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香りや触り心地も拡張する ARの第一人者・稲見昌彦教授インタビュー

2012年02月14日 21時00分更新

 週刊アスキー2月28日号(2月14日発売)掲載の特集『マーカーレスにニコファーレ、NEWラブプラスまで! 最先端AR(拡張現実)で世界が変わる』連動インタビュー第1弾。

 日本のARの第一人者でもある、慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科(KMD)の、稲見昌彦教授にお話を聞いて、五感を揺さぶるARの新技術を教えてもらった。

稲見昌彦教授インタビュー

■テーブルで家電を操作 リモコンレスの快適生活!
『CRISTAL』は、慶應義塾大学、東京大学、アッパーオーストリア応用科学大学で共同研究している、ARで家電を操作するシステムです。まず部屋を上からカメラで撮影して、その様子をテーブルに投影します。テーブルに映した家電を指で触ると、パネルが出てきて操作できるという流れです。たとえば、明るさを調節したり、DVDをプレーヤーにセットして再生できます。ルートを指で描いて、ロボット掃除機の移動場所を決められます。

稲見昌彦教授インタビュー

 ARのポイントは、空間の位置関係を保ったまま情報を重ねるところにあります。世の中の多くの家電製品は、位置的な関係性がありません。一番の典型はライトで、今は電気屋さんの都合で壁にスイッチが付いてますが、どれを押せばどのライトが反応するのかわかりにくい。パソコンがグラフィカルなインターフェースで変わったように、デジタル家電もARで変わるわけです。

『CRISTAL on multitouch coffee table』

■皮膚下の血管位置がARでわかる
『VeinViewer』はすでに製品化されている医療機器です。人の皮膚を近赤外カメラで観察すると、皮膚下の血管が見えるんです。そのカメラで得た映像をプロジェクターで肌に投影するというシンプルなシステムです。

稲見昌彦教授インタビュー

 熟練していない看護師さんに採血のために何度も針を刺され……という話はよく聞きますよね。この機器を使えば、どこに刺せばいいかすぐわかるので、少し知識があれば作業できます。今までも皮膚の下をのぞけるセンサーはありましたが、それをプロジェクターと組み合わせて、同じ位置に投影できるようになったことで、まったく違うアプリケーションができたわけです。

『VeinViewer: technology on varicose veins treatment』

■玉子の黄身だけむける触覚のAR
 触覚のARは、人が触れないものを触れるようにして作業を支援してくれます。『SmartTool』はロボットアームで触覚をレンダリングし、重畳するシステムです。例えば、ユーザーがペンを水と油の入ったコップに入れると、ペン先で水と油の違いを検知し、油に触った際、ゴムのような触感をロボットアームで再現するという仕組みです。

稲見昌彦教授インタビュー
稲見昌彦教授インタビュー

 メスに応用すると、ゆで玉子の黄身だけ切ることができます。メスの先端にある色センサーで毎秒1000回ぐらい色の違いを検出し、色が変わるとロボットアームを反対側に引っ張るようにすると、玉子の黄身がクルミのカラのように固く感じられます。そうすると壁を感じて、黄身を傷つけずにきれいにむける。将来的には、手術の際、重要な器官や神経などを保護するために使われるかもしれません。

『SmartTool(Short Ver.)』

■ボタンが触れる! 電気触覚ディスプレー
 電気通信大学の梶本研究室でもおもしろい触覚のARが研究されています。人間の皮膚下には、4種類の受容器が存在していて、その刺激の違いで凹凸を感じています。視覚の光の三原色に対するRGBのように、皮膚表面を刺激する電気の周波数を変えることで、そうした触覚の違いを再現しようという研究が進んでいます。

稲見昌彦教授インタビュー

 それを応用したのが『電気触覚ディスプレー』で、映像を触覚に変換できます。駅の自動券売機やスマートフォンなど、タッチパネルの製品は視覚障害者の方がわからない。そこでディスプレーに映し出されたボタンを触れるようにすることで、操作できるようになります。指ではなく、おでこに512電極のディスプレーをつけて、見ている方向にあるものを検知することにも使えます。

『大学院オープンラボ_梶本研究室』

■クッキーの味を自在に変えられる味覚のAR
 よく入れ歯にするとご飯がまずくなるという話がありますよね。美味しいかどうかを感じてるのは舌のはずなのに、なぜ入れ歯で味が変わるのか。それは人間が見た目や匂い、歯ごたえでも味を感じてるからなんです。ARは五感を分けて研究されてきましたが、食べるとか柔らかいといった感じ方は、複合した感覚で成り立っている。それをうまく利用したのが、東京大学、廣瀬・谷川研究室で生まれた『メタクッキー』です。

稲見昌彦教授インタビュー

 まずプレーンクッキーに味ごとのARマーカーを付けます。そのクッキーをヘッドマウントディスプレーのような装置をとおしてみると、たとえばレモンクッキーに見えたりする。食べる際にレモンの匂いを流すことで、味の変化も体験できます。

『Meta Cookie』

■実は40年前に研究されていたAR
 ARの歴史は古くて、最初は爆撃機の照準を合わせる用途でヘッドアップディスプレーに使われていました。研究として有名になったのは、'68年にアイバン・サザランドがつくったヘッドマウントディスプレー(HMD)。世界で初めて、バーチャルリアリティー(VR)とARを実現したシステムで、HMDをかぶると実世界の中に立方体のキューブが浮いていて形を変えられるというモノでした。

 ARというと、Augmented Reality(拡張現実)の略称として用いられますが、かつては“Artificial Reality”(人工現実)の意味で使われていたんです。 その後、研究者の間では、人が感じる世界のエッセンスをどうコンピューターに置き換えていくかというVRのほうが盛り上がっています。ジャロン・ラニアーのように思想的なところから始まった研究も多くて、身体を重力や現実世界から解放することを目指して30年ほど研究されてきましたが、どうもブロックを組み立てる感覚以上のものは出てこなかった。じゃあ実世界のほうがおもしろいのではという考え方に戻って、ここ10年ほどはARが注目されてきました。

 '99年にはARのソフトウェアライブラリー『ARツールキット』が登場して、研究者の間でマーカーを使ったARがブームになりました。まだ、3Dグラフィックスを描くのにシリコングラフィックス(SGI)のワークステーションが必要だった時代で、私自身も機材を買うために予算書を書いていたりしました(笑)。当時はまだインタラクションデザインの領域で、どういう形で世の中に出て行くのか見えてなかった。そこに多様なセンサーとカメラを内蔵したiPhoneが登場したことで、そろそろビジネスとして考えてもいい時期になってきたという流れです。

稲見昌彦教授インタビュー

■ガスや炭酸飲料もある意味、ARの仲間
 ARは“拡張”の方ばかり注目されがちですが、大切なのはリアリティーの捉え方です。人間は五感という窓をとおして世界を見てるので、窓にフィルターをつけてあげれば見え方が変わる。

 童話『オズの魔法使い』では、主人公のドロシーが魔法の国は全部エメラルドでできていて、まぶしいのでサングラスをかけろと忠告されます。サングラスをかけたドロシーはエメラルドだらけとよろこぶけど、何のことはないサングラスの色がエメラルド色だっただけという話です。

 都市ガスは本来は無臭なのに、人工的に腐敗臭 (メルカプト臭)を加えることで、ガス漏れが起こった際に人間が気づくようにしています。無果汁の炭酸飲料にはグレープやオレンジなどさまざまな味がありますが、それは色や香りで変えていて、実は鼻をつまんで飲むとほとんど一緒の味になります。世界そのものは同じでも、フィルターをとおすことで感覚が変わる。それがARの考え方です。

 人間は五感だけで世界を検知して、脳内で感覚を再構築しているのでバグが多い。そのバグをうまくつくと、感覚が変わる。ARの研究は3つのハックが必要。ひとつはコンピューターのビットハック。2つ目はハードウェアをつくるときのアトムハック。最後はヒューマンハック。3つをうまく使うと人間の体験やその人の世界を変えられるんですよね。

●関連サイト
稲見研究室
梶本研究室
廣瀬・谷川研究室
アッパーオーストリア応用科学大 メディアインタラクション研究室

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