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テルマエ・ロマエの次作が、よくは知らないジョブズの漫画になったワケ|Mac

「テルマエ・ロマエ」で話題のヤマザキマリ先生の新連載「スティーブ・ジョブズ」が国内外で話題騒然となっている。「テルマエ・ロマエ」とはまったく違う題材にどんな心境で挑むのか、ウォルター・アイザックソン氏の伝記という原作がある中でどのように展開するのか、なぜ少女漫画誌「Kiss」(講談社刊)なのか――気になるコトを長編インタビューで全部お聞きした。

──今回、スティーブ・ジョブズという題材で漫画を描こうと思った理由を教えてください。

 実は、講談社さんのほうからリクエストがあったんです。原作の伝記「スティーブ・ジョブズ」が発売してすぐくらいですね。だから、結構前なんですよ。日本での漫画権も含めてライセンスはすべて講談社さんが持っていて、この伝記を漫画化する作家さんを探している中で「ヤマザキさんどうですか?」とお話をいただいたのがはじまりです。
 ただ、私はその時点ではすごく忙しかったので、新しい漫画をひとつ増やすゆとりがなかった。保留させていただいていたのですが、私が描ける目処がつくまで待っていただくことになったんです。まぁ、なんでそこまで? という話になると、それは彼らなりの理由があったんだと思います。「外国人をきれいに描ける」とか、さまざまなコンディションを考慮したうえで「ヤマザキさんが適切だ」と言っていただきました。私はアメリカ在住ですし、アメリカ的な環境を描くにしても無理がないですよね。

 例えば、ジョブズが生まれたところがどのような場所で、どのような家で、どのような環境で、というのがイメージしやすいというのはあります。私は高校生の息子がいて、しかもかなりIT系が好きなので、友達を見ていると若かりし日のジョブズをイメージをしやすいんですよ。うちの近くにApple Storeがあるんですけど、みんなで集っていつもそこに寄って帰ってくるとか(笑)。だから、入りやすい環境が揃っているというのはありましたね。

 ただ、私はそこまでApple愛好家ではないですし、ジョブズに酔いしれて「この人の漫画が描きたい」という思いがあったわけではありません。息子からものすごくプッシュされて(笑)。「頼むからやってくれ」、「いいからとにかく伝記を読め」、「ほんとにママはわかってないけど、すごい人なんだから」と……。それで私もなんとなく既存のイメージをいったんイニシャライズして、もう一度新たな気持ちで原作を読んでみたんです。そして読んでいくうちに、「あぁ、なるほどな」と。ある意味、私の周りの環境にいる変な人たちに似ているなと思いました。だけど特異ですし、すぐに生まれてくる人ではないので、描き応えがありそうだと思ったんです。お声をかけていただいてから、1年以上経ってやっと始動させられました。

 原作を読んでみて、これはこれでジョブズの人となりが出ていると感じたんです。また、'60年代から'70年代という時代はすごく好きでしたし、その中で彼がフラワーチルドレン的なことを経験してインドに行ってみたりという部分にも惹かれましたし、感情移入できそうだと思いました。時代背景がほんとに微妙ですよね。私が完全にいなかった時代のことを描くわけではなく、なんとなく身に覚えのある高度成長期のアメリカが舞台になっていますし、それはきっといまのアメリカとは違っていて、人々の様子も違っていたのだろうと……。いろいろ予測していくと楽しいんですよね。
 それからは、別の本を読んだり、親しい友人がNHKでドキュメンタリーを作っていたのでそれを見たりしました。ジョブズに関する記事やニュースがあれば注意して見たり、いろいろ触発はされましたね。新製品が出たら、息子と一緒にApple Storeに行ってみたりもしました(笑)。

──原作がある作品を漫画化するということに関してはいかがでしょうか?

 まず、全部は描けないんですよ。全部忠実に描こうと思ったら、最終的には何十巻にもなってしまいます。ジョブズという人物がなんなのか、要するにMacintosh(Mac)がなんなのか、というところにつながっていくのが大事なポイントなので。そこに直接つながっていくエピソードを大事にしたいと思っていますし、そこに付随するエピソードがおもしろそうなら入れます。
 原作を読んでいると、どんどん自分の中でカテゴリーが分かれて優先順位が付くんですよ。その中で、はしょったりまとめたりしていきます。漫画の1話ぶんは40ページというページ数が決まっているので、そこでいい具合になるよう考えますね。次に引っ張れるようにするにはどしたらいいか、など……。1話目から悩みましたけどね(笑)。

原作がある中でどのように漫画としておもしろく展開するのかに迫ります!

──漫画にするエピソードの選別はヤマザキさんがなさるのですか?

