MSXが世に出て30年、月日が経てば少年少女も大人になります。胸を熱くしたMSXの思い出を忘れられずに大人になったMSXユーザーのその後の人生も様々です。そしてついつい熱い思いを我慢しきれずに吐露しちゃう方も少なくないわけでして、そんな大人の一人、日本SF大賞を受賞した『盤上の夜』、続く『ヨハネスブルグの天使たち』でも話題を呼んだ作家、宮内悠介先生にインタビューという名目の楽しいMSX談義をしてきました。ムフフフ、twitterでMSXに対する想いの丈を綴られていたのを我々は見逃さないのですよ。ムフフフフフ。
盤上の夜 |
ヨハネスブルグの天使たち |
さて、宮内先生は少年時代にあまりにMSXに熱中するのを心配したお父上が、あるSFの本を渡したことが作家になったきっかけだそうです。なんと賢明な判断だったことでしょう。先生の経歴を見ると、その時期は米国に住んでいたとのこと。米国でMSXを使っていた、その事実一つをとっても中々に興味深いインタビューとなりました。なにしろ南米とかならともかく、北米、特にアメリカ本国はMSX不毛地帯なのです。ほとんど、MSXが普及しなかった地域なのです。あのマイクロソフトの本社があるのに、です。一体、何をやっていたんだビル!(たぶん何もしていない)。
というわけで以下、MSX暗黒大陸アメリカで一人MSX普及に励む少年、宮内悠介先生インタビューです。
宮内悠介先生近影 |
■実機がなくプログラムを紙に書く
MSXアソシエーション(以下、MSXA):アメリカに住んでいらしたということですが、なぜMSXを使われていたのでしょうか。
宮内悠介(以下、宮内):4歳からアメリカ住まいだったんですけども、夏休みに日本の親戚のところに帰ってきて。うちの従兄弟にあたる人物がホビープログラミングをしていたのですね。で、布教というかMSX-BASICを教えてきて。「これはヤバい! 面白い!」となりまして。まず、紙にプログラムを書き始めるようになったのです。
MSXA:紙! 実機にプログラムを打ち込んだのではなく紙にペンでプログラムを書いた、と? たしかにアメリカ在住時に紙にプログラムを書かれていますよね。ということは、MSXの実物はプログラムを覚えるよりも後に手に入れたと?
宮内:そうです。ノートに4コマ漫画を描くように、プログラムを。実機がないので、しかたなく紙に書いていただけなのですけれど。
MSXA:それじゃ、ちゃんと動くかどうかわからないじゃないですかー!!
宮内:ええ。こうなるとやっぱり実機が必要になってきます。というわけで、一時帰国した家族にMSX2+を買ってきてもらったのでした。
MSXA:アメリカではMSXは売れなくてすぐ撤退してしまったんです。そんなアメリカでMSX2+を使われていた、というのはたいへん貴重な証言です。
宮内:貴重というより、ただの「ぼっち」的な……MSX情報もぜんぜんありませんでした。
MSXA:twitterによると、MSX・FANは読まれていたということでしたが。
宮内:私がいたのはニューヨークだったのですが、日本語の書籍を売っている本屋さんが3軒くらいありまして。そこにMSX・FANとMSXマガジンがありました。
※MSX・FANとは、徳間書店インターメディア(現徳間書店)が刊行していたMSX専門誌。1987年創刊。アスキーのMマガに比し投稿プログラムコーナーを重視しており、幾多の名作、スタープログラマーを生み出した。本家Mマガは1992年夏号以降お休み期間に入っちゃいましたが、MSX・FANは何と1995年8月号まで頑張って続いた。通称“Mファン”。
MSXA:え? 注文したわけではなく、普通に売っていたと?
宮内:売っていました。船便で1ヵ月遅れでしたか。1冊10ドル弱だったように思います。MSX・FANにディスクがついてからは、子供にはしんどい値段になりましたが。
※MSX・FANに付録のフロッピーディスクがついたのが1991年10月号(9月8日発売)以降。当時の日本での定価は980円、1ドルが128円前後。
MSXA:ほとんどMSXが売れなかったと言われるアメリカの書店にMSX専門誌が入荷されていたというのは、重要な情報ですね。もしかしたら宮内先生の他にもMSXユーザーが居たのかも……。
宮内:先程の従兄弟がMSXマガジンを買っていたので、じゃあ自分はMSX・FANを買ってみようと。
MSXA:その従兄弟の方は日本にお住まいだったんですか?
宮内:ええ。自分たちが書いたプログラムの交換もしました。(フロッピー)ディスクに入れて、郵送で。そんな感じで、MSX難民が当時ニューヨークにいわけです。もっとも1992年にアメリカから日本に帰ってきてからも、だいたい一人であった気はします。
MSXA:はははは。ちなみにプログラミングだけでなくゲームなどでは遊ばれていましたか?
