iPhone5sと5cは、新たに多数のLTEバンドに対応した。とくに800MHz帯に対応したことから、同周波数帯を使うNTTドコモ・KDDIに有利と言われることが増えており、とくにKDDIは、自社の利点としてアピールしている(関連記事)。それに対してソフトバンクが異議を唱えた。彼らの主張する“iPhone 5s/5c向けネットワーク”とはどのようなものになっているのか? そして“他社に負けない”とする根拠はどこにあるのか?
↑ソフトバンクモバイル取締役専務執行役員CTOの宮川潤一氏とagoop代表取締役社長柴山和久氏(聞き手はジャーナリストの西田宗千佳氏)。
――auは「800MHz帯があるため(ソフトバンクより)有利」と主張しています。今日、こうして宮川さんが話すということは、それに異論があるということですよね?
宮川 まさにそのお話でして。今回のネットワークには自信があったんですよ。ですから営業には「他社がなに言おうが気にするな。結果で出るから」と言っていました。営業サイドが納得して黙るくらいのデータはあるんです。なので静かにしていました。でも、孫さん(孫正義社長)からも「言われっぱなしなのか。言い返さないのか」と言われ……(笑)。
うちがやってきたのは、ソフトバンクとイー・モバイルの電波(2.1GHz帯と1.7GHz帯)を使って『ダブルLTE』を実現するためのネットワークの構築です。これを、このiPhone 5s/5cの発売日に向けて取り組んでいたのです。
iPhone 5発売時、弊社のLTEは“1車線”(2.1GHz・5MHz幅)で開始しましたが、イー・モバイルを買収し『ダブルLTE』になりました。2012年3月に5MHz+5MHzで10MHzになりました。そして今年9月20日を焦点に“2車線かつダブルLTE”(2.1GHz帯と1,7GHz帯それぞれで10MHz幅)化を進めてきました。少なくともiPhone 5sの発売が9月であると思っていたので。とくにイー・モバイルの件では皮算用がありましてね。5MHzに加えて予備で5MHz用意されていたので、早期にこれを使って10MHzに……という。元々は来年の契約に入っていたんですけど、それでは遅いな……と感じまして。よってDC-HSDPA方式(3G)向けの帯域を半分にさせていただきました。イー・モバイルの既存のお客様からはおしかり受けましたが、これはどうしてもやり遂げなきゃならんな、と……。ソフトバンクの2.1GHz帯にしても、最初の1波(5MHzぶん)の電波を出すのに必死だったのに、それを2波つくらねばいけないので、1年かけてひたすらやっていました。「2車線かつダブルLTE」化の準備が終わるのが9月19日です。今現在(9月13日)の全国での完成率が96%。あと4%、1日1%ずつ上げていかなければなりませんが、なんとかなりそうです。
――その結果、どういう効果が見込めますか?
宮川 具体的にお見せしましょう。ただ「最大75Mbps」とか「最大100Mbps」という言い方はもうしません。Sprint買収以降、スピードの表現はユーザー側でのスループットにしようということになりました。アメリカだと“最大速度表記”では訴えられる可能性があるということで、全社的にそういう言い方を止めています。ドコモさんのラインは、800MHz帯を使っているスマートフォンのものです。auさんのラインは同様に現在800MHz帯を使っているスマートフォンのもの。要は我々が「auさんのiPhone5sではこうなるだろう」と想定しているものです。
大阪の場合ですとこのような感じです。元々大阪って我々側からすると2波のエリアをつくりやすい状況にあるんですよね。10MHzにするとスピードがグンと上がり、ダウンロード平均速度が15Mbpsくらいになる。名古屋は少しユーザーが少ないこともあり、少々出来すぎな値になっていますが……。
ようやく工事が終わった東京の池袋や新宿ですと、こんな値です。池袋の場合、元々5Mbpsくらいだったものが10Mbpsまで上がっています。弊社のiPhone5とiPhone 5s・5cはまったく同じ帯域を使いますから、インフラ改善は同じように効いてきます。また、ヘビーユーザーのトラフィックがLTEに移っていくことになりますから、4sや4のユーザーもW-CDMAが空いてくるのでスピードが上がります。すなわち、ダブルLTE化・倍速化は、全ユーザーに効いてくるんです。