 そうですね。ただ、原作を執筆したアイザックソンさんに私の絵を見せて、「こういう絵だったらいいよ」ってことで承諾もいただいています。原作を基盤に描きますが、何もかもその通りにやらなきゃいけないのかと言えば、そうじゃないだろうと思うんです。とはいえ、私的にはあんまりいじりたくない部分もあり……。難しいのですが、読んでいるとわりと整理されてきますね。これはいいやとか、こっちのほうをピックアップしようとか。

 ちょこちょこした漫画を描きたくないんです。やっぱりジョブズ自体が、そしてMacintosh自体がミニマリストじゃないですか。だから、あまり背景とかも入れたくないし、外国人が思っているような日本の漫画っぽくはしたくないんです。すごくシンプルに、だけどインパクトがある感じを目指しています。コマの切り方とか配置とか空間とか、「ジョブズがもし読んだらどう思うかな?」と考えながら描いていますね。彼に気に入られるものを描きたいと。
 だから言葉も必要最低限で、文章も少なくしなきゃいけないなと思っています。もしそこで気になることがあれば、原作本を読んでいただけばいいわけですよ。それに、ジョブズについて書かれているものは表現媒体として山のようにあります。漫画という表現媒体でどうすべきか? という部分で、私なりのとらえ方でやっています。

──原作があると、あまり突飛なことができないと思います。おもしろくする工夫などありますか?

 ジョブズの人となりというのを掴まなくてはいけないと思っています。こういう場面ではこんな顔をしていたかもしれないというのは、本である原作には書かれていません。それを知るには、ほかの資料も見なくてはいけないんです。ドキュメンタリー番組なども見ましたし、YouTubeなどでジョブズの映像は見ましたね。

 それに、原作のジョブズはあくまでアイザックソンさんのフィルターを通して見たものなので、ジョブズ本人が見たらどう思うかということを考えなくてはいけないんです。もしかしたら、「ここはきちんと書いてくれなかった」、「ここはもっとこういう感じなんだ」とかもあるかもしれません。おもしろかったのは、ジョブズが大学で一緒に寮をシェアしたコトケという人物がいるのですが、原作の中では「ジョブズは最初からひねくれていて扱いにくいすごく嫌なやつ」という入り方をしているんですけど、コトケ自身は「ものすごく物腰の柔らかくて静かな人だった」と言っているんです。ジョブズには、すごくシャイな部分があり、それを隠すために突っ張っていた部分もあった、ということを認識していかないと片方のとらえ方だけになってしまいます。

 私も単純に原作をそのまま絵にしたいわけではないので、私なりにイメージするジョブズがいったいどんな人となりなのか考えますね。46年生きてきて、いろんな人を見てきていますし、幸い周りにはMac好きのエンジニアとか左脳系の人が大変多いのでイメージしやすいです。アイザックソンさんが作り出したイメージから膨らませようとするのだから、本を読んだりほかの人の意見を聞いたりして、自分のイマジネーションを使わないとダメだと思います。

──1話1章という感じで進むのでしょうか?

 いえ、そういう意識はありません。原作のこれ以降の部分について、こうしてああしてということは考えてないですね。1話ぶんの話を作るときに、もういちど原作を読みます。そこでスクリーニングしていって、これは描く、これは描かないと選別し、一度すべてエピソードを書き出すんです。それを40ページで割っていって、もう少し先まで入れたいけれど、今回はここまでだな、とか決めていきます。2話目はウォズニアックと出会うシーンからもう少し進展的なほうまで描きたかったんですけど、ふたりの結束感というか、どれだけのひらめきで一緒になったか、ってことだけで終わってしまいます。

 漫画の初期の段階では、ジョブズの人となりを紹介していくのがすごく大事だと思っています。登場する機械の詳細は、私の漫画じゃなくてもいろんなところで、それこそMacPeopleさんで知ればいいと思うんですよ。漫画という媒体の中で、人間をどう表現したほうがいいかってことですよね。それは私がうまく料理をしなくてはいけないんだと思います。

──プロとして、原作を漫画化する意識のほうが強いわけですね。

 そうですね。これがもし、ジョブズやAppleに対してすごく私の思い入れが強いと、客観的に受け取れないと思うんですよ。Mac好きの中には熱狂的な人もいると思うのですが、ちょっとした言葉でも「ジョブズはこんな人じゃない」って感じる可能性が出てきますよね。そうすると、ジョブズをどうとらえていいのかわからなくなります。離れた第三者的な目で客観的にとらえなくてはいけないわけで、それがまず第一の条件だと思うんです。ジョブズが私に語りかけていることを描くわけではなく、すでに誰かがとらえたジョブズというものを描かなきゃいけないので難しいですね。熱狂的に入り込みすぎちゃうと、アイザックソンさんが書いたものとは違ってきてしまいます。だから、私はちょうどいいスタンスじゃないかなと思いますね。

ヤマザキマリ先生インタビュー
原作本の「スティーブ・ジョブズ」はiBookstoreでも販売されている。

次のページでは、スティーブ・ジョブズの伝記という題材をなぜ少女漫画誌でやるのかについてお伺いしました

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