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GALAXYショックで揺らぐサムスンの“スマホ一本足打法”by 本田雅一

2013年06月12日 13時00分更新

GALAXYの不振とスマホ市場の見通し 本田雅一氏寄稿

 「市場の期待ほど新しいスマートフォンが伸びず、主力のGALAXY S4の売上げが不安視されている」こうした報道とともにサムスンの株が一気に下落した。テレビ、液晶パネルといった、かつてはドル箱だった事業の収益性が急降下。伸びは鈍化しているものの、ここ数年はスマートフォン事業が急伸。Android端末メーカーとして圧倒的ナンバーワンに登り詰め、過去最高益を続けてきたサムスンに何が起きているのだろうか。

 ……などという、週アスPLUSらしくない(?)シリアスなテーマで記事依頼を受け、ここ数日、頭を捻っていたが、ここはストレートに情報をまとめるとともに、それがエンドユーザー視点で見た“スマートフォン”という商品カテゴリーに、どんな影響があるのか、膨らませていくことにしたい。

 まず、述べておきたいのが、昨今のサムスンの置かれている経営環境だ。韓国は政府が輸出産業を国家戦略として支援していることや、日本の家電メーカーが足踏みをしていたこともあり、またテレビ、スマートフォンといった“目立つ分野”でナンバーワンとなっていることから、きっと“すごく良い感じ”と思っている読者が多いのではないだろうか。

 もちろん、そうした側面もあるにはあるが、直近の環境は言われるほどに良くはないと思う。長年、韓国政府の輸出産業偏重政策もあってウォン安が誘導されていたが、このところ急速に円-ウォン、ドル-ウォン両面でのウォン高が進んだ。また、スマートフォン以外のエレクトロニクス分野での収益性は落ちてきている。

 そんななかで、スマートフォンへの収益依存度はさらに高まる傾向があり、“スマホ一本足打法”に対するリスクが高まっている。スマートフォン事業という柱が折れれば、サムスン全体の事業に大きな影響を与えかねないということだ。永遠に伸び続けるように思えたスマートフォン市場も、市場全体の伸びは鈍化が始まっているとの声もあり、ちょっとしたスマートフォン関連のネガティブな情報がきっかけで、サムスンの企業価値評価が大きく変わる背景があるわけだ。

 株価というのは、投資家からの期待と不安、両方が反映されて形成される。企業の実力がそうそう短期間で上下するわけではないが、期待が高まれば実力よりも価値は高まり、失望や不安が大きければ実力よりも評価が下がる。良い製品をつくっているとか、人気があるという単純な印象だけでは推し量ることはできない。

GALAXYの不振とスマホ市場の見通し 本田雅一氏寄稿

 前置きが長くなったが、サムスンの株価がもともと高い水準にあったところに経営環境の悪化が懸念されはじめ、そのタイミングにJ.P.モルガンの出したGALAXY S4の不調を伝える1枚の報告書が出されたことで、不安から株価が下落。一気に下振れしたというわけだ。

 直前には最初の1ヵ月で1000万台を販売とのニュースが伝わり、記録的大ヒット製品になるとの声があったGALAXY S4だが、J.P.モルガンが部品メーカーに調査をかけたところ、発注量が激減していることがわかったという。発注量削減幅は30%前後と大きなもので、その結果、同製品の出荷予想を7900万台から5900万台へ大幅下方修正したのだ。

 この“GALAXYショック”での株価下落は6%で、あっという間に120億ドルの時価総額が失われた。もちろん、前述したように株価=企業の本当の力を示しているわけではないが、不安要素は実はほかにもある。スマートフォン以外の主力事業の翳りが目立っているためだ。

 まず、半導体事業。サムスンは東芝とともにフラッシュメモリー生産で世界トップのシェアをもつが、ロジック系LSIに限ると半分近くは、アップルから受注した統合プロセッサーだった。しかし、アップルは独自開発の統合プロセッサーAシリーズを、サムスンから台湾TSMCに切り替えた。スマートフォンを巡るサムスンとアップルの訴訟合戦が影響していると言われている。

 ディスプレーパネル事業も厳しい。液晶は台湾・中国メーカーの台頭で価格競争が激しく、とりわけ大型パネルは厳しい。実用化には遠い無理筋の55インチ大型有機ELテレビを発表しながら、まともに出荷できていないのも、脱液晶、高付加価値パネルを目指すが故の焦りからだったと言える。収益性の低下が懸念されるなかで液晶パネルへの投資を抑制し、高付加価値な有機ELパネルへの切り替えを進めることで競争力を高めようという意図だった。

 しかし、時代はさらに動き、テレビのトレンドはポストフルHDとなる4K2K高精細テレビに向かいはじめた。有機ELパネルがいくら高画質や低消費電力、超薄型を実現すると言ったところで、55インチで100万円超の価格付けでさえ採算が取れない製品がフルHDでは、欲しいと思ってくれる消費者は限られる。有機ELパネルを使ったテレビの本格普及を目指すには、4K2K対応パネルに仕上げねばならない。大型ディスプレーパネルの有機EL化は、かなり困難と言わざるを得ないだろう。