次のスライドこそ、一番言いたいことです。auさんのiPhone5での接続率が点線で、iPhone5sを想定した800MHz帯を使うスマートフォンのものが実線です。iPhone5sは感度がいいと想定されるので、実線の値より良くなる可能性はありますが、接続率が1%変わるほどではありません。いま現在、ソフトバンクのiPhone5の接続率は98.2%まで上がっています。「2車線かつダブルLTE」化を、この8月、イー・モバイル側もソフトバンク側もペースを速めました。なので、急激に接続率が上がっているのです。この結果が5sのユーザーにも、5のユーザーにも、それ以外のユーザーにも効いてきます。この結果を見ていたので、「勝てるな」と思ったわけです。
あと、我々の有利な点として、イー・モバイルとソフトバンクそれぞれのインフラを活用しているので、電波が別々の場所から届くわけです。同じ基地局から出て行く他社に比べ、接続率が多少良くなります。それは相当に混んでこないと効果は出てこないですが、最後の部分では効いてくるんで、ここもプラスです。
※ここで筆者より補足。ソフトバンクが根拠として示す“接続率”は、agoopが提供する『ラーメンチェッカー』などのアプリケーションから得られた、実際の接続状況から解析したもの。ソフトバンクユーザーの結果はもちろん、NTTドコモやKDDIのユーザーのデータも収集されている。agoop柴山社長によれば、「月間に取得されるデータ量は10億件。LTEだけでも4億件に達しており、Androidからの場合、その場での電波強度まで取得できている」とのことなので、その情報がソフトバンクのインフラ改善に与える影響は大きい。
――そうしたデータは、インフラ改善にどう影響しているんですか?
宮川 GPS情報も含まれているので、ピンポイントで通信状況が把握できるんです。そうしたデータが月間10億件ですから、十分に重みのあるものだと思っています。これが接続率を高めるために重要なのです。渋谷のある地域で、連続的に接続率が落ちたことがあります。原因は我々が把握できない範囲で小さなビルができたためだったのですが、そういった時でも接続率が一定以下に落ちると、自動的に社内にアラートが鳴るようになっています。社内にはそうした時のための“特別チーム”がいて、アラートが鳴ると現地へと向かいます。原因を特定し、修正すると、全体の接続率が0.1%上がる、としましょう。その工事をひと月かければ1000万円で終わる。でも、3000万円かければ来週には改善できます。接続率を大きく改善するために“重点的にやるべきところ”を判断できるようになっています。それだけ費用が違うと、本来はそうそう意思決定はできません。しかし、あと2000万円かければ接続率が0.1%上がる、顧客満足度がこれだけ上がる、というデータが示せるならば、十分に意思決定が行なえます。弊社の接続率が急速に上がり始めた理由はそこです。昔なら1年単位かかっていたような判断が、1週間単位でできるようになりました。
柴山 基地局側での分析では、セル単位でしか把握できませんからね。それぞれの位置で細かくデータが得られることには、非常に大きな意味があります。“つながったorつながらなかった”を時間帯別、空間別に分かることは強みだと思っています。
宮川 とはいっても日本の無線3キャリアというのは、電波の部分を見れば世界的に見ても最上位。ピカピカですよ。お金もかけていますし。そのなかで今後ユーザーに評価されるのは“ネットワークの体力”です。コアまで含め、ネットワークを倒さない体力が必要。ユーザーから見るとコアネットワークでもメールサーバーでも、落ちれば“大規模障害”。どの部分も障害を起こさないようにすることが必要とされます。我々は大規模障害の少なさも、重要な指針だと思っています。もちろん「2時間以内の障害がないといっても『2時間ちかくの障害』はあったじゃないか」と言われる点については、議論があろうと思います。障害時間が1時間以下までは現場に任せています。それを越えると、技術系エクゼクティブ全員に連絡が届くことになっています。そうすると現場はめんどくさいことになるので、必死で直そうとします(笑)。もちろん、現場責任者は障害の現場に飛んでいっています。1時間半を越えると、我々も孫さんに報告しないといけなくなる。ですから血相も変わってくる。「なんとか30分で直そう」ということになるわけです。さらに、これが2時間を越えると我々のクビに関わってきます(笑)。ですから2時間を越える・越えないは重要です。2時間がいいか悪いかと言う話よりも、“どこかにこだわりの線をもたないといけない、人生をかける線がないと”ってことです。別の言い方をすれば“根性”ですね。誰かが根性を見せないと。3キャリアともに障害がないのがベストです。そんなところで競争はしたくありませんが、そこにこだわらないと。
――接続率が落ちる可能性はありますか?
