8/29(土)、8/30(日)の2日間開催となった“智のエンターテインメント”第参回天下一カウボーイ大会。遠路はるばるご来場いただいたみなさん、本当にありがとうございました。
さて、当日の動画や本格的なレポートは、今後週アスが関わる様々なメディアで露出していくとして、ひとまず登壇してくださった全参加者のロデオの内容を紹介していきます。どのロデオも、本来なら内容を余すところなくお伝えしたいものばかりです。このレポートで少しでも現地の熱気が伝われば幸いです。
- 1日目 基調講演 古川享(慶應義塾大学メディアデザイン研究科教授)
「“魂を継ぐものたち”へ オールドカウボーイからのメッセージ」と題して、自身の豊富な経験から得たリーダー論をはじめ、いま世界で台頭しつつある新しいテクノロジーを、まるでTVのザッピングのように次々に怒濤の情報量で語っていく基調講演。内容は、事前の対談で話題にのぼった、北京五輪に採用された超高速ネットワーク型の新世代の放送機器をはじめ、スマートフォン、小型デバイス、電子ペーパーの市場性(世界53兆円の市場のうち、6兆7000億円あまりが電子ペーパー)からIP-TVの法律上の問題にまで及ぶ。私を含め場内の参加者全員を圧倒していた。(詳細は近日公開の動画レポートにて)
↑アスキー出版入社後、月刊アスキーの副編集長、ソフト開発事業に携わる。'86年からマイクロソフト日本法人の初代社長を務めた経歴はあまりにも有名。 |
↑本日の基調講演のテーマ。自分がやってきた仕事と、いま世間の舞台裏で使われ始めている新しいテクノロジーへの洞察を中心に考察。 |
↑個人史を紹介するなかで出てきた月刊アスキー時代のIDカード。1982年、28歳のときの写真だ。 |
↑古川氏の考えるリーダーシップ像。“英雄型”と“参加型”に大別し、戦略の発生と伝達の仕方の違いを考察。 |
↑なにかを成すためには明確なビジョン・ステートメントが必要として、自身が`79年に月刊アスキーの後書きに書いた文章を紹介した。現在のコンピューターで実現されていることが、30年前の時点で具体的に言及していることに驚かされる。 |
↑放送技術の今後の技術トレンドについて触れた一説。このアジェンダに従って、各項目の技術解説や日米を取り巻く環境の違いについて話題が進んで行く。ワークフローの変貌については、対談でも詳しく語られている。 |
- ロデオ1 西川徹(Preferred Infrastructure 代表取締役)
はてなの検索エンジンに採用されている『Sedue』の開発元、プリファード・インフラストラクチャーの西川氏。GoogleやBingをはじめとして、当たり前だが、ウェブを使う上で検索エンジンを使わない日はない。その日常における距離感に比べて、検索エンジンにまつわる技術的トレンドや仕組みについては、ほとんど何も知らないという人も多かったのではないだろうか。
西川氏のロデオは、ともすれば難解で学術的な専門分野の世界に飛び込んでしまいそうな話題を、アキバに出入りする程度のコンピューター好きなら、誰にでも大半が理解できるレベルの平易な言葉で語られていたのが印象的だった。
ロデオの入り口を、「なぜデータをインデックス化する必要があるのか」という本当の初歩の初歩から始め、20分の間に、主要なインデックス手法の得手不得手の解説、自社で取り組んでいる高速化の概念など徐々に深い話に進んで行く。
西川氏曰く、全文検索を高速に行なうためには、ストレージの読み取り速度は1つのキーであり、その点でHDDはレイテンシが(たとえばメモリーに比べて)非常に遅い。一方SSDは、HDDに比べて1ケタ速い速度でのランダムアクセスが可能なため、アルゴリズムを最適化することで大幅に高速化できる余地がある。ただし、ストレージをHDDからSSDに置き換えただけでは、数倍しか速くならず、コストが割に合わない。SSDの真価を発揮させるには、SSDの特性を理解したアルゴリズムの最適化が不可欠だという。
↑プリファード・インフラストラクチャー代表取締役の西川徹氏。平易な言葉で難解かつ高度な検索技術の基礎を解説するスタイルが印象的。個人的にも興味深かった。 |
↑現代の全文検索技術の流行や問題点について言及したあと、SSDを使うことによる高速化でロデオをシメに入る。SSDをうまく使えば、HDDに比べ1ケタ下のレイテンシで読み出せる点に注目した。 |
