日本はゲームの博物館やテーマパークや大学を作るべき
『ファミ通ゲーム白書2018』を見ると日本のゲーム産業は、この10年間で約8000億円から約1兆6000万円へと倍増しているそうだ。拡大の理由は、スマートフォンアプリが大きいのはもちろんだが、ニンテンドーSwitchとそのヒット作、eスポーツ、あるいはオンラインゲーム、Steam、ハイエンドゲームが市場を支えている。世界的にもゲーム産業は伸び続けていて、いまどきこんな産業分野はそんなにはない。さりげなく要注意分野、しかも日本はその中心あたりにいるというのがビデオゲームの世界である。
今回は、「海外のどこで日本のマンガは読まれているのか?」、および、海外のどこで日本のアニメは見られているのか?の続編として「世界のどこで日本のゲームが楽しまれているか?」を紹介する。
Wikipediaには、英語以外に合計303言語で書かれたページがある。日本語の「テトリス」のページ、英語版の「Tetris」のページ、ロシア語版Wikipediaの「Тетрис」のページなど、68の言語でテトリスの説明ページが作られている。これをカウントして、どれだけの言語数でページが作られているか集計した。これによって、どの言語の文化圏でそのゲームが認知されているかがわかるはずだ。前回と同じくWikipediaのデータ(2019年2月22日付けのダンプ)を利用している。
ただし、この集計にはいくつかの留意点あることは前々回の原稿で書いた。最大のポイントは「Wikipedia日本語版」をベースにしている点である。日本ではまったく人気がないが海外では人気のゲームが拾えていない可能性がある。とはいえ、世界のゲームタイトルごとの広がりについて、販売データなどでは拾いきれないところも見えると思う。
まず「ゲームソフト」全体の集計結果が、次の表だ。「Minecraft」がトップになっている。どこまでをゲームと呼ぶかという議論はあるかもしれないが、Wikipedia.orgでも「video game」のカテゴリタグが張られている。もちろん、個人的には最もゲーム的といえるソフトだと思っている。「ゲーム」という言葉の本来もっている意味や遊びの広がりとしての豊かさの意味としてもである。
日本のゲームは「パックマン」がトップ。「スーパーマリオブラザーズ」、「スペースインベーダー」、「ファイナルファンタジーVII」、「ポケットモンスター 赤・緑」、「バイオハザード4」は、妥当なところだ。
次に、PlayStation 4のゲームである。「進撃の巨人」は、原作のマンガやアニメと共通のページであることが順位をあげている理由と思われる。
次に、Nintendo Switchのゲームタイトルである。日本製ゲームの割合がグッと増えてくる。それでも、海外製ゲームは一定数入っており、このジャンルがいかに産業的にグローバル化してきているかがわかる。ゲーム全体でだが、開発会社の所在地は、北欧や南米、ベラルーシやチェコやポーランド、ロシアなど東欧も目立つようになってきている。また、インディーズのゲーム作者やスタジオの作品もいくつも含まれている。今回の集計では見えないが中国製スマホゲームが、日本のランキングで上位を占めるようになってきたのはご存じのとおりだ。
日本がソフトウェアで得意なのは「作り込み」と「遊び」の部分
最後に、任天堂ファミリーコンピューターとアーケード機についての集計を掲載しておく。一目で日本製ゲームが多いことが分かるが、ピークとなっていた時代にネットやWikipediaがなかったことも理由の1つと考えられる。ファミコンやアーケード機は日本が強いのでそれでもページが作られている。トップは「テトリス」。アーケードは「パックマン」だった。
コンピューター業界人として、日本は大規模システムの開発がとにかく苦手なように見える。UIやUXといった気の利いた使い勝手やサービス設計ももうひとつの印象がある。基本的なソフトウェアやプラットフォームを作るのもあまり得意ではない。しかし、例外的にゲームソフトだけは大成功を収めた分野なのは歴史的な事実である。