宮川 我々の接続率が97%台に落ちるとすれば、エリアの問題ではなく「パケ詰まり」の問題だと思っています。そこだけ気をつけておけば、プラチナバンド化したLTEが入ってきたとしても、そう騒ぐ話ではありません。もちろん、地方だとプラチナバンドでのLTEの効果はあると思っています。ユーザーの端末側の表示で『3G』でなく『LTE』でつながるかどうか、という点で比べるならば、我々が劣る部分もあるでしょう。でも、ユーザーさんの手元にパケットが、データが落ちていますか? ということになると、それはまた別の話。W-CDMAでの接続もありますから。きちんとデータが流れていくことが重要です。要は“パケ詰まり”を起こさないネットワーク設計こそが“スマートフォンに必要なネットワーク”なんですよ。3社ともプラチナバンド(700-900MHz帯)を持っています。しかし、エリアカバー率が重要になる地方では、通信量が少ないですからパケ詰まりは問題になりません。それより問題は都会です。都会でどれだけの波をぶつけながら、どれだけの基地局で展開するのか。それで接続率が変わってきます。ユーザーが集まっているところを中心的に見ていこうと考えているんです。
――LTEのプラチナバンドでの効果を、他社は主張しています。ソフトバンクも2014年には900MHz帯でLTEを利用し始めると思いますが、その点はいかがですか?
宮川 900MHz対応のLTEもハードの準備は整っています。プラチナバンドLTEも4月1日以降、準備できた箇所から提供開始します。これは巻き取り(筆者注:既存の900MHz向けサービスを他の帯域へ移行させること)をしながら進めますので、いつ何局とは言えません。しかし、プラチナバンドの電波を吹いているところが2万7000局あり、3月末までに3万2000局になします。ここにLTEのカードさせ指せばLTEの電波が出ますから、すぐ展開できます。実際の人口カバー率に直せば97%くらいでしょうか。3月末には99%を越えます。現在auさんなどがターゲットとしている数字に近い値かと。ただ、巻き取り作業の関係で数ヵ月ずれる可能性はあります。契約上は3月末までにとなってますが、それぞれに事情はありますので。県単位で整備が終わったところからスタートすることになると思います。
プラチナバンドLTEが整備されると、すでに10MHz+10MHzでスタートしているところに、春先にはさらに10MHz増えますから、1.5倍のキャパシティーになります。これは地方でLTEが繋がりやすくなるというより、“今のキャパシティの1.5倍までトラフィックが増えてもオーケー”ととらえてください。体力はまだ温存してある。これがソフトバンクの戦略です。iPhone5sがどのくらいのトラフィックになるかはわかりませんが、4Sから5になった時にはトラフィックが1.5倍くらい増えました。トラフィックはまだまだ上がり続けています。5sのトラフィックがどうなるか正確には読めませんから、さらに違う手も打たなくてはならないかもしれません。そのくらい、iPhoneのトラフィックって“異常値”なんですよ。今回、チャイナモバイルの件もあり、TD-CDMAの準備は海外でも進んでいます。『iPhone6』になるのかどうなるかわかりませんけれど、次世代のiPhoneが出る時には『TD-CDMA』を積む可能性もあります。ですから“トリプルLTE”から、2.5GHz・TD-CDMAを含めた“クアトロLTE”へと持って行くという我々のストーリーにはちょうど合うのかなと。2.5GHzでTD-CDMAをやる必然性は感じていなかったのです。
――「なぜ日本向け5sではTD-CDMAをやらないんだ」という声もありますが、トラフィック的にもそうする必然性はなかったと?
宮川 そうですね。イー・モバイルがなかった時には死にものぐるいで「どうしても入れてくれ」という話になったと思います。今はイー・モバイルの1.7GHzがあってダブルLTEがあるので、今年なのか来年なのかは、どっちでも良かった。その辺の舵取りは去年変わりました。今のところiPhoneの動向は想定の範囲内での舵取りです。ですから営業にも「すべからく想定の範囲内だから慌てるな」と言ってたわけです。ただ、去年だったら慌ててました(笑)。プラチナの電波を吹き切れていなかったので“つながる、つながらない”議論になるとマズいと思っていたのです。現在はW-CDMAだとはいえ、プラチナバンドで電波を出せていますし。あとはキャパシティーだけはしっかりやって“パケットが詰まらないネットワーク”を目指します。春には60MHzぶんのネットワークがつくれるわけで、かえってそれで良かったかなと思っています。
――とすると、通話はともかく、LTEのデータ通信については“800MHzは電波が届きやすく、回り込みやすい”ことだけが価値ではない、ダブルLTEで十分コンペティティブであると?