GALAXYの不振とスマホ市場の見通し 本田雅一氏寄稿

 話題をスマートフォンに戻そう。スマホ一本足打法のサムスンに対する不安が噴出した形の大幅な株価変動だったが、世界ナンバーワンのシェアをもつサムスンが不調ということは、スマートフォン市場全体の変調を示しているのでは? と考えるのが順当というものだろう。

 昨今、スマートフォン市場は低価格製品の割合が増加している。先進国での需要が一巡し、台数ベースでは新興国に普及拡大の舞台が移っているからだ。たとえばスマートフォンの出荷数をワールドワイドで見ると、約8割がAndroidを搭載している。日本市場だけを見ているとiPhoneの比率はもっと高いように思うかもしれないが、低価格製品の需要が高まり(アップルのラインナップにはない)ローエンド製品が増えたことでAndroidのシェアが高まるという流れは、この数年のメガトレンドとなっている。

 サムスンのスマートフォン市場におけるシェアが伸びたのも、ローエンドからハイエンドまで幅広い製品を扱ったからだ。幅広いラインナップでシェアを取り、市場での存在感やスケールメリットを享受しながら、高付加価値のGALAXYシリーズで利幅を取っている。高付加価値端末だけで勝負するアップルのシェアが下がるのは自明で、それ故に低価格製品をどうiPhoneのラインナップに組み込んで行くのかといった話題が、昨年から幾度となく議論されてきたわけだ。

 前述のJ.P.モルガンのレポートでも、サムスンの不調はあくまでも欧州の景気後退による影響だと結論付けており、アップルやノキアといった高付加価値端末への依存度が高いメーカーよりも、今後の回復の期待は大きいと記されていた。

 実際、アップルのようなプレミアム性を売りにしているメーカーが低価格製品を新たに扱うのは、なかなか難しいものだ。製品の質は高めなければブランドとしてのプレミアム性を失うし、プレミアム性を高めすぎると既存のiPhoneと自社競合(カニバライゼーション)が発生してしまう。

 昨今の議論を見ていると、アップルよりもサムスンの方が身軽で幅広いユーザーに支持されているため、スマートフォン市場が成熟していく中にあって優位に事を進められるのではという意見も少なくない。しかし、個人的にはそう判断するのは、まだ早計だろうと感じている、スマートフォンにはまだ進歩の余地があると思うからだ。

 産業のトレンドを一企業の株価変動で推し量っていては状況判断を見誤る。スマートフォンを中心とした情報端末市場全体を俯瞰したとき、本当にこうしたメジャープレーヤーだけの論理で、今後もものごとが動いていくだろうか? いったん目線を高くもって、市場全体のトレンド(メガトレンド)について考えてみよう。

 スマートフォンを構成する部品の統合やスマートフォンをつくるためのソフトウェア技術の成熟が進み、クアルコムのように端末開発を容易にするためのプラットフォーム技術を提供するところも現われてきた。

 また、日本市場の外を見ると、中国のOPPOに代表されるように、通信機器メーカーとしては未熟だが、ソフトウェア開発能力と新しさに挑戦する意欲、優れたデザイン感覚を持つ新興メーカーも登場している。PC業界がそうであったように、イノベーションから普及にかけての前半に活躍するのは技術力や経験豊富なメーカーだが、産業としての成熟が進み分業化が進行すると、新興メーカーの力が高まってくる。このような面でも、スマートフォンの産業構造が、PCに近付いてきている。

 同じアプリが動作する他社製品の品質が上がってくれば、サムスン端末の市場での影響力は下がってくるだろう。いや、サムスンだけでなく、Androidを採用する端末全般について、差異化できる要素が限られるようになる。元より参入障壁の低いAndroid端末だが、今後さらに端末メーカーとしての参入障壁が下がるようだと、激しい競争から収益性が落ちていくだろう。どんな産業カテゴリーでも成熟とともに市場は変化するものだが、スマートフォンの普及速度と成熟速度は過去に例がない。

 今のサムスンの強みは、そうした差異化要素がどんどん減っている中でも、大きなシェアをもち、Androidへの付加機能に対する大きな投資が行なえ、またローエンド製品を含め部品購買で最大手であることだ。しかし、サムスンがこの急速な市場の成熟に対して逆らうための手立ては、あまり多くない。

GALAXYの不振とスマホ市場の見通し 本田雅一氏寄稿

 なぜなら、サムスンはあくまでもハードウェアメーカーにしか過ぎないからだ。もちろん、サムスンも独自のソフトウェアを開発し、独自のウェブサービスを展開している。それらを組み合わせることで、GALAXY Sシリーズにオリジナルの機能を組み込み、製品の競争力としている。

 しかし、サムスンに限ったことではないが、独自にAndroidをカスタマイズした部分が、製品の決定的な差となったことがあるだろうか。各Android端末メーカーの製品を使い比べてみると、ちょっとした使いやすさの面で工夫がされていることは感じられる。GALAXY S4が採用した視線検出によるスクロールなど、ナチュラルユーザーインターフェースも面白いとは思うが、ベンダーカスタマイズがプラットフォームの改良に及ばないことも、また事実である。

 グーグルが改良するAndroidというプラットフォームに対して、メーカーがカスタマイズを行なう。アプリの流通も、どんなにGALAXYが大人気でGALAXYユーザー目当てにアプリ開発者が集まったとしても、アプリはGALAXYに紐付くのではなくAndroidに紐付いている(よってほかのAndroid端末でも利用できる)。

 これは連動するウェブサービスでも同じことで、何らかのアプリケーションがあるとき、それをサムスンだけで独占できるのでなければ、GALAXYならではの強みとはならないわけだ。実はウェブサービスの中でも、エンターテインメントに特化した部分では、ソニーがSony Entertainment Networkと名付けたサービスプラットフォームを懸命につくり上げようとしている。

 しかし、これはソニーが映画、音楽、写真などのコンテンツとつながりが深いからできることで、いくらサムスンと言えども一朝一夕に独自のプラットフォームをつくり出すのは難しい。また、つくったとしても競合他社のほうに魅力があれば、そちらのサービスに浮気をしてしまうだろう。たとえばMusic UnlimitedよりもSpotifyのほうが愉しいなら、利用者はSpotifyを選ぶに違いない。端末メーカー側の視点からは、ひとつのIDで多様なエンターテインメントを統合しているように見えていても、消費者の観点からはスマートフォンの上で動くたんなるアプリにしか見えない。

GALAXYの不振とスマホ市場の見通し 本田雅一氏寄稿

 なにやら行き詰まり感を感じさせる話ばかりで恐縮だが、スマートフォンによるイノベーションは始まったばかりだ。筆者の視点で見ると、GALAXYシリーズを中心とする製品群でサムスンが世界中を席巻できたのは、アップルがiPhoneによって示したモバイル端末のイノベーションに、すばやくAndroidで乗っかり、それにいち早く企業の命運を預けるかの如くサムスンが強くコミットし、幅広いユーザーに製品を届けたからだ。

 しかし、この分野に新しいイノベーションをもたらせるのは、ハードウェア、ソフトウェア(OS)、サービスプラットフォームの全ての組み合わせを提供できるところだけではないかと思う。

 と、この原稿を実はWWDC前に書き進めていたのだが、昨晩、WWDCの初日が終わった。予定どおりiOS7(の一部)が発表され、昨今のデザイントレンドに添ったモダンな“フラットデザイン”の採用や、音楽ライブラリーのクラウド化がさらに前進した形とも言えるiTunes Radioについて発表が行なわれた。

 デザインや細かなiOS7の振る舞いについては、WWDC基調講演に出席していない筆者から詳細なコメントは避けるが、他社を含めたフラットデザイントレンドのなかにあって、半透明処理やぼかし、フォントサイズの大小、強弱の使い分けがうまいという印象だが、そこにイノベーティブな要素があるか? と言われれば、残念ながらない。

 むしろ、あまり目立っていたとは言わないものの、AppStoreの改良といった話題のほうが、スマートフォンの未来を考える上では重要だろう。スマートフォンの価値を決めているのはアプリだ。アプリのつながり、進化、拡がりが鈍化すれば、スマートフォンに対する興奮は冷めていく。AppStoreの改良により、より良いユーザーとアプリのマッチングが行なえるようになれば、スマートフォンはもう一段の進歩を遂げられるかもしれない。

GALAXYの不振とスマホ市場の見通し 本田雅一氏寄稿

 やや話が脱線しかけたが、実際の操作性は画面とタッチパネルの組み合わせによって実現するもの。今回だけの情報で何かを評価するのは早計というものだろう。前述したように、アップルに期待されるのはハードウェアメーカーでしかないサムスンやハードウェア製造に興味のないグーグルではなく、ハード(デバイス)、ソフト、サービスを統合的に更新し、新たな価値を生み出すことだ。(実はマイクロソフトのスティーブ・バルマーCEOも、昨今、マイクロソフトは自社でデバイスを扱う会社になるべきだと発言している)。

 今回はWWDCということで、おもにソフトウェア開発者に向けたメッセージが中心であり、今後、アップルが発売するハードウェアや開始するサービスに依存する部分については開示されていないと考えられる。スマートフォンというカテゴリーが、さらに一段上の舞台へと上り、イノベーションが継続されていくのか、それとも成熟への道を進むのか。

 iOS7に合わせてデザインされる今年秋の新iPhoneで、アップルが何を仕掛けるのか(あるいは仕掛けはないのか)に注目だ。

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