今回の集計を見ると、いかにもファミコンやPlayStation、あるいはゲームボーイの時代が日本のゲームの黄金期で、いまはだいぶ海外勢に押されているイメージである。それは、よく指摘されているとおりだが、ゲームは依然として日本に可能性の残された貴重な領域なのではないか? 「作り込み」と「遊び」は、日本のクリエイターの称賛されるべき部分である。
そして、それらはゲームというジャンルにおいては極めて本質的な要素である。
2016年に日本科学未来館で「どう残すか ~技術と体験のアーカイブ」というフォーラムが開催された。私は、開催中だった企画展『GAME ON』で同館の内田さんと一緒に企画・監修をやらせてもらっていた縁もあり司会を担当させていただいた。
登壇者として、桶田大介さん(この領域で活動されている弁護士)、辻哲朗さん(日本ゲーム博物館館長)、中村伊知哉さん(CiP協議会理事長)、細井浩一さん(立命館大学教授)、柳与志夫さん(東京大学大学院特任教授)、ルドン・ジョゼフさん(NPO法人ゲーム保存協会 理事長)が参加。いろんな課題が提示された。
2004年に国立科学博物館で開催された『テレビゲームとデジタル科学展』では、私の編集部で公式図録を作らせてもらった。そのときにも強く感じたのが、「日本にはゲームの博物館が必要だ」ということだ。より正確には日本のコンピューターやデジタル全般についての博物館なのだが、ゲームは、その中でも主要なジャンルになる。
博物館が欲しいというのは、それほど情緒的であったり文化的な意味からだけではない(もちろんそのつもりでもあるが)。どちらかというと、産業政策の延長としてゲームの博物館やゲーム専門の大学の学科や研究室を強化すべきではないかということだ。ちなみに、『テレビゲームとデジタル科学展』は科博の産業技術史資料情報センターの清水慶一氏(故人)による企画だった。
歴史を探訪できる「場」があることは、おのずとそこに人を集めることになる。その上で、日本をゲームの映画におけるハリウッドにすることだ。ゲームを作る人が集っていて、企業によるビジネスがあって、産業的なエコシステムがあり、実は、それらはテクノロジーの上にのっている。この構造が大切で、アカデミー賞で有名な組織の名前は「映画芸術科学アカデミー」(Academy of Motion Picture Arts and Sciences)である。
AIにしろIoTにしろこれから大切と思われている技術分野も多い。その中には、往々にして「概念実証」だけでなかなか進まないプロジェクトも少なくないように見える(もちろん取り組むべき重要な技術もあるのは承知しているが)。それに対して、意外や足元にあるゲームは確実に完成・製品までこぎつける産業分野である。
【お知らせ】
北欧や東欧のゲームスタジオが目立つと書いたが、先日、東欧のイベントでも登壇された三宅 陽一郎氏(スクウェア・エニックス テクノロジー推進部 リードAIリサーチャー)と半導体の最新情報・解説で知られる後藤弘茂氏(テクニカルジャーナリスト)のお二人を招いたセミナー「三宅陽一郎×後藤弘茂・AIと半導体はこれからどこまでいくのか、そして5G」を開催します。ゲームやコンピューターの未来を知りたい人はぜひご参加ください。
遠藤諭(えんどうさとし)
株式会社角川アスキー総合研究所 主席研究員。月刊アスキー編集長などを経て、2013年より現職。雑誌編集のかたわらミリオンセラーとなった『マーフィーの法則』など書籍の企画も手掛ける。アスキー入社前には80年代を代表するサブカル誌の1つ『東京おとなクラブ』を主宰。現在は、ネット・スマートフォン時代のライフスタイルについて調査・コンサルティングを行っている。著書に、『計算機屋かく戦えり』、『ソーシャルネイティブの時代』など。趣味は、神保町から秋葉原にあるもの・香港・台湾、文房具作り。
Twitter:@hortense667Mastodon:https://mstdn.jp/@hortense667
週刊アスキーの最新情報を購読しよう
本記事はアフィリエイトプログラムによる収益を得ている場合があります