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売れ続けるスマートロックQrioが示す ソニーと大企業内スタートアップの本質 by 西田宗千佳

2015年04月17日 18時30分更新

 アメリカでの急速な普及を背景に、日本でもスマートロック関連製品が注目を集めている。中でも人気は『Qrio SmartLock』。クラウドファンディングサイト“Makuake”では、1651人のサポーターから、2545万3500円を集めた。また現在発売中のアスキーストア人気ランキングでもトップを走り続けている。

 実はこのQrioは、ソニーと共同で設立されたスタートアップ企業が製品化したものだ。大企業のソニーとスタートアップをつないだものはなんだったのだろうか。Qrioの西條晋一代表取締役社長と、ソニーの新規事業創出部の小田島伸至担当部長の、2人のキーマンに聞いた。

ソニーとQrio
Qrioの西條晋一代表取締役社長(左)、ソニーの新規事業創出部の小田島伸至担当部長。

 

■新規事業の種を平井社長直轄部隊で発掘
 Qrioの西條晋一社長は、伊藤忠商事やサイバーエージェントで活躍し、ベンチャー立ち上げの豊富な経験を持つ。そして、現在はベンチャーキャピタルWiLのメンバー。Qrioは西條氏からの事業提案をソニーが受け、WiLから出資を受けて合弁で会社を設立……という形でビジネスがスタートした。そしてその背景には、ソニーが進めている“新規事業推進”の潮流があった。

「社内から新規事業の種が出づらくなっていた。そこで、有志を募って活動を開始した。結果、2014年4月に出来たのが『新規事業創出部』。平井(一夫社長)直下の組織で、現場の即断即決で動ける」(小田島氏)

 新規事業創出部は、平井一夫社長の直下にある組織。既存事業の領域以外の新規事業案件を担当している。従来の事業部とは並列に存在していて、事業化判断なども切り離された形になっている。組織発足当時のトップは、現在ソニーモバイルの十時裕樹社長だ。以前、十時氏は新規事業創出部の役割について、筆者にこう説明した。

「ソニーも組織が大きくなって、商品企画担当役員がイエスと言わなければ製品が出ない、的なところがあった。そうではなく、もっと冒険的なものを出していける仕組みと、考えたことが世の中に出る仕組みをつくらないといけない。『考えただけでどうせ出せないんでしょ』ということでは、若い社員は真剣に考えてくれない。やれば出る、出れば、そのうちいくつかは成功する。それを体感させて、見せてあげないといけない」

 このコメントの本質は、「若手に真剣な事業化の経験を積ませる」という部分にもある。

ソニーとQrio
ソニー本社1Fにできたクリエイティブラウンジ。3Dプリンターやオシロスコープも置かれる。

「今は分業制が進んだ。ソフトのエンジニアとして入社すると、ハードの話に触れるのは、相当に経験を積み、30代を超えて役職についてから。対外的な交渉となると、さらに先になる。それではビジネスをつくり上げる包括的な経験ができない」と小田島氏は言う。

 現在は、ソフトとハードを一体として設計し、最終的な販売計画やビジネスモデルまで含めて検討した製品が求められている。個性的なハードウェアスタートアップの多くは、それを少人数のチームで、社外とコラボレーションしつつ行なっている。ソニーのような企業にとって、大企業だけがライバルである時代は過ぎ去っている。小さくて素早く動くライバル達と戦うには、自らも同じような特性を持つ必要がある。そして、今後のソニーを担う若手の力を最大限に生かすためにも、“大企業の仕事”以外の枠組みを生かす必要があった。

 とはいえ、多様なビジネスの初期検討は、業務外の手弁当。「社内の放課後活動」と小田島氏は言う。しかし、そこからすばやく事業化を検討するフェーズに入る。そのために準備されたのが“Sony Seed Acceleration Program(SAP)”と呼ばれる社内の新規事業化プログラムだ。SAPに向けた意見交換のため、社内にはクローズドなSNSも用意されているが、その利用者はのべ1万3000人を超えるといい、非常に参加意識は高い。また、SAP Auditionには1000名もの社員が応募した。3ヵ月に1度、SAPのオーディションが行われるたび、事業の“種”が生まれる。オーディションではないが、Qrioもその新規事業創出プログラムから生まれたひとつだった。

ソニーとQrio
『Qrio SmartLock』(1万6200円)。

 

■社長直轄であることがジョイントベンチャー成功の条件
 Qrioは5月に企画が持ち込まれ、内部での3ヵ月のコンセプト検証を経て、9月に実現性の検証が始まり事業計画が立案され、12月に事業を前提とした組織が組まれた。12月とは、Qrioの存在が外部に公開され、クラウドファンディングがスタートした時期にあたる。すなわち、計画を外部へ発表するタイミングと、事業化の進行はほぼ同じタイミングだったのである。実質半年というスピードでの事業立ち上げは、ソニーのような企業としては異例のことだ。

「トップダウンかどうかで、ジョイントベンチャーの成否は変わる」と西條氏は言う。西條氏は、ジョイントベンチャーの経験が非常に豊かだ。中でも大きなプロジェクトであり、成功を収めた事例として有名なのが、クレディセゾンとともに手がけたポイントサービス“永久不滅.com(ドットコム)”だ。同プロジェクトは、西條氏を中心としたチームからの提案で行なわれたものだが、その成功の秘密こそ「中核企業のトップが直接関わるプロジェクトかどうか」という点だった。