宮内:市販ゲームはアメリカでは手に入りにくいので、自分で作ったり、(雑誌の掲載作を)打ち込んだりするくらいしかなかったです。もっとも日本にいてもそうしたかもしれませんが。ただ『信長の野望・武将風雲録』は日本に帰ってきた時に手に入れて、だいぶ遊んだ記憶があります。(MSX・FANを見ながら)これ(『JUMPERの挑戦』)、打ち込みましたよ。20年前のことなのに、案外設計まで憶えているものですね。
■大作RPGの断片が無数に残っている
MSXA:当時のプログラム等は残されていますか?
宮内:1画面プログラムや1行プログラム系が、それこそ大量にあります。あとは、やっぱり子供ですから、大作RPGとかを作ろうとしては頓挫し……そういう断片は無数にあります。
MSXA:誰もが通る道“壮大な構想を完成させられない”ですね。
宮内:なぜかゲームを作るためのツール作りが好きでした。最初はハンドアセンブルだったのが、途中からアセンブラを自作したりですとか。このあたりは買いたくても買えませんでしたから。『How To マシン語』というマンガを従兄弟にもらい、それを参考にしました。
MSXA:おおー、かなり本格的にやってたんですね。ちなみに『マイコンBASICマガジン』は読まれていましたか?
宮内:ときどき立ち読みしていました。プログラムを立ち読みして頭のなかで動かす。レコードの溝を読むようなものでしょうか。
MSXA:ショートプログラムがお好き、とのことですが、お話を伺っていると、MSX・FANの文化の影響を受けているなと感じます。
宮内:打ち込ませる前提なのにショートコーディング的なテクニック満載というのも、今では考えにくいですね。(プログラムリストを見ながら)今にして思えば、こんなのどうやって編集されていたのでしょう。
MSXA:MSX・FANはかなり手間をかけて作ってますよコレ。ちなみにアメリカに持って行かれたのはMSX2+とのことですが。
宮内:ソニーの『HB-F1XV』です。帰国してバイトして『FS-A1ST』(turboR)を買いました。その後、少しMSXから離れてから……GTを手に入れる機会ができました。でも今は3台ともディスクドライブが死んでいます。
↑『HB-F1XV』ソニーのMSX最終形態でMSX2+規格。『文書作左衛門』(ワープロソフト)など、盛りだくさんでお買い得だった。けど宮内先生はプログラミングに夢中でおまけソフト類はあまり使わなかったに違いない。 |
↑『FS-A1GT』パナソニックのMSX最終形態でMSXturboR規格。Macライクな家庭用パソコンを目指していた。解釈によっては16ビット機。 けど宮内先生はプログラミングに夢中でViewはあまり使わなかったに違いない。 |
MSXA:ああー。でも実は今でもパナソニックのディスクドライブ用ベルトは手に入るんですよ。私も昨日ヨドバシカメラで注文を出してきました。
宮内:なんと! あとで詳しく教えてください。
MSXA:プログラムのテクニックはどのように学ばれましたか?
宮内:まさにMSX・FANのコードを見てですね。ショートコーディング的な興味から入っていきました。(雑誌の)読み物から日本の雰囲気も想像しましたよ。あと買っていたのは少年ジャンプ。(「AVフォーラム」のページを見ながら)このコーナーの、テクニック一発勝負みたいなのがいいですよね。「こういう事をすればこういう事ができます」ということを分かりやすくプレゼンしてくれるから、勉強になりました。
■プーチンとオバマとMSX
MSXA:音楽もされていたそうですけど、やはり最初はMSXで?
宮内:趣味でずっと作曲していますが、最初はMSXに音源が入っていたからで。今でも作曲するときは便利だから、MMLでメモを取ったりします。
※MMLとは「Music Macro Language」の略で、MSXをはじめ昔のパソコンで音を鳴らす際に使われる、楽譜をテキストとして書く書式のこと。ドがC、オクターブがOの後に数字…と省略が激しい。一見してワケの分からない「V15L4O5@47cdefgab>c<」みたいな謎の文字列だが、打ち込んで、パソコンがきちんと音楽を演奏してくれると、不思議に感動する。そんでハマると。簡単にメモれるのでトイレでも電車の中でも良いメロディが思いついたらレッツMMLだったりするそうだ。
MSXA:あ、そういう話は聞いたことがあります。プログラマ系の作曲家は楽譜に音符でメモるよりもMMLでメモっとくみたいな話。ちなみに、twitterにある「プーチンとオバマがMSXの1行プログラムで闘う話(※)」を書かれていた、というのは……? 本のどこかに挿しこむ予定だったのでしょうか。
※宮内悠介氏の2013年4月30日のツイート
『ヨハネスブルグの天使たち』をひたすら直しつづけているのだけど、あんまり内容がシリアスなもんだから、「プーチンとオバマがMSXの一行プログラムで闘う話」とかそういうのを発作的に書きかけては思いとどまり、結果、ろくでもない冒頭ばかりが増えていく。
宮内:どこかに挟むというのとは少し違うんです。これ(『ヨハネスブルグの天使たち』)がだいぶシリアスな、重いところのある話でしたので。描きたかったのは希望なのですが、しかし作業中は陰々滅々としてくる。そこにきて、私にはどうも悪ふざけ的な性格がありまして。我慢しきれず、バカ話のショートショートなんかを書いてしまうんです。それで精神のバランスを取っていたのですね。その中で書いたのがオバマとプーチンがMSXの1行プログラムで対決する、というもので。
MSXA:ああ、惜しい(笑)。本に入らなかったのは残念ですが、シリアスな話の中で1ヵ所ふざけるというのは、皆さんたまにやりますよね。先生、お時間はまだ大丈夫ですか?