宮川 はい、そうです。900MHzもありますし。ネタを言い過ぎると他社に対応されちゃいそうなので、しゃべりたくはなかったんですけれどね(笑)。「他社には言わせておけ」と思っていたのは、それだけの体制も整えたし、自信もあったからです。900MHzがLTEなのかW-CDMAなのかにはこだわっていません。端末から見たら通信できていればなんでも一緒なんですよ。今まではネットワーク側から見たKPI(筆者注:重要業績評価指標。ここでは接続率などのこと)は見ていたんです。agoopのデータなどがあり、端末から見た傾向がわかるわけですから、弊社ではそうした指数が上がってくることでユーザーの満足度もつかめます。まず、今の接続率を維持することが大前提。大ゾーンのLTEが本当にいいかどうかは考えないといけない。セルのサイズが大きくなるとセルエッジ(端)も大きくなります。センターとエッジでは通信速度差が大きくなり、端末側での通信品質に響いてきます。LTEの場合、センターとエッジの差はかなり極端なんです。セルエッジになると“昨日はパケットが落ちていたのに、今日はこの場所で落ちなくなった”ということがあり得ます。大きなセルで提供するのが本当にいいのかどうか。
――そのために、リアルタイムで状況を見て小さなセルでメンテナンスしていくのがいい、ということですか?
宮川 はい。プラチナバンドは、音声通話にはいいです。しかしデータ通信については、弊社が2GHzでやったように、やってやれないことはない。高い周波数帯でセルを細かくした方が良く仕上がるの“かもしれない”。もちろん各社、考え方は色々あると思います。少なくとも我々は東京などでプラチナバンドのLTEを使う場合、反射波を使った思いっ切り広いセルの使い方は、怖くてやれない。2GHz帯でやったセルサイズでプラチナの波も吹くだろうと思います。そうすると“プラチナバンドが大事”というよりも、ユーザーにとってはLTEのためにキープした“帯域”が大事ということになるでしょう。そのマネージメントをどうとるか。音声通話はともかく、LTEのデータ通信において、プラチナバンドであることが本当にどこまで価値があるのか。よく考える必要があります。実際に3社が並んでみて、「言うほど差はなかったね」という話になれば、我々の設計に間違いはなかったということになります。
孫さんが騒がないのはデータを見せているからです。これから半年間、また急激にネットワーク負荷は上がります。4・4sのユーザーが5sに移行するのも大きな影響を与えます。当然すぐスピードは落ちます。ドコモさんのMNP巻き取り施策を見ると、我々も機種変更を加速し、対抗せざるを得ませんし。ネットワーク側は死にものぐるいの戦いになります。今のネットワークは、iPhone3Gや3GSのころと比べると、計算したことはないですが、iPhoneだけで10倍はいかないまでも数倍にはなっています。安易に考えていると、我々もパケ詰まりにやられてしまいかねません。本音ですけど、ドコモの参入もiPhoneの800MHz帯対応も、この時期で良かったと思いますよ。この時期だったから安心してます。去年の5に800MHzが入っていたら太刀打ちできなかったし、去年の5でドコモが参入していたら、やっぱりウチは太刀打ちできなかった。ソフトバンクはつくづく、ついている会社だなと(笑)。この1年、なんとかプラチナバンドのインフラを構築し、ダブルLTEのインフラ整備をしてきましたが、それが間に合いました。去年だったら私のクビが飛んでますよ(笑)。今年は孫さんがiPhoneにつきっきりでなく、別なプロジェクトに打ち込んでいるくらい余裕があるんです。要は“恐るるに足らず”ってことです。ようやく“3強”と呼ばれるところまで来ました。だって昔は“2強+1”でしたからね。今回は三強に十分入っています。後は営業力。そうなると、ウチの営業力は手強いですよー! ご存じの通り(笑)。
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