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テスラモーターズが仕掛けた“EVカーの特許オープン化”を読み解く by 神尾寿

2014年07月01日 08時00分更新

Tesla

 6月12日、自動車業界に激震が走った。米テスラ・モーターズが、同社の保有する約200の特許および現在出願中の約300の特許について、他社が自由に利用可能とする“特許のオープン化”すると表明したのだ。

 IT業界と同じく、自動車業界も技術革新が激しく、特許が最大の武器となる知財産業である。とりわけエコカーをめぐる特許の数々は、自動車メーカーに莫大な収益をもたらす金脈にして、企業としての趨勢を左右する生命線だ。

 たとえば、トヨタ自動車のハイブリッド(HV)システム“THS (Toyota Hybrid System)”は他の追随を許さない優れたハイブリッド技術であると同時に、多くの特許に守られたトヨタのドル箱。その最初の特許群が切れる2016年は、“トヨタの2016年問題”(自動車メーカー幹部)とも言われている。トヨタはこの先行者利益が消失する前の2014年から2015年にかけて、次期プリウスでTHSをさらに改良・進化させる一方で、水素燃料電池自動車(FCV)の量産市販化に踏み切る計画だ。このように自動車業界は、IT業界と同じかそれ以上に特許戦争が熾烈なのである。

テスラ・モーターズ

■特許開放の狙いは、サプライヤーの育成
 そのような中で、なぜテスラは虎の子の特許を開放するのか。テスラの出自がシリコンバレーであることから、それがIT業界的なオープンマインドにあるとする向きがあるが、それはあまり正しい見方ではない。テスラの本当の狙いは、自動車業界100年余りの歴史によって築かれた“内燃機関(エンジン)による産業構造”に対抗する、“EVによる産業構造”のいち早い構築にある。

 周知のとおり、自動車産業は様々な分野の素材・部品が寄り集まった“技術集約型産業”である。その積層した産業構造の複雑さと巨大さ、裾野の広さはIT業界をはじめ他産業の比ではない。そして、自動車メーカーはこの産業構造の頂点ではあるが、同時に氷山の一角でしかない。自動車メーカーの下にはサプライヤーと呼ばれる素材・部品の供給企業が存在しており、彼らの技術力や生産力が自動車産業の同行に大きな影響を及ぼしている。

 むろん、トヨタやフォルクスワーゲン、GMなどビッグメーカーになれば、自社製品の部品を独自開発・内製化したり、系列サプライヤーを取り込んで、新たな技術トレンドを垂直立ち上げでつくることができる。しかし、それ以下の生産規模しかないメーカーにとっては、「大手サプライヤーがどのような技術トレンドに沿って動くか(=投資するか)」は重要な課題である。自動車はIT器機に比べて垂直統合でつくられているとはいえ、汎用的な技術トレンドに合わせないと素材や部品が安価に調達できないのだ。

テスラ・モーターズ

 この自動車の産業構造は、100年余りの時間をかけて“エンジン(内燃機関)とトランスミッション(変速機)”を中核技術として構築されてきた。自動車メーカーと同じかそれ以上に、サプライヤーには“内燃機関のクルマ”に対する技術と特許の蓄積があり、膨大な投資が積み上げられてきたのだ。むろんサプライヤーもEVをエコカーのひとつの可能性として見ているが、内燃機関側の技術トレンドに軸足がある以上、EVに大きく舵を切りリスクを取って投資するほどの決断をすることは難しい。

「真の敵はガソリンエンジン車」

 と豪語するテスラ・モータースのイーロン・マスクCEOは、この“産業構造の壁”の厚さをひしひしと感じたはずだ。EVへのパラダイムシフトが起これば巨大な利益を得るはずの電池メーカーにしても、「重要なのはEVではなく、HV用とアイドリングストップ車用の車載電池市場」(大手電池メーカー幹部)と見ているのが現状なのだ。サプライヤーが本気にならなければ素材・部品分野の技術革新や低コスト化は遅々と進まず、EVが普及拡大していく目処が立たない。となれば、EVのもうひとつの課題である“充電インフラの整備”においても、収益事業として成り立つ見通しが立たず、充電器の整備・普及も進まないのだ。

 そこでテスラは、同社が持つ特許を開放していく、という方針を打ち出した。EVに関する多くの特許がオープンになれば、既存のサプライヤーがEV関連の素材・部品市場に投資しやすくなる上、現在の自動車産業とは別の分野から新たにEV系サプライヤーとして参入する企業が出てくることにも期待できる。また、テスラの開放したEV関連特許を用いてEVメーカーの数が増えたとしても、それは結果として、“EV関連部品と充電インフラの需要拡大”につながる。これはEVの産業構造を構築していく上ではプラスである。

テスラ・モーターズ

■テスラは自動車業界のAppleになれるか
 むろん、テスラの特許開放が、大きな挑戦であり、リスクのある賭けであることは確かである。しかし、既存の自動車産業におけるメガトレンドが依然として“内燃機関の進化(HVはここに含まれている)”にあることを鑑みれば、イーロン・マスク氏の決断はクレイジーでも何でもなく、むしろ冷静で合理的と言えるだろう。いくらシリコンバレー界隈のセレブがもてはやそうとも、EVがこのままでは“ジリ貧”なのは間違いなかったのだ。

 グローバルの自動車販売市場は、年間1億台以上で現在も成長中だが、その中でEVが占める割合は1%にも満たない。エコカー市場での成長率も、小排気量+ターボのダウンサイジングエンジンやHVと比べて、低調なままだ。しかしながら、今回の特許開放が呼び水となり、EVによる新たな産業構造が構築されていったら。その時テスラは、“自動車業界のApple”として歴史に名を残すことになるだろう。

Tesla
5月7日に発表されたばかりの、同社初のSUVモデル『MODEL X』。2015年春より出荷される予定。すでに日本からも“予約”が可能になっている。
Tesla
7人乗車が可能なMODEL Xの特徴はこのガルウィングドア。開閉する様子は、Tesla公式サイトで見ることができる。

■関連サイト
テスラモーターズ公式サイト
All Our Patent Are Belong To You(テスラ該当ブログ記事)

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