宮内:ええと……大丈夫だということにして、もっとお話しさせてください。
MSX:分かりました(笑)。では遠慮なく。
さて、ここまできて、ようやく本の話が出てくる有様です。本当にこれは作家さんへのインタビューなのでしょうか。しかし“MSXを使っていた”という連帯感のせいか、どこまでもディープな話が続いてしまうのでありました。あまりに盛り上がりすぎて並のMSXユーザーではちょっとついていけないレベルの話に突入してしまいまして、これ以降は泣く泣くカット致しました。MSXマニア同士が話し込むともう容赦がありません。
インタビュー後、紙にプログラムを書いて、動作を脳内で想像するというその超絶な力、これこそがリアルな世界観を小説紙面上に緻密に作り上げる能力なのだろうなぁ、などとあらためて思いました。そして壮大な構想のRPGはやがてSF小説へと昇華していったんでしょうか。というわけでいつか、先生が理性を失って、作品にMSXを出してしまうことを期待しつつ、私たちは宮内先生を末永く応援していこうと思います。だからMSXを出せばアニメ化されますってば(笑)。
さて、ここで一点訂正があります。先週、『10月はMSXマガジンの創刊……』と記載しました。それは合っているのですが、『創刊準備号』が10月6日に発売されました、が正解でした。掲載した写真『MSXマガジン創刊号』は11月8日発売でした。
表紙に“11/8”って書いてあるでしょ? 今なら1ヵ月後の日付を発売日として表紙や奥付に書くのは常識ですけれど、このころはアスキーも雑誌刊行に不慣れだったんですよ、きっと。ということで、創刊月は正しいけれど、創刊0号が出たのが10月だったということでした。お詫びして訂正させて頂きます。
●関連サイト
盤上の夜 (東京創元社)
ヨハネスブルグの天使たち (早川書房)
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ここからは、おたよりコーナーです。
前回の記事に対してツイッターでいただいたコメントから目についたものをご紹介します。
脂身騎士(アブラミナイト)@zentaroh さん
* こういう記事でDEWOOとかZEMINAとか韓国の企業が出ないのはどういった趣向なんだろうか?
---単純に記録や情報がほとんど残って無いというのが実情です。実は韓国に限らず海外の情報はあまり残っていません。韓国からはMマガ永久保存版1号のときにコメントを寄せて頂いたりと少しは繋がりもあるんですが……おりをみて海外情報は特集してみたいと思っています。よろしくお願いします。
SHARP シャープ株式会社 @SHARP_JP さん
興味深い話盛りだくさん…
---ありがとうございます。実は『西さんVS 孫さん!? MSXの誕生秘話をちょっと語るぞ!』でなぜかX1用のモニターにMSXをつないでいる写真(当時撮影されたもので、そう記録されています)とかも掲載していますよ。今後ともよろしくお願いします。
ところで。と、こ、ろ、で!
この連載が電子書籍になります! ワー!ワー!
6月11日から7月23日までこの週アスPLUSに連載された10回分と、5月14日から6月4日まで週刊アスキー本誌に連載された4回分がまとめて1冊に。さらに、電子書籍書き下ろしでMSX30年(+α)の歴史年表が付いています。ちなみにこの年表は、「1981年半ば 西和彦とビル・ゲイツ、MSX構想に着手」ってところから始まっています。(2013/10/30 0:00 初出時「ビル・ゲイ」となっていたのを修正しました。Twitterでのご指摘ありがとうございます。MSXAさんでなく、編集担当のわたくし加藤兄のミスです。申し訳ありません)
書名は『MSX30周年:愛されつづけるMSXの歴史と未来』。ちょっと大げさですかね? 10月31日(今週木曜日)発売で、価格は300円(税込)。BOOK☆WALKER(関連サイト)ほか電子配信サイトで配信します。
MSX30周年のご祝儀と思ってぜひ買ってください。よろしくお願いします。売れたら第2弾が出せるかも。
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1,680円
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1,575円
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