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アメリカの電子書籍事情でおさえておきたい9つのポイント

2013年01月16日 10時00分更新

 アスキー新書では電子版の緊急値下げキャンペーンを実施中。その連動企画として『ルポ 電子書籍大国アメリカ』著者でアメリカ在住文芸エージェントの大原ケイさんに、電子書籍の最新情報を解説してもらいました。

ルポ 電子書籍大国アメリカ(アスキー新書)

 この度は拙著『ルポ 電子書籍大国アメリカ』電子版をお買い上げいただき誠にありがとうございます(まだの方はこの機会にぜひどうぞ)。2年ほど前に上梓した本なので、今も日進月歩で変わりつつあるアメリカの電子書籍最新事情を少しでも補足させていただければと思い、以下のアップデートを付け加えます。目次に沿って書き足したので、ぜひ本書を手に取りながらお楽しみください。
う。

■1.未来型読書体験の幕開け

 2012年には日本でもNexus 7やiPad miniが発売され、kobo、Kindle、Lideoなども登場し、とりあえず電子書籍時代の「幕開け」は叶ったようですね。一方のアメリカにおいて、2012年は既に「3割」の時代になったと感じます。つまり、全米の読書人口の3割ぐらいは日常的に電子書籍を楽しみ、売れている本の3冊に1冊はデジタル版であり、大手出版社の売上げは3割ぐらいがEブックによるものになっています。

 そしてこれからも「成長率」という点では多少“失速”するものの、あと数年もすれば「5割」の時代が見えてくることでしょう。ただし、その後も10割になる、つまり紙の本がなくなることはないだろうし、これから先、Eブックが一過性のブームとして5割より減少していくこともおそらくないと言っておきましょう。しかし、正確に今後何十年に渡ってどの程度のペースで電子化が進むのかは予測しかねるのが正直なところ。私に聞かないでください。

 日本ではどう転んでも電子書籍の割合はアメリカのそれより低いままのような気がするなぁ。その要因としていくつか考えられるけど、なにしろ紙の質感だの、匂いだの、装丁のデザインだのと、“モノ”としての本に愛着があるのが日本人だから。

■2.シリコンのようにしなやかなアメリカの出版社の対応

 この本に書いた後に、全米2位の書籍チェーン、ボーダーズはあえなく倒産。デジタルの最先端でも、Googleのブック・スキャン事業が実質お蔵入り。

 2012年の米出版業界ビッグニュースと言えば、ビッグ6社のうち最大手ランダムハウスとペンギンの合併に尽きますな。この2社で売れ筋の一般書で言えば全体の4分の1を占めることになるのだから。

 他にも色んな規模で出版社や文芸エージェンシーの合併・統合が進んでいる。これは一致団結してAmazonやFacebookといったIT大企業から我が身を守ろうという後向きな対処法に思えるのだけれど……。

 その反対に、「Eブック? そんなもの、うちではやりませんよ、はっはっは」という小さな出版社が元気よかったり、出版社には最初から頼らずセルフ・パブリシングで出した本が大売れする著者もチラホラ現れるなど、ほどほどの規模で、そこそこの本を出しているような中途半端な出版社がいちばん危ないのかもしれない。

■3.アマゾンの本当の力

 日本でもようやく2012年秋からキンドルサービスが始まったので、ハードウェアの細かい仕様や実際の使い勝手などは、もう私から説明する必要もないでしょう。結局コンテンツ数というのは提供する側である出版社がクビを縦に振らないとどうにもならないので、フタを開けてみたらどこも似たようなタイトル数だったというのは驚くにあたらない。

 ただし、読み上げ機能やSNSとの連携、プライム会員への無料貸し出しサービス、そしてさらにアマゾンが日本でもテレビ番組や映画のストリーミングや、音楽配信に本腰を入れ始めたら、国内メーカーがハードだけ作ってスキマで儲けよう、などというセコいことはできないと覚悟しておいた方が良ろしかろう。

 これ以上税金を投入してナンチャラ機構を作ろうが、政府が出版社に著作隣接権なるマカ不思議なものを認めようが、AmazonやGoogleやAppleにコンテンツを提供「しない」という選択がなくなってきて、色んな国内の業界が黒船の底力に震撼することになりそう。

■4.電子書籍の値段と印税

 Eブックの値段や印税率などに関しては、アメリカでは落ち着くところに落ち着いてきていると言えるでしょう。日本と大きく違うのは、再販制がないので本に「定価」がないこと。出版社はEブックの値段があまり安すぎると、それと比較して紙の本の値段が高く感じられ、それが値崩れにつながることを懸念していたが、今のところそれはない様子。

 要するに読者は、同じコンテンツの本に対し、とにかく安ければ紙だろうがEブックだろうがどちらでもいいというわけではなく、紙ならいくら、Eブックならいくら、そして古本ならいくら、オーディオブックならいくら、という選択を与えられ、自分の価値観に従って欲しい媒体で本を買っているということなのだと思います。

 一般的に新刊書ではハードカバーがいちばん高く25ドルぐらいだとすれば、ペーパーバックが約半額の12~13ドル、Eブックだと15ドル、というのが平均的な値段でしょうか。

■5.電子書籍で70%のおいしい印税生活が実現するのか?

