう」という考えがあると思いますが、うちは逆です。
──逆に、どうして「うちの技術」ベースになることがあるんでしょう。
夢の見方が違うんじゃないかなと。
──夢の見方ですか。
夢が実現できれば、どんな技術を使ってもいいはずじゃないですか。逆に、技術から積み上げるとおもしろいものにならないですよ。製品開発も、会社の経営も同じ。すっげえ明るい未来、ベスト・オブ・ベストを思い描く。実現できそうでなくてもいい、こうなったらすげえだろと、そう考えてやるようにしています。
常識破りの高性能マイコンを使う
温度制御でクロワッサンも焦げない |
──扉部分にものすごいマイコンを積んでいます。あれは何をしているんですか?
理想の温度帯を実現しないといけないので、センサーと会話してます。
──上下のヒーターがカチカチ変わっているのはわかります。
トースターの奥に温度センサーがあるんです。センサーがこう言ってきたら、上下のヒーターを何ワットずつ上げて、何度までにしろと制御する。センシングは1秒ごとにやってます。
──1秒ごと!
マイコン1個に対して、基板2つ。温度制御のアルゴリズムがプログラムとしてものすごく長文になってるので、トースターとしてはありえないスペックのマイコンが入ってます。うちでスマート系のWi-Fiとつながるものも作ってるんですけど、それと同じ性能のマイコンが入っているんですよ。
──そこまでハイスペックなマイコン、トースターに要ります?
夏と冬じゃ気温が30度違うでしょう。もちろん気温にダイレクトにつながってるわけじゃないですが、庫内から外側の筐体に温度がうつる。室温に左右されずに焼くためには細やかな温度制御が必要なんです。それに庫内の温度がわかれば、2回目に焼いたときの焼きすぎも防げますしね。
──すいません、ヒーターを一定パターンで動かしてるだけと思っていました……。
大事なのは、制御したことでヒーターがついたり消えたりすることじゃなく、温度制御。そのためのプログラムとマイコンです。
温度制御例。上下のヒーターを細かくオン・オフする |
──パラメーターはどうつくるんですか?
それも1回に3つしか変えないというルール。効いたかどうか確認しながら、基礎モデルをつくる。基礎モデルを何度もつくっていくうち「トーストはダメでもクロワッサンなら美味しかった」というものが出来てきたんです。
──それで各種モードができたと。
まあチーズトーストモードだけは絶対つくれと言ってたんですけどね。
──それは完全に趣味ですね……あと、実際に使っていて感じたのは、音や質感など、細かいところにこだわっているなあということです。これが寺尾さんが言っていた「五感で体験する」ということなんですか。
GreenFanでもそうでしたけど、音にはとくにこだわってましてね。出来上がったときの音だけでも20種類くらいつくってます。あれ、じつはスピーカー使ってないんです。
──「チチーン、チチーン」の音ですよね。どうやってるんですか?
あれ、ブザーなんです。
──ただのブザーで……スピーカーで音源を再生してるものかと思ってました。
スピーカーを使ってリッチな音を出すこともできますが、(聴覚は)付属の質感なので、価格を上げずにいい音が鳴らせないかと。ただ仕組みはバラしてもわかりませんよ、プログラムに入っているので。
もう「家電」じゃなくていいだろう
製品発表会の様子。ものすごい熱気だった |
──予想のつかない新製品を出すことで、世の中をあっと言わせる。発表会では「日本のスティーブ・ジョブズ」とも呼ばれました。彼と似ているなと感じることはありますか?
いや、ないですよ。もちろんスティーブ・ジョブズは大好きですけど、同じようにリチャード・ブランソンも大好きですし。あえて言うなら、共通してるのは「勝手力」ですよね。
──勝手力ってなんですか。
あそこまで行きたいんだ、あっちはすごく明るいんだ、と言いきってしまう力です。何を食べたいかと聞かれたとき「絶対とんかつ食べたい」と言ったら、きっとメニューはとんかつになるでしょ。
──なんか男の子っぽい力ですね……とはいえGreenFanをはじめとする洗練されたデザインの製品を見ていると「アップルっぽいな」と感じるところもあります。海外展開などを考えるときも、アップルのやり方を参考にしていたところはありませんか。
正直、アップルのやりかたは意識していました。しかし、今回のトースターで完全にふっきれたなと。
──どうふっきれましたか。
これまでの製品は洗練されたセンスがあったんですが、おとなしく仕立てすぎちゃったな、という後悔があったんです。きれいに、小さくまとまってしまった。ところが今回のトースターは、作っていくうちに「キャラが立っている」と感じたんです。今まではキャラを消していくという考えでやってきたんですが、それだとトーストが美味しそうに見えなかった。いちばんは扉にある、ネガからポジに切り替わるアールのライン。直線的なデザインもあったんですが、最終的にはもっともキャラが立っているほうを選びました。
──迷いはありませんでしたか。
かなり迷いました。いままでのバルミューダからは乖離がある。でも、いいやと。大事なのはトーストのおいしさです。“このおいしさに似合っている”と思って、選んだのがこれでした。いままでのユーザーにどう思われるかは心配だったんですが、フタをあけてみるとものすごい好評で「ああ、このくらいやっちゃって大丈夫だったんだ」と。
迷った末に個性を出したデザインを選んだ |
──トースターを皮切りにキッチンシリーズを立ち上げています。「ふっきれた」ことで、今後のブランドづくりに変化はありますか。
今までとはまったくちがう見え方にしていきたいなと思ってます。自分たちの素を見せていきたい。もっと楽しげでやんちゃな感じを見せていきたいなと。
──もっとやんちゃなメーカーっぽさを。
メーカーというか……トースターを開発しているとき、もう1つ気付きがあったんです。空調家電から、キッチン家電へ。どちらもつくるとなったら、うちは総合家電メーカーなんですか。そう自問した瞬間があって。
──おっ、総合家電メーカーになるんですか。
いや、それじゃカッコ悪いなと。
──ダメですか、総合家電ベンチャー。
そもそも「家電ベンチャー」って言い方そのものがめちゃくちゃカッコ悪い。わたしは家電を「電気を使う現在の道具」と言っているんですが、さっきも言ったように、もうモノは売れない。体験しか売れない。いい体験を売る必要がある。なら、もうモノじゃなくサービスでもいい。そう考えたとき、われわれは一体何なのかと考えさせられた。たどりついたのは「クリエイティブとテクノロジーの会社」でした。
──どういうことですか?
クリエイティブの魂で思い描いた未来を、テクノロジーで実現して世界の役に立つ。それが自分たちのミッションであり、存在している意味じゃないかと。それをやるために自分たちはいる。そういうふうにはっきり思えました。
──それは家電と違うんですか?
家電じゃなくてもいいんです。そこにテクノロジーがあれば、コップをつくってもいい。自動車は自動車メーカーがつくる、家電は家電メーカーがつくる。そうじゃなくて、いろんなところがクロスオーバーして、もっと自由な発想をしてもいいだろうと。
──テクノロジーとクリエイティブで、新しい未来をつくっていく。
未来は明るいということさえ分かっていればいいんです。どんな未来なのかは知りたくない。未来がわかったら面白くないじゃないですか。すっげえ良さそうだから、そっちに行こう。それだけの話です。総合家電メーカーになるんだと言ったら、それで終わりです。クリエイティブが死んでしまう。クリエイティブは最強の力です。なにかをつくりだす力です。つくりだす前に何かを思い描く想像の力でもあります。これから何を思い描くかで活動が変わり、10年後が変わる。だからいつも「次」を見ていようと思っているんです。
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