昨今、スマホの世界で爆発的に増えたのが、ARアプリだ。現実の街にタグで情報を重ねる『セカイカメラ』を皮切りに、カメラでQRコードのようなマーカーを読み取ると3Dグラフィックが出現するタイプのアプリが山のようにリリースされてきた。
KDDIが昨年12月に発表したARの新ブランド“SATCH(サッチ)は、そんなスマホのARをもっとおもしろくしてくれそうな新プラットフォームだ。現在は、ARアプリの開発に使える“SATCH SDK”を公開中。さらに3月3日には、一般向けに『SATCH VIEWER』をリリースした。いずれも無料で提供するという裏には、どんな意図が隠されているのか。新規ビジネス推進本部の伊藤盛氏にインタビューして、詳細を教えてもらった!
──KDDIさんは以前からARの分野に力を入れられてきましたよね?
伊藤 ええ。セカイカメラの頓智ドットとも'10年8月に資本提携しています。それとはまた別に、KDDI研究所でもARの研究をしており、“手のひら認識AR”が代表的です。スマホのカメラを手のひらにかざすと、キャラクターが出てきて音声に合わせて踊る『てのりん』というAndroidアプリもリリースしました。もともとはケータイのボタンより直感的に使えるインプット方法を追求して手のひら認識に行き着いたもので、例えば、手のひらを開くとアプリの一覧が出てきて、傾きでアプリを選択しグーでアプリが起動するような使い方も想定していたんです。
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KDDI「手のひらAR」はARの限界を突破するか?(ascii.jp)
てのりん
──そこからSATCHに行き着くまで、何があったんですか?
伊藤 モバイルの世界におけるARをもう一歩進めるにはどうすればいいか。頓智ドットとの提携でも、エアタグと一緒に写真を撮れる“エアショット”などの機能が生まれましたが、そうじゃなくてわれわれ自身でももっとARをやっていきたいと考えたわけです。1年ぐらい世界中のAR関連のソフトハウスと話してきて、世界トップレベルの画像認識技術をもつフランスのトータルイマージョンと業務提携しました。
伊藤 AR開発キットの“SATCH SDK”では、そのトータルイマージョンの画像認識エンジン“D'fusion(ディーフュージョン)”を利用しています。PCで使う『SATCH Studio』というオーサリングツール、iOS/Android向けのライブラリー、あとは日本語化したドキュメントやサンプルアプリを大量に用意しています。
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SATCH Developers
──ズバリ、SATCH SDKは何がスゴいんですか?
伊藤 高性能なうえに無料という点です。これまでARの画像認識ライブラリーは、それなりのものを使おうとするとかなり高額でした。『D'fusion』も普通に使おうとすると、年間で百万円単位がかかるので、ベンチャーや大学の研究室が手を出して、いろいろなサービスづくりにチャレンジするというのが難しかったんです。だから今回の提携の中で、KDDIがマスターのライセンスを持って、無料でSDKを配布していくようにしました。誰でも高性能なエンジンを入手して、世の中にアプリを出していける環境をつくろうと考えたのです。
── 無料で使えるAR開発ツールというと、かの有名な『ARToolKit』を思いつきますが……。
伊藤 『ARToolKit』は、シンプルなマーカーをきっちり置く必要がありますが、『D'fusion』はロバスト性(周囲の環境が変わったときでも認識し続ける強さ、安定性)が高い。さらに“SATCH SDK”は顔認識にも対応しています。顔の誰かまでは判断できませんが、顔かどうかを推定して追うことは可能です。『Lua』というプログラミング言語が必要になりますが、アイデア次第でかなりおもしろいことができます。
伊藤 '09年ぐらいから、企業プロモーションでARを使う例が増えてきましたが、企業の要求するクオリティーには無料のツールでは耐えられない。しかし、有料のSDKだと高額すぎる。そんな現状をKDDIが切り崩せないか、というのが今回のチャレンジです。
伊藤 もちろんSDKを配布して終わりというつもりはなくて、KDDIもARの魅力を伝えるオリジナルサービスをどんどん提供していくつもりです。また、アイデアを持った開発者やクリエイターをどう巻き込んでいくのかも重要と考えています。そもそもオーサリングツールの『SATCH Studio』はわかりやすくて、プログラミングをかじったことがある人なら少し勉強すれば使えるようになるはずです。とはいえ、はじめの一歩を踏み出すのはハードルが高いから、KDDIで講習会などもやっていければと考えています。
──開発ツールの難易度はそんなに高くないという。
伊藤 マニュアルもしっかり用意しましたので、基本的には趣味でアプリをつくってる人なら触られると思います。むしろハードルになるのは、印象的なARコンテンツをつくるために3Dのモデリングが必要になる点ですよね。そこは、開発者だけじゃなくて、デザイナーやクリエイターの協力が必要になるかもしれない。逆に言えばクリエイターがいかにARに可能性を感じてくれて、開発者とアプリをつくっていってくれるケースが増えてくるかが今後のAR普及のためのポイントになると思います。
伊藤 今でもサンプルアプリをかなり多く用意しているので、仮に3Dモデルしかつくれないクリエイターでも、簡単なARアプリはつくれるはずです。例えば、すでに持ってる3Dモデルと画像素材を組み合わせるだけで、カメラをロゴにかざすと、キャラが出てきて動くアプリがつくれちゃいます。現状、SATCH Studioが対応しているモデリングソフトは、『3ds Max』と『Maya』で、我々が配布しているエクスポーターを利用して、3Dモデルを『D'fusion』向けに書き出します。
──3Dソフトというと、ニコニコ動画などでは『MikuMikuDance』(MMD)が流行しています。MMD対応はありますか?
伊藤 エクスポーターは今後増やしていく予定で、MMDも変換ツールを用意したいです。MMDやボーカロイドの市場は意識していて、『てのりん』でも、実は“かりん”というオリジナルキャラクターのMMDモデルを配布しています。初音ミクのクリプトン・フューチャーメディアともコラボして、『てのりん』に登場させる初音ミクのオリジナル衣装コンテストをピアプロで行ない、最近その入賞作品を発表しています。
伊藤 できれば手のひらARのライブラリーも“SATCH SDK”に統合していきたい。特に3Dモーションは一般のクリエイターが時間をさいてつくっているものなので、それを誰かに手軽に見せる場のひとつとして手のひらARがあってもいいと思うんです。ARを出すきっかけになるものは、すぐに手に入るというのが重要。SATCHの記者発表会のときにも、江崎グリコ、森永製菓、サントリーといった誰もが入手しやすい商品を販売する企業とのコラボでARを見せてきました。
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KDDI×ピアプロコラボ企画「てのりん初音ミクのオリジナル・コスチューム大募集!」
──話を聞いているとかなりおもしろそうですが、本当に無料で使えるんですか?
伊藤 フィーゼロで商用利用も可能になってます。ARは何年後かに必ずブレイクするといわれているものの、今のようなおもしろいことをやろうとするとたくさんお金がかかる状態では市場は伸びないだろうという危機感があった。だからKDDIというある程度体力がある企業が無料でSDKを提供して、その状況を変えていきたい。収益化はその先で、最終的にARならKDDIという認識が形成できればいいよねと考えています。
──3月3日に出た『SATCH VIEWER』は、どういった内容でしょうか?
伊藤 KDDIが理想とするモバイルARビューワーをつくるというのがコンセプトです。最終的には、様々なARコンテンツを再生するプレイヤー機能、ARアプリを紹介するポータル機能、あとはモバイルオーサリング機能という3つの機能が主な機能として実装する予定です。3月3日に提供開始したバージョンは、まずプレイヤー機能のみの簡易版としてリリースしました。“第14回 東京ガールズコレクション”のパンフレットと連動したコンテンツを3月3日より提供中です。また、3月10日発売の『アニメージュ』に掲載される『電脳コイル』の各キャラクターと連動したコンテンツも提供する予定です。
伊藤 今後実装するモバイルオーサリング機能は、かなりARを身近にするものとなると考えています。今までARコンテンツをつくるにはPC上で専用ツールを使ったオーサリングが必要でしたが、それがスマホで完結するようになります。具体的には写真を撮って認識対象とし、その上に重ねる映像やメッセージを指定することでARコンテンツがつくれてしまう。例えば、AR付きの年賀状のように、メールをデコレーションして送る感覚でARを使えるようになる。SDKは開発者やクリエイター向けですが、ビューワーは主婦層なども含めた本当のコンシューマー向けなんです。
──それはスマホ自体のカメラ機能に組み込まれると、さらにおもしろいことになりそうですね。
伊藤 そうした端末の標準カメラにSATCHのエンジンを組み込んで、だれでも写真を撮った後にARを楽しめるということを'12年度はアプローチしていきたいですね。
写真を撮影 |
認識対象を設定 |
表示するオブジェクトを選択 |
表示するテキストを入力 |
表示する写真を添付 |
AR空間に表示 |
──プレイヤー機能では、どんなARアプリを動かせますか?
伊藤 画像認識だけでなく、位置情報ベースのARアプリも動かせます。例えば、モバイルサイトで銀行のATMの一覧が載ってるページがあって、そこにある“近くのATMを探す”ボタンを押すと、カメラが起動してATMの位置を表示してくれるようなアプリがつくれます。
伊藤 ポータル機能では、プレイヤーをきっかけに、もっと企業のARアプリも認知度を高められればとも考えています。今までARアプリをつくっても、ダウンロード数がいまいち伸びないという体験をした企業もあるかと思います。『SATCH VIEWER』はウェブブラウザーで使われてる“Webkit”ベースなので、アプリ内で普通のウェブサイトを開ける。カメラを呼び出すコードさえ規定するだけで、AR対応のウェブサイトをつくれてしまう。自社サイトを『SATCH VIEWER』で見てもらって、カメラを起動してAR体験ができるわけです。
伊藤 これまでARとウェブの世界は切り離されていたけど、AR側からウェブの側に近づいていく。モバイルサイトを構築していく上で、ウェブ制作会社が自然とARを取り入れてくれるような世界を目指したい。『SATCH VIEWER』で紹介するのにもお金はかかりません。
伊藤 3月31日まで技術評論社とアプリコンテストの“察知人間コンテスト”を開催してます。1次審査はアプリのアイデアだけでオーケーですので、ぜひ興味を持った方は応募してください。
●関連サイト
第1回 察知人間コンテスト
※2月中のインタビューでしたが、3月3日に『SATCH VIEWER』がリリースされたため一部内容を拡充してお届けしております。
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