 ジョイントベンチャーは、複数の企業が資産や人材を持ちよってビジネスを立ち上げる形態である。それだけに、必要な人材を確保し、チームを組み立てられるか、という点が重要になる。

ソニーとQrio

「大企業では何かをやりたいと思っても、それを解決できる人が、どこの事業部の誰かわからない。しかし、商社はそれを知っていて、実行できる。それが存在意義だった。誰が何をできるのかわからないと、やりたいことは実現できない」(西條氏)

 それぞれの社内と社外にある人材を活用、最適なチームを素早く構築することが、ジョイントベンチャー成功の近道という発想だ。しかし、大きな企業ほど“事業部の壁”がある。人材を持って行かれては、その事業部にとってはマイナスになるからだ。だからこそ“社長直轄”と“トップダウン”が必要になる。社長直轄なら、社内政治に左右されずにチーム構築が行なえるためだ。

■ソニーのハード開発力と生産力をベンチャーに!
 特に『Qrio』というハードウエアスタートアップにおいては、ソニーの持つ開発と生産能力の活用がカギとなった。一般論として、ハードウェアスタートアップは、量産に躓くことが多い。彼らには柔軟な発想やコア技術はあっても、コンシューマー向けに「量産品を順調に生産し、出荷する」ためのノウハウが欠けているからだ。そこで製造をEMSやODMを担当する企業に協力を依頼することになるが、彼らと一緒につくったところで、自分達の思うとおりのものをつくって売るには、交渉術と管理術を含めたノウハウが必要になる。だから、クラウドファンディングによるハードウェアガジェットは、生産開始と出荷が滞ったり、元の計画どおりに製品が出来上がらなかったりする。

ソニーとQrio

「重要なのは、ベンチャーか大企業かということではなく、意思決定のスピード。EMSとのミーティングだけでも、時間合わせに一週間とか、無駄な時間がかかる。即断即決のアクションが難しい」と西條氏は言う。

 しかし、ソニーのような企業は開発と量産のノウハウを持つ人間を多数抱えている。ソニーは傘下に、生産部門である“ソニーイーエムシーエス”を持つ。また開発やデザインの面でも豊富な知識と人材を持つ。適切な人々を集めて素早くチーム化できれば、ハードウェアスタートアップが陥りがちな問題を解決しやすい。「ソニーからは技術力、デザイン、ものづくりを提供し、WiLからは経営スキルや、マーケティングを出す」(小田島)という枠組みだ。

「正直、モノづくりの側面でいうと、安易に考えていた」と西條氏は反省を語る。

ソニーとQrio

「スマートロックは、Bluetooh LEとモーターの組み合わせで、それでサムターンを回す機構。このくらい、赤子の手をひねるようなもんだろうと考えていた部分がある。しかし実際につくってみると、静電気をどうするか、取り付け時のトルク変化にどう対応するかなど、たくさんの課題があった。試作品はできても、それを量産向けに設計し、安く大量につくるには、『モノをつくる上で必要なチェックポイント』が思っていた以上に多く、経験がないと気づかない。出来上がったものは、自分達だけでやるよりは、比べ物にならないクオリティーになっている」という。

 ポイントのひとつは“情報共有”だった。「大企業では仕様書などをしっかり用意するので、一見遠回りに見える。だが、ベンチャーではそれがないゆえに、後に大きな問題になることがある。重要なのは意思決定が早いこと、即断即決できること。そこでブレーキがかからければいいものはできる」(西條)という。

ソニーとQrio

 

■蛇を避ける方法をシニアが指導
 そうした見方を、ソニーとしてはどう思うのか? 小田島氏は「ハードの技術によって感動体験を実現していく」と話す。

「ハードウェアがないと感動体験は成り立たない。例えばFeliCa。いまや毎日当たり前のように使っているが、あれもハードウェアがないとできない世界。ソニーには、ハードウェアが絡む技術がある。また、ソニーイーエムシーエスのようなファブも重要だ。一方、Qrioからは経営スキルとマーケティングなどを出していただく。特に、ネットワークを使って拡散するのはずば抜けている。販路もどんどん開拓されていく。ソニーが手がけてきた事業規模とはまったく違う、新しい世界だが、非常に新鮮」と小田島氏は評価する。

 Qrioのチームには、ソニーから多数の優秀なエンジニアが派遣されている。その中には、無線技術のエキスパートも、カメラ事業からやってきた技術者もいる。試作からの分析の元、必要な人材が集まってきている証左だ。チームの主軸は若手。しかし、若手だけのプロジェクトではない。シニアの社員も、新プロジェクトに一緒に参加している。

「プロジェクトをけん引するのは若者。しかし実行していくと、どこかで蛇が出てくる。若者はどこに蛇が出てくるか知らないので、そこをシニアが助けている。特に品質保証や完成度の向上については、シニアのほうがうまい。今はソニーが、若手とシニアのうまいマッチングをしている。ただ、ここで重要なのは、若者のアイデアをつぶさないようにする、ということ」(小田島)

 とはいうものの、ボスはひとり。最終決定権は西條氏が持ち、意思決定のスピードを維持する体制を採っている。ここでも、西條氏が大切にする“意思決定のスピード感”が重視される。

 Qrioは、ソニーの一般的なビジネスに比べ規模は小さい。だが、他社との協業によって小さく素早いチームで付加価値を実現し、アーリーアダプター市場の獲得を目指しているのだ。

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