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我々は自分のことを自分と証明できるだろうか? by遠藤諭

2014年01月30日 13時30分更新

 週刊アスキー本誌では、角川アスキー総合研究所・遠藤諭による『神は雲の中にあられる』が好評連載中です。この連載の中で、とくに週アスPLUSの読者の皆様にご覧いただきたい記事を不定期に転載いたします。

神は雲の中にあられる

 1年半前のバンガロールではインドの神様がリアルに信仰されていた。そんなインドでこんなことが起きてるなんて!

●インドの個人向けユニークIDプロジェクト

 インドで“AADHAAR”という個人のユニークIDをつくってあげるプロジェクトが進行中だ。政府がやっているのに“つくってあげる”というスタンスがたぶんこれの新しいところで、誰でも無料で自分を証明するIDがつくれる。顔写真と住所・氏名のほかに、両手10本の指紋と両目の虹彩のいわゆるバイオメトリクス情報も一緒に登録。こんなふうに書くと国民総背番号制ですかという感じになるが、なにしろ希望者だけなので区立図書館で利用カードをつくったら無料で使える、みたいな市民向けのサービスだといえる。

AADHAAR
↑AADHAARを推進するUnique identification Authority of Indiaのサイト。子どもや幼児を含むスべてのインド人に12桁のランダムナンバーを与えるとあります。

 日本では、指紋の登録というと自分になんの後ろめたさはなくても避けたいと考える人が多いと思う。ところが、このユニークID、いまやインドの人口12.4億人のうちの5億人近くが登録をすませていて、毎月2000万人のペースで登録者が増えている。

 さてこの話、先日、インドで仕事をされているソニーの武鑓行雄さんが帰国されたときにお聞きしたのだった。武鑓さんには、1年以上前にバンガロールに出かけたときに大変にお世話になったことは、このコラムでも一度触れたことがある(『第7回“世界のITの頂点バンガロールの電脳街を歩く”』──週刊アスキー1/8-15合併号・2012年12月25日発売)。

 当時、すでにこのユニークIDは始まっていたはずだが、インドの人々の生活をとりまく環境が変わったのもあるのだろう。インドでは、ネット通販は普及しないという議論があった。ところが、武鑓さんの住まわれている家のすぐ前のビルで5人くらいで創業したEコマースの会社が、4年ほどの間に従業員4500人をかかえるまで急成長をとげたそうだ。

 こんなふうに、ユニークIDを登録する人がどんどん増えているのは、日本のように運転免許証やパスポート、健康保険証のようなたよりになるIDを持っていない人が多い。いざとなると自分が自分であることを証明する手段のない人たちがたくさんいるからだそうだ。無料で指紋と虹彩さえ登録すれば、さまざまなサービスもスムーズに受けられるようになるし生活の利便性もあがる。広いインドで、これは相当に凄いことではないかとも思うのだが、こんなことがもう始まっているのも事実だというのだ。

●自分たちはどうだろうか?

 ところで、このユニークIDの興味深いところはバイオメトリクスが使われていることだ。よく考えてみると日本の運転免許証や健康保険証というのはなんともいいかげんな本人確認である。郵便局の不在預かり荷物を受け取るときも、なんとなく免許証の顔写真と私の顔を見比べて、あとは番号を転記するだけだ。

 プライバシーという難しいテーマにここで入っていくつもりはないが、我々は、いざというとき本当に自分を自分と証明できるのだろうか? 銀行口座も生命保険も、ただ番号と文字という“口約束”で成り立っているようなものだ。あるときそうした古いシステムの1つが「あなたはあなたではない」と頑強に否定するなんてことに遭遇しそうで心配である。

●インドの最新IT事情のわかる電子書籍

AADHAAR

 武鑓行雄さんの『激変するインドIT業界 バンガロールにいれば世界の動きがよく見える』(カドカワ・ミニッツブック=電子書籍、外部サイト)が出た。ユニークIDのことだけでなく、ただ凄いと思われがちな最新のインドIT事情の本質が書かれているので、ご興味のある方はぜひ読んでいただきたい。

【筆者近況】
遠藤諭(えんどう さとし)
株式会社角川アスキー総合研究所 取締役主席研究員。元『月刊アスキー』編集長。元“東京おとなクラブ”主宰。コミケから出版社取締役まで経験。現在は、ネット時代のライフスタイルに関しての分析・コンサルティングを企業に提供し、高い評価を得ているほか、デジタルやメディアに関するトレンド解説や執筆・講演などで活動。関連する委員会やイベント等での委員・審査員なども務める。著書に『ソーシャルネイティブの時代』(アスキー新書)など多数。『週刊アスキー』巻末で“神は雲の中にあられる”を連載中。
■関連サイト
・Twitter:@hortense667
・Facebook:遠藤諭

(2014年1月30日15:00訂正)記事初出時に、紹介書籍のタイトルが間違っておりました。お詫びして訂正いたします。

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