↑ストレージをHDDからSSDに交換するだけでは数倍程度しか速くならない。費用対効果を考え、「100倍は速くしたかった」(西川) |
↑これが、噂の10万円サーバー。世界中のWikipediaのデータ(50GB)を0.03秒(!)で超高速検索できるとの説明には、思わず会場がどよめいた。 |
- ロデオ2 神谷栄治(アイビス代表取締役社長)
ケータイ用ブラウザーやメールアプリ、ibisシリーズで知られる神谷氏。仕事が終えた、24〜27時の間を趣味プログラミングにあてているそうで(まさにCode is Love)、現在ハマっている自律移動ロボットの開発について語った。
このロデオが興味深いのは、完全に個人レベルで自律型ロボットを開発できる環境がすでにあるということだ。マイコンは当然として、各種センサーなども「これが定番」というものが存在するそう。構成パーツ自体は比較的安価なので、「あとは自分の腕次第」というところがいかにもカウボーイ的だ。
↑ibisブラウザーやibisメールなど、ケータイアプリで有名な(株)アイビスの神谷氏のロデオ。 |
「金にならないプログラミングは最高に楽しい!」ということで、趣味で開発中の自律ロボットを『Aibi』を紹介。 |
↑聴衆参加していたロボット専門家は、「普通一年でそこまでいかない。ほんとすごい」とtwitterでコメントしていた。 |
- ロデオ3 山田達司(NTTデータ BS事業本部課長)
山田氏といえば、Palmを使ったことがある人なら足を向けて寝られない人物。海外版Palmを日本語化するJ-OSを、完全に手探りの状態で独自開発し、Palmの日本での普及に尽力した。
筆者もPalmユーザーだったので、J-OSを開発するに至った経緯や、そこで何が行なわれていたかは非常に興味深い。SDKを眺めながらハックの糸口を発見していくくだりは、まさにスーパーハッカーそのもの。
本業で関わるフリーオフィス化のプロジェクトは、3Kと言われるプログラマーの仕事環境を、少しでも改善したかったからだそうだ。
席がなくなってしまうことに関しては、在席か否かの推測を自動で推測するツールを開発。また誰かと打ち合わせする際に本当に手すきか確認するための遠隔操作ウェブカムシステムや、大画面テレビを利用した電子ポスターなども考案した。便利にするためのアイデアを次々に発明していくあたりが、Palmの利用環境を便利にする数々のツールを開発してきた“神様”らしい。
↑作業効率向上のため、出社しているかを個人に関連するデータから“推論”(!)する在籍確認用のツール。フリーオフィス化したことで社員の負担を増やさないための工夫だ。まさに社内カウボーイ。 |
フリーオフィスでは、PCまでロッカーにしまってしまう。そのため、簡単なことはすぐに調べられるよう端末を部署の各部に設置するなど、コミュニケーションの円滑化のためのアイデアを盛り込んだ。 |
- ロデオ4 長尾確(名古屋大学情報科学研究科 教授)
180ロデオの審査員も務める長尾教授のロデオは、「人間を賢くする会議の仕組み」。会議を効率よく進め、会議が終わればメタデータ付きでコンテンツ化された議事録が生成される——というシステムを開発し、この5年間、総計200時間に及ぶ会議で実際に使用している。
操作インターフェースは、なんとハックしたWiiリモコンだ。5年間の間にUIが相当熟成されているようで、会議用のスライドの文字を自動認識してWiiリモコンで下線を引いたり、レーザーポインター的に使ったり、あとで議論したいトピックを別の画面に転送して掲示しておいたりなど、実践的な機能を備えていた。
会議をコンテンツ化しやすくするため、会議を聴く側も全員がWiiリモコンを持ち、発言する際はジェスチャーをしてから発言することで、新しい話題なのか、継続的な議論なのかを判別。こうすることで、議論を話題単位でうまく階層化することができる。会議の模様の一部はウェブで公開されており、実際に見ることができる。
- ロデオ5 太田一樹(Preferred Infrastructure CTO)
初日のロデオのなかでも、桁違いのコンピューティングの世界を垣間見られたのが太田氏のロデオ。先日、米IBMのスーパーコンピューター『BlueGene』開発のインターンから帰国したばかりという、コンピューティングの最先端を突っ走る若手カウボーイだ。