「セルフ・パブリッシング」といって、出版社を介さずに自分でファイルをアップロードするだけでEブックを売り出せるサービスが充実してきたのが一番の変化。中には、出版社から10%ぐらいの印税をもらって紙に刷って出すよりも儲かった場合も。

 それでも、セルフ・パブリッシングで出版社の目にとまり、紙の本でも出せてベストセラー、というのがいちばんおいしいのは昔と同じ。2011年にイギリスの著者が投稿したファン・フィクションとして話題になり、米出版社からペーパーバックが出て世界で6500万部も売れている『フィフティー・シェーズ・オブ・グレイ』のような大バケ本もあったけれど、こんな例はこれからもそんなにちょくちょく出てくるものではないでしょうね。相変わらず「宝くじ」状態で、ビッグジャンボ出ました~、といったところ。

■6.アップルが電子書籍にもたらした功罪

 ようやく今年からiBooks日本語版のサービスも始まろうとしているみたいですが、iAuthorでその可能性に開眼した身としては、拙著でスティーブ・ジョブズにEブックの「ビジョンがない」と書いた部分は撤回したいと思います。

 というのも、E Inkベースの端末はこれ以上あまり進化の余地がないけれど、タブレットならネット回線の速度と、液晶の表現力次第で、今までの本とは一線を画す未来的なマルチメディア表現が可能だと感じているから。

 そしてそのキーワードは“higher learning”になると思う。ポッドキャストやスカイプを通し、マルチメディアな“enhanced”Eブック教本が登場すれば、お勉強が大好きな日本人にとって魅力的な世界が広がっていくでしょう。

■7.本の未来をパワフルに模索している業界人たち

 拙著で紹介したEブック専門出版社、Open Road(関連リンク)はその後も順調に成長し、今やEブックの出版社ではなく、“マルチメディアコンテンツ出版社”と名乗り、スティーブ・ジョブズを題材にした映画を製作するなどさらなる躍進中。

 リチャード・ナッシュ(Eブック出版社 Cursor 創業者)は相変わらず世界中を飛び回っては、本の未来について語っているそうな。忙しすぎて最近はニューヨークでもめったに会わないぐらい。グランタ誌のジョン・フリーマンも莫言がノーベル文学賞を取る前にしっかりインタビューをしていて、感度は落ちていない模様。

■8.アメリカ電子書籍の最前線では

 新たな問題も起きています。まずは、この2年でいちばん大きかったのが、アップルと5大出版社がエージェンシー・モデルによってEブックの値段を決めたのが談合に当たると米司法省に訴えられ、和解した事件。

 1社がまだ和解に応じていない状態で、この先2年は出版社側がEブックの値段を決めるのは禁じ手となる。だからといって、米Amazonも今さら営利度外視の破壊価格でシェアを伸ばそうとはしないだろうけれど。

 そしてISBN問題。Eブックには紙の本とは違う番号をつけるべき、というところまではコンセンサスができつつあるのだけれど、Eブックの場合、フォーマット別、バージョン別に違う番号を振るのか、振るとしたら誰が管理するのか、など全てが未解決で混沌としたカオスな状態。

 ほかにも、DRMは今後外していくべきなのか、図書館に卸すEブックは劣化しないがゆえ、適切な値段や同時ダウンロード数はどうするべきなのか、問題や課題が山積みなのは相変わらず。

■9.電子書籍化は“出版文化を守る”ことにならないのか?

 この本ではあまり日本独特の問題には踏み込まないようにしたのだけれど、この2年で日本の出版業界から聞こえてくるのは、出版社が著者から「著作隣接権」なるものを引き渡すよう、政府のお墨付きをもらおうとしている問題。往生際が悪いなぁ、というのが素直な感想。

 この隣接権なるもの、要するに英語で言うところのsubsidiary rightsのことなのだろうけれど、これは本の企画が通る段階できちんと著者と出版社の間で、どの権利をどちらが引き受けて、どう活かしていくのか、最初から決めておけば済む話なのに。紙の本を出す過程で今までウヤムヤのなぁなぁでやってきたものが、書籍の電子化によってあらかじめキッチリさせなければならなくなっただけのことでしょ。

 これを機会に著者の方もあらためて「出版社から本を出す」ことにはどういう利点があって、どういう責任が伴うのか、理解しなければいけないだろうしね。出版社側にも、これからは「説明責任」の時代が来たのだと伝えたい。出版社がそれをできなければ、欧米風の文芸エージェンシーが必要とされていく、ということで。

 以上、引き続きアメリカのEブック最新事情については私のブログやTwitter @Lingualina で逐一アップデートを発信していく所存にて、よろしくお願いいたします。

 

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