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日本版SXSWを目指す『THE BIG PARADE』体験レポート|Mac

2014年09月17日 21時00分更新

文● 岡田智博 写真●岡田智博 編集●諸富大輔MacPeople編集部

音楽系スタートアップの新しいプロモーション手法

 音楽とデジタルとの融合による新たな表現とビジネスの可能性を、トークセッションとショーケースライブ、デモンストレーションなどを通じて理解を深め合う、新しいタイプのミュージックフェスティバル『THE BIG PARADE』(ザ・ビッグ・パレード)が、9月12〜15日まで、東京・代官山で開催された。

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 このイベントは、米国テキサス州のオースチンで毎年開催される音楽ショーケースイベント『SXSW』(サウス・バイ・サウス・ウエストの日本版を実現しようというコンセプトのもと生まれたもの。SXSWは、音楽産業の最先端を披露するイベントから派生して、現在では映画やインタラクティブ表現など、より広い分野の先進的なクリエイティブに触れられる場となっている。

 近年のIT系のスタートアップサービスは、その認知度を上げる方法として、エンターテインメントを利用してネットユーザーによって情報を爆発的に拡散させる手法をとることが多い。SXSWに参加してTwitterなどのソーシャルメディアで評判が広がれば、あっという間に全米に自社の存在を知らしめることができるというわけだ。

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音楽ショーケースとして、多数のミュージシャンやアイドルのライブが実施された。写真は15日の最終演目のJUN SKY WALKER(S)

 13日に行なわれた基調講演に登壇したミュージシャンの佐野元春氏は、インターネットの普及期に日本で初めて、メジャーレーベル(ソニーミュージック)からオンライン楽曲配信を行なったイノベーターとして知られている。佐野氏は「アーティストの音楽だけでなくその世界観を求めるファンは、アートワークを含めたパッケージを求めてくれる。音楽だけが聴きたいという人々に届ける手段としてネット配信がある」と語るように、創意を凝らしたCDやDVDなどのパッケージを選ぶ人々はまだまだ多い。

 その意味では、音楽コンテンツのビジネスは楽曲だけでなく、聴くためのスタイルや価値観をシェアするコミュニティーがあってこそ成立するエコシステムだ。つまり音楽をプロモートすることは、それを聴く人のライフスタイルに関わることにつながる。もちろん、音楽業界を支えるデジタル技術やネットによる配信などの音楽を取り囲む環境も、互いに大きな影響を与え合っている。

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同じく15日に演じられたhy4_4yh(ハイパーヨーヨ)のライブ

「拡散と収束」の時代に生まれる新たなビジネスモデル

 14日のセッションでは、音楽プロデューサーの小室哲哉氏が登壇。彼ほどのミュージックシーンのビッグネームであっても、音楽のネット配信はより多くの人に曲を届けられる半面、音楽そのものの収益はパッケージだけの時代よりも低くなっているという。その中で重要なのは、「拡散と収束」であると小室氏は語る。

 それは、つくり上げた音楽をソーシャルメディアなどのさまざまな手法で拡散させることにより、作品に対する評判を集め、その評判を元にして、ライブのようにアーティスト本人が参加しないと実現できないイベントによって収益を得るということだ。小室氏はそれを、「昔のアーティストは王様や貴族からパトロネージュを受けることで彼らにいい評判を与えるクリエイティブを競っていたけど、いまはパトロンが分散して存在しているということだよ」と例えた。

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現代の音楽ビジネスのあり方について語る小室哲哉氏
(C)THE BIG PARADE 2014

 この「拡散と収束」の時代は、音楽ビジネスの構造にも変革をもたらす。「クールジャパン」というキーワードのもと、日本から世界へと羽ばたく新しいタイプのアーティストたちの活動は、その好例と言える。

 15日のセッションで登壇した、アソビシステム(株)社長の中川悠介氏と、「きゃりーぱみゅぱみゅ」の音楽をリリースするワーナーミュージックジャパン「unBORDE」レーベルの鈴木竜馬氏のセッションでは、マネジメント会社がリードして日本を飛び越えグローバルな音楽市場を開拓するという、レーベルを通じて音楽を売るという従来の音楽ビジネスの構造の「その次」を提示してくれた。

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写真=中川悠介氏(中央)と鈴木竜馬氏(右)

 アソビシステムは、原宿から発信されるポップなスタイルを、きゃりーぱみゅぱみゅを通じて世界各地のポップカルチャーのシーンに乗せることで彼女を愛する人々を増やし、2度の世界ツアーを実現させるほどの大きなコミュニティーを短期間につくり出した。グローバルなコミュニティーを創出することで、まるで米国のアーティストが日本や世界に流通するように、きゃりーは世界へと拡散していったのだ。

 その一方で、プロモーションを含む自らの世界を一人でつくりあげるアーティストも登場している。14日のセッションに登壇したトラックメーカーのtofubeats氏は、自宅でDTMで音楽を制作し、その楽曲を配信するサーバーも自宅に持つ。そして自らの音楽の収入でPRサイトやプロモーションビデオの制作まで行い、十代の頃からそうしたセルフプロモーションで、全国的なファンを掴んできたアーティストだ。

 tofubeats氏の友人でもあるtomad氏が高校1年生のときに立ち上げた自主インターネット配信専門レーベル「マルチネレコーズ」には、プロの専業ミュージシャンだけでなく、公務員や医師など、他に職を持ちながら活躍するトラックメーカーも多いという。

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セルフプロモーションで自らの知名度を上げたtofubeats氏
(C)THE BIG PARADE 2014

 楽曲販売だけではアーティスト活動が成立しにくい現在、大手レーベルに所属することすら難しくなっている状況にある。だからこそ、アーティストはさまざまなコミュニケーション手段を駆使してより多くの人たちに音楽を送り届け、彼らのライフスタイルにつながりを持つことが、ビジネスとして重要になってきているのだ。

コミュニティーの構築が今後のビジネスの鍵

 15日の最後のセッションは、ネットラジオ「block.fm」の主宰でありm-floのアーティストとして知られている☆Taku Takahashi氏と、世界トップクラスの地域レコメンドサービス「Yelp」の日本代表である高田智之氏、同じく世界的に急成長中のモバイル配車サービス「Uber」の日本代表である高橋正巳氏が登壇。

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写真右から、☆Taku Takahashi氏、Uber Japan 高橋正巳氏、Yelp Japan高田智之氏

 モバイルサービスおよび音楽ビジネスにおける成長に必要不可欠な要因は、ユーザーの体験を誘発するコミュニティーの構築であるという点で三者の意見は一致していた。より良い体験を提供し続け、ユーザーとアーティスト、提供者との間で感動を共有し、プロダクトの質を高めることこそ、成長のために最も必要なことだという。

 また、ユーザーに接するに際しては、サービス提供者は「スタイル」にこだわる必要があるとも。そのその一環として、Yelpの高田氏やUberの高橋氏は、それまでWindowsユーザーであったにもかかわらず、仕事用のマシンとしてあえてMacを使っていると語った。

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Oculus Riftの開発者デモンストレーション「Ocufes」や、レディ・ガガ型の試聴機「GAGADOLL」の展示なども見られた

 音楽は常に人々のそばにあり、またそのスタイルは刻々と変化していく。そこでいかに「化学反応」を起こし、ビジネスにつなげるか。我が国のITサービスはガラパゴス化しがちで、世界的な定額音楽配信サービスとなった「Spotify」のサービス提供もいまだ実現していない。そんな状況下だからこそ、THE BIG PARADEのようなコミュニティーづくりをもっと熱くしていくことで、ビジネスシーンを変えていく必要があるのではないのだろうか。
 

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