スパコンの世界は、なにをするにもケタが2つ3つ違ってくるため、スパコンの常識を聴いているだけでも妙に高揚してくる。たとえば、世界第三位の速度をもつBlueGeneのコア数は16万コア(世界トップ3はどれも10万コア以上)。それらが1台も壊れずに動作するのは1週間程度。これでも、十分長く持つほうだという。なぜなら、仮に普通のPCが3年で壊れるとすると、16万台では200秒に1台壊れる計算になってしまうのだとか。コーヒー1杯すら、ゆっくり飲んでいられない。
また、技術的トレンドとしては、実は高速CPUを大量に搭載するのではなく、800MHz程度のCPUを大量にボードに実装するのが流行だそうだ(BlueGeneはPowerPCを採用している)。太田氏曰く、スパコンの技術は10〜20年で一般に降りて来るという。実際、極端な並列化がなされているのは、クロック上昇の限界値がすでに飽和しているからだと語っていた。
ロデオのあとにコメントした古川氏によれば、スパコンは理系の専門家しか使えないのが1つの問題で、エクセルのワークシートを使って、スパコンを文系の人たちに使ってもらう試みが始まっているとのこと。また、インテルが開発中の80コアCPUは、処理性能もさることながら省電力性(使わないコアの電力消費が非常に少ない)に優れているそうだ。こう聞くと、一般家庭にメニーコアPCが置かれる時代が本当に来るのかもしれないと、妙な真実味を感じてしまう。
↑東京大学の学生にして、プリファード・インフラストラクチャーのCTOを務める。スーパーコンピューターの専門家で、米IBMのスパコン開発のインターンから帰国したばかり。 |
↑IBMの世界第三位のスパコン『BlueGene』と、なにもかもが非日常的な規模のスパコンの世界について語る。たとえば、BlueGeneの搭載コア数は、16万コアに及ぶ。“10万コア越え”は、この世界ではごく普通の話だそうだ。 |
↑BlueGeneとGoogleのサーバーを比較。BlueGeneの場合、ハーフラックボードにPPCのモジュールを32基搭載する。Googleのサーバーとは集積度が大きく異なる。 |
↑大量のノードを持つスパコンならではの問題として、耐故障性を挙げる。近い将来に訪れる100万コアクラスでは、故障を前提としたシステムづくりが不可欠になる。 |
- ロデオ6 布留川英一(ユビキタスエンターテインメント テクニカルディレクター)
司会の清水亮氏、シン石丸氏らとの対談形式となったトリを飾るロデオ。ソフト開発者の間では、布留川氏は多忙なソフト開発の合間にプログラム解説書籍を多数執筆してしまうことで知られている。実際、参加者の間でも布留川氏の著作を読んでプログラミングを覚えた、という人もいるほど。現在19冊の書籍を上梓している。
独特の癒し系の口調で2000年前後から現在に至るまで、自身がが執筆してきた書籍のバックグラウンドと、いま注目しているテクノロジーについて語った。ケータイでJavaが動く前から、ケータイ向けJavaのアプリを独自に開発しており、これを聞きつけた清水氏らが「この世にないデバイス用アプリを開発してる人がいる!」と会いに行ったのが、そもそもの出会いだっという。
書籍執筆の変遷を追って行くと、布留川氏の言語に対する柔軟性と、技術動向に対する鋭い洞察がわかる。2000年は趣味でPalm(アプリを多数コーディング)、2002年、2004年にはケータイ向けJavaアプリ関連書籍を多数執筆などを経て、2007年はMicrosoft Robotics Studioのプログラミング書籍やアドビAirのプログラミング書籍、2008年はマイコンボード『Arduino』のプログラミング書籍やXbox360向けのXNAプログラミング書籍、2009年はAndroid 1.5のプログラミング書籍などとなっている。
パッと見では無関係に見えそうなジャンルの言語を、短期間で書籍執筆できるレベルで習得しているのも驚異的だし(当然、平行して仕事の開発はしている)、その時代に書いている本は、どれも確かに流行したなと思うような技術が多い。
↑UEIのテクニカルディレクターを務める一方、多忙なかたわら大量の著作を執筆することでも知られる。ロデオのあと、審査員の西田教授や古川氏が、布留川氏のプログラム関連書籍を持っていると語ると会場が沸いた。 |
以上、1日目 180ロデオ編に